9.初恋の自覚
リビングの奥のキッチンに刹那がいた。
刹那の両親はこの時間には既に出勤しているので家にはいない。
刹那はこちらには気づいていないらしく、集中して調理している。
そして、キッチンの上には皿が2つあった。
なんでだよ・・・
昨日俺は、暴言を吐いたんだぞ、人の気持ちを踏みにじったんだぞ。
なんで、こんな俺なんかのために優しくしてくれるんだよ。
・・・思い返せば自分の部屋はいつもきれいだった。自分で掃除もしたことも無かったのに。
服もきれいにたたんで、衣装ケースに入ってた。ご飯もいつも3食用意されていた。
そして、いつも独りな俺に話し掛けてくれていた・・・
なんか悪夢から覚めたような気分だった。こんな最低な俺のためにこんなにも思ってくれ、
行動してくれる刹那の優しさに。
独りじゃなかったのだ。ただ、気づこうとせず、逃げていたのだ。
刹那の方を見る、真剣にちゃんと。
白くてちいさな手、しかし、とてもボロボロだった。
炊事、掃除などあんなにひどく荒れてもなお家事をしてくれていたのだ。
さらに切り傷もあった。包丁で切ったのだろうか。
思い返せば、刹那が家事をし始めたのは俺がきてからだ。そのために様々な失敗をしてきたのだろう。
胸が苦しい。目を背けたくなる自分に叱責し、今度は顔を見る。
目のもとに若干隈ができていた。
考えてみたら当然だった。日中は家事をしている。
だから、宿題や勉強、自分のやることは基本夜にやっていたのだろう。
そして、涙の跡があった。ほんのさっきまで泣いていたぐらいに。
何をしていたんだ?俺は?馬鹿なのか、俺は!
怒りがこみあげる。何にでもない、自分自身に対して。情けなかった・・・・
刹那が皿を持って移動する。しかし、疲労が達していたのかフラフラだ。
勝手に体が動いた。
行かなければ。
そして、刹那の体が前に倒れる。
「刹那!」
手を伸ばし、なんとか間に合い刹那を抱きかかえる。
皿はガシャンと音を立てて割れてしまうが、その飛び散った破片が刹那に当たらないように俺は落ちた皿と刹那の間に割り込んだ。
てか、久しぶりに名前を呼んだ。
それに、彼女の体は細くて、軽かった・・・・・いや軽すぎた。
こんなににもなるまで・・・・・・さらに胸がしめつけられる。
刹那の顔をみる。驚いているのか、きょとんとしたまま固まっている。
そんな刹那にもう一度名前を呼ぶ。
「・・・刹那・・」
刹那の顔がはっと我に返る。
「ごめん。こんなにもボロボロになるまで自分を傷つけてまで、
こんなクズな俺なんかのこと考えてくれて・・・動いてくれて・・」
体が熱くなる、何かで視界がぼやけるが、それでもしっかり刹那を瞳に映す。
「ごめん。俺は独りじゃなかった。
いつも刹那が側にいてくれた。そんなことに気づこうともしなかった。」
何かが頬を伝い、刹那の顔に落ちた。涙だった、俺の。嗚咽が混じるが必死に言葉を紡ぐ。
「ごめん。そして、こんな俺なんかのために・・・ありがとう。刹那」
笑った。刹那への色々な気持ちをすべて込めて、刹那が望んでいた今の俺にできる心からの笑顔を。
ちゃんと笑えているだろうか、泣きながらだけど、しかも久し振りに笑ったし。
刹那を見る・・・・泣いていた。えっ、なんで。
「っ・・・永遠ーーー」
刹那俺の胸に顔をうずめて、泣きじゃくってくる。幼い少女のように・・・
「うぅっ・・・永遠が笑ってくれて・・・よか・・ったぁ」
俺は泣きながら、そんな刹那を見ながら、頭を撫で続けた。
しばらくすると、刹那は寝てしまった。「すぅー」と寝息を立てている。
疲労感がピークに達していたのだろう。
俺のことを心配してくれて、緊張の糸がずっと張り詰めていたのが、
今日やっと緩めることができるようになったのだ。とても穏やかな寝顔だった。
守りたい。この笑顔を。もう2度と刹那に絶望してほしくない。・・・・だから・・・俺が守る。
この日を境に、今まで優しくてかわいい、特に仲のよい幼馴染だという認識が変わり、
俺は刹那のことが好きなのだと自覚した。
これが今も続く俺の初恋の自覚の始まりである。
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