二人の両親
それから、リテアとカインはお茶を片手に、よくおしゃべりをするようになった。
その内容は、最初はほとんどがなんてことのない世間話だったけれど、段々と二人はお互いのことを話すようになった。
邸のことや、イシス領のこと。
王都での生活や、友人のこと。
それらは互いに馴染みのない話が多く、会話していて飽きることは無かった。
ある日のこと。
いつものお茶の時間に、カインは「そういえば」と、前々から気になっていたことを話題に出した。
「机の上にあるそれって、もしかして写真?」
「え? ああ、はい。そうですよ」
「へえ! 珍しいな、写真なんて貴族の家でもまだ滅多に見ないのに。……見ても良い?」
「ええ、どうぞ」
そう言って、リテアは写真立てを手に取り、カインに渡す。
カインは礼を言って受け取り、どれどれ、と覗き込む。
そしてはっと息をのんだ。
写真の物珍しさに思わず話題に出してしまったが、そこに何が写っているのか、少し考えれば分かりそうなものだったのに。
「……もしかして、これ。家族写真?」
「はい。数年前に撮ったものだと思います。……ああ、懐かしいですね。確か春ごろに撮ったものです。ほら、ここ。これはあの裏庭のお花で、毎年美しい花が咲き乱れるんですよ」
リテアは気を悪くするでもなく、ただただ懐かしそうに、そう言葉を紡ぐ。
……写っているのは4人。写真の中心には今よりも少し幼いハイムウェルの姉弟が、そしてその後ろには、カインにとっては初めて見る人物――恐らくは、リテアとユーグの両親、ハイムウェル伯爵夫妻が写っている。
写真の中の彼らは、皆笑っていた。お互い寄り添い合って、幸せそうに。
それがとても眩しいものに思えて、カインは少しだけ目を細めた。
「……こうして見てみると、そっか。リテアさんは父君似なんだね」
「うふふ、はい。そしてユーグは母似なんです。よくもまあ、こんなにはっきり分かれたものだなあと、自分でも思います」
そう言いながら、リテアは写真の中の両親に、そっと指をすべらせる。
リテアの父親――イシス伯爵スヴェン・ティアトーレ=ハイムウェルは、茶色の髪に茶色の瞳の、ごくごく平凡な顔立ちの男性だ。
それに対し、父の隣に立つ女性――リテアの母であるスーリヤ・ルィトーラ=ハイムウェルは、金髪碧眼の、いっそ恐ろしい位の美女である。
傍から見ればどう見たって釣り合わない2人だった。
けれども、娘であるリテアの目から見ても、両親は本当に仲が良かった。
……そう、結婚して20年近く経っても、2人っきりで旅行に出かけるくらいには。
ああ、いけない。と、リテアは暗く沈みそうになった感情を振り払うように、小さく首を振る。
そして、努めて明るい声で、言葉をつづけた。
「私とユーグは、お互いに父親似、母親似なものですから。2人で一緒にいても、姉弟だと判る方はほとんどいませんでした。両親が一緒にいれば、一目瞭然なんですけれどね。毎回説明するのがちょっと面倒だなあ、なんて、思った時もあったくらいで」
ふふ、とリテアは小さく笑い声を漏らす。
そんなリテアの言葉に、カインは何故かちょっと首を傾げた。
「ふうん、そうなの? そんなに似ていないかなあ、2人」
「え?」
「まあ、顔立ちとかは似ていないのかもしれないけど。表情というか、雰囲気というか。そういうのは、2人ともよく似ているように思うな」
ああ、でも。と、写真を見ながら、彼は続ける。
「確かに、2人でいるよりも、伯爵夫妻が一緒にいたときの方が、……なんていうか、『家族』って感じがするね。顔が似てる似てないってだけじゃなくて……本当に仲が良さそうで、幸せそうだ」
そんなことを言う彼の横顔は、なぜだかひどく寂しそうで。
リテアは無意識に、口を開いていた。
「……カイン様のご両親は、どんな方なんですか?」
「え?」
カインが少し驚いた顔をした。それを見て、リテアはハッと口を押さえる。
「あっ、すみませんカイン様、いま、今のは忘れてください!」
「あはは、大丈夫だよそんなに慌てなくても。……そうだな、わたしの両親、両親ねえ……」
そう言って、カインは少しの間沈黙する。そしてしばらくして、ゆっくりと口を開いた。
「父とは、実のところあんまり言葉を交わしたことは無くてね。その為人を深く知っているとは言い難いけど……そうだな、良くも悪くも、貴族らしい人ではあるかな」
「そ、そうなのですか」
「母は……、そうだね、うん。明るい人だったよ。明るくて、朗らかで。風のように自由で、飄々とした人だった。そのくせ人情に厚くってね、使用人にも、よく慕われていたなあ」
「……そう、なのですか」
「うん」
呟くように頷いて、彼はそれきり黙ってしまった。
リテアは後悔する。
……先ほどの、カインのあの言い方。
父親であるグラド公爵のときと違って、母親については、明らかに過去のことを話すような口ぶりだった。
すると、彼の母君は既に――
「……では、カイン様はお母さま似でいらっしゃるのでしょうか」
「え?」
「私から見るカイン様も、明るくて、朗らかで、自由で、飄々としていて――」
カインの目を真っすぐに見て。リテアは、柔らかく微笑みながら、言葉を続ける。
「――人情に厚くて。そして、誰よりも優しい人ですから」
目の前の、寂しそうな年上の人に。
ひとりじゃありませんよと、伝えたくて。
「――」
カインが、目を見開き。そして呆然としたように、彼女の顔を見つめる。
そのまま、2人は少しの間、見つめ合った。
「……あ、あはは。なんだか、照れるね」
先に目をそらしたのは、カインの方だった。
でも、ありがとう。と、彼は小さく、呟くようにそう言った。
その吐息のような音を、リテアは拾い。
はい、と、小さく応えたのだった。




