82.私は必要とされてない
その後一通り俺と刹那がここにいる理由を説明し、沙月に夕ご飯をご馳走になったとこれまでの経緯を多少脚色して話した。あくまでも今回の目的については一切話していない。
そして、俺と刹那は沙月の家のソファに座り、沙月と沙月の両親はテーブルに座って沙月の作ったご飯を食べている。
しかし、俺らがいるのが原因なのか知らないが、そこに家族間の会話はない。これではいつもの家族間の会話というか雰囲気がイマイチよくわからない。
俺は刹那と目配せして、頷き、刹那が話し掛けて沙月の部屋で待機してもらうという名目のもとリビングから追い出されることになった。沙月には、「部屋の外でこっそり聞くことにしたから、通話の状態にしといてくれ」とだけ伝えてリビングに戻ってもらった。
そして、俺と刹那は通話状態の電話に2人して耳を近づける。しょうがないこととはいえ、刹那との顔が近くて少しでも動いてしまったら頬が触れそうで、隣から聞こえてくる刹那の吐息に耳がくすぐったくなる。俺の鼓動はドキドキだった。
イカンイカン、今は沙月の家族のことに集中しなければ。羞恥心や刹那がかわいくて心が揺られそうになるのを必死に抑えながら、意識を電話から聞こえてくる音声に集中する。
カチャ、カチャ、カチャリ・・・と箸やお椀に当たることで発せられる無機質な音が静寂な空間に鳴り響く。
そこから聞こえてくる音には家族の会話もなければ、テレビの音すらもない。
電話越しでも聞いているこちらが息苦しくなるぐらいだった。
両親ともに食べ終わったのかカチャリといった音が聞こえてくることはなかった。しばらくの無音の後に、スピーカー越しから声が聞こえた。
『あのさ・・・』
『・・・』
話を振ろうとしている沙月だが上手く言い出すことができず、言い淀んでいる。
それに対する両親も『どうした?』といったような一言もない。電話越しのために両親の顔は覗くことはできないため、こちらから想像することしかできなかったが、いったいどんな表情で沙月を見ているのだろうか、そもそも見ているのだろうかという疑問すら浮かんでくる。
『今日のご飯・・・どうだった?』
沙月が重たそうな口を開いて、両親に尋ねた。
今日は沙月からこういった話を聞ければいい。といった話は聞いていたが、具体的に沙月がどんな答えを聞くことができれば沙月は納得できるのか俺も刹那も知らない。
『どうだったって、いつも通りだけど』
『そうだな』
『ッ!・・・』
沙月の問いにただ平坦な声音で何事もないかのように答える沙月のお母さんとそれに同意する沙月のお父さん。それに対して、沙月はヒッと息を詰まらせて何か言葉を発しようとしているのだが、できてない様子。
『いつも通りって何が具体的にどう・・・だった?』
電話越しでも震えているのが伝わってくるのがわかるほどで沙月の不安がこちらにも押し寄せてくる。それは刹那も同じようで俺の手を握る手が次第に強くなっていく。
『具体的にって、いきなり言われても・・・』
と言い淀む沙月のお父さんの言葉を最後に俺は電話を切り、「行こうか」とだけ言い刹那の手を取りながら俺達はリビングに向かった。
目の前が真っ暗になる。
あぁ、やっぱり私のお母さんもお父さんも私のことなんか見てくれていないんだ。私が聞いたことに戸惑い曖昧で表面的なことしか言わない。いつも通りがなんなのかすら言ってくれない。
何も意味がなかったんだ・・・私が仕事で忙しいお母さんやお父さんのために何かできることがないかなって考えて家事をしようと決めたのに。少しは期待してたんだ。
小さいときからいつも仕事で忙しくてあまり会話もなかった。いつも疲労困憊で帰ってきてどこかしんどそうに小さい私の世話をする、だからそれが迷惑なのかなって思った。
どんなにいい子でいたとしても、褒めてくれることもなければ、そもそも学校の話すら聞いてくれることもなかった。自分から話し掛けに言ったら『疲れてるから、また後でね』とだけ言いそれぞれの自室に戻っていく。
それが自分にとって当たり前なんだって言い聞かせていたけども、小学校のお友達どうしの会話で聞く話は
『わたしね!このまえね、テストでほめられたんだぁ』ーーーそんなことで褒められたことはない。『当たり前だ』とだけ言われない。
『いっしょにクッキーつくったりしたんだぁ』ーーー一緒に料理なんかしたことない。それどころか普通のご飯を作るときですらどこか嫌そうな顔だった。
『まえにね!どうぶつえん、いってきたんだよ!ーーー家族でどこかに行ったことなんかあったけ・・・思い出せないや。
そこで私は幼いながらも気づいた。私は家族から愛されていないんじゃないかって。
私は考えた。だったら見てもらえるように、私が両親にとって大変なことである家事を引き受けよう。そう決めて独学で家事を学んだ。幸いにも家事は自分に向いていたようで炊事、洗濯、掃除をはじめとする家事はそつなくこなせるようになっていった。
私が『家事をやる!』って言い出した時両親は何も言ってこなかったな。できるかどうかの確認はされたけどそれ以上のことは言われなかった。もちろん家事を実際にしても特に言われることはなかった。
私はそんな現実を認めたくなかった。だから学校では明るく、元気に振る舞った。別に演技をしていたとかそういうのじゃないけれどもそうしないと家でも孤独なのに学校でも孤独を感じるのは耐えられないと思ったから。
今まで両親にこんな『ご飯どう?』なんて聞いたことがなかった・・・いや聞きたくなかった。聞いて何も返答がなかったとき今度こそ私がダメになってしまうとそう考えたから。
でも、やっぱり・・ダメだったな。
必死にこらえようとした涙はもうこらえきれなくて私の頬を流れ落ちる。それを自覚したとき
「もうっ!、いいッ」
そう吐き捨てるように、リビングから出ようとしたとき、リビングと廊下を隔てるドアが開かれた。
目の前には怖い顔をしたふゆ君と心配そうな、けれどとても優しそうな顔で私の頬に伝う涙を掬うせっちゃんがいたのだった。
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