【Connections①(繋がり)】
「もうご存じのように私たちの母体は元々単なる武器の売買を仲介する、一業者に過ぎなかったのです。2003年に起きたイラン戦争は知っていますか?」
「ああ、俺の生まれ故郷で起こった戦争だ」
「資料によると、ナトーさん貴女は戦争終結直後に生まれたとありますが?」
「あの戦争の、どこまでが戦争終結なのだ!」
確かに2003年3月20日に始まったイラク正規軍と、アメリカ・イギリス・オーストラリアを中心とした有志連合軍部隊の戦闘は、その年の5月には首都テヘランが陥落して終戦と言う事になってはいるが、実際は民兵や武装集団が蜂起して現在でも各地で小競り合いは続いている。
「まあまあ、そう怒らないで下さい。こっちだって大変だったのですから」
「大変だった?」
ダニエルの言っている意味が分からない。
戦争自体は直ぐに終わったのだから、そんなに大変ではなく、儲けそびれて暇だったと言うべきだと思っていた。
「アメリカは朝鮮戦争に3年、ベトナム戦争では正式参戦から14年も戦ったのです。それが当時世界第4位と言われていたイラクと闘うのですから、少なくとも10年は戦って貰えると誰でも思うでしょう?それが、たったの2ヶ月で終わってしまうとは」
「勝手な言い分だろう。まさかお前たちは……」
「そう、さすがナトーさんです。大量に買い付けた武器の売買に問題が生じましてね、元々は国が相手でしたが色々な所へ手を広げましたよ。おかげで新たな顧客を開拓できたと言う訳です」
「卑怯者!」
「卑怯ではない。これはビジネスですから、よく言われる様に、より“グローバル”なビジネスを展開したに過ぎません」
「やはり“アラブの春”も、お前たちの仕業か」
「そう。お得意様だったイラクの治安も、そろそろ落ち着きを見せ始めていましたからね。オッと貴女は少年兵としてまだ頑張っておられましたね」
「シリアが膠着状態に入っていたから、ザリバンにリビアを攻撃させようとした」
「よくご存じで……あの時は、何者かによって折角用意した武器を、倉庫ごと破壊されて大変でしたよ。おかげで担当者は自殺しました」
「自殺……」
バラク以外誰も血を流すことなく終わったと思っていたのに、敵とは言え自殺者が出たことに少し動揺した。
「ジュジェイって知っていますか?」
「メヒアの部下のジュジェイか」
「奴はメヒアの部下ではありません。私たちがザリバンに協力するために出向させたアドバイザーです。まあ彼は作戦を失敗してメヒアに殺されたことになっていますが、誰が見抜いたのでしょうねぇ、あの防ぎようのない完璧な作戦を。彼は2年前に子供が生まれたばかりなのに、可愛そうなことになりました」
「……」
「ではキャディアバは?」
「コンゴでクーデターを企てた男か」
「そう。あれも誰が気付いたのでしょうね。彼は現場でフィアンセと共に自殺しました」
「……」
「以前から私たちはナトーさん、貴女に目を付けていたのです。黒覆面の男がスカウトに来たでしょう?だが彼は詰めが甘かった。貴女を懐柔できなかったうえに、フランス支部まで潰されてしまい、大きな損害を出してしまった」
「……」
「そこで我々は、親企業に頼んでアナタ方の締め出し作戦に出て、貴女を個人として誘い出し抹殺する目的でアフガニスタンまで誘き出したのですが、我々POC内に置いてナンバー1、ナンバー2のスナイパーを擁しても太刀打ちできないどころか、幹部のナンバー1スナイパーであるミランは逮捕され、ナンバー2の方も行方不明。そこで私が登場したと言う訳です」
「専門調査員の身分で、大幹部なのか」
「今までの奴等よりはね……」
ダニエルがクククと笑う。
「俺をどうするつもりだ!」
「もちろん連れて帰ります」
「お前たちの言いなりにはならんぞ!」
「そんな事は百も承知しています。ただし普通のやり方ではね」
「まさか、お前たち」
「そう。折角このピパと言う麻薬のボスとも繋がったのですから、洗脳の方法は幾らでもあります」
「卑怯者!」
「卑怯結構。ビジネスですから、取引で得たもの勝ちですよ」
「取引とはなんだ!」
「さあ……」
ダニエルはそこで話を打ち切り、ピパに指図して俺とマルタは地下室に閉じ込められた。
ピパの方は指図されたのが余程気に入らないらしく、異様なまでに殺意に燃えた目をダニエルに向けて荒っぽく手下に合図していたが、ピパをまるで気にも留めていないダニエルはその眼に気付く素振りも無かった。
本当に気が付いていないのか、あるいは知らない素振りを見せているのか……。
「すみません。こんなことになっちゃって」
「構わない。それより足は大丈夫か?」
「ええ」
はなから人質交換など怪しいとは思っていた。
だが敵の懐に飛び込めば、なんとか手掛かりが掴めるだろう。
ピパとダニエル。
この2人と出会って分かったことがある。
ピパは野蛮で用心深いが、直情的で計画性に乏しい。
ダニエルは慎重で計画性はあるが、理屈っぽい。
おそらく俺達がここに来るまでのアンバランスな行程も、基本的にはダニエルが考えたものをピパが面倒くさがって勝手にアレンジを加えたものだろう。
ピパはダニエルに利用されている事を、薄々感付いているはず。
だからクラウチ社長もマルタも手放しはしない。
マルタは手に入れた。
クラウチ社長は何所だ。
地下室には明り取りのためと通風を兼ねて、天井付近に小さな小窓が付いていた。
幅はあるが高さは10㎝程しかなく、しかも縦に鉄筋の格子が入っているから、この窓から抜け出すことは出来ない。
窓から外を眺めた。
見えるのは正面にある馬小屋と、その向こうにトーニが居るはずのジャングル。
俺からはジャングルに潜んでいるトーニは見えないが、トーニには俺が見えているのだろうか?
もしも見えていたとしたら……。




