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【Counterattack②(反撃)】

 風を切って川面を、まるでトビウオの様に跳ねながら進む1艘のボート。

 乗っているのは、まるで教会を追い出された酔いどれ神父の様に、茶色く汚れた黒いスーツ姿の小男が1人。

 旅の支度は何もしておらず、水筒やペットボトルの類も持っていない。

 もちろん、身を守る物も。

 持っているのは、熱い心がひとつだけ。

 その、熱く真剣な眼差しで遥か上流を見つめている。


 ナトーが上流に向かったのか、下流に向かったのかは、俺達は見ていない。

 川沿いに居る人たちに聞き回ったが、上流に向かったと言うものも居れば、下流に向かったと言うものも居て当てにならない。

 答えてくれる奴はまだいい。

 殆どの奴は、船など見ていないと言う。

 あんな美人が乗っていると言うのに、見ていないはずがない。

 沢山の人に、しつこく聞き回っていて何人かに「ウザい」と殴られた。

 俺にはナトーしか見えていないと言うのに、この街の奴等ときたらそのナトーが見えていないなんて、どうにかしている。

 船着き場でチャンスを待っていた。

 誰も居ない時に、俺より弱そうな男が1人だけ乗ったボートが帰って来るのを。

 日頃から格闘技を真面目にやっていないから仕方がないが、2人居るとマズい。

 船上で揉み合いになり、万が一川に落とされたらボートを横取りするチャンスは潰える。

『何故いつもベストを尽くさない?』

 昨日ボコタ郊外の山の上で、ナトーに言われた言葉を思い出す。

 まったく、その通りだ。

 やっとチャンスに巡り合え、船を手にした俺は迷わず船首を川上に向けアクセルを開けた。

 迷いはなかった。

 ナトーは必ず川上に居る。

 それが俺とアイツとの運命だから。

 もしも間違っていれば、結ばれることは無い。

 ナトーにとっての俺と言う存在は、一生涯ピエロとして過ごすことになる。

 賭けではない。

 ただ、俺は俺を信じて、見えないナトーの存在を追う。

 これが正解出来なきゃ、このあとの70年なんて俺にとって何の意味もない人生になってしまう。


 燃料は船主が満タンにして置いてくれたおかげで快適に追う事が出来たが、それもいつまでも持たなかった。

 日が暮れてしばらく経つと、エンジンが止まった。

 燃料切れだ。

 俺は直ぐに船を捨てて川沿いを走ることにした。

 敵のアジトは必ず川沿いにあるはずで、そこには必ずナトーたちが乗ったボートが停めてあるはず。

 今迄、岸に乗り捨ててあるボートは無かったから、まだ敵のアジトには着いていない。

 どうせ夜の闇の中を船で進むのは危険だから、ナトーは船を安全な所に停めているはず。

 日が暮れて夜が明けるまでの時間は、俺に用意された“スペシャルなキャッチアップタイム”だ。


 ゆっくり歩いたとしても8時間歩き続ければ、その差は30キロ程度も縮める事が出来る。

 ところが護岸の整備も出来ていなくて、橋さえもないこの川は俺の甘い考えを木っ端微塵に打ち砕く。

 川岸は歩きやすい砂地もあれば、歩くことが困難な岩場や沼もある。

 そして今までに見た事も無いくらい、うねうねと曲りくねっているし、池みたいになっているところが幾つもある。

 しかも小さな支流も、まるでムカデの足みたいについている。

 その度に、俺は川に入らなくてはいけないし、時には泳がなくてはならない。

 何度も泳いで川を渡っていると、チクチクと俺を突く奴が居る。

 “ワニか?”

 いや、ワニなんてそうそう居るものじゃねえ。

 イタリアでもフランスでも、ワニは動物園でしか見た事がねえし、リビアでもコンゴでもアフガニスタンでもワニには出くわさなかった。

 だいいちワニは絶滅危惧種じゃなかったか?

 そんじょそこらに居るはずがねえ。

 上着は邪魔になるだけなので脱ぎ捨てたが、靴だけは捨てずに、泳ぐときも手に持って泳いだ。

 靴だとガラスの破片も踏めるが、素足だとそうもいかねえから。


 夜が明けて直ぐに岸辺に焚火の後を発見した。

 炭になった部分はまだ乾いて温かいし、直ぐ傍には船底の跡と、砂浜には2人分の足跡が付いている。

 ナトー達に間違いない!

 そして俺は間違っていなかった!

 歓喜と共に、悔しい気持ちが湧いてきた。

 ナトー達は、この場所を夜明けに出発したはず。

 それは俺がここに到着する1時間以内。

 俺はベストを尽くせなかったのか……。

 あの時、もう少しでも早く歩いていれば。

 泳いでいるときに何かに足を噛まれた時に、いちいち気にしなければ。

 ワニの事など気にしなければ。

 もう1時間早く着けば、ナトーに追いつけた。

 ボートに乗って出て行ったナトー。

 ボートを捨てて歩いて追いかける俺。

 8時間かけて縮めた距離だが、これからは引き離される番。

 “弱音を吐くな、トーニ!ベストを尽くせ!!”

 気落ちしそうになった俺の心に、どこからかナトーの声が届けられた。

 そう。

 俺はベストを尽くさなければならない。

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