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大好きなわたしだけのひと  作者: ホーリョ
5/8

5月の中間テストも終わった。今回は1位狙えるかもしれない。お姉ちゃんにべったりできなくなったので時間が余って、テスト範囲を山手線みたいにグルグル何周もできたのだ。同じく成績上位者の彩花が早速やって来る。


「佐奈、テストも終わったことだしカラオケ行かない?」


「うう、、気持ちは嬉しいけど、カラオケはちょっと」


私はカラオケが苦手なのだ。ラップを歌ってたら「お経?」と言われたこともある。


「じゃあカフェに行こうよ。どこでもいいからゆっくり話したいの」


学校近くのカフェは試験明けの高校生が溜まってそうだったから、少し遠くのカフェに行く。平日で試験が早く終わったこともあり、主婦やおばあちゃんが数組いるだけだった。


「佐奈、最近元気ないからちょっと心配になって」


彩花が私の頭を撫でる。


「やっぱり香織先輩が付き合ったこと?」


「ほら、私お姉ちゃんっ子だからさ、ずっと私だけのお姉ちゃんだと思ってたのが、他の人の彼女になったことはショックなんだよ」


「わかるわかるぞお」


少しおどけたように相槌を打った彩花は少し真顔に戻って続けた。


「でも、それはいずれ来ることでしょ?佐奈も彼氏作ったらいいじゃない」


「いや、そのつもりはない」


即答した私に彩花は苦笑した。


「部活だったり委員会だったり何か他の気を紛らわせることを見つけたら?」


「なんか、私まるで失恋したみたいじゃない」


「違うの?」


おどけて言った私に彩花が真剣な顔で聞く。すうっと背中が寒くなる。まさかバレていたのか。私がお姉ちゃんを本気で好きになってしまったこと。でもわかるか、彩花なら。中学の時からずっと友達だったもんね。やっぱり彩花に隠すことはできなかったか。


私は意を決して答えた。


「その通りです」


彩花はコーヒーをずずずと飲んでうんうんと頷いた。


「まあ、重度のシスコンは恋みたいなものだからな~」


いや、この女全く気づいてなかったわ。私は思わずずっこけそうになった。


危ない危ない。私はもう少しで一生黒歴史になるレベルの墓穴を掘るところだった。まったく、誤解させるような物言いをするな。まあ、とりあえず私の秘密は誰にもバレていない。


「ああ~お姉ちゃんと結婚したい~」


「佐奈、それはできないよ」


急に彩花の口調が変わる。私は冗談のつもりだったんだけど。いや、8割くらい本気なんだけどさ。冗談のつもりで言ったんだけど。


「だいたい民法734条1項により近親婚は禁止されているし、憲法24条1項で同性婚も禁止しているからね。もっとも、憲法24条の趣旨は女性が嫌がっているのに男が無理やり結婚することの防止として『両性の合意』って文言を入れたんだから、同性婚が全くの違憲てなわけでもないけどね。でも、いずれにしても民法739条1項の規定が存在している限りは同性婚は、、ぐはっ」


私は、クラスにいる歴史オタクが超絶怒涛の勢いで、いかに東京裁判が不公平なものだったかを解説していたのにまったく引けを取らないほどの早口で何かを説明しだした彩花の足を、テーブルの下で蹴っ飛ばした。


「おい弁護士の娘、別に私はマジレスは求めてない。私はただ『うんうんわかるよ佐奈ちゃーん。大変だったねぇ~~』ってよしよしされたいだけだ」


「うんうんわかるよ佐奈ちやん。大変だつたねえ」


「棒読みやめろい」


私は笑いながら彩花の頭を叩いた。それからはしばらく二人でいつものようなおしゃべりをした。女子の話のタネは恋バナとはよく言ったものだが、彩花は恋バナをしない。恋バナが苦手な私のことを良く知ってくれている。その代わりアニメや漫画の話をひたすらした。二人とも結構なレベルの熟練者である。グッズやフェスに行くお金がないのでオタクと名乗るのは本物のオタクに気が引けてしまうが、情熱だけは負けていない。


「まあ、元気になったようで良かったよ」


「うん、ありがとう」


私は彩花に抱きついた。あまりこんなことはしないが、少し甘えたくなったのだ。


「よしよし、また元気がなくなったら私を呼びなよ」



「あっ」

「おっ」


二人で外に出ると同時に気づいた。


反射的に私は彩花の後ろに隠れた。このカフェは商店街の入り口にあるのだが、商店街の中の本屋の店先にお姉ちゃんがいた。正確にはお姉ちゃんと森先輩だ。


「試験が終わったら早速デートですか」


「まさか、あの橋本先輩と制服デートできる男がこの世界にいるなんてね」


感動するように彩花がうんうんと頷く。悔しいから私が彩花のセリフに付け足す。


「それが、あんなモヤシなんて」


「まあ、実際森先輩は優しそうだし誠実そうだからいいんじゃない?別れたらストーカー化してきそうだけど」


「怖いこと言わないでよ。その時は正当防衛で返り討ちにしてやる」


うん?これは正当防衛という大義名分のもとであの男を合法的にボコボコにすることができるんじゃないか。おお、、なんという素晴らしいことだ。こんな解決策があったなんて。


「あっちなみに刑法36条1項の正当防衛って積極的加害意思がある時は認められないこともあるから、、、ぐはっ」


私の心の声を読んだかのように正論を吐いてくる彩花に腹パンをして、私はお姉ちゃんとは反対方向に歩き始めた。


小走りで追いついてきた彩花が心底羨ましそうに呟く。


「今から夏祭りに夏休み、海に山に、、いいなあ彼氏ができるのは」


「いや、あの人たちも受験生の3年生だからさすがにそこまでは」


お姉ちゃんは県下一の進学校のトップだ。東大なんかも視野に入っているし、なんなら普通に合格しそうでもある。アニメの世界じゃないんだから夏休みをそんな形で浪費するほど気が抜けてもないだろう。


「橋本先輩は佐奈との時間を削ればそのくらいの余裕は、、すみません何でもないです。」


何かを言おうとしてきた彩花は映画『シャイニング』に出てくるおっさんみたいな私の形相を見ると慌てて口を閉じた。


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