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【prologue(プロローグ)】

 俺の名はナトー。

 職業は、軍人。

 フランス外人部隊にスーザン・トラバース以来、約100年振りに入隊を認められた女性兵士。

 所属する部隊は、外人部隊きっての荒くれ者共が集まる特殊部隊LéMATリマット

 俺は、その分隊長を務める軍曹だ。

 女では分隊長の任務は難しいと思うだろうけれど、隊内の規則では俺は男として扱われる。

 若干まだ20歳だけど、イラクの反政府組織で育った俺の戦闘経験は軽く10年を超えるベテランだ。

 合気道を主体とする格闘技もそうだが、狙撃の腕は隊内No1。

 それもそのはずで、反政府組織に居た頃の俺は『グリムリーパー』と呼ばれた首に懸賞金を掛けられた身の上だった。

 今ではスッカリ反政府組織からも足を洗い、この外人部隊に、もう2年もお世話になっている。

 俺の補佐をするモンタナ伍長はアメリカ出身の元NFLの名選手。

 そのモンタナの補佐をするブラーム兵長はオランダ出身の元キックボクサー。

 その下のフランソワ上等兵はベルギー出身、高級ナイトクラブで用心棒をしていて、イタリア出身のトーニ上等兵は爆弾の専門家。


「ヤッタ、ヤッタ、ヤッタ、ヤッタぜ!フォーッ!!」

 訓練が終わった後の食堂前のロビーで、込み上げる感情を口から発しながら、来るもの一人一人にハイタッチを求めているのはトーニ上等兵。

 上半身裸で下半身にもズボンは履いておらず、何故かヤシとビーチの絵が鮮やかに描かれたピチピチの海パン一丁。

「一体、どうしたんだ……」

 俺は唖然としてロビーの入り口付近で立ち止まる。

 隣に居たモンタナが「奴の夢が、ついに叶ったんでさあ」と笑う。

「夢?」

「訓練の終わりに、トーニに実包を片付けに行かせたでしょ」

「ああ、今日はトーニの番だったからな」

「そのあと、事務秘書官のメエキが携帯で航空機の手配を頼んでいるのを立ち聞きしたそうです」

「それで?」

「なんでもコロンビアに10名近くの予約をしていたと言う事です」

「じゃあ、次の任地はコロンビアか……でも、なんでコロンビアが、それ程までに嬉しいんだ?」

「コロンビアと言えば中米でしょ」

「中米と言えば青く広がるカリブ海」

「カリブ海と言えば、ビキニ美女じゃねーか」

 いつの間にかジェイソン1等兵にボッシュ1等兵、そしてその2人の親分であるフランソワ上等兵が俺を囲んでいた。

「遊びに行く訳ではないぞ」

「確かにそりゃそうですが、行く以上、休暇もあるでしょう」

 俺の後ろから来たブラーム兵長と通信兵のハバロフが任務の推理をした。

「コロンビアには内戦や侵略の情報はありませんから、行くとすれば麻薬がらみ」

「そうなると相手は農民上がりのギャングでしょ。その点では今までの戦いとは比べ物にならない程、気分的には楽ですよ」

 確かにコンゴでの反政府軍との戦いや、リビアなどでのテロ組織ザリバンとの闘いに比べれば相手のレベルは確実に落ちるが、俺たちに応援要請の声が掛かるからには隠された訳があるに違いない。

「どうなんだ?地元だろ」

 俺は元オフロードライダーのキースに聞いた。

「一つ一つは他愛もないかも知れませんが、麻薬の殲滅はアリ地獄です」

「アリ地獄?」

「そうです。一旦足を踏み入れると出るに出られません」

「それは、中毒になるって事か?」

「そう言う人も居ますし、いろんな意味で……俺の出身地はメキシコで、地元って言うわけではないですが、そう言う人たちを見た事はあります」

 麻薬の流通ルートは主にペルーで栽培されたものがコロンビアで加工され、メキシコを経由して、最大の取引相手であるアメリカのバイヤーに渡る。

 難しいのは流通経路上のそれぞれの国でも原材料である大麻の生産が行われているという事で、しかも大麻畑を焼き払ったとしても赤道近くでは、たった2ヶ月ほどでまた収穫できるという事。

 他にこれと言った産業のない国々にとって、支払いの確実な大麻ギャングが地方の町や村の住民を豊かにしている一面もあり、俺たちの様に取り締まる側に協力的でない場合も多い。

 特に1990年代のFARC(コロンビア革命軍)や、パラミリターレス(右翼準軍事組織)の様に、残忍な手口を使って組織や人をまとめていた時代とは違い、今は住民には殆ど手を出さなくなったので尚更……。

「よう!ナトー!サンフアン岬で一緒にラテンダンスを踊ろうぜ!」

 考え事をしていた俺の隙をつく様に、いつの間にかパンツ一丁のトーニが目の前まで来て俺の太ももに股間を摺り寄せて来た。

「そんなに俺と踊りたいのか?」

「ああ、正面から見えるそのエメラルドとアクアマリンに分けられた瞳も魅力的だけど、俺様が一番好きなのは、どんなに強がっても隠すことのできない胸と」

 トーニは俺の腰を掴み後ろに周る。

「このくびれた腰の下にあるプリップリのお尻さ」

「……そうか、それは良かったな」

 俺は右足を真後ろに蹴り上げる。

 反るように蹴りあげた足は、丁度膝の所でトーニの股間を包むように折れ曲がる。

“パーン”という大きな音がホールに響く。

 そしてトーニが床に倒れた。

「馬鹿馬鹿しくって付き合っていられない!」

 俺は慌てて食堂の洗面所に行き、トーニに触られた部分を石鹸で丁寧に洗い、仕上げにアルコール消毒をしてうがいをした。

 怒っている俺の姿を、丁度士官食堂へ向かうハンス大尉たちが通りかかって見ていた。

 技術将校でハンスと仲の好いニルス少尉と、普通科上がりのマーベリック少尉が何事かと驚いた顔をしている中、ハンス大尉は“またか”と言う様に苦笑いをして通り過ぎて行った。

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