【First contact②(最初の接触)】
被害はそれだけではなく、シートもナイフで切られていた。
俺たちがテントで待たされている間に別のグループが車を調べていて、つまり俺たちはその作業が終わるまでの間、待たされていたことになる。
「ナ、ナトー……?」
テキパキと車を調べ、散らかったものを片付ける俺の背中をチョンチョンと指で突きながらトーニが声を掛ける。
「どうした?」
「たいちょうは、だいじょうぶなのか……?」
「ああ、ありがとう。おかげで、もうスッカリ良くなった」
「フェイクよ」
サオリが俺に代わって言った。
「フェイク!?」
「そうよ。いくら女性だと言っても、こんなに背が高いと相手も用心するでしょ」
「だから、体が弱い振りをしたって事?」
「そうよね」
「ああ。騙してスマナイ」
「それにしても、胃液を履くなんて凄いね。どうやったの?」
「無理に横隔膜を動かして逆流させた」
「はぁ……」
心配し過ぎて緊張の糸が切れたのか、トーニはその場に座り込んでしまった。
指定された宿に着く。
ホテルではなくコンドミニアム。
しかも汚い。
「駐車場がないぜ」
「路駐よ、路駐!」
「でもレクサスだぜ、大丈夫か?」
「大丈でしょ、外観は泥だらけで内装はボロボロ。誰がこんな車、盗むものですか」
いい加減ヤケッパチ気味のサオリの言葉が笑える。
「すみません。私のせいで……」
だけどマルタは恐縮して謝る。
「あー、貴女は何にも謝ることは無いのよ。内装をボロボロにしたのは“ならず者たち”で、車を泥だらけにしたのはラリードライバーに転身するかも分からない人のせいなんだから」
「まあ、大変!」
マルタが驚いて俺の顔を見たので、手を横に振って違うと合図すると、笑ってくれた。
車体下に隠した武器は今の所使う予定が無いので、そのままにして管理人に渡された予約表を見せて鍵を貰った。
安物のドアを開けると、外観同様に、くたびれた部屋が現れた。
しかも臭い。
臭いの原因は、掃除が綺麗にされていない事。
バスルームの排水口の蓋には髪の毛が付いているし、キッチンの排水口の蓋を開くと中には生ごみが残ったままで、居間のゴミ箱には前に使った客の捨てたゴミまで残っていた。
ベッドルームはシーツこそ新しいものに替えてあるが、その白いシーツを捲るとマットレスの上には砂やゴミが溜まっていた。
「さあっ、大掃除から始めますか!」
サオリの合図で早速掃除を始めた。
窓を開け放ち寝具をベランダの手すりに掛けて干す。
ほうきを掛けて部屋のゴミを一カ所に集め、キッチンとバスルームの拭き掃除。
「まったく、管理人手当てを貰いたいくらいだぜ!」
「まったくだな」
干していた寝具の埃を払い部屋に取り込む。
「あれっ?」
「どうした」
「もう一部屋ねえのか?」
「彼らから渡されたのは、この部屋の予約表だけだったよ」
「トーニ、何か問題でもあるのか?」
「俺たちは4人なのに、この部屋にはベッドが2つしかねえ」
「まあ、遊びで来たわけでは無いから我慢しろ」
「でも食料は、どうする?財布ごと金を取られちまったから、みんなスカンピンだろう?」
「「「あら、あるわよ」」」
俺たち女子3人が揃って答えて、お金を取り出した。
サオリはスーツの後ろ襟の中に5万ペソ紙幣を4枚とローファーの踵を外すとキャッシュカード。
マルタはリュックの背当ての中にもう1つの財布を隠していて、俺はブラの中に紙幣を隠し持っていたのを出して見せた。
「すげーな、お前たち」
目を真ん丸にしたトーニが驚いて両手をあげた後「ナトー、1枚で良いから、金貸してくれ」と無心され、ブラから取り出した片方の紙幣を何気なく手渡した。
すると急にトーニの目の色が変わったと思う間もなく、今渡した紙幣を自分の頬に当て、スリスリしながら満足そうに言った。
「暖け~~!」と。
サオリが笑い、マルタの顔が赤くなるのを不思議な思いで眺めながら、ようやく気付く。
「こらっ!お前返せ!」
「ヤダよー!チュッ・チュッ」
何とトーニは金を返さないばかりか、その金にキスまでしてみせる。
もう俺の顔は真っ赤!
「コラッ、何をする!」
「関節キッスだ、ざまあみろ!チュッ・チュッ」
「止めろ~~!!!」




