【Cold sweat training③(冷や汗トレーニング)】
目指すのは5km先、標高2900mの所にあるハリウッドカレラ。
高低差300mを一気に登る。
意外に道は狭く、殆ど歩道の無い部分もあるので安全を考えて、トーニを置いてけぼりにしないように少しペースを落として走る。
トーニの方も、俺の考えを察したのか、チャンと離れないように付いて来る。
いつものトーニのペースに比べて、明らかに早い。
“持つのか?”
ところが、トーニはそのままペースを落とすどころか、まるで俺のペースを上げさせるようにピッタリと付いて来る。
“さすがに、やるときはやる男だ”
5kmの登りを20分で走破してハリウッドカレラの展望台に到着した。
「トーニ、景色が素晴らしいぞ!」
ここからはボコタ市内が一望できる。
汗を掻いた体に、風が心地いい。
「余裕ねぇ~」
振り返ると、ゴールにたどり着いたトーニは地面に寝転んでいた。
「よく頑張ったな。凄いぞ!」
「なぁ~に、ホンの少し実力を出してみたまでさ」
トーニが回復するまで俺は横に座る。
「やるときは、やるな」
「まあな……」
「なぜいつもベストを尽くさないのか」
「ベストは、いざと言う時の為に取っておくものだろう」
成る程、一理ある。
いつもと違って、決して燥がないで飄々と受け応えをするトーニは、やはり俺なんかよりもズット大人なんだと改めて見直した。
走り終えた俺が、くたばって寝転がっていると、ナトーが気を遣って横に座ってくれた。
なんて良い奴なんだ。
しかし、問題がひとつある。
ナトーは何も気にしていなくて、気付いても居ないだろうが、座った位置と座り方の問題。
俺の顔と自分の顔が横に並ぶように座ってくれたのは良いが、体育座りしたその姿勢では、俺の顔の直ぐ横に寄り添うようにショートパンツから飛び出した太ももがある。
話し掛けられて迂闊に顔を上げると、ピッチりと体に張り付いたTシャツが、隠しようもない巨乳を高く持ち上げていた。
今朝あんなことが有ったから、余計意識してしまうし、意識してしまうと男は立体として現れるモノがあるので、意識しないように必死だった。
なのにアイツときたら「今日は良く走った」とか「やれば出来る」とか、俺のことを褒めてくれる。
そりゃあ男だから、好きな女のプリプリのケツが、目の前で揺れていたら自分の限度を超えてでも追いかけようとするのが当たり前。
逆に言うと、それを目の前にして追えない奴は男じゃねえ!
言ってみれば、馬を速く走らせるために、馬の顔の前にニンジンをぶら下げて走らせているのと同じ効果だ。
でも、そんな事は言える訳もねえ。
最後に聞かれた。
「なぜベストを尽くさないのか」と。
俺は「ベストは、いざと言う時の為に取っておくものだろう」と返したが、俺は今、そのベストを尽くしている最中だと言う事をアイツは知らない。
そう。
俺が今尽くしているベストな事は、ナトーを女として意識しない事。
少しでも心が揺らぐと、またリビアで司令への挨拶のために整列した時に失敗した時の様になっちまう。
あの時の俺は、100年振りにフランス外人部隊に配属された女性兵士であるナトー見たさに、俺たちの部隊を囲んでキャーキャー騒ぐ女性隊員に気を取られてしまい、軍曹としての初仕事で意気込むナトーに「シッカリしないとキ●タマを握り潰すぞ!」と怒られ、実際にナトーの手が俺の下半身を握った。
しかしアイツは生娘で、男のキ●タマが、実際どこにあるのか知らなかった。
だから間違って、そのキ●タマの先についている方を握ってしまい、ベストを尽くせなかった俺は不覚にも基地指令を前にした整列で一物を立たせてしまいナトーに恥をかかせてしまった。
今ここで一物を立たせてしまう事は、折角良い方に勘違いしてくれている俺の印象を自ら台無しにするだけではなく、折角俺を誘ってくれたナトーの優しささえ台無しにしてしまう。
「さあ、そろそろ呼吸も落ち着いて来た頃だから、風邪をひかないように着替えるとするか」
「ああ」
ナトーが先に立って、寝転んでいる俺に手を差し出す。
俯きの姿勢になったその胸は“これでもか!”と言うくらい俺の目の前でTシャツを押し上げて立ちはだかる。
その姿は、まるで最後に出て来たボスキャラの最終兵器。
俺は最後の力を振り絞るように、自分自身に言い聞かせた。
“トーニ!ベストを尽くせ!”と。
お互いに服を着替え終わり、改めて展望台へ立つ。
ナトーの言った通り、ボコタ市内が一望できる素晴らしい景色。
風も気持ちいい。
「おいナトー、飯でも食うか」
「おごりか?」
「あたりめーだ!」
「なら、いいぞ」
展望台を後にしようとしたその瞬間、麓から巻き上がるような強い風が吹いた。
「あっ!」
ナトーにしては珍しい声に振り向くと、そこには強い風にスカートを捲られたナトーが慌てて裾を抑えようとしていた。
ランニングの時に履いていたショートパンツは履いていなくて、代わりに白い物がチラッと見えた。
ティーンが履くような、前に小さなリボンの付いたやつ。
「ベストを尽くせぇぇぇー!!」
俺は大声で叫ぶと、血液が下に降りないように思いっきり走った。
「どうしたんだ、トーニの奴……」
ナトーが不思議そうに、トーニの後ろ姿をキョトンとした目をして追っていた。




