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裏庭の少年と老人


「ふふっ、ふふふふふ……」

 カインは忍び笑いを漏らしていた。だって、先ほどの出来事があまりにも愉快だったからだ。


 自分が近づいただけで慌てふためき、顔を真っ赤にしていたリテア。その様子はいかにも初心(うぶ)といった風で、これまで経験豊富な女性ばかりを相手にしてきたカインの目にはとても新鮮に映ったし、普段は落ち着いている人の取り乱した姿を見るのはとても面白かった。

 ……そう考えて、カインは自分の中にこれほど悪童めいた感情が残っていたことに驚く。人をからかうのが面白いなんて、そんな感情は大人になるにつれ、自然と忘れていった――忘れていかなければならなかった感情だったのに。


 とはいえ、仕事の邪魔はしないと自分で言ったのに、結果的には彼女に迷惑をかけてしまったし、その結果予定よりだいぶ早く書斎を出ることになってしまった。これは反省すべきことである。

 が、まあ確認したいことは概ね確認できたし、まあ良しとするか、うんそうしよう、と自分の中で結論付ける。



 ……うーん、しかし、この後どうやって暇をつぶそう?



 とりあえず歩くか、とカインは書斎の前から離れる。とはいえここ数日で、ハイムウェル邸の大部分は行き尽くした感がある。真新しい目的地は見つかりそうになかった。


 ぼんやりと考えを巡らせながら、カインはただ気の向くままに足を進ませる。先ほどの滞在で、昨日気になったことについては概ね解決を見ていた。が、それと入れ替わるようにして、カインはまた新たに気になる事を見つけてしまっていたのである。

 あれはいったいどういう意味なのか……そんなことを考えつつ、でもやはり先程のリテアの様子を思い出し、忍び笑いをこぼしてしまう。

 もし今の自分の様子を誰かが見ていたら、きっとおかしな奴に見えるんだろうなあ、とも思うが、どうにもこの笑いは収まってくれそうになかった。


 そうこうしているうちに、カインは自分が裏庭に近づいていることに気付く。このうららかな陽気に誘われ、自然と足が外の方に向いていたらしい。


 と、自分の向かう先から人の声が聞こえた気がして、カインはいったん立ち止まる。……どうやら何かしらの掛け声と、それに応じる人の声であるようだった。

 その片割れが、あのドタバタしたハイムウェル邸の初日、特に印象に残っていた人物のものであることに気付き、カインは少しの間躊躇(ちゅうちょ)する。が、結局そのまま進むことにした。


 裏庭に着く。と、思った通りそこには2人の人物がいた。

 一人はもう老年に差し掛かっていると思われる、しかしそうは思わせない程の堂々とした体躯の男性、対してもう一人は華奢な後ろ姿の美少年――つまりはユーグ・ハイムウェル、リテアの弟であった。


 ユーグはどうやら剣を模した木の棒――練習用の木剣を構え、剣の訓練をしているようだった。その立ち姿はなかなか様になっていて、カインはほう、と感心する。

 そのまましばらく隠れて見学していたのだが、途中でふと、男性がこちらに目を向けた。


「ところで、そこにいるのはカイン様……でしたかな?」

「おわ、見つかっちゃってたか。覚えていてくれて嬉しいよ。……ええと、アランさんだったかな」

「おお、(わし)の名前を覚えていてくださいましたか。光栄なことです」

「ま、記憶力には多少の自信があるからね。それほどでもないよ」

「……!!!?」

「……んで、君のことはやっぱり驚かせちゃったか……ええと、邪魔してごめんね?」

「おや坊ちゃん、木剣を放り出してはいけませんぞ、こらこら、どこに行きなさる! ……やれやれ、いつもは元気だというのに、坊ちゃんの人見知りはなかなか治りませんなあ」

「あははは……」


 カインは光の速さで遠ざかり、どこかに――おそらくは少し遠くの木の陰に隠れたユーグを、少々ひきつった笑顔で見遣る。


 そう、正直な所、カインはこの小さな少年の扱いを、少々持て余していたところだったのである。


 この数日、カインが暇を持て余し、ハイムウェル邸を見て回っていたとき。

 実のところ、カインはユーグの姿を何度か見かけていた。その度何かしら声を掛けようとはしていたのだが、ユーグがこちらを認識した瞬間、今のようにものすごい速さでどこかに隠れてしまい、そしてその後はしばらく、こちらをじっと――いやじぃぃぃっと見つめてくるのである。

 そのくせこちらが近づくとすぐ距離を取る。そして一定の距離が確保されると、またこちらをじぃぃぃぃっと見つめてくるのであった。


 こんな奇妙な行動を取る少年にどんな対応をすれば正解なのか――有効策を思いつくこともなく、カインはほとほと困っていたところであった。


「ま、しばらくすれば坊ちゃんも戻ってくるでしょう」

「え、そうかな」

「そうですとも。あの方の行動について深く考えるのは時間の無駄です、放っとけばよろしい」

「雑だね!?」

「そんなことはありませんとも。長年の経験というものです、ええ。それより」


 立派な体躯をした老年の男性――アランが、突如鋭い目をしてこちらを見据える。


「初めてお会いしたときから思っていましたが、貴方様は――かなり、()()方ですな?」

「えっ」


 やる。やるとは何だろう。まあこの場でやるといったらあれしかないだろうが、うん。


「……まあ、(たしな)む程度には、やっていたけれども、ね」

「ほっほ、嗜む程度とは! またまたぁ」

「いやいやほんとだからね!? しかも最近めっきりご無沙汰だから!」


 だからそんなに目をキラキラ――いや、ギラギラさせないでくれるかな!?


 という、カインの心の叫びも虚しく。


 アランは実に楽しそうに、にっかりと笑いながら、こうのたまったのである。


「ここでは剣を嗜んでおる者ですら少なくてですな、少々退屈しておったところなのです。――見た所、時間がないということもない様子。もしよろしければ、手合わせ願いたいのですが、どうですかな?」





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