【To Colombia⑤(コロンビアへ)】
「ところでニルス少尉はパソコンルームで何をしていたのですか?」
「ああ、あれはアマゾンに住む危険動物について調べていたんだ。もっとも最初は任地が分からないので、地理や歴史を調べていて脱線したのだけどね」
もともとは情報処理関連の研究者だったこのニルス少尉は、まるで子供の様に好奇心が強いから、アマゾンについて調べ出すと時間を忘れてしまうのも分る気がする。
17世紀。かつて、この南米の密林の奥にこのエルドラド(黄金境)があると噂され、沢山の人たちが金塊を求めて密林の奥に入って行った。
しかし密林の奥には沢山の困難な状況が彼らを待ち受けていた。
あるものは密林と、何本もの複雑に流れる川に、迷って戻れなくなり。
またある者は、マラリアなどの病に倒れ。
先住民と争って死んだ者もいれば、運悪く流砂にハマってしまった者もいた。
そしてここにはワニやアナコンダなどの危険な大型動物だけではなく、普通サイズの蛇からカエルやクモ、ムカデにアリ、カメムシと言った昆虫まで猛毒を持っているものが居る。
川の中には電気ウナギやピラニアも居る。
多くの者たちがこれらで命を落とした。
しかし彼等の野望と努力とは裏腹に、結局密林の奥にはエルドラドなど存在しなかった。
食事を終え、飛行機の窓から真っ黒に広がる大西洋を眺めてから目を瞑った。
エルドラド……。
それが、もしあるとしたら、それは20世紀になってからだろう。
密林の奥には幾つもの大麻やケシが栽培され、それを加工して作った麻薬が巨額の富を生んだ。
10時間余りのフライト時間の殆どを、寝て過ごした。
エルドラド国際空港に着いたのは、予定時刻通り16時50分。その10分後の17時00分にはマーベリック少尉たちの2班も到着して合流した。
「お疲れ様、いいなぁ2班はマイアミビーチの直ぐ傍のホテルに泊ったんでしょ。こっちは10時間20分飛行機の中に缶詰めですよ」
「たまには良い思いもさせて貰わないと」と、マーベリックが笑う。
「トーニさん、どうでしたかマイアミのビーチは?」
ニルスがマーベリックに話し掛けたあと、ハバロフがトーニに話し掛けた。
「ビキニ美女は沢山いましたか?」
「履いて捨てるほどな……」
「良かったですね。トーニさんの事だから、ナンパしてお酒でも――」
ハバロフがそこ迄言いかけた時、モンタナが喋るハバロフの口を押えて少し離れた場所まで引きずって行った。
「ど、どうしたんですか伍長」
「トーニ―はビーチになんか一歩も出て居ねえで、部屋の窓にへばりついて水平線ばかり見ていたんだ」
「えっ、風邪でもひいたんですか?」
「バカやろう。オメーにもトーニの気持ち分かるだろ?」
「軍曹を好きな事でしょ。でもトーニさんは陽気なプレーボーイなんじゃぁ……えっ、まさか!本当に?」
「そうよ。トーニにとっては1万人のビキニ美女の居るビーチよりも、10時間飛行機に缶詰でもナトーの近くに居られる方が良いんだ」
「へぇ意外に超純情だったんですね」
「前までは、そうでもなかったんだがな」
話し終わると二人はトーニの方へ顔を向けると、そのトーニはナトーと話をしていた。
「やっぱり、俺の思った通りだったな」
「よく分かったな」
「あったりめえよ。実技訓練が大好きなナトーが俺たちを集めて講義を始めると言い出した時から“何かある”って感付かねえ方がおかしい」
「俺が講義をするのは、そんなに変か?」
「いや。たしかにオメエ自身は勉強家でもあり頭もいいし、有能な教師みてえに教えるのも上手え。だが不必要にそれを俺たちに強要しねえ。だからこそだ」
「さすがだな」
「おだてるなよ」
「ビキニ美人は満喫したのか」
「ああ。さすがにマイアミだけの事はある。ボインボインの姉ちゃんが選り取り見取りよ」
「メアドや電話番号とかは交換したのか?」
「まさか!」
「何故しなかった?」
「いくら顔やスタイルが良かったとしても、所詮“遊び用の女”だ。そんな奴らに気安く俺様の機密情報を教えられるものか……まあ、もっとも、その教える携帯も出発前に分捕られたけどな」
「そうだな。それは残念だったな」
「おう」
ナトーはそう言ってくれたが、残念でも何でもない。
たとえ携帯を持って外出していたとしても、女に声も掛けやしないし、ましてメアドなんか交換もしねえ。
俺が一緒にいたいのはナトー、お前一人だ。
そう言いたかったが、それはグッと堪えておいた。
なにしろ隊の規律では、ナトーは男扱い。
迂闊な行い。特に異性関係は重大な規律違反になる。
そうなればナトーは除隊させられることになってしまい二度と会えなくなる。
大切なナトーを失いたくないから、俺は最大限に我慢しているんだ。




