【survival①(サバイバル)】
緑の木々に覆われた茶色い川を進む。
マルタと2人しか載っていないボートには、食料も水も用意されていない。
あるのは予備のガソリンが入ったジェリ缶が1つあるだけ。
俺に指示した奴は、赤い旗のある場所に上陸しろとだけ言い、日にちや時間を言わなかった。
ボートが1日でどのくらいガソリンを消費するのかは分からない。
けれども予め予備の燃料が用意してあると言う事は、目的地が遠い事を意味するのは間違いない。
そうなると問題は俺達が食料も水も持っていないことが心配だ。
船着き場を離れて1時間経った所で、俺は船を岸に付けて降りた。
「どうしたの?」
不安そうな顔で俺を見るマルタ。
「安心しろ、置いて行きはしない」
履いていたショートブーツタイプのレースアップハイヒールを脱ぐ。
この靴は、東亜東洋商事の社員に成り済ますためにサオリがスーツと一緒に用意してくれた靴。
黒のビジネススーツと同じ色だけど、キチンとしたスーツに比べると明らかに不釣り合いな趣味的なシューズ。
何か特別な意味があるに違いない事は、もらったときから薄々感じていたが……。
厚底のソール部分には直径5㎜程のゴムで蓋をされた部分があった。
蓋を取って覗いて見ると、中に突起の様な棒が隠されていたので、その棒を木の枝で押してみるとカチッと言う音と共にソールが外れた。
中に入っていたのは、ジッパー付きのビニール袋。
もう片方のソールも同じように外れ、こっちにも同じビニール袋が出て来た。
ヒールにも似たような仕掛けがあり、外すと中から出てきたのはカッターナイフと刃先がギザギザになった替え刃が1本。
金属探知機に掛からないように、セラミック製の刃で出来たものだ。
もう一方のヒールにはプラスチック製の使い捨てライターと着火剤。
つまり入っていたのは、武器ではなく、サバイバルグッズと言う事か。
どういう発想でこんなものを仕込んだのかはサオリに聞いてみないと分からないが、今の状況では有難い限り。
早速カッターの刃をギザギザの方に替えて、木を2本切ってボートに乗せ、それをツルで固定した。
「これって、木陰ね。ありがとう」
「直射日光をまともに受け続けると、体力が落ちるからな」
その他に直径1センチくらいの長細い木の枝を数本とって、俺がボートを操縦している間、マルタにカッターを渡して先を尖らせてもらった。
再びボートを走らせて、しばらく進むと急に空が真っ暗になりスコールに見舞われた。
直ぐにマルタにビニール袋を渡して、お互いの袋に雨水を集めた。
先に木を切って木陰を作って置いたおかげで、雨水が木の枝に沿って流れ効率的に水を集める事が出来、後は流れて来る水に口を当てて飲んだ。
10分程強烈な雨が降ったかと思うと、辺りはまた一瞬のうちに晴れた。
「びしょ濡れね。でも、おかげで水筒が満タンになったわね」
ジップ付きのビニール袋には、お互いに1リットル近い水を溜める事が出来た。
昼過ぎには浅瀬にボートを止めて、先端を尖らせた木の棒で魚を突いて数匹の収穫に成功し、夕方にまた浅瀬にボートを停めて岸に上がり獲った魚を焼いて食べた。
ボートの床にはまだスコールの水が少し残っている。
けれども、この密林地帯で寝るのは危険だったので、ボートに戻って寝る事にした。
「御免なさいね。私のせいでこんなひどい目に合わせてしまって」
マルタが気にしてくれる。
「心配は要らない。俺は特殊部隊の隊員だから、このくらいは平気だ。マルタは大丈夫なのか?」
「う~ん。正直言うと半々かな」
「半々って?」
「好奇心と恐怖心」
そう言ってマルタが明るく笑う。
確かにサバイバルごっことして見た場合は、興味深い体験だから好奇心をそそる。
けれども、このサバイバルは時間無制限。
日常生活に戻りたくても、いつ戻れるとも限らない。
しかもこのサバイバルの先にある物は、人質交換と言う苦難が待ち受けている。
文句も言わずに明るく笑顔を見せてくれるマルタの為にも、最良の結果を出さなければならない。
「ねえ、パパ大丈夫かしら」
「大丈夫だ」
「ありがとう。でも根拠はないわよね」
「あるよ」
「聞かせて」
「人質交換こそ、その理由だ」
「人質交換が……」
「そう。お父さんは、どんな目に合っても奴らの要求を呑むことは無い。だからお父さんの一番大切な物を奪って言いなりにさせようとした。間違っていないだろう?」
「うん……」




