96.隣に君がいない日
肩を上下させるほど「はぁ、はぁ・・・」と荒い呼吸とともに体を震わせていた。
視界の端に映る俺の頬をビンタしたであろう愛華の右の手の平がピンク色に染まっていた。
俺を叩いたの間違いなく愛華であることがわかったが、ビンタした愛華の方が心も手も痛いはずである。まして、愛華がそれをしたとなるとよほど怒っているのが嫌でもわかった。
「永遠・・・あんたってやつは本当に・・・」
声を震わせながら涙目で俺を睨みつけている。
「・・・」
「・・・」
晴生も愛華がしたことに驚いており、目を真ん丸として愛華の右手に目が行っている。
すると、本人では気づいていないだろうが俺を掴む力が弱まっており、今日はここにはもういられない、と判断した俺は晴生の腕を払いのけて自分のもってきたトランペットや楽譜を入れたカバンを持ち直した。
俺は、青ざめた顔をしたまま固まり続ける一年生に「今日はごめんね」と申し訳程度に謝って教室を出る。
晴生も愛華も誰も止めることはなかったので教室のドアを閉めた。
廊下に出たことで静かな音が聞こえてくる・・・なんてことはなくむしろ吹奏楽の活気溢れる音が各教室から漏れ出ていた。
フルート、サックス、ホルン、トロンボーン、ユ-フォ、チューバ、様々な音色が奏でられている。
打楽器は教室ではやらないので聞こえてこないが・・・。文化祭終わった後ではあるものの前回の夏休みでのコンクールのようにだらけたり気が抜けたりすることなくそれぞれ練習しているみたいで自分達の代で文化祭をやりきったことで部活としてもようやく自分達が作り上げていくという自覚もできあがったのだろう。
しかし、今だけはこの明るく楽しいはずの音が聞こえてほしくないと思っていた。いつもだったら聞こえてほしかった音があと2つ足りなかったから・・・。
俺のせいだ・・・
音楽室に戻った俺はそのまま顧問に「今日は体調が優れないので帰ります」と伝え、帰ることにした。
顧問には「何かあったのか?」と不安そうに尋ねてきたが俺は「なんでもないです」とだけ言ってそのまま音楽室を跡にした。
「ただいま・・・!・・・・・・・」
家に着いた俺は鍵を差し込み重いドアを開ける。そして特に何も考えることなく自分の口が動いて発せられた『ただいま』と言ってしまってから気づき頭を抱えてしまう。
返してくれる人もいるはずがないのに・・・
当然のように静寂な廊下だけが俺だけを出迎えており、重く錆び付いたかのように動かなくなってしまった自分に内心で叱咤しながらなんとかリビングまでやって来て荷物を降ろしソファに座り込んだ。
「刹那・・・・・・」
いないとわかっていても刹那の名前を呼んでしまう。
俺はすっかり一日、いや半日で寂れてしまったリビングを見渡し改めてここにはもういないということを突きつけられる。
台所に立ってトントンと軽やかな音で食材を切っていく音もフライパンでジュージューと香ばしい匂いと共に来る焼く音も、楽しそうに料理をしながら時々料理の合間を縫って顔をひょっこり出してこちらを覗いてくる・・・なんてことも当然あるはずもない。
しかし、もしかしたら隠れてるのかもなんてバカなことを考えてしまい、ソファから立ち上がってわざわざ確認しにいってしまう自分がいた。
未だ受け入れられない自分に嫌気が差しながら誰もいない空虚な台所を見て俺は思わず「はぁー」と深く息を吐く。
・・・受け入れられるわけがないだろ・・・
俺には資格がない・・・そう思った。
だけど資格がありません、はいそうですかと簡単に諦められるほどの想いを刹那に抱いていたわけじゃない。
本気で好きだった、もちろん今も。この身を賭けてでも守り切りたい大切な人。
リビングに戻り、さっきまでいたテレビやソファがある方に視界が入る。その瞬間、
『永遠』
!?・・・・・・
自分の名前が呼ばれてまさか!とも思ったがソファに座って笑いかけている刹那がいる・・・なんて夢物語はあるはずもなく俺の願望として、記憶から掘り出された映像が現実にきっと投影されているのだろう。
俺はまた、独りになるのか・・・家だけじゃない、もしかしたら、いや確実に教室でも部活でも俺の居場所はなくなる。
まだ俺と刹那の異変に気づいたのはまだわずかにしかいないが、このままの状態が続けば誰もが気づくだろう。
そうなったらクラスではともかく、部活においては致命的である。部長、副部長と部活を引っ張る立場がギクシャクしているのは死活問題である。今ですらトランペットパートには迷惑をかけまくっているのにこれが部活全体となればおしまいである。
そうなる前にどちらかが辞めるしかない・・・無論、刹那が辞めるなんてそんなことはさせないが。
辞めるのは俺の方が相応しい。まず立場が違う。部長と副部長、どちらが重要かだなんて考えるまでもなく明らかである。
それに刹那が先輩からも託されて部活を引き継ぎ引っ張り次に繋ごうとしているのと違って俺は所詮その場の勢いで副部長になってしまったにすぎない・・・たまたま俺が解決案を出しそれが部に通ったから謎の信頼を受け入れられたにすぎない。
その立場に就いた本人の覚悟も周りからの信頼の面でも俺があの部活に残る理由もきっとない。
「思えば、今の俺と刹那って別れた・・・のか?」
余りにも唐突すぎたために刹那から別れを告げられたはずなのだが、俺の気持ちの問題もあるかもしれないがイマイチ今の関係がはっきりしない。
今度、ちゃんと俺から話すべきなのだろうか・・・話すべきだよな。俺達の関係も、この家のことも、学校でのことも、今後のことも・・・。
よし、明日で・・・全て・・・ケリをつけよう・・・これも・・・皆のため・・・刹那の・・・ため・・なのだから。
「あれ・・・」
視界が上手く見えない。まだまだ外は暗くないはずなのに見慣れたはずの光景が歪んで見える。
俺は目をこする、しかし一瞬だけ視界がクリアになったもののすぐにまたぼやけてしまう。拭っても拭っても止まらない。頬には熱いものが流れ続け床にもポタポタと落ち続ける。
だめだ、そんなこと考えてはいけない。考えるな、違う、俺にそんな資格あるはずがないのだから・・・
俺は涙で溢れたまま覚束ない足取りでソファに倒れ込み顔を伏せる。
今だけ・・・この時だけ・・・・・・
「なんで、なんで!別れなきゃいけないんだよ!俺はただ、ただ!刹那と一緒にいられたらそれで良かったのに!好きだ・・・ずっと好きだよ刹那・・・俺達両想いじゃなかったのかよ・・・受け入れたくないよ、認めたくないよ、離したくないよ・・・刹那・・・好きだよ・・・一緒にいようよ・・・」
俺はその後もソファに向かって嗚咽混じりに叫び泣き続けていた・・・気がする。
なにせ気づけば朝になっており、声はガラガラ、目も乾燥しまくっていてめちゃくちゃ痛かったし、変な体勢で寝落ちしたために体もかなり痛かった。
「言わなきゃな・・・」
俺には刹那と一緒にいる資格がない。
刹那の気持ちを理解することもできない俺なんかが幸せにすることもまして俺が想うことすら許されたことではないのだから・・・俺はもう独りでいい。
そうすれば誰も傷つかない。皆笑ってくれる。この家も刹那に返さなきゃ、そもそもここは俺なんかが住んでいい家じゃない。
お義父さん、お義母さんいや、俺がそんなことを言うのもおこがましいか・・・でも今日中に娘さんをお返しします。
不要なものはすぐに出て行きますので・・・俺じゃあ刹那を傷つけることしかできないゴミでした。
昨日学校から帰ったままの格好のままリュックの中身だけ今日の時間割に合わせて変えただけでそのまま家を出た。
空を見上げる太陽は一切見えず、風もかなり強くて真っ黒い雲で覆われており今にも雨が降り出しそうな空模様だった。
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