【survival②(サバイバル)】
夜明けと同時に船を出す。
出発して直ぐに橋が見え、その欄干に腰を降ろした人が俺たちを見ていた。
他に十数軒の家も見える。
「水を分けて貰いましょう」
昨日確保した水は、もう少ししかない。
だけど、人に助けてもらったのが奴らにバレる事も気になるし、橋の上の男が奴らの仲間で、俺達を見張っている可能性だってある。
しかも俺たちは、女だからレイプされる事も考えなくてはならない。
もちろんそうなれば俺は襲って来る男たちを倒してしまうが、その事が奴らにバレれば折角ワザと胃液を吐いて気の弱いただ背の高いだけの女を演出した事が台無しになるだけではなく、奴らとの接触もままならなくなるだろう。
余計な事はしない。
気を散らさない。
これは任務を全うするために守らなければいけない事だ。
「すまないスルーする」
スピードを落とさずに、そのまま橋の下を通り抜けた。
もっとも、このちっぽけな船外機は出力が低すぎて、早歩き程度のスピードしか出ない。
橋を過ぎて後ろを振り返ると、向こう側の欄干にもしかけていた男が、こちら側に移動してきて俺たちを見ていた。
「やはり奴らの仲間なのでしょうか?」
「分からない」
ボロのボートに乗った女の2人連れ、しかもそのうちの1人は黒のビジネススーツを着ているとあっては、奴らの仲間でなくとも振り返って見るのは当然のリアクションなのかも知れない。
船外機に最後のガソリンを入れた。
おそらく、あと数時間で赤い旗のある岸辺に到着するはず。
*****
ナトーとマルタから引き離されて、教会に連れて行かれると誰かのお葬式なのだろうか讃美歌の大合唱が始まった。
「これじゃあナトーたちが、どっちに向かったのか分からねえじゃねえか」
トーニが言った通り、これが奴らの狙い。
私たちを引き離したとしても、川は1本道に近いから、行く方向が分かってしまえば追うことも出来る。
しかし、分からなければ時間と共に捜索範囲は広がるばかり。
特に地理に疎い余所者なら尚更。
讃美歌が終わって、ようやく解放されたが、もうナトー達は居ない。
「チクショウ!やられたな」
「マダマダよ」
「なんか手が有るのか?」
「ニルス少尉たちが来るまでは手が無いから、その辺で朝ご飯でも食べましょう」
「朝飯!?」
トーニが素っ頓狂な声を上げたので驚いた。
「どうしたの?」
「ナトー達は食ってねぇ……」
「まあお弁当付きの旅行って言うわけにはいかないものね。さあ行こ、行こ!」
お店に行こうと、手を引っ張るけれど、トーニは頑として動かない。
「どうしたの?お腹壊した??」
「いや。ナトーが食ってねぇのに俺が食うわけにはいかねえ」
「でも、お腹空いたでしょう?」
「いや。空かねえ」
話しているうちに、どこかのお店から鶏肉の焼ける良い匂いが流れてきて、トーニのお腹がグーと鳴る。
「ほら、やっぱりお腹空いているじゃない」
「いや。これは屁を我慢していていたのが逆流しただけだ」
「まあ、強情ね。じゃあ私の分だけ買ってくるわね」
「ああ、そうしてくれ」
お店で鶏の骨付き肉を買って見せびらかせてやろうと思ってもどると、トーニが居なかった。
「トーニ!トーニ!」
呼んでも返事がない。
教会の脇を通って川の方を見ると、船着き場の柵を握りしめる様にして一途に川を眺めているトーニが居た。
“罪作りだよ、ナトちゃん……”




