79.欠けた月
今は昼休みで俺は弁当を食べているのだが、今横で一緒に食べているのは刹那でも晴生でも愛華でもない。
刹那は文化部の部長どうしの集まり、晴生と愛華は部活のほうでなにやら決めることがあるらしく部室に行ってしまった。かくいう俺は特に文化祭に関しては部活の方では仕事を持っていないので暇人である。
「いやぁ、これがせっちゃんのお弁当かあ。流石だねえ」
と人が食べている中盗み取っていく女子――白河沙月である。
「おいこら!人の弁当を勝手に盗っていくんじゃない!自分のがあるだろうが!」
と指で指し示してやる。その指の先にある沙月の膝の上に広がっている弁当は卵焼きや野菜炒め、ベーコンで巻かれたポテトにブロッコリーなど色とりどりの食材が並べられており、見た目はもちろん明らかに冷凍食品ではないそのクオリティに声には出さないが驚嘆していた。流石刹那と家事の話をして共有し合っているというのは本当らしかった。
「いいではないかぁ。いつもふゆ君が刹那の弁当を食べてしまっているから、地味にこれまでにも食べたことがないんだよ、こんちくしょー!」
と悔しそうに、そして物欲しそうに俺の弁当を眺めてくるので俺は急いで残りの弁当を平らげてやった。
隣からは「ふゆ君のけちんぼぉ!」と罵ってくるがスルーさせてもらった。
俺は食べ終えた弁当を片付けながら沙月に尋ねる。
「にしても、いきなり一緒に食べようってどうした?何か決めることでもあったか?」
その問いに沙月は、ニマニマさせながら、
「いやぁ、愛しのせっちゃんが文化部の集まりでいなくて寂しがっているふゆ君を慰めにでもね・・・」
「はいはい、確かに寂しいですよ。んで、本当のところは?」
放置していたらずっとからかい続けるであろう沙月を制止するのと同時に真意を聞き出す。
沙月は目を丸くしながらもすぐにニカッと笑いながら、
「家事をするせっちゃんってどんなかんじなのかなって」
「どんな感じでって」
「いやぁ、せっちゃんからの惚気話を聞く限りではかなりふゆ君は刹那の家にも行き来してご飯を作ってもらったりするんでしょ。だからせっちゃんがどんな気持ちでふゆ君のために家事をしているのかなって」
「あっ、もちろんふゆ君もたまに作っていることも知っているよぉ」と手を口元にやりながらニヤニヤと最後にそんなどうでもいいことを付け足した。
「それが聞きたいがために?」
「そうだよ、せっちゃんに直接きくのは何か恥ずかしいから受け手側のふゆ君に聞いてみようかなって」
少しだけいつもと表情が違う真剣な瞳でこちらを見つめてくる沙月の様子がなんだか気になりながらも俺は「からかうなよ」とだけ先に忠告して話した。
「自分で言うのも恥ずかしいけど、刹那がああやって俺のために頑張って弁当やご飯を作ってくれて俺はすごく嬉しいんだよ。だからいつもありがとうって感謝の気持ちを伝えるようにしているし、その気持ちを刹那に伝えるだけですごく喜んでくれるんだ。本当だったらもうちょっと俺も作ったりするべきなんだろうけど、一生懸命になって頑張っている姿をちゃんと見て言葉にして伝えてあげたいなって。俺の気持ちになっちゃたけど」
と刹那の気持ちについて語る予定がいつの間にか俺の気持ちを語ってしまっていたことに気づきなんだか恥ずかしくなる。
「そっかぁ、せっちゃんはすごく幸せそうに家事をするんだねえ」
と沙月は嬉しそうに笑って感想を呟くが、その笑顔はどこか悲しそうで、目線もどこか遠くを見つめていた。
そんな沙月の様子に昨日の刹那の言葉が思い出される。
『家事をやっている私ってなんかいいと思わない?』
それを言っている沙月を想像してみたが、何度イメージし直しても何か黒くて暗いシーツが沙月に覆い被さっていて沙月の朗らかな表情を見ることができなかった。
昨日の夜寝ている時にそんなことを考えていたら刹那に『他の女のこと考えてるでしょ』とベッドの中で突っ込まれてしまった。
テレパシーかよ!とか思いつつもふてくされる刹那を宥めながら寝るのはかなりの苦労を要した。
って今はどうでもいいなこんな話。
俺は今もどこか暗い顔をする沙月の膝上に置かれていた弁当から最後の卵焼きを盗みとり口に入れた。
いきなりの出来事に目をパチパチさせていたが、俺は飲み込むと、
「さっき俺の弁当盗られたからな、仕返しだ。この卵焼きはかなり甘いな。沙月は甘いの好きなんだな。おいしかったよ」
とだけ伝えた。
「そう、ありがと」
一言だけ述べたところで昼休みの終わりのチャイムが鳴ったので片付けて互いに席に戻った。直前の沙月の顔は先程までの顔にあった陰りが少しはなくなっていた・・・・そんな気がした。
特にその後は沙月に何か不調があったわけでもなく、いつも通りを過ごしており、今日も学校が終わった。
「やべ、忘れ物だ」
と言って音楽室を駆け出す俺の背後から、
「玄関で待ってるからね」と刹那の言葉を聞き、「わかった」とだけ告げて教室に向かった。
「あった、あった」
教室について、自分の机から今日の宿題に必要なプリントを探し出して思わず呟いた。
早くしないとな。そんなことを思いながら教室を出ようとしたときにブブッとバイブ音がなり視線が音源に向く。その先は沙月の机に置かれたスマホだった。
忘れ物か。
メッセージが送られてきた中に沙月に対するものであったので沙月のものであると確信した俺は帰りに届けてあげようと思いスマホを手に取り刹那が待つ玄関に向かった。
玄関に着いた俺は刹那に事情を説明したところ「私も行く!」と言われたのでまだ赤みがかかった夜空を見上げながら刹那とともに沙月の家に向かった。
「確か、ここを曲がった先にあったな」
そう自分の記憶と照らし合わせるように一人呟きながら道を歩いて行く。
そして今度は車が停められており部屋の光が灯り、ちゃんと人の気配がするのにも関わらず、それでもまだ寂しさを漂わせる沙月の家に着いた俺達はインターホンを鳴らすのだった。
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