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101.周囲からの心配

刹那視点です。

 ピピッ!と小さな電子音が鳴り響く。


「うーん、37.9度かぁ。流石にこれじゃあ学校には行けないわね。お休みしようか」


「はい、すみません・・・」


「いいのいいの、それじゃあ連絡はこちらからしておくわね。後で色々と持ってくるからちゃんと休んでてね」


 優しく宥めるように体温計を持って愛華の部屋から出て行く愛華のお母さん。

 人の家に居候しておきながら高校まで休むということに申し訳なく思うが体調不良を理由に高校を休めることに・・・・・・・いや永遠に会うことを避けることができて正直なところどこかホッとしていた。


 そしてそんな自分がまた嫌になる。


 自分の中で気持ち悪い何かが暴れている気がしながらもそれを確かめ、抗う体力も気力も残されていない私は逃げるように用意してくれた布団の中に潜り込んだ。そして昨日の光景がぼぉーと思い出される。


 愛華に連れられて高校に行って教室に入ったときまだ永遠が来てなくて安心していたけど、すぐ後に永遠がやってきて初めだけ目を合わせてくれた永遠に、私は自分から切り捨てた癖して永遠が私を気にかけてくれているということにどこか喜びを感じていた。


 だけどとても悲しそうに愛しそうに見つめてくる透き通った瞳を見てそれが私には胸がズタズタにされているようで辛くなった。私は目を逸らし昨日一日その後は永遠と目を合わさないように心がけた。


 昼休み、私は率先して愛華と沙月だけで弁当を食べるようにお願いした。当然沙月は『ど、どうしたの?』と戸惑っていたが『今日はそういう気分だから』となんとか笑って誤魔化した。目を細めて首を傾げる沙月にはどうみても誤魔化しきれなかったが。

 愛華は私が永遠と距離を取ろうとしているということは知っているので特に言ってくることはなくて、私に話しを合わせてくれていた。いつも以上に言葉に棘があり明らかに不機嫌だったが。


 授業を終えて私は部活に行った。全体に指示を出してそのまま各パート練に移ってもらった。


『ちょっと大丈夫!?』


『何かあったの?話聞こうか?』


『刹那、無理してる・・・』


 パート練習が始まった瞬間に楽器を取り出すことなく椅子に座らせられて同じ同級生が不安そうに尋ねてくる。


 先程感じていたトランペットとクラリネットからの鋭い視線は私の勘違いではなかったようだった。今頃永遠も問い詰められているのかもしれない。

 後輩もイマイチ状況が掴めていなさそうではあるがこの場の雰囲気を察知して近くにやってきていた。クラリネットパートの皆の気遣いが今の私にはこれ以上なく胸が締め付けられるようで苦しくて逃れるように私はこれ以上心配をかけまいと口角を無理矢理あげて、


『大丈夫だよ・・・ちょっと疲れてるだけだから・・・』

私の言葉の後に沈黙が続く、皆が言ってほしかったものとは全く異なる私の返答にどう返したらいいのかわからないようだった。


 すると、さっきまでこちらに入ってくることがなかった後輩の優夜君がボソッと呟いた。


『先輩達はそういう言葉を聞きたかったわけじゃないと思いますよ・・・』


そして楽器をケースから取り出し、カチャリと音を立てながら組み立てていきリードを鳴らし始めた。


『言えるようになったら、教えてね。刹那』


 同級生の一人がそれだけ言って集まっていた輪からそれぞれ離れていき練習をし始めた。

 私も皆に合わせるようにして練習を再開した。

 ずっと皆無言で重苦しい雰囲気は部活時間終了を告げるチャイムが鳴るまで続きとても永久のもののように感じた。




「刹那ちゃん、入るわよ」


「どうぞ」


 ドアがノックされて愛華のお母さんが両手にもの一杯に抱えて部屋に入ってきた。

 私はものを運ぶのを手伝おうと体を起こそうとしたのだが、「こら病人は大人しくしていなさい」と言われたため起こした上半身を再び元に戻した。


 そして、私のおでこにひんやりとしたジェル付きのシートを貼られた後私のすぐ横に腰を下ろす。


「学校には連絡したから大丈夫。今の状況についてもちゃんと説明しておいたから問題ないわ。愛華も不機嫌そうにしてたけど学校に行ったわ」


「はい、連絡ありがとうございます・・・」


「ご飯は冷蔵庫に入れておいたから、温めて食べてね。飲み物はここに置いていくから、温くなっちゃうかもしれないけど近くに水分補給できるものは置いておいた方がいいと思ったからここに置いていくね。喉が渇いてないと思っても適度に飲むようにしてね。足りなくなったら下にあるからね」


「色々としてもらってすみません」


「いいのよ、一時的とはいえお預かりしている立場としては当然のことだから気にしないでね」


「はい・・・」


 愛華のお母さんが優しく微笑みかけてくれる。

 その母性溢れる顔が温かくて嬉しいはずなのにそれが余計に私の心を締め付けて冷やしていく。私は今の自分の顔を見られたくなくて掛け布団を口元まで持っていく。

 愛華のお母さんに上手く笑えている気がしないから。


 普通だったらここで「ありがとうございます」とお礼くらいは言うべきなのだろうが今の私にはそんなことすら言う余裕が一切なかった。


 そんな私に愛華のお母さんが右手を伸ばしてくる。私はいきなりのことだったので思わず目を瞑ってしまったが、頭をぽんぽんと撫でられたのを感じて目を開くと、愛華のお母さんに名前を呼ばれる。


「刹那ちゃん」


「・・・」


 人に頭を撫でられるのは両親や永遠以外では初めてで、しかも最近は永遠からしかなかったため大人の人から撫でられるのはかなり新鮮で、それでもどこか懐かしかった。お母さんやお父さんがしてくれているみたいで。


「私ってね実はこう見えてね家事が苦手なの」


「・・・はい?」


 いきなり家事が苦手だと告白されて間抜けな声を上げてしまう。そんな私が面白かったのか愛華のお母さんはクスッと笑った。


「私もお父さん、夫と結婚してもうかなり、それこそ愛華が高校生になるくらいには続いてきたけども未だに家事では失敗ばかりなの・・・今でもね塩と砂糖を確認することなく間違えたまま入れちゃうし。焦がしちゃうこともよくある話。しかも料理だけじゃなくて掃除とかもそうでね。昨日一日過ごしてもらったから家事ができる刹那ちゃんはなんとなく気づいているだろうけど掃除も細かいところまで行き届いていないのよね。日々努力、精進しているつもりなんだけどなかなか上手くいかなくって・・・それに対して夫は仕事で家庭を支えてくれているのに料理も上手だし掃除も隅々まで丁寧にやってくれるの・・・すごいでしょ」


「はぁ・・・?」


 突然始まった愛華のお父さんの自慢話。


 なんで私は人の家の惚気話を聞かされているのだろうと思いながら、話を聞いていたが同意を求められても何を返したらいいのかわからなかったため相づちだけ返す。

 いや、本当は惚気話は今は聞きたくない、永遠のことを考えてしまうから。そんな私の面白くもない返答ではあるが頬を緩ませて話す愛華のお母さんは表情が柔らかい。


「だからね、昔も今もよく考えちゃうの・・・私っていてもいいのかなって」


柔らかった表情に少しだけ陰りが入る。


「夫は仕事でも家事でも家庭を支えてくれているのに私は家事ですら満足にこなせない。こんな私がここにいることなんていいのかな?って・・・だけど夫は言ってくれたの『互いに足を引っ張り合ってもいい、傷つけ合ったりしてもいい、僕は君といることが一番大事にしたい。だから一緒に乗り越えよう』って」


「・・・」


「だからね、未だに精進が足りない私だけれども、足を引っ張り合って転んでもいいからちゃんと手を取り合って立ち上がって前に進もうと思えるようになれたんだ・・・・・・刹那ちゃん、私には永遠くんと何があったのかは所詮他人である私達にはわからないのだけども・・・」


「あなたのご両親も話せていないようだしね」と自嘲気味に笑って撫でていた手がスッと私の頬まで降りてくる。


「こんなにも辛そうな顔をしてまで一人で抱え込む必要はないのよ。決して永遠君が刹那ちゃんに酷いことをしてきたわけじゃないんでしょ?」


私は小さく首を縦に動かす。


「だったら今はゆっくり休んで、落ち着けたらまた永遠君とちゃんと話せるようにね・・・」


「はい・・・」


 まっすぐ見つめられる瞳が温かくて眩しすぎて今の私には輝かしすぎて目を逸らすように掛け布団をさらに上に上げた。


「それじゃあ、下に行くわね。なにかあったらすぐに呼んでね」とだけ言って部屋から出て行く愛華のお母さん。

 私は顔を出してその大きな背中を見つめながら心配してくれたことにお礼を感じながらも同時に謝罪をしていた。


 ごめんなさい、今の私では、この能力をもってしまった私には永遠と本当のことは話せない。だから、一緒にいられるなら心の底からいたい、いられるように頑張りたいけどもどう頑張っても私は伝えられない・・・やっぱり私には永遠と一緒にいる資格なんてなかったのだから。

読んでいただきありがとうございます!

面白い?続きが気になるかも?と思った方はブックマークや評価を是非。

今後もよろしくお願いします。


後2話ほど刹那視点を続けて、話を進めます。

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