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【To Kurauchi Spinning Co., Ltd①(クラウチ紡績へ)】

 メデジン郊外にある工場地帯の中でも、特に広大な敷地を誇るクラウチ紡績の工場は遠くからでもよく分かった。

 社名に“紡績”と名前こそ残っているが、ただの繊維工場ではなくて化学工場だ。

 もちろんクラウチ紡績創業時は収穫された綿や絹を紡いで1本の糸を作り、それを染色して財を成していたのだろう。

 18世紀に発明された自動織機により、繊維産業は20世紀後半まで栄えた。

 多くの紡績工場場が、これから先もこの繁栄は続くと思い稼働してきたが、時代は甘くはない。

 製造機器の進化に伴い自動化が進むにつれ海外の後進国も力をつけ、これまで市場から敬遠されてきた安い海外製品が認められるようになると、繊維産業は価格競争の時代へと進む。

 国内企業同士の価格競争であれば、効率化などの技術力で何とか補えるだろうが、人件費が全く異なる海外が競争相手となるとそうはいかない。

 自国の経済発展を支えてきた繊維産業会は、労働単価の安い後進国との価格競争のために瞬く間に衰退していった。

 クラウチ紡績は、価格競争を避け、新しい分野に移行した。

 植物由来の天然繊維から化学繊維に移行し、そこから更に衣料用繊維から工業用や医療用の各種フィルターなども手掛けるようになり、今では世界を市場とする大企業へと育った。


 車を本社工場の正面玄関に着けると、直ぐに玄関から数人の幹部らしき人たちが出迎えてくれた。

「カシワギ様、さあ中へどうぞ」

「マルタお嬢様、このたびは大変な所をワザワザすみません」

「こちらの方は?」

 俺に気が付いた幹部の1人が、驚く様にサオリに聞く。

 無理もない。

 成人男子の平均身長が170.6㎝のコロンビアで、俺の身長は176㎝もあり、そのうえハイヒールを履いているから見た目の身長は180㎝を越えている。

「我が東亜東洋商事の特殊秘書官です」

「特殊秘書官?ま、まさか奴らと戦うのですか!?」

 驚いた幹部の人にサオリは微笑みを見せて

「戦闘員ではありません、“ならず者”との交渉事に専門の知識を持ち、対応する社員です」

「見た所、日本人には見えませんが……」

「有能であれば国籍は問いません。グローバル化を目指すなら、社員もグローバルでないと」

「エリザベスと申します。宜しくお願いいたします」

 俺はスーツのポケットに入っていた名刺入れから、名刺を取り出して挨拶をした。

 偽名を使うものだと思って覚悟していたが、まさか俺のクリスチャンネームを使うとは……。

「よう。俺はどうすれば良いんだ?」

 車の中からトーニが声を掛けると若い社員が飛んで行き、車を来客者用の駐車スペースに停める事と、一旦応接室で待ってもらう様に伝えていた。


 会議室に通され、これからの対応を協議したが、結局犯人側から連絡がない以上話が何も進まない事だけが分かる。

 決まった事は、犯人側からの人質交換の要求があった場合、東亜東洋商事が責任をもってその仲介役を務めると言う事だけ。

 クラウチ紡績社内からも有志を募って対応すると言う申し出があったが、警察に見放された以上、工場勤務の従業員よりも重要な取引で世界を飛び回る商事会社の社長秘書であるサオリや“ならず者”との交渉事に専門の知識を持つ俺の方が上手に対応できるため、そう決まった。

 どのみち人質交換以外に無理難題な条件を付けられたとしても、それに対して即答できる者は個人経営の会社ではない以上誰も居ないから、無理に社員である必要は無い。

 アメリカの軍事会社に依頼しようと言う意見も出たが、どの程度信頼できるものなのかや、武器の所持がバレた時点で全てが終わってしまう可能性が高いので却下された。

 もちろんサオリがSISCONの幹部で、俺とトーニがフランス外人部隊LéMATの隊員であることは誰も知らない。

 長い会議が終わり、一旦応接間に行くと、そこに居るはずのトーニが居ない。

 “トイレか……”

 しかし5分待っても10分待っても、トーニは戻って来ない。

 “もしかして、社内の内通者に拘束されたのか……”

 最悪の事態を考えて緊張する俺とは別に、サオリは平気な顔で出された珈琲を飲みながら、逆に楽しそうにしているようにも見える。

 マルタは別の意味で緊張しっぱなし。

 息を殺して耳を澄ませていると、遠くでトーニの叫び声が聞こえた気がした。

「様子を見て来る」

「放って置いても、そのうち戻って来るわよ。心配性ね」

 会話は盗聴されているかも分からないので、余計な事は言わずに部屋を出た。

 声のしたのは廊下を奥に進んだ方。

 足音をなるべくさせないようにヒールを床に着けないで早歩きで向かっていると、女性のキャーと言う悲鳴が聞こえ慌てて走った。

「Oh Dios mío!(何てこと!)」

 “トーニの身に何かあったのか!?”

 声の聞こえた部屋に飛び込むと、胸にナイフを刺されたトーニが仰向けに倒れていた。

 白い服は真っ赤……だが、その色の正体は赤色のスカーフ。

「何をしている……」

「よう。ナ、エリザベス、暇だからマジックを披露していたんだ」

 ナトーと言いかけて、エリザネスとチャンと言えたのは良いが、なんでこんな所でマジック?そもそも、この陳腐なマジシャンセットは何所から持って来たんだ?

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