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週明け、早速情報屋の佐山が報告にやって来た。
「おい、橋本色々分かったぞ」
「うん、聞かせて」
「いやあ、俺って3年の先輩にも顔広いじゃん?森先輩って俺のコミュニティからは少し離れているんだけど、やっぱり俺の広い人脈をもってしてかかると、森先輩と仲がいいって先輩にも行きつくわけだよ。もちろん、うまくごまかして聞いたんだけどなかなか教えてくれなくてさ、、、、」
「おめえの人脈の話じゃねえよ!おめえが仕入れてきた情報について聞かせろって言ってんだ!」
つい声を荒げる。焦らしてからかっているのか、ただのバカなのかよくわからないがムカつく男だ。こっちは気が気でないというのに。こういうやつに限って自分の人脈の自慢をするんだよな。人脈なんてビジネスマンくらいにしか役に立たねーだろ。
「結論から言うと、森先輩はかなり束縛が激しい人だな」
気を取り直した矢先の衝撃の事実にめまいがする。
男でも束縛の強い人がいるのか。私のお姉ちゃんに強く抱きしめると割れてしまうような儚さがあるのは義務教育でしょうが!優しくそっと扱うならまだしも、自分のものにしようなどと傲慢にもほどがある。
え?私ですか?私は妹だから束縛してもいいんですよ。家族の絆ってやつです。ちなみに絆の漢字はもともと馬を繋ぐ鎖を表してるらしいですよ。漢字ってたまに物事の真理を表してることがあるよね。
「まあ、初めての彼女らしいし、それがあの橋本先輩とくりゃ話も分かるんだけどな」
「つまり、彼女への接し方がわからないし、距離感もつかめない童貞野郎ってこと?」
「前半はその通りだな。後半はそんなこと言った覚えがない」
くそ、やはり童貞にお姉ちゃんは文字通り10年早いわ。でもだからって経験豊富なプレイボーイが彼氏ってのも妹としては複雑だし、片思いの身としては発狂案件だ。
「束縛が強いって具体的にどんな?」
「ああ、他の男と話していると機嫌が悪くなるし、毎日空き時間があれば会いたがるらしいぜ。それに、初彼女があんな美人で少し調子に乗ってるって先輩たちも眉をひそめてた」
「うへえ、お前よりひどいじゃん」
私の八つ当たり的なキラーパスに佐山は大げさに吹き飛ぶ。
「橋本の俺に対する評価ってそんなに低かったの!?ともかく、橋本先輩も少し疲れてきてるらしい。あの人優しいから言われるがままなのかもしれないな」
確かに。お姉ちゃんのことだから、喧嘩なんかもせずに我慢しているのだろう。できるだけ人間関係を拗らせたくない気持ちはわかる。お姉ちゃんみたいにモテモテの人だと特に対人関係に敏感だ。いつも注目を集めているから何かの拍子に周りが全員的になることだってあるかもしれない。
これは直接本人に聞いてみるしかない。
お姉ちゃんが帰ってきた。よほどの考え事があるのだろうか、最近はただいますらも言わない。私は意を決して、何でもないように、本当にそれとなく聞いた。
「ねえお姉ちゃん。彼氏とうまくいってないの?」
「ううん。全然大丈夫だよ」
嘘だ。
私は直感でそう思った。やや食い気味におかしな間だった返事、少し動揺したような、怯えたような声、そもそも「うまくいってる?」という質問に対しては「うまくいってる」か「うまくいってない」の二択で「大丈夫」なんて答えはない。
私は確信した。お姉ちゃんたちの関係はもう終わらせた方がいい段階まで来ている。
「嘘が下手だよお姉ちゃん。私みたいに嘘に慣れている人から見るとすぐにバレる」
お姉ちゃんはバレちゃったか、と首をすくめてみせた。でも、言い訳をするようにたらたらと続ける。
「うまくいっていないっていうより、お互い初めてだから空回りしてしまっているの」
なんで相手をかばうのか。我儘なんでしょ?お姉ちゃんに自分の気持ちを押し付けてくるんでしょ?他の男と話しただけで嫉妬するような器量なしで嫉妬深いんでしょ?なんでかばうの。もういいじゃん。やーめたって放り投げてもいいじゃん。
「相手の言いなりになることは恋愛とは言わないよ」
「恋愛について何も知らないくせに分かったようなこと言わないで!」
心臓が凍る。体がビクッと震える。
はじめて怒鳴られた。
完璧で、いつも優しくて、仲がいいお姉ちゃんにはじめて怒鳴られた、、優しい優しい優しいお姉ちゃんにはじめて怒鳴られた、、なんで?、、私なにかまずいこと言ったかな?何か怒られるようなこと言ったかな?何か傷つけること言っちゃったかな?
わからない、、わからない、、わからない
どうして怒鳴られたの?なんで?なんで?なんで?
お姉ちゃんは怯えた顔をする私の顔を見て、自分が怒鳴ったことに初めて気づいたような表情をした。慌てて一歩踏み出してくるが、私は反射的に後ずさりしてしまう。怖い。あのお姉ちゃんに怒鳴られたことが怖い。
「佐奈、、佐奈、、ごめんね」
お姉ちゃんは泣きそうな顔になっていた。
「泣かないで、私が悪かった。つい感情的になってしまって」
その言葉で、初めて私は私が泣いていることに気が付いた。ショックだったのだ。あんなに仲が良かったお姉ちゃんに怒鳴られたことが、好きな人に怒鳴られたことが。どうしてこんな目に合わなければいけないのか。
そうだ、あれのせいだった。私はお姉ちゃんに抱きつく。身長もあまり変わらないから抱擁というよりハグみたいになってしまったけど。
「佐奈、、?」
「別れて、、」
「えっ」
「彼氏と別れて」
「佐奈、私は大丈夫だから」
確かにお姉ちゃんなら大丈夫だというだろう。自分の不満は押し殺していい関係を築けるかもしれない。客観的に見て「いい彼女」になれるかもしれない。でも、これでは私が大丈夫じゃない。
「お姉ちゃんが大丈夫でも私は大丈夫じゃない。ねえ、かわいい妹のお願いを聞いてほしいな。お姉ちゃんが誰かの女になるのは嫌なんだよ。」
だから、、私は嗚咽交じりになっていた。気づけば涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた顔を向ける。
「私のために、私のために別れてほしい」