105.久し振り
「はぁ・・・はぁ・・・」
膝に手を置いて呼吸を整える。ここまでやって来るのにほぼ全力疾走だったため、運動部でもなくろくに運動もしてこなかった身として体力のなさを自覚し、もう少しまともに運動しておけばよかったかなと考える。
雨が降り注ぐ中傘も差さず走ったため全身びちょ濡れだったがそんなことは全然気にならなかった。まだ、心臓がバクバクと音を立てている最中ではあるものの顔を上げて周囲を見渡す・・・目の前にはたくさんの墓が雨にさらされていた。
そう、ここは墓地。俺の家族が眠っている墓があるところだ。とはいっても俺自身はまだ1回も見たことはない。これまで怖くて行くことはできなかった。中学生の時に一度だけ試みたことがあったが、道中で進めなくなってしまい結局引き返してしまった。
だけど、今回はスラスラと造作もなくここまで上がりきることができた。おちろん刹那を探すためではあるとしても家族とのことがトラウマになっていたはずの身がここまで自力でやって来られたことに自分の中でようやく整理がつけたのだと実感していた。
なんで、刹那が俺の家族の墓に来ているのか、そう思った根拠は特にない。だけど、刹那が俺を引き取ったことにたとえ好きだったからとはいえ俺の想像をしきれないレベルで責任や覚悟を感じていたこと。
そんな刹那が俺を傷つけていた、俺と一緒にいる資格はなかった・・・等と責めているあたりから刹那が謝るならきっと俺だけではないと思った。まずは永遠を預からせてもらうことになった家族へ行くだろうと刹那の性格からそんなことを思ったのだ。
晴生や他の人達はどうしているかというと、実はこの墓地は出入り口が2カ所あり、刹那と間違っても入れ違いにならないようにそれぞれの入り口で待機してもらっている。晴生は今俺が登ってきたある程度舗装された緩やかな坂道で、愛華たちはかなり急であまり整備されておらず少し危険な山道でそれぞれ控えている。
そして俺一人でここまでやって来たというわけだ。こうすれば刹那がここまで来ているという予測が当たっていれば誰かしらには会える。
墓が集まっているところへ向かっていく。自分の家族の墓がどこにあるのかなんて正直知らない。だけど、地面には最近できたばかりの足跡があってその先を辿っていくと・・・見つけた・・・冬海家の墓・・・お母さん、お父さん、弟が眠っているところ。
足跡もここで止まっており、ここに人が来ていたことが確信できた。そして、俺は1回も来たことがないのにも関わらず墓はとてもきれいにされており、刹那が俺の代わりに頻繁に来てくれているのがわかった。
ちょっとした目の届きにくいところなんかも掃除されていて手抜きをしないあたり流石刹那だなと思う。花も添えられており、明らかに今日と替えたばかりだろといえるほど瑞々しい花びらを咲かせていた。強い風雨の中美しく咲き続ける姿が清く感じた。
「久し振り、4年半ぶりだね・・・こっちになかなか顔出しに行けなくてごめん」
雨が降りしきる中誰もいない墓の前でポツポツと言葉を溢す。
「親孝行ただでさえできなかったのにこんなにも長く放置し続けてごめん」
既に濡れていてひんやりとした墓をそっと撫でる。
「今日までここに来れなかったけど、ようやく前に進めるそんな気がするんだ。俺ってさ中学一年で家族を亡くして、大切な人がいなくなる恐怖を知って、どこか自分でも悲劇の主人公を気取っていたのかもしれない」
風が吹き付ける。先程までとは違う、冷たくジメジメとしたものではなく、乾いたそれでもどこか温かくなれるような風が。
「だけど、俺って幸せ者なんだなって思った。刹那や刹那の両親に引き取ってもらって育ててくれて、俺が冷たくしても接し続けてくれた人達がいて、初恋だった人と恋人になれて・・・俺が認めないだけで実はすごく幸せなことだったんだ」
俺は墓から手を離して一歩下がり、目を閉じてゆっくりと頭を下げた。
「今まで育ててくれてありがとうございました。一緒に過ごせて楽しかった。家族との過ごした時間は決して忘れない。思い出として永遠に生き続ける。だから、今あるものを大切にしてこれからを過ごしていくよ。お義母さんとお義父さんと友達と、そして俺の初恋で恋人の刹那と・・・まぁ今は喧嘩別れ中なんだけど・・・また今度刹那と一緒に来て詳しく教えてあげるからな」
もう、胸の中に黒くてモヤモヤとしたものは感じない。こんな天気とは真反対に自分の心はとてもすがすがしくカラッと穏やかだった。
俺はゆっくりと目を開けると墓のすぐ近くに布が落ちていた。見覚えがあるものでそれを手に取ると憶測が真実に変わった瞬間だった。
黒と白のシマシマ模様のハンカチ、広げた右下には小さい長方形の白い布の上に「ふゆみ とあ」と平仮名で俺の名前が書かれている。刹那の、正確には俺が初めて刹那と会った時に刹那が怪我をしてしまい渡した俺のハンカチ。
来てたんだな、刹那。
刹那がここに来ていたこと、そして刹那が未だに俺のハンカチをこうやって大切に持っていてくれたこと、そんな事実が俺にとっては心の底から嬉しいことだった。
俺はハンカチについた泥を払い、雨で濡れてているので絞りながら自分のポケットに入れた。代わりに俺が今持ち合わせていたハンカチを入れておいた。きっと花が風で飛んでいかないようにしていたのだろう。強い雨で花も下を向いてしまっているが。
そして、「また来るね、今度は2人で」と内心でそんなことを思いながら背を向けてあとにした。
俺は少しだけ雨宿りできるところを見つけてスマホを取り出し晴生や愛華とグループ通話をする。俺のスマホが防水仕様で助かった。ポケットに入れていたとはいえもう傘も差さず、片手で閉じた傘を持った俺は全身に服が張り付いており重たい。
『永遠!無事?』
愛華が酷く心配そうに声で俺に尋ねてくるので「うん、大丈夫」と答えた。そのすぐ後に晴生も繋がったのですぐに本題に入る。
「それで刹那はやっぱりここに来ていたよ。刹那の、俺が昔刹那にあげたハンカチも側に落ちていたし花も新しく替えられていたから間違いない」
しかし、道中で刹那の姿を目にすることはなかった。もちろんこの墓地でも。
「なぁ、そっちの方では刹那はどうだった?」
俺は希望に縋るように僅かな可能性に期待したがスピーカーから聞こえた返事はどちらも、
『いいえ、まだ』
『こっちもだ』
万が一のこともあり晴生を入り口で待機させたが無駄だったかもしれない。もともと俺が来た道は一本道だしすれ違ったなら確実に気づけたはず、だけど、刹那はいなかった。
「いちおう確認なんだが刹那からの連絡はないんだよな?」
『うん、せっちゃんからはないね』
俺達の家にも愛華の家にもどちらも目につく場所に置き手紙を残しており、「帰ってきたら連絡すること」と伝えている。しかし、その連絡もなく、そして比較的新しかった足跡から刹那はもう一方の道から帰っているのだろう。そしてその道中といったところだろうか。
雨風がさらに強くなってきた。それと並行して俺の気持ちはどんどん加速していく。
刹那に早く会いたい。怪我してないだろうか、熱がぶり返してないだろうか、また自分を責めていないだろうか、考えるだけで心配事が積み重なっていき全然落ち着けない。
そしてなによりも寂しかった。早く刹那の元気な笑顔が見たい。
しかし、そんな俺の心境とは裏腹に打ち付ける雨粒は大きく強くなっていき風も気を抜けば体を押し倒してしまいそうなくらいにまで強くなってきた。今の刹那は完全に病み上がり、しかも治りきっているのかすらも怪しい。体力的にも精神的にも限界のはずなんだ。早く見つけないと・・・。
『まずいわね、この地域も暴風域に入ったわ。とりあえず捜索は中止よ。晴生君は近くの店に入っておいて後で迎えに行くから、永遠君は・・・』
愛華のお母さんの言葉を遮った。
「このままもう一本の道の方からそちらに向かいます」
『おい!いくらなんでもそれはきけ・・・』
ドゴォオオオーーーー
晴生が何か言いかけたところで突如激しい轟音と共に地面が揺れた。その音は他の人達も聞こえたようで『一体何?』と電話の向こうでも混乱していた。
嫌な予感がした、全身雨で濡れているはずなのに冷や汗が全く止まらず、鳥肌も立ち続けている。俺は目線を行きとは反対側にある俺が今から帰ろうと・・・刹那が帰っていったと考えられる道を見つめていた。
「俺、行きます!」
『ちょ!?永遠!?それは・・』
愛華の制止を振り切るように電話を切り、俺は駆け出した。
頼む、無事でいてくれよ刹那。
読んでいただきありがとうございます!
面白い?続きが気になるかも?と思った方はブックマークや評価を是非。
今後もよろしくお願いします!




