【To the enemy's bosom①(敵の懐へ)】
上陸して奴等に連れられて、森の中にある獣道を6時間以上歩いていた。
用心深いヤツ。
だけど川を上るために用意した小舟や、上陸してこうして歩くことは、距離が進まず時間を浪費する。
時間が長ければ、対策も打ちやすい。
メデジンに居る俺たちを、いきなりキブドに呼び出したり、早朝に連絡して船に乗せたりした素早さは良いが、その後のテンポが悪い。
慎重なのは分かるが、このバランスの悪さは一体何だ?
ひょっとして敵の親玉は1人ではないのではないだろうか……。
「痛い」
靴に何かが刺さったようで、マルタが立ち止まる。
「コラ!勝手に立ち止まるな!」
「すみません。でも……」
マルタの靴はスニーカー。
立ち止まって脱がせてみると、片方の靴底が破れて、足の裏が赤く腫れていた。
スニーカーは、軽くて履きやすいがその分、造りが華奢だ。
もちろん舗装された街中の道路では何も問題はなく快適だが、ここはジャングルの中。
道の途中にあった崖も登ったし、浅い川も渡った。
こういう所では、少々重くても俺の履いている軍靴のような生地も靴底も確りした物の方がいい。
俺は急いで着ていたブラウスの袖を破り、傷ついたマルタの足にコカの葉を添えて巻いた。(※コカの葉に含まれているコカイン(cocaine)は局所麻酔作用があります)
「さあ俺の肩に掴まれ」
「すみません」
マルタに肩をかして歩き出す。
ジリジリと照り付ける太陽の熱と、ジャングル特有の湿気が体力を搾り取るように襲う。
マルタは俺の方につかまってようやく歩いている状態。
「休憩をさせてくれ。もう歩けない」
「うるせえ!歩け!」
後ろの男に怒鳴られた。
「まあ仕方ねえだろう。こいつら、昨日から飲まず食わずなんだぜ」
「丁度昼時だ、休憩でもするか」
何とか休憩してもらえることになり、俺はマルタの足をマッサージしてやる。
休憩を依頼したのは、歩けなくなったマルタのためだけではない。
俺たちを追ってくる者を確認するためでもある。
川から上陸して1時間ほど経った頃から、一定の間隔をあけて誰かがついて来ている気配に気が付いた。
何者かは分からない。
敵なのか、味方なのかさえ。
休憩してこちらが止まれば、追手は必ず距離を詰めて来るはず。
マルタの介抱をしながら、森の中を伺う。
微かに聞こえる異様な足音が聞こえる。
この音は……靴が壊れているのか?
“一体誰!?”
俺たちが船着場から出て直ぐに、俺たちを追っていたのなら、とっくに追いついているはず。
なにしろ俺たちの乗った船はオンボロで、スピードが出なかったうえに、途中で日除けと雨水を集めるために岸に上がって木を取っていたのだから。
部隊の者でもないだろう。
もし、敵に見つからないように夜に紛れて俺たちを追っていたとしても、俺たちはその日の夜には川の浅瀬にボートを付けて睡眠を取ったのだから、そこで追いつくはずだし追手も一人ではないはず。
俺たちの船がいくらオンボロだといっても、歩いて追うのは無理だろう・
だとすると、俺たちを追った船が途中で何らかのトラブルに合い、仕方なく川沿いに歩いて追ってきたことになる。
川にはいくつも小さな支流が流れ込んでいて、何度も水浸しになることで革靴は壊れやすくなる。
おそらく俺たちを追い始めて、早い段階で船が壊れた。
時間は俺たちが夕食を取るために船のエンジンを切るよりも前。
なぜなら、それ以降ならこの静かなジャングルでは船外機の音は聞こえる。
靴が壊れているということは、夜通し歩いて差を詰めて来たに違いない。
足元の悪い川を一晩歩き続けた上に、この炎天下のアップダウンの激しい獣道を6時間も敵に気づかれないように注意して歩き続ける男。
今こっちに派遣されている部隊内ならブラームしか居ないが、彼は単独で勝手な行動はとらない。
では誰だ……ハンス!?
いや、ハンスならパリにいるはずだし。
もし来ていたとしても、最初から無謀な単独行動はとらない。
“無謀……”
もしかして、トーニなのか?
「さあ、行くぞ!」「ほら、さっさと立て!」
奴らにせかされて、マルタを支えながら立つ。
「一体、あとどのくらい歩かせるつもりだ」
「なあ~に、心配するこたあねえ。ティータイムには到着だ」




