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106.もうここには来ないから・・・

刹那視点です。今回は長めです。

 「ふぅ・・・はぁ・・・はぁ・・・やっと着いた・・・ふぅ・・・」


 息が上がる。いつもだったらこのくらいではこんなにも息が上がらないのに今は足もガクガクと震えていて正直立つのもしんどい。この1週間熱出して体調崩して寝込みまくってたから自分の想像以上に体力が落ちてしまっていた。


 右手には風で骨が折れてしまった傘と左手には途中で寄って買った花を持っている。せめて花だけは守ろうと思い折れた傘ではあるもののかぶせながらここまで持ってくることができた。おかげで全身びしょびしょで体が重たいがしょうがない。


いや、しょうがないじゃすまないかも・・・


 頭がぐわんぐわんとしてぼぉおーとしてしまう。気を抜けばすぐにでも倒れてしまいそうだ。でもここまで来て流石に倒れるわけにはいかないので重たい足を動かしながら意識を保って目的のところまで移動する。

 もう何度も通っている道だから雨で視界がぼんやりしていても辿り着くのは簡単だった。


 そして目の前にあるのは・・・冬海家、永遠のお母さんとお父さんと弟が眠るお墓。


 いつも通り私はまずお墓を綺麗に掃除する。とはいっても風雨にさらされている中自分のやっていることなんか意味を成さないことだというのはわかっているがやらないと自身の気持ちが落ち着かなかった。


 近くの草を抜いて、被ってしまっている泥や土汚れを拭いて今できる掃除を一通り終えた私は濡れないように持ってきた花をこの前に持ってきたばかりだというのに今の風雨でダメになってしまったであろう花と移し替える。しかし、


「うーん、ちょっと困ったなぁ」


 持ってきた花の本数が少なすぎて、花瓶とのサイズが合わなくて隙間が広く空きすぎている。今日がカラッとした晴れ日ならよかったのだが、残念なことに今は台風接近による風雨で軽くもっていかれそうだ。花屋さんに行って調達したのだが、気候のことや移動手段が徒歩のこともあり危ないし勿体ないということであまり数を用意してもらうことができなかったのだ。


「あっ・・・」


 ポケットから取り出す。


 黒と白のシマシマ模様のハンカチ。正直、一般的な女子高校生が持つようなものではないけれども私にとっては欠かすことができない大切なハンカチ。


 ポケットの中に入れていたとはいえ雨に降られたために少し湿ってしまっていた。ハンカチを丁寧に広げて追加で縫い付けられた白い布の上にある、今となっては薄くなってしまったが、それでもはっきりと読める『ふゆみ とあ』という私の大好きな人の名前を優しく指で撫でる。


 私にそんなことをする資格がないというのも自覚しているが、それでも今はこうやって撫でることをやめたくない。


 永遠と初めて会った日、そして初めて私が永遠に恋した日、そんな日の帰り道に転んで怪我をしてしまった私を永遠が不器用ながらも懸命に結んでくれた永遠の優しさに心がとても温かくなる。そしてドキドキが加速して止まらない。


 まだ小さかった永遠の手がふとした時に触れられたときの心臓が飛び出てしまいそうなくらいの鼓動や全身を駆け巡る血が沸騰して熱が帯びていくのがわかった。


 恥ずかしい、だけど嬉しい。できることならもっと触れて欲しい。あの時は永遠の指がまだ細くて小さかった私の足に触れてくる度に思わずびっくりしてしまってビクンっと跳ねてしまって永遠が申し訳なさそうに『ごめんね』と謝ってきたが実はもっと触れて欲しかった。


 そんな懐かしい日を思い出していると、今でもトクントクンと自分の胸が音を立てているのがわかる。


 会いたいよ・・・またあの優しい笑顔が見たい・・・一緒に温かいご飯を食べたい、私のご飯をおいしいと言って頬を緩ませる永遠を眺めたい、また永遠に勉強を教えて欲しい、特に数学と理科科目・・・私一人じゃ全然理解できそうにないや・・・永遠と一緒にいたいよ・・・もうこんなにも心細くて寂しい思いをするのは嫌だ。


 だけど、その道を選んでしまったのは自分なんだ。


 頭を下げる。


 視線の先には黒く濡れた地面と無作法に生えた草花が強い雨に打たれている。


「ごめんなさ・・・っ、すみませんでした・・・」


 視界が滲む。滴る雨粒が目に入って歪んで見えるのか、それとも自分自身の内から溢れ出ているものなのか、それともどちらもなのか。


 顔に塗れている水温は冷たいような温かいような、一概にははっきりさせることができない。


「私が、これ以上悲しみに暮れる永遠の顔を見ていられなかったから……いつも助けてくれた永遠に今度は私が恩返しをしたかったから・・・でも、そんなことよりも、何より永遠と一緒にいたいから!・・・大好きな永遠とこれからも会いたかったから・・・離れることなんて考えたら自分の胸が張り裂けそうだった・・・あの時はそれのことが私には耐えられなくて・・・永遠が家族を失った気持ちとかこれから永遠がどうしたかったのかなんて欠片も考えることもしないで・・・だからそんな、そんな!私だけのわがままだったのに!・・・」


 永遠のご家族の葬式に行って3人の遺影を前にして光が一切灯ってない永遠が涙も一滴も見せることなく、泣きわめくこともなく、ただ何も言わず静かにすごす小さな永遠の存在があまりにも儚げでふと目を離した隙に消えてしまいそうで不安でたまらなかった。


 おまけに葬式の後に聞こえてしまった大人達の話から永遠が遠い遠い親戚かもしれない人に預けられてしまうだとか、保護施設に預けられるとかそんな話をしていて、


『でも、お金もうちはかなり厳しいしね・・・』


『だいたい、あの子とはそこまで関わりもないからうちらが引き取っても……』


『両方のおじいさん、おばあさんも既にお亡くなりになっているしねぇ』


等と永遠がすぐ近くにいるのにも関わらずそういうことを平然と口に出す大人達が憎らしかった。もちろん当時はそんな憎いとかそういう感情を言葉にすることなんてできるはずもなく、すごくムカムカして胸がキリキリしていたのを今でも覚えている。


 幼い私には永遠のためになにかをしたいと思っていても実際に永遠がまるで自分が死んでしまったかのような目をして『刹那、来てくれてありがとうな』なんて言われてしまい、私はただ悔しくて無言のまま花を添えていくことしかできなかった。


 そして色々と片付いた最後、関係者ぽい人達が話し合いしているのをこっそりと盗み聞きすることになり、今後永遠をどうするかについての方針の話し合いをしていた。


『あの子、両親も弟も死んだというのに静かすぎるわ・・・正直なことを言うと私達には永遠を預かる義理も縁も財力も十分に持ち合わせているわけじゃない・・・だから私は素直に保護施設に預けようと思うのだけど』


 扉の向こう側から聞こえてくる女性の声。具体的に誰が言ったのか聞き耳を立てている私には顔もわからなかった他人の言葉だったけど自分の胸がキチキチと締め上げられていく気がした。


 そして女性の言葉を皮切りに同じような言葉や同意を示すとても冷たい声が聞こえてきて私の心までもが凍らされてしまいそうだった。


『うん、その案に賛成』


やめて


『彼には申し訳ないが面倒を見切れない』


だから・・・


『施設に送るしかない』


施設?私はこれからも永遠と会える?わからないよ・・・ってそんな、そんなことじゃない!


なんで、誰も永遠のことを心配するような言葉がないの?家族が死んじゃったんだよ・・・


 なのにそれを気にかけるような一言すらも伺うことができなかった。

 胸が苦しい。自分のことの話でもないのに永遠のことを思うと心臓を鷲づかみされているようで痛い、辛い・・・だけど自分がこうも何もできないのが一番悔しい。


 あの時の私も生気のない永遠の顔を見て怖じ気づいてしまい声をかけることすらできていなかった・・・そう、私もなんだかんだあの大人達とやってた行動は変わらなかった。


 自覚すればするほど、自分の胸の中で黒く沈んだドロッとしたものがふつふつと湧き出てくる。

 

 そんな時だった、突然聞こえてきた言葉に私は耳を疑ってしまっていた。


『でもさ、本音を言うとさ、皆預かるの怠いでしょ。あの子が今後もし仮に預かったとしてもうまくなじんでいけるかどうか、そもそも彼はちゃんと家族の死を乗り越えてくれるのか?関わりもほとんどない自分達からすると彼を預かるメリットも一切感じられない。そもそも、なんで彼だけが生き残ったんだろうね、皆でいっそ亡くなってしまったほうがよかったのにね・・・』


 瞬間ブチッと何かが私の中でキレるような音がした気がした。激しい怒りがグツグツと溢れ出てきて赤く染まってしまいそうだった。


永遠をまるで道具のようにしか見ていないような発言、永遠が死んでしまったほうがよかった?


 ふざけるな。そんなことを言うのは絶対に私が許さない。もし永遠本人も今そう思っているのだとしたら私がまたキラキラと輝く瞳で元気な笑顔を浮かべる永遠を私が取り戻してみせる!


 それから私は決意を込めながらもどこか八つ当たり的にドアを力一杯に蹴り私のお母さん、お父さんに永遠を引き取ってもらえるようにお願いすることになるのだった。




「だから私が永遠の迷惑になるなんて、永遠を苦しめていたなんて・・・そっ、そんな、バカなことはあってはいけなかった、のに・・・。っ、だけどわっ、私がずっと永遠を傷つけてた、死んでしまいそうなくらいに痛くて、辛くて苦しかったはずなのに・・・私はそんなこと気にもしないでずっと無理させてた」


 それだけじゃない。永遠の能力のことだけではない。むしろ理由としてはこちらの方が大きい。

 私なんかが永遠の側にいてはいけなかったのだ。こんな誰も救えない、ただ人の内面を覗き見るだけ覗き見てそして見たくせになにもできずただその人が弱り果てていくことしかできない。


「それに・・・こんな能力を持ってしまった私には、いや化け物のみたいで忌々しい存在は永遠から遠ざかりますから。結局私が永遠を引き取りたいと言いだしたのだって私が永遠と一緒にいたかったからっていう永遠に特別に確認をとったわけでもなく独りよがりでわがままだったんです・・・もう、私という存在で永遠が苦しむことなんかありませんから」


 胸が痛い。目から熱いものが溢れて止まらない。


 なんで?自分でもわかっているはずなんだ、自分も言った通り私が永遠と距離を取れば私のせいで永遠が能力を使って苦痛を味わうことも、私の能力にかかって詮索されるような心配はいらない。


 これで、これでいいはず・・・なのに。自分で発する気持ちが、言葉が確実に心を締め上げていく。


 嫌だ、永遠と離れたくなんか・・・ない・・・だって永遠のことは好き・・・・・・ってダメ!そんなこと考えるのは絶対にダメ!いけないんだから!


 抑えきれなかった本当の気持ちが溢れ出そうになるがそれに無理矢理、蓋をして外に飛び出るのを防ぐ。行き場の失ってしまった感情が今に飛びだそうと体のあちこちが暴れている。静まるように抑えつけようとしても全く意味を成さない。むしろどんどん激しくなって吐き出したくなる。


会いたい・・・いや、会ってはいけない・・・


 もっと永遠と話がしたい・・・話してはいけない、どうせ私の能力を通じて知った本音は口にすることが許されない。


 わかってほしい・・・無理だ、わかってもらえるはずがない。私自身では能力の説明も行えないし、それに能力を知られた永遠に否定されるのが・・・たまらなく怖い。


好き・・・だめだったんだよ、好きになっちゃ。私の存在は好きな人を傷つけることしかならないんだから


 相反する感情が浮かんでは対立して、それらを全て小さな自分の体のなかに押し込めていく。


「だから、すみませんでした。わ、っ私のせいで、永遠をこんなにも苦しめたこと・・・でもこれで最後です。もう私は離れますから、っ、ここにももう、来ないです・・から。・・・でも大丈夫です。私なんかが来れなくなっても永遠はすぐにここに来てくれます。永遠もようやく受け止められるようになってきて前に進もうとしていますから、だからもうすぐで永遠にも会えます・・・もう、私の口から永遠の様子を伝える必要もありませんね・・・。今までありがとうございました・・・永遠と一緒に過ごせた時間は何にも代え難い、代えられないすごく温かくて、嬉しくて、楽しくて、ドキドキして、心の底から愛しい、そんな幸せな日々を過ごすことができました・・・さようなら」


これでいい・・・


 後は私の住む家を本格的に探せばいいだけだ。どうせなら県外にしようかな、そうすれば永遠や他の誰とも会うことの可能性はほぼなくなる。


 そうだ、それがいい。これなら確実に永遠と距離を離すことができる。これで私との関係をほぼ切ることができる。


 そんなどうでもいいことを考えながら行きとは違うもう一つの道に足を踏み入れていく。

 もう、体に打ち付ける強い雨に風は私の体温も心も完全に冷やしきり、もうなにも考えられなかった。


考えたくなかった・・・


 思えばすぐにいろんなことが浮かんできてしまう。永遠のことを考えてしまう、そして永遠と一緒にいたいとそんな許されないはずのことを考えてしまうんだ。


 視界も不鮮明で全身を襲う倦怠感を感じながら覚束ない足取りでフラフラと歩いて行くのであった。

そして、その道中、いきなり耳をつんざくようなうるさすぎる音と荒々しく獰猛な音、激しい地面の揺れ。


「っ!・・・っぐ・・・うっ・・・」


 まるで地震でも起こってしまったのかとも思わせるほどの揺れにまともに立つこともできずに道路の端、ガードレールにまで追いやれられてしまい、これ以上振り回されないように手が白くなるのも気にせずに懸命にしがみつく。


 ガードレールの真下に広がる先を見たとき「っ・・・」思わず声にならない悲鳴が漏れ出た。

死が目の前に見える光景から容易く想像できてガードレールをしっかりと掴んでいるはずの手が震えてイマイチ力が入りきらない。


 そして木々をなぎ倒しているのか、バキバキと嫌な音が響き渡り、痛々しい音が揺れとともにますます近づいてくる。


 ここにいたら危ない。


 脳内でそう切実に訴えられているのが嫌というほどわかっているがいくら動かそうとしても体は動かすことができなかった。


「掴んだままでも動かないと・・・」


 しかし既に時遅かった。動き出そうと自分を叱咤した瞬間、不意に感じた誰かに殴られたような、ずっしりと背中を叩きつけられた気がした。


「えっ?・・・」


 そんな間抜けな声を漏らしたのと同時に全身を覆う激しい痛みに真っ黒な視界。ただこの身が理不尽な強さで押し流されていく。首元から何か大切なものが消えた感覚。直感的にそこで死を感じた。そして薄れゆく意識の中、


最後に会いたかったなぁ・・・永遠・・・。


 まだしたかったことが溢れていたが、そんな小さな願いなど叶えられるはずもなく全身に息苦しさ、激しい痛みに不安を抱きながらも意識を手放すことしかできなかった。

読んでいただきありがとうございます!

面白い?続きが気になるかも?と思った方はブックマークや評価を是非。

今後もよろしくお願いします!


次回はやっと・・・


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