【Love drug④(ラブドラッグ)】
「テスト……いや、悪い悪戯を仕掛けられたのよ」
「悪い悪戯?」
「アンタ昨夜、キャスに勧められてお酒を呑んだでしょう」
「ああ、ナイトコロンビアっていうカクテルを飲んだが、それが何か?」
「一服盛られたのよ」
「誰に?」
「この男」
サオリがキャスの耳を引っ張る。
「どうして?って一体何を盛った?」
「MDAと言う合成麻薬。俗にいうラヴ・ドラッグよ」
「なんで、そんな事をした?」
「本人の言い分は、悪戯ではなく、テストだそうよ」
「なんのテストだ?」
「麻薬に打ち勝つテスト」
「たかがMDAでも、おかしくなっちまうのか?」
心配そうにトーニが聞いた。
「そうね。特にナトちゃんみたいに、日頃から欲求を抑えている人は思わぬ行動に出たりするものよ」
「例えば?」
「例えば、見ず知らずの人に手あたり次第、キスしてしまうとか」
「あーーーーっ……」
「どうしたのトーニ君、まさかナトちゃんにキスされたの?」
「んな馬鹿な事があるもんか!ナトーは、そんなMDAなんかに負けやしねえ!そ、そりゃあチョッとは女言葉になっちまったが、それだけだ!」
「そうね、さすがナトちゃんだわ」
「しかしキャス!てめー、変な事しやがって!」
トーニがキャスに掴みかかろうとしたのをサオリが止めた。
「なんで止める!こいつはナトーに!」
「静まりなさい!」
いつになくトーニに厳しい態度で制止するサオリ。
「いい?これから貴方たちが立ち向かうのは麻薬カルテルなのよ。麻薬に自分だけは大丈夫と言うのは通用しません。現にナトちゃんの様に用心深い人間でも、簡単に一服盛られてしまったでしょ」
「そりゃあキャスが……」
「キャスは貴方たちの部隊の人間?」
「いや、違う」
「いつ知り合った?」
「昨日」
「ほらね。確かに感じの好い人だけど、それだからって安心できないの。むしろ敵は感じの好い人に化けて、麻薬を進めて来る。それを肝に銘じておきなさい」
それだけ言うと、サオリはナトーの手を引っ張って連れて行った。
部屋にまだ残っていたキャスがトーニを見てニヤリと笑う。
「トーニ、なんか好い事あったか?」
「んなもん、あるわけねーだろ!」
トーニがキャスに向けて枕を投げつけたが、キャスはヒョイと避けて、部屋から出て行った。
「チキショー!……」
トーニは、そのままベッドに仰向けに寝た。
『もう逃がさない』
『おかしくはない。私だって女。しかも二十歳よ!』
『例えば、見ず知らずの人に手あたり次第、キスしてしまうとか』
ナトーの言った言葉と行動、そしてサオリの言葉が頭の中で交錯する。
つまりナトーの、あの行動は、単純にMDAによる所業。
別に俺じゃなくても、誰でも良かったのだ。
“MDAの馬鹿やろー……”




