80.月が輝くために
『はーい』と男性の声がした。
「夜分遅くにすみません、沙月さんの友達の冬海です。教室にスマホを忘れていたようなので届けに来ました」
『わかりました、そちらに沙月を向かわせますね』
そして家の扉が開かれ、沙月が立っていた。
「スマホ、届けてくれてありがとう。どこかでなくしちゃったのかもって焦ってたけど助かったよ」
そう言って「ハハハッ」と笑う沙月なのだが余りにもとってつけたかのような笑顔に俺は言葉が詰まってしまった。
俺と同様に何かしら異変を察知したのか刹那が話し掛けた。
「沙月、どうしたの?何かあった?」
「いきなり、どうしたのせっちゃん、私はなんともないよ」
と手を大きくフリフリさせているのだが、やはり暗い雰囲気は隠せていない。
刹那はどうしたらいいのかわからず黙ってしまっているので代わりに俺が入ることにした。
「はいこれ、沙月のスマホで合ってるか?」
確認してもらうようにスマホ見せながらを沙月に渡した。
「うん、私ので合ってるよ。本当にありがとう」
と受け取る沙月。
「そうか、家族の団らん中に邪魔して悪かったな」
と俺が告げると、
「ううん、私なんかは・・・」
とその後にも何かを呟いていたが急に小さくなってしまい上手く聞き取ることができなかった。
「今なんて・・・」
「ううん、なんでもない。今日はありがとね。気をつけて」
話を切り上げるように短い言葉だけ言われて沙月にドアをバタンと閉められてしまった。
とりあえず帰ることにした俺達だが、沙月の家が見えなくなるところまで来ると、刹那に聞いた。
「刹那、今スマホ貸してもらってもいい?」
その翌日、沙月の様子は明らかに様子が違っていた。明るく振る舞ってはいるのだが空回りしていて見ていてとても痛々しいものだった。文化祭の準備中でも足下に広がっている小道具に引っかかってこけてしまったり、間違えた色を塗ってしまったり、カッターで指を怪我したりとミスが目立っていた。
俺は、「疲れてるのか?保健室で一回休んでこい」と強めに促して「わかった、お言葉に甘えさせてもらうね」と教室を出て行った。
「沙月、大丈夫かな」と不安そうに呟く刹那がいたので、
「今日の部活に行く前に時間とれるか?沙月と話をしようと思うんだけど」
「わかった、少し遅れるかもって伝えておくね」
そして本日も文化祭の準備を終えた後、俺と刹那は、愛華と晴生に部活に遅れることを話し、沙月の荷物を持って保健室に向かった。
保健室に着き、「失礼します」と共に部屋に入る。目の前にはイスの上で楽に座っている沙月だけがいた。どうやら保健の先生は出払っているらしい。沙月もこちらに気づいたようで振り向いて軽く微笑む。
「はいこれ沙月の荷物な」と俺は沙月の座るイスの近くに置いた。
「わざわざありがと、せっちゃんとふゆ君は部活でしょ。ほら早く行った行った」
とまるで追い出すように手をしっしっとやる沙月。側にいた刹那が口を開いた。
「沙月、何か悩んでるでしょ」
沙月の手を取りながら刹那は問う。
「ううん、なんでもないって。今日がたまたま疲れてただけだって」
顔を背けて答えながら刹那の手を離そうとしたのだが、刹那は沙月の手を離すことなく核心を突く問いを告げた。
「家族のこと?」
その言葉を言った瞬間沙月の顔から作られた笑みすら消えるのがわかった。何も言わなくなってしまった沙月だが構うことなく続ける。
「昨日、家族の話をしかけたときすごく辛そうな顔をしてた。何を今悩んでるの?私にできることなら沙月の悩みをなんとかしてあげたい」
そう優しい声音で語りかける刹那に沙月がポツリと口を動かす。
「せっちゃんには、わからないよ」
「誰も褒めてくれないから」
「いつも家事とかやっても見向きもされない」
「自分のやったことが素直に誰かに褒めてもらえるせっちゃんには私の気持ちなんてわかんない!」
最初はポツリと呟いた聞き取れない声量だったのが次第に大きくなっていき、それはやがて悲痛な心の叫びとして爆発させた。その爆発は止まることを知らず、爆発し続ける。
「私だって!毎日学校に行って!仕事を遅くまでやって帰って来る両親のために色々と家事を始めた!」
「いつも頑張ってくれている両親を励ましたいって思って、家事も練習した!上手くなった!」
しかし、その声は次第に震え、嗚咽が混じり出す。
「っだけど・・・」
「わがままっ・・なのは・わかっ・・・てるけどぉ・・・・私のことをぉ・・見てほしいよぉ・・・・褒めてほしいよぉお・・・うわぁああぁああ」
沙月のほんのした小さな願いを最後に沙月の涙腺は決壊した。
そんな沙月を刹那はそっと抱き締めて頭を撫でた。まるで母親が赤子を慰めるかのように
「寂しかったんだね・・・・褒めてほしかったんだね・・沙月はよく頑張ったよ。その頑張りは私が、皆が見てくれているでしょ」
「だけどぉ」
刹那の言葉に一度沙月の涙が止まる。
「沙月のご両親にはさ・・・わがまま言ってみようよ。もっと私のことを見てほしいって。私も一緒に沙月が頑張っていることを教えてあげるからさ・・・ね?」
そして次には刹那の服を掴みながらまた泣いていた。だけどその泣いている様子は寂しさから来るものではなくどこか心が満たされたかのような温かさから由来する涙だった。
沙月はいつも明るく元気に振る舞ってきた。そんな沙月に元気づけられたクラスメイトも多いだろう。しかし沙月自信を励ましてくれる人はいたのだろうか。名前にあるように月が光り輝くためには太陽の光を受けて反射しなければならないように、沙月も一人でずっと笑顔を振りまけ続けられるわけではない、自分のことを見てほしい、励ましてほしかった普通の女の子だったのだ。
俺はそんなことを思いながら、刹那が沙月が泣き止むまで慰める様子を見ていた。そしてこっそりと自分の能力を発動し今日の作業で怪我していた指の治療をしておくことにした。相変わらず、死ぬほど痛い。
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