【Toni①(トーニ)】
政治欄を中心に1通り目を通したが、特に我々の招集に繋がるような記事は見当たらなかったので、もう一度今度は他の記事にも目を通して読み直す。
しばらく読み進んでいると、ある活字に目が留まる。
それは企業の求人広告。
企業に名前は『クラウチ紡績』
『アフガニスタン工場新設のため、通訳募集!(パシュトー語ダリー語)』
和平交渉の前、POCに襲われて怪我をしたアサムと話をしたときに聞いた。
和平を宣言するのはいいが、職を失った兵士たちに不満が積もらないのかと。
その時、アサムは言った。
和平宣言後には外国の企業が来る事を。
平和と言う夢が実現する。
たとえ和平が成立して平和が訪れても、そこに産業がなければ平和の女神は一瞬にして純白のドレスを脱ぎ捨てて、黒い死のマントを着た死神へと姿を変えてしまうだろう。
『ある財団から職業訓練と職場をあっせんしてくれると言う話しも来ているのじゃ』
治療の時、その話をしていた時にアサムが言った“ある財団”とはサオリたちの“SISCON”
“POCとSISCON!”
話が繋がった。
さっきまで読んでいた新聞の記事を、もう一度整理してみる。
工場新設のために通訳を募集している企業の名前は『クラウチ紡績』
所在地は、ここボコタから北東約240km離れた、コロンビア第2の都市メデジン。
今から1ヶ月前、このメデジンで一つの事件が起きている。
それはこの『クラウチ紡績』の社長ディエゴ・クラウチを乗せた車が何者かに襲われ、丁度居合わせた警察のパトカーと銃撃戦になった事件。
死傷者は犯人グループの数名と、クラウチ社長の運転手が重体。
それと居合わせて、止めに入った勇敢なトラック運転手が撃たれて死亡し、クラウチ社長は行方不明と書いてあった。
犯行声明も出ていないし、誘拐されたとも書かれていないので気になっていたが、これで繋がったかも知れない。
アフガニスタンに産業を起こして経済的な安定を基盤とした平和の定着を図ろうとするSISCON(Secret Intelligence Service Control room秘密情報制御室)と、その安定した基盤を阻止し再び内乱に持ち込もうとする武器商人の偽善団体POC(For the Peace of children's子供たちの平和のために)との対立。
SISCONは軍隊を持たないし、各国の政治にも関与しない。
逆にPOCには大量の武器があり、民間人やテロ組織を操る幹部が居て、政治的な圧力も掛けてくる。
俺たちを雇ったのはSISCONなのかも知れない。
SISCONにはアフガニスタンの平和のために、テロ組織ザリバンとアメリカとの仲介役をしたサオリが居る。
サオリはザリバンの狙撃手Grim Reaper(死神)として恐れられていた未だ子供だった俺が負傷した時に、匿ってくれてまともな人間に育ててくれた。
そのサオリなら、この難局に俺が所属する部隊を招集する事は十分に考えられる。
読み終わった新聞記事にはコロンビア北部、特にメデジン周辺での麻薬関連の事件が頻繁に行われていてパブロ・エスコバルの死後、すっかり衰退したメデジン・カルテルが勢力を復活されつつあるのではないかと憶測される記事が多数あった。
もしもPOCがこの麻薬犯罪組織メデジン・カルテルに目を付けたなら……。
廊下を歩いて来た足音が部屋の前で止まり、少し経ってコンコンとドアがノックされた。
それまで真剣に事件を追って緊張していた顔が、フッと緩む。
「ナトー、居るのかぁ~」
「ああ、開けてもいいぞ」
俺がそう言っても直ぐにドアは開かないで、5秒ほど経って3回の咳払いの後にまたノックの音がしてドアが開いた。
訪問者はトーニ。
「どうした」
「皆、ロビーで飲んでいるんだが、来ないか?」
「ああ、直ぐに行く」
「新聞、読んでいたのか?」
「ああ、チョッと気になる事があってな」
「相変わらず勉強家だな、でもスペイン語で書かれた記事も読めるのか?」
「ああ」
「お前、いったい何か国語出来るんだ?」
トーニが驚いた顔をした。
トーニに言われて気付いたが、今迄そんな事を考えた事も無かった。
ただ俺は、外国のどこへ派遣されても不自由のない様に心掛けているだけ。
特に趣味もなくゲームやアニメを見る訳でもないから、暇な時間に語学の勉強をしているだけのこと。
ただ、その暇な時間が他の人よりも多いと言うだけ。
年頃の女性としては、失格だ。
読み終わった新聞を、元通りに縛りなおす。
トーニが「手伝おうか」と言ってくれたが、すぐ終わると言って断った。
その間トーニはドアの前に立ったきりで、部屋の奥までは入って来ない。
“可愛い”
また口角が緩んでしまう。
縛り終わった新聞の束を持って出ようとすると「俺が持ってやる」と手を出したので、遠慮なくトーニの手に新聞の束を預けた。
「お、重てえな」
「重いなら、いいぞ」
「いいや、軽い!」
「でも、いま……」
「あれは、ふ、風船に比べると重たいな。と言う意味だ。気にすんな」
「分かった」
新聞紙の束と風船を比べる奴なんていない。
だけど、トーニのこういう所も好きだと思った。
“……”
急に頬が火照るのを感じた。
それはアフガニスタンでエマやサオリに言われた事を思い出したから。
“ハンスとトーニ、天秤に掛けたらどっちが重いの?”
「天秤になんか、掛けていない!」
「天秤?なにそれ??」
「何でもない!」
思わず口に出てしまった。
恥ずかしくてスタスタと大股で歩くと「おい、待ってくれよ!」とトーニが後から追いかけて来る。
赤くなった顔を見られたくなかったから、俺はトーニの言葉を無視して、そのまま……いや、追い付かれないようにもっと早く歩いた。




