表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

第八話 本領発揮

「なんだ、あれは? ホソカワ、なのか?」

「ば、化けモノ……!」

 夜盗たちは逃げまどっている者もいれば、むしろ彼女に戦いを挑もうとする者もいる。

「逃げるな野郎共!こんな化けモノは見たことがねえ。捕らえたらきっと稼ぎになるぞ。戦え。生け捕れ!」

 恐らく指示を出している男が頭だろう。

 頭の指示には逆らえないのが部下のさだめ、逃げ腰ながらも武器を構える。

 だが、そんな者共を美玲は素手の一振りで振り払い、さらに発生させている風で遠くへと吹き飛ばしてしまう。


「なんという怪力……ただの弟子ではなかったのか」

 美玲の強さを目の当たりにしたエレン。

「ここはあの大女に任せて大丈夫そうだな。となるとあとはレオンハルト様か。あの方に限り……とは思いたくはないが」

 姿が見えないことにただごとではないと感じたエレンは、迫る夜盗を倒しながらレオンハルトの姿を捜した。

 美玲の力業は一向に怯まない。

 今の美玲は敵と味方の区別が出来ているのだろうか、エレンはやや気になったが、今は美玲の理性を信じるしかない。

 レオンハルトがいたはずのテント近くを重点的に捜していた時だった……


「貴様、なぜ戻ってきた」

 肘と膝あては泥だらけ、着ているセーラー服というものも泥で汚れているし、綺麗に結った髪、リボンも解け、顔には枝などで擦れただろうキズがある。

 真という人物は、誰かの為にここまで必死になる人物だっただろうか。

「あ、あのさ……ちょっと気になるものを、オレ見たんだけど……」

「今は貴様と話している暇はない。弟子がひとりで頑張っている。師匠なら、手伝ってやれ」

 と、美玲が仁王立ちしている方向をあごで指した。

「あいつ、なにやって……」


 背丈や後ろ姿は確かに美玲だが、髪の色まで変わり、なんというか元の世界でみたマンガ原作のアニメに出てくる超○○○人みたいになっている。

 真が駆け寄ろうとすると、エレンが「待て」と止める。

「それより、姫様はどうされている?」

「木に登ったままだけど?オレはさ、なんか木登りができなくて……」

 なるほど、必死にここまで戻って弟子の心配をしにきたわけではなく、必死に木登りをしてみたが出来ずに仕方なく戻ってきたというわけか……と、やはり期待するに値する人物ではないな……と自己完結させた。

 こんな者に時間を割くなど、なんと無駄なことを……と、エレンはすぐにレオンハルト捜索をはじめようと、真に背を向ける。

 だが今度は真がエレンを呼び止めた。

「そーいえばさ、さっき木の上に王子様が引っかかっていたけど、あれ、なんかの稽古かなんか?」

「……ばかもの!そんな稽古をするはずがないだろう!」

 エレンはすぐに動ける部下を引き連れ救出に向かった。


 さて……あらかたバレたくない者たちはこの場から去り、王子救出へと向かうか、負傷でとりあえず安全な場所まで撤退をしている。

 その隙にあのバカをなんとかしなきゃな……と、真が美玲に近づいた。


「なあ、なにやってんだよ。おまえが目立ったらバレちゃうじゃん」

 美玲は、近くに守らなくてはいけない存在の真がいることに気づかない。

「なあ!そこの怪力女!いい歳して金髪って、なんだよ!よけい太い眉が目立ってんじゃん!」


 太い眉……その辺りで美玲の動きが一瞬鈍くなる。

 すでに倒さなくてはならない敵はいない。

 無駄にその一帯を荒らしているだけの状態だった。

「おーい、太眉! おばさん!」

 ピクッと体が強ばった。

 ゆっくりと振り返ると、美玲の瞳にちっこい真が映る。

「……真中、クン?」

髪の色が、金髪から元の黒髪に戻る。

それは彼女が正気に戻ったことを意味していた。

「そーだよ、ゲジ眉。なにやってんだよ」

「なにって、私、あなたを守らなきゃって」

「ば~か、あの突風で吹っ飛ばされて、オレもう散々だっつーの!」

 本当は吹き飛ばされてはいないが、実際、吹き飛ばれてしまった者はいる。

「え?ご、ごめんなさい!ケガはない?」

「見りゃわかるだろう、目も耄碌したのかよ。これだからおばさんは……」

「ひどっ!私まだ三十五歳よ?耄碌するほど衰えてはいないわ。それにまた気にしている眉毛のことを言ったわね……私、あなたがいなくてどんなに心配したか」

 途端にホロホロと涙が流れ出す。

「うわっ、なに泣いてんだよ。……とにかく、俺は無事なんだし、それでいいだろう?」

「そうね。だけど、耄碌とかおばさんとか、キズついたのは私だわ……」

「……ああ……、面倒くせぇーな。正気に戻してやったんだから、それでチャラでいいだろう?」


 かくかくしかじかで……と説明された美玲は赤面。

「嘘、私。みんなにそんな姿を披露してしまったの?」

「そ。おかげでオレの弟子は怪力女ってバレバレ。けどさ。これでなんとかなりそうじゃん」

「どういうこと?」

「いや、そっちが隠れなくても、怪力技を繰り出しながら魔導の力を発揮とか。チートなんだし、それくらい楽勝じゃね?」

「うっ……できるかしら、私に」

「だってさ、やらなきゃ。そっちは元の世界に戻りたいみたいだし?」

「すべては魔王を倒してからっ……てこと?」

「そーいうこと。というわけで、とりあえず逃げた馬捕まえて、馬車直して。今晩もここで野宿は決定だな」

 ふたりは、改めてやれやれと荒れたその場所にヘコタレるようにしてしゃがみこんだ。

 そこに救出されたレオンハルトが逃げた馬を捕まえて戻ってくる。

 続いて負傷した兵を担ぎなからほかの兵士や騎士も戻り、最後にエレンがプリシアを連れて合流した。

 次第に空は明るくなり、夜明けの綺麗な空が広がっていく。



 四方に散らばった荷物を回収し、とりあえず飯でも食うか……とレオンハルトが先頭にたって動き出す。

 エスバイアの王子ともあろう者が、吹っ飛ばされて、木に引っかかって降られなくなったなど、真やプリシアには知られたくないのだろう。

 彼の居場所を教えたのは真なのだが。

 仕事はレオンや部下に任せればいいと、エレンはどうにかしてプリシアを休めようとするが、彼女は「休んでいる場合ではありませんわ」と聞き入れなかった。


「そういえばさ。結局あれ、なんだったの?」


 少し落ち着いた頃、真は夜盗の男たちと一緒に行動を共にしていた、「ある存在」のことを聞く。


 それは頭は獣、しかし身体は人の姿をしていた。


 獣人という種族だとあたりはつけられるが、それにしてはなんとも異様なものだった。

「まあ、マコト殿。あなたもあれを見たのですか?わたくしも同じことを考えていましたの。あれは獣人とは違いますのよ」

 どうやら、この世界には獣人という種族が存在するらしいが、しかしこの大陸にはいないはずなのだという。

 また獣人は本来とても温厚で、人を襲うことはしないとも言った。

「彼らは姿形が人でも獣でもないことから忌み嫌われるようになって、以来、魔導士たちと同じく人との関わりを絶って静かに暮らしているはずですし、そもそも獣人の持つオーラとは違いましたわ」

 直接見たことはないが、異様なオーラだけは感じるのだという。

 それには真も大きく頷いた。


「マコト殿も同感ですか。だとすれば考えられることは、あれは魔王が作り出した“キメラ”ではないでしょうか?服を着ていましたからすべての確認はしていません。しかしあの異臭はまさしく、魔物が放つものと同じです」

 聞き終えると、エレンは小さく「これは問題だぞ……」と呟いた。

 食事を取りながら、レオンハルトが出発は明日になると告げた時、エレンは早急に立った方がいいと強く主張した。

 その「理由」を聞き、納得したレオンハルトは、

「魔物が本来人と行動を共にすることはないと聞く。であれば、昨夜の夜盗どもはむしろ魔王の手下という可能性があるな。相手はこちらの動きを知っている。だからこそ、比較的見通しのいいこの場所でも遠慮なく襲いかかってきた」

「だけどさ、売ると儲かるとか高値とかも言っていたけど?」


 それって、奴隷市場とか?と付け加えると、この世界の者たちだけが沈んだように下を向いた。

「……ほとんどの国では、そのような取引を禁じております。我が国もレオンの国も。おおよそ、国交を積極的に行っている国は禁止していると認識してよいと思います。しかしその反面、人の持つごうと言いますか、通貨の表と裏のように、暗黙の了解のごとく存在もしておりますの」

「つまり、法で禁じてもそれが及ばぬ所で、いまだ存在し続けているってことだ」

「マコト殿のようなお若い、しかも女性の方にも知られているのは正直、本当にどうにかしなくてはならない問題ですわね」

 この会話から、普通であれば知らないでいる方が大多数であることが伺える。

 市井の人々に知れ渡るようになる前に、本腰を入れ、徹底的に取り締まらなければということだろう。

「闇市場と魔王が繋がっているとなると、ますます厄介だな」とレオンハルト。

「そうですわね。昨夜のようなキメラを大量発生されられるのも困りますわ」とプリシア。


 なんとなく、真でもわかりはじめていた。

 魔王は闇市場を取り仕切る勢力と繋がり、人と獣を掛け合わせる魔力を使いキメラを意図的に作り出し、供給しようとしている。

 このままでは今後自分達は、そのキメラと、人でありながら魔王の下に付くことを決めた同じ人間相手に戦うこととなる。

「人体実験、そして人体に何かの魔法をかけること自体も禁止されていたはずだ。だが、魔の力の存在を隠し続けていた中で、ほとんどの人はそれを知らないまま生きている。今更、そのようなものが存在すると公表する必要もないだろうと、俺は思う。それをしてしまっては、魔王討伐に力添えしてくれた真たちの想いが無駄になりかねないからな」

「本当に、そうですわね……。それでしたら、出発は早めた方がよいでしょう。明るい今のうちに参りましょう」

 馬車が失われた今、荷物は部下の男たちが分担し、プリシアは自分の足で歩く覚悟を決めた。

 目的の「深みの森」まで馬を使えば一日半の距離だが、徒歩だと最低三日はかかるだろう。

 次第に言葉数も減り、幾度となく行く手を魔王の刺客に阻まれながら、城を出て七日目にやっと「深みの森」の近くへとたどり着いた。



※※※


「ここから岸壁の方へと移動するわけだが」

 とレオンハルトが美玲をみた。

「大丈夫です。移動と同時に魔物たちを誘導しなければなりませんので、その準備もしながら行動します」

「……というと?」

「アーサー王子に用意していただいたものです」

 といって、積み荷の箱をあけた。

 出発以来、中身がとても気になっていた真は誰よりも早く、その中を覗いたが……

「なんだよ、これ。ガラクタじゃん」

 入っていたのはなにか使い古した容器と、束になった紐だった。

「あれ?けどなにか入ってる。……うおっ、なんだこれは!」

 ガラス製の入れ物に入っていた液体に興味を持った真は早速蓋をあけて臭いを嗅いだ。

 だが、あまりの臭いで顔が歪む。

 ひとり変顔ショー状態がしばらく続いてしまった、それくらいの異臭だった。

「これをどうするつもりなのだ?」

 さすがのレオンハルトも美玲のことを怪訝な顔で見て、得体の知れないものを見るような視線を箱の中身に向けた。

「その中身は魚の脂です」

「魚の……? どうりで生臭いはずだ」と納得はしてもまだ不快な顔をするレオンハルト。


 しかしプリシアは違っていた。

「アーサーはとても楽しそうでしたわ。ということは、なにかそれだけの意味が有るのですよね?」

「はい。お願いする際に私がやって見せましたので。とても興味深そうにしてらっしゃいました」

「そう。では、今ここでわたくしにも見せてくださいますでしょう?」

「もちろんです。みなさまに手伝っていただかなくては間に合いませんので」

 と美玲は皆の顔ぶれを一周した。

 彼女は皆にひとつずつ容器と紐の束と、魚の脂が入った入れ物を配った。


 しかし、真には別のものを手渡す。

「なんだよ、これ。葉っぱじゃん」

「それは以前話した油葉よ。魚の脂だけでは足りなくなるはずだから、真中……ではなく師匠にはこの油葉をすりつぶし、それを絞って油を取り出す作業をしてください」

「なんでオレだけ?」

「ですから、足りなくなるからと言ったじゃないですか……それに、魚の脂は臭いでしょうし」

「確かにな。……まあ、いいか。やればいいんだろ?」

「ありがとうございます。それではほかの方々にはランプを作っていただきます」

「ランプ?」

 場にいた者たちの声が一斉に被さった。


「まず、容器に紐をいれます。深さがあったり平たかったり、容器は様々です。そのため、どの容器でも紐は立たせることが出来ず倒れてしまうと思いますので、縁などに少し穴をあけ、そこに通してください。……すると、先端が立ちます」

「おお」と、声があがる。

「そうしましたら、魚の脂を容器に注いでください。穴を開けた縁ギリギリまで入れましょう。入れ終えたら蓋をします。その時、紐の先端は外にでるようにしてください。ものによっては蓋にも穴をあけなくてはならないと思います」

 それをここにある容器すべて作ってほしいと頼んだ。

 予想通り、魚の脂は足りなくなり、美玲も油葉から油を取り出す手伝いをする。


 こうして、いくつものランプによく似た外見の物が出来た。

 “よく似た外見の物”としているのは、美玲以外、ランプであると認識はしていないからだ。

 使い方はこれから移動しながら見せるといい、そして一行はいよいよ「深みの森」へと足を踏み入れた。

 その時、美玲と真はふたりでひとつの松明を持ち、真は詠唱をしているような素振りを見せる。

 頃合いかなと言う時にわずかな魔物の気配を感じ、美玲は松明に火を点けるとともに別の要素も追加した。

 「ここにランプをひとつ、設置しましょう」と言いながら、作ったそれを置いて、松明の火をその紐に点けたのだ。

 すると、紐は焼けずにランプとしての用途を発揮している。

「これは……!なんとすばらしい。十分な明るさだ。それに無駄がない」

 と絶賛しているのはレオンハルトだった。

 国にもよるが、ロウソクであったりランプの油であったりは相場が変わりやすく、生活の必需品であるのだが、不自由なく買える者は限られている。


 食に重点をおけば、夜は日暮れとともに寝て、極力明かりに対しての出費を避ける。

 また明かりに金をかけ別のものを押さえる者もいるが、これならば家計圧迫回避になる。

 レオンハルトの国エスバイアは軍事国家寄りなため、職種による貧富の差があった。


「まあ、なんて素敵なんでしょう。アーサーが喜ぶのも無理はないわ。ねえ、エレン。あなたもそう思うでしょう?」

 と、プリシアはエレンの同意を求めた。

 エレンが仕方なく頷くと、とても嬉しそうに微笑む。

「アーサーは資源を再利用して無駄を省くことを周囲の者に推奨していますのよ。まさにこれは、あの子の理想だわ」

 比較的豊かな国であるルーベニアでは自国で食料を自給できる分、民の、食物に対する有り難みが薄れていることを父王も気にしているとプリシアは言う。

 皮肉なことに今は自由に町を行き来できなくなったため、民は身を持って物の大切さを感じ始めている。

 まさか魔王によって……そのなんともいえないプリシアの気持ちは察するに値するものだった。

 なぜなら真や美玲もまた、元の世界で体験した「大きな災害」によって、物の有り難さを知ったからだ。


 自分が経験してやっと知る。


 本来なら災害国家といっても過言ではない日本での生活で、物の大切さを失念してしまう方がどうかしているのだ。

 しかも自給自足はできず輸入頼りだというのに……と、日本に居た時のことを思い出した美玲だった。


 気を取り直し、美玲たちはさらなる奥へと進んでいく。

 美玲は途中で松明になりそうな木をみつけ、持っていた火を分け、先頭と最後尾で持つことにした。

 それでも視界は悪く、自分の足下でさえ闇に覆われているといってもいい。

 時折感じる魔物の気配、それにあわせてランプを設置していく。

「なあ、あれってただの火じゃん? 生き物って、火が怖くて近寄らないものなんじゃないのか?」

 真はふとそんなことを思い出した。

 たしかはじめて城に行く時、獣に追われた時に火で遠ざけていたはずである。

「普通はそうね。でも、相手は魔物。普通のやり方は通用しないと思った方がいいと思わない?」

「ってことは、なにか策が?」

「ええ、もちろんよ」

「どんな?」

「どんなって……」

 と美玲は周りを見渡す。


先頭は美玲、最後尾はエレンの部下が担当しており、真の次にエレンが、その後ろをプリシア、レオンハルト、及び彼の部下が続く。

 真と美玲の会話は声のトーンにもよるが、プリシアくらいまでは聞こえていても不思議ではない。

「それをここで言ってもいいの?」と真に耳打ちをした。

 つまり、今は真が魔導士ということになっているのだ。

 火は魔導士による力で出しているわけだから、真が松明の火の意味を知らないのはおかしいということになる。

「あ、ああ。そうだった。いや~、悪い悪い」

 真はわざとらしくオーバーアクションで誤魔化した。


 だが、そのわざとらしさを見抜ける者もいる。

「そろそろ、タネあかしを教えていただいてもいい頃だと思うのだがな、魔導士殿」

 と、嫌みたっぷり、トゲのある言い方をしたのはエレン。

「まあ、そんな言い方は失礼ですよ、エレン。ですがマコト殿。わたくしも気になっておりますのよ。獣はたしかに火を恐れます。これでは誘導ではなく遠ざけているのではないでしょうか」

「だが、魔物も火に弱いはずという思いこみは確かに危険だ」

 と美玲の言っていることももっともだとレオンハルトはいう。

「そうですね。それでは、私の方からご説明いたします」

 美玲はこれ以上は隠せないと、腹をくくった。


「実は彼……ではなく彼女、私の師匠は火を灯した際に、別の要素も足したのです」

「それは?」

 と皆の注目が集まる。

 生唾を飲み込むような音も聞こえた。

「暑い、喉が乾いた。水がほしい。そう感じる暗示です」

「……暗示?」

 なぜか声が裏返るような声が重なった。

「魔法も一種の暗示であると、なにかの書物で読みましたわ!」

 プリシアは書物の世界だけと思っていたことが、現実にあるのだということを体感していることに興奮する。

 エレンは「そんなこと……まやかしだ」と切り捨てた。

 真は催眠術的なものを想像し、なら火を見ないようにしなきゃ!と勝手に思っている。

 魔物にしか効果がないようにしてあるというのに……


「それと、魚の脂の臭いは生臭かったはずです。あの時キメラの放っていた臭いも悪臭といってよいでしょう。どのような臭いかと言われたら、死体が腐ったような……と言ってもいいと思います。つまり、同族に似た臭いに引き寄せられるとも考えました」

「獣はよく臭いを嗅ぎあいますわね。その習性を活用してのことだったのですね。さすがですわ」

「いいえ。生き物の習性の知恵をくださったのは、アーサー王子です」

 プリシアは自分の弟が誉められると、自分のことのように嬉しそうに振る舞う。

 そこからどれだけ大切にしているのかが伺えるというもの。

「あの子がそんなことまで……そうですか。魔王討伐の功労者は、あの子かもしれませんわね」

 その言葉に異論を口にする者はいなかった。


 用意したランプの残りがあと一個となった時、最後尾から声があがる。

 後方から大群が押し寄せている……と。


 一行は美玲の合図で走り出す。


 彼女の目にはもう少しで岸壁であることがわかっていたからだった。

 誰よりも早く走ったのはエレンで、しっかりとプリシアの手を握っていたが、ある程度まで走りきると、その動作を止め、向きを変える。

 つまり、エレンが立っている先が岸壁ということだった。


 エレンの背後から光が射し込んでいる。


 森に入った時は昼頃、そして陽が差し込んでいる角度から推測すると、丸一日、森の中を歩いていたことになる。

 押し寄せる魔物は例のキメラと呼ばれるものや、浮遊する物体のようなもの、港町で散々討伐した、火を操る魔物もいた。

「詠唱にどれくらいの時間が必要だ?」

 レオンハルトは最前……この場合は殿しんがりだ……に立ち、剣を抜く。

 作戦は、背後に広がる海から雨雲を作り、炎の鎮火をする。

 その前に大々的に魔物たちを焼き払おうというのだから、詠唱は二度唱えることになる。

 だが、雨雲は自然発生でできたものとすることになっているので、彼らには一度分だけ伝えればいい。


 ところがだ。

 チート級の最強魔導士には詠唱など皆無である。

 みながふたりに背を向け、そしてプリシアとエレンは真たちの背後にいるので、ふたりの背中しかみていない。

 真が魔導士を演じる必要はなく、


「真中クン。本気でサクッとやっちゃうから」


 と、美玲は真に耳打ちした。

 真が「え?」と思ったときは、レオンハルトたちの頭上をものすごい勢いで炎がアーチ状に飛び越え、魔物の群に落ちたかと思えばたちまち火柱が立ち上る。

 さらには無数の火の玉が飛んできて、それらが爆発を起こす。

 火の粉が飛び散りすぎるので、美玲は木と土とで自分たちを守る壁を作った。

 それも瞬く間に。

 それでも火は周りの木に飛び移り、ちょっとした山火事状態。

 花火のように上空で大爆発するものを作り、さらにそれらが海側の空に広がっていくように操作した。

 すると海の表面は熱せられ蒸気となり、空に雲が出来ていく。

 はるか先に、たしかに雨雲らしきものも発生しているため、それをこちらへと引っ張り、作った雲と合体させ、とても大きな雨雲を森の上へと動かして、大雨を降らせた。

 それらの大業は畳みかけるように繰り出され、……美玲以外は、なにがどうなっているのか皆目見当すらつかない状態だった。


「終わったな……」

 レオンハルトは魔物の群が全滅したのを確認し、剣をおさめた。

 エレンもまた、レオンハルトの判断を取り敢えず信じ、構えていた剣をさげる。

 真は憧れていたチート級の技の数々を目の当たりにし、そしてそれが自分では無いことに、嬉しいけれど悔しい思いであった。


 なんで自分には力がないのだろうか。


 落胆の中にも、まだまだ終わっていないという気持ちもある。

 魔王はまだ生きていて、それを倒すのは自分であると思っているからだ。

 その最後の一瞬、一番おいしいところで目覚めるというパターンもあってもいいじゃないか。

 そんな感じになっていた。


 美玲の方は、まさかここまで自在にできてしまえるとは思っていなかった。

 ただただ必死で、しかし全員が無事であるなら頑張った甲斐があったと、肩の荷をおろすような気持ちになる。


 誰もが終わったと思っていた。


 魔王がここにいるという確証はないが、それでもそなりの打撃は与えたはずだし、本人登場も時間の問題のはずである。

 だが……

 足元から揺れている感覚がある。

 真と美玲にはその揺れが地震に似ていると感じた。

 それもただの地震ではない。

 美玲にとってはあの時、あの瞬間に感じた何ともいえない嫌な揺れ方である。

「みんな、伏せて!」

 と叫ぶ美玲。

「なんだ、あれは……!」

 と叫ぶエレン。

 みなは伏せるような格好をしたまま、エレンが指さした方をみた。

 森の真ん中あたりが盛り上がっていき、木は倒れたり抜けたりしている。

 ぱっくりと口をあけるように盛り上がった中心部分がふたつに割れた。

 その中から現れたのは……


「地竜だと!?」

 地竜と口にしたレオンハルト、彼をはじめ場にいた者たちは、その存在を凝視する。

 禍々しいその存在から目が離せないのだ。


 皮膚の色は地竜というだけあって茶系、四本足だが、前足はやや短く、そして細い。

 背には空をも覆いそうな翼が左右にあり、は虫類のような目がギロリと見上げていた彼らを睨みつける。

 茶色の瞳の中にわずかに金色っぽい色が混ざっていた。


※※※


「地竜!?それは、伝説の中の生き物ですわレオン!」

 レオンが地竜と叫ぶと、プリシアは即座にその存在を否定した。

「ど、どういうことだよ!」

 真はこんなの知らねーよとテンパっている。

「地竜は地上で悪さをする存在なのです。ですから、神はお怒りになって地中深くに閉じこめたのですわ。時折地響きがすると、それは地竜が神より戒めを受けている時のうめき声であると言われていましたが、今では地響きの理由も、ある程度学問的に証明されていますもの!」

「だったらさ、それを利用して魔王が作ったんじゃねーの?だって、キメラなんて化け物も作れたんだ。できないはずねーじゃん!」

「マコト殿。命あるものを、人が無から作り出すことはできませんのよ? もし、あの地竜をつくったというのであれば……それは多分、竜を生け贄にしたのですわ」

「てことは、竜はやっぱり存在するってこと?」

「いいえ。伝説でしかありませんわ。ですから、わたくしは今、とても恐ろしいことを考えてしまいましたわ」

「恐ろしいって?」


 この先は聞いてはダメだと真の中の真が言っているが、うっかり聞き返してしまった。

 真でさえ嫌な予感がして止まらない。

 美玲はプリシアが考えてしまったことが分かってしまっただけに、同情してしまう。

 その考えをプリシアに言わせていいのだろうかと葛藤が生まれた。

 だが聞いている、知りたがっているのは自分の生徒だ。

 美玲は「そこから先は私が……」と意を決して言葉にしていた。

「なんだよ、先生……じゃなくて、弟子よ。なんで弟子のおまえが知ってんだよ」

「知っているのではなくて、気づいてしまったのよ。ねえ、キメラの話を覚えている? あれは掛け合わせて作ったもの。無からは作り出せないのだから必ず元は存在しているの。竜なら爬虫類。私たちのいた世界なら、コモドドラゴンあたりとかを元にしたら、竜ができるかもしれないわね」

「あ……」

 最後まで言わなくても、ここまでいろいろ経験してきた真にはわかったようだった。


「だけどみなさん。悲観的になるのは早いと思います。あれほどの大きい生き物を隠し続けることは困難です。となれば、魔王はこの下にいるのではないでしょうか。もしくはあれが門番で、あれを倒せばあの割れ目から入れるかもしれないと思いませんか?」

「なるほど。いい勘をしているじゃないか、怪力女」

「ちょっ、エレンさん。怪力はよけいです」

「ふっ、私なりの誉め言葉だ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ