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第七話 出立 そして、人は救うに値しうるか

※※※


「こんな朝早くからすみません」

 透き通った空気はおいしく、肺いっぱいに息を吸い込み、そしてゆっくりと吐く。

 隣に座っている少年も、美玲のやっていることを真似た。

「うわっ、空気がおいしい。たまに早起きもいいものですね、ミレイ殿。あなたこそどうされたのですか?こんな朝早くから。……もしかして、眠れませんでしたか?」

「あ、いえ。そんなことはありません、アーサー王子。あの、真中クンは、ご迷惑かけていないでしょうか?」

「マコト殿が?全然ですよ!マコト殿と出会って、僕はもうひとつ夢ができました。強い男になって告白し、マコト殿に正式に交際を申し込みたい、実現したい夢ですから、病気になんて負けるものかって気持ちになります。昨日も医者に少し誉められたんですよ。少し免疫が出来てきたみたいで、回復が早くなったと。空気が綺麗な早朝の散歩をして太陽の陽を浴びるともっと免疫があがるというので、さっそく。そしたらマコト殿のお弟子さんが来たのだから驚きです。……あ、今の話はマコト殿にはしないでくださいね。いつか元気になって僕から言いたいですから」


 たとえ頼まれたとしても、それはかなり難しいだろうと美玲は思った。

 この世界で真が男であることを知っているのはどうも美玲だけのようで、嘘のように誰も真を女と思って疑っていない。

 タラシのレオンハルト王子でさえ女の子と信じてモーションをかけているのだ。

 婚約者がいる分、遊び程度とは思うがアーサー王子はかなり本気のようで、生徒のことながら胃が痛い。


「あ、僕のことばかり話してすみません。もしかしてミレイ殿は、僕に用があったのでしょうか?」

「あ、はい!」

「そうですか。で、なんでしょうか? 普段、他人から頼られることがないのでとても嬉しいです。と言っても僕ができることといえば、姉上に口添えするくらいですが」

「いえ、そんな大それたことではなくて」

「では、なんでしょう?」

「あの、アーサー王子はとても知識が豊富だとお聞きしました」

「ああ、そのことですか。病弱で閉じこもってばかりですから、城にある書物を暇つぶしに読み始めたら止まらなくなってしまって。すべてを読破していませんが、基本的な教養はそこそこ知っていると思います」

「そうですか。……でしたら、この世界のことを教えてください。私のいた世界と同じものや、類似したものがあるのかを知りたいのです」

「それは魔王討伐のため……ですか?」

「はい。私もできるだけ被害は押さえたいのです。甘いと思われるかもしれませんが、私たちの願いも姫と同じ、全員無事に帰還することです」

「ということは、マコト殿は出陣を決断されたのですね!」

「はい、ええ、まあ、そうなります」

「そうですか。僕としてもマコト殿には絶対無事に戻ってほしいです。それにレオンも。レオンになにかあれば、姉上が悲しみますから。僕も悲しいし」

「レオンハルト様は残られるのでは?」

「いいえ、あの方は同行されるはずです。女性が最前線に行くのに、自分が後方の、しかも城の中に残るなんて……という方ですから。そして姉上も、自ら戦地に赴くレオンを誇りに思っているんですよ」


 共に戦う同士に身分の差は関係ない、それがレオンハルトの信念だと知った美玲は、少しだけ彼のことを見直そうと思うのだった。

 それから美玲は時間の許す限りアーサー王子にいろいろと質問をして、可能な限り知りたいことを聞き出した。


 部屋に戻ると真はすでに起きていて「どこに行っていたんだよ」と不服を口にした。

 いつもならくっついて来るなと邪険にするのに……

「ごめん。先生、ちょっと下準備の確認してて」

「え?こんな早くから?なあ、昨日言ってたことって、なにを考えたんだよ」

「そうね。遠隔操作ができればいいかなって思って」

「遠隔操作? 電波とかなさそうなのに、できるのかよ。ドローンなんて無理じゃん」

「……あのね、真中クン。なにも文明の利器だけが遠隔操作じゃないわよ。理科の実験を思い出してよ」

 といっても、理科の実験はいくつもある。

 そのすべてを思い出せといわれても、思い出すもなにも授業の中身の事など記憶にない真には、無理な話だった。

「ああ、まあいいや、そういう面倒なのは任せた」

「え? ちょっ、それは困るわ。呼吸のあった相方でなきゃ」

「あれだろ。漫才のボケサッコミみたいな関係。任せろよ、オレ、多分そういうのは得意だと思うからさ」

「は? あの、真中クン? その相方じゃなくてね……」

 と呼び止めても、もう真の耳に美玲の声は届いていない。

 強面のメイドが「朝食の準備ができました」と呼びにきたからだ。



※※※


「それで、結論はでたのかな、お嬢さん」

 朝から鬱陶しくもキモいウィンクで出迎えられた真の顔はとても不機嫌で、その顔もチャーミングだと誉めるレオンハルトの顔はとてもバカっぽく見える。

 かたや、やってられるかとそんなふたりの存在を無視しながらパンを千切って食べるエレンの姿がある。

 プリシアはいつもの通り、「相変わらず面白い方ね、マコト殿って」と笑みを絶やさない。

 そんな、なんともいえない居心地の悪い朝食から早く逃げ去りたい美玲は、

「そのことは、私の方からお話します」とどうにかして場の空気を入れ換えようと奮闘する決意を固めた。

「お弟子さんが説明?……そうだね、なぜだか今朝のマコトはどうも機嫌がよくないようだ。頼むよ」


 真が機嫌悪いのは、あんたのせいよ! と言ってやりたい気持ちを押しとどめ、美玲は軽く咳払いをひとつしてから話し始めた。

「我が魔導士の出した結論は進軍です」

 すると食器が軽く中に浮くくらい力を入れてテーブルを叩いたエレンが「ばかな」と吐き捨てるように言う。

 レオンハルトは「そうきたか……」と小さく呟き、「とりあえず説明を聞こうか」と、まだ文句を言いたそうなエレンに「座れ」とややきつめに命じた。


「深みの森は広範囲のため、場所によっては岸壁ギリギリに面しています。天候を読みとることができれば、敵に雨を操っているように見せかけられるので、それによって炎を使った攻撃による全滅は避けられます」

 今の自分なら雨雲を意図的に作り出し、雨をも降らせることができると感じる美玲は、たとえ天候を読み間違えられてもさほどの問題はないと思っている。

 だが、これはあくまでも天候が当たった「ということにする」ための布石であった。


「それは、私の方から神官に頼んでみましょう」

 プリシアは神官に天候を神に聞くことを約束してくれた。

「つまり、俺たちは岸壁を背にして戦うということだな」

「そうですね」

「だが、そこまではどうやって進む?中は薄暗く陽の光も入らず、入った者を必ず迷わすとも言われている場所だ」

「それは私の「目」が案内します」

 美玲は片目だけ金色になった瞳を強調するように見せた。

「この目は師匠の魔導の力を注いでもらったものです。どのような場所でも見通せる魔力が宿る瞳なのです」

「ほう。ではホソカワ殿が戦陣を切ると?」


 実際、美玲が単体で先行して、あれこれと魔導の力を発揮した方がやり易いというもの。

 真には魔導の力を注いだ美玲の目を通して、離れた場所でも自在に魔法を操れる……としておくための、彼女なりの方便。

「広い場所だ。そこで広範囲に展開して戦うとなるとこちらが不利だ。やるならまとめて、短期決戦でなんとかしたい」

「もちろんです。その為の秘策を、アーサー王子にお願いいたしました。魔導の力が使えなくても使える罠を仕掛けます。罠は必ず我々が待ち伏せている岸壁へとおびき寄せ、そこで叩きます」

「アーサー!?まさかあの子が?」

 プリシアは弟が作戦に関わっていることに驚くが、美玲が勝手に引き入れたことについては触れない。


 そういうところもしっかりとわかっている、とても聡明な姫なのだろう。

 それまで黙っていたエレンが口を開く。

「策はわかった。絶対にやれるから進言したのだな。だが、どれだけの兵力が必要なのかが不明確だ。剣、弓、槍、武器によって効果は違う」

 武器による善し悪しは美玲にはわからない。

 こればかりはエレンやレオンハルトに任せるしかないと思っていた。


 すると、

「それなんだが。同行はこのふたりと俺の三人で実行する」

 と、レオンハルトが提案した。

 つまり、真と美玲とレオンハルトの三人。

 今度はプリシアが立ち上がる。

「それは許可できません。レオン、あなたの実力は信じています。しかし、いくらあなたでもおふたりを守りながらは無謀です。せめて、数名、腕に自信のある者を同行してください。そして、わたくしも参ります。エレン、あなたもついてきますわね?」

「は?なにをおっしゃるんです?それはいけません」

 エレンは即座にプリシアの意見を否定するようなことを口にした。

「わたくしはあなたの意見を聞いているのではありません。ついてくるのですか、こないのですか?」

「……っう。私が、姫の側を離れて安全な場に止まることは、ありえません。私は姫の従者なのですから……」

「そう。あなたなら、そうおっしゃると思いましたわ。ふふふっ、これでひとり腕のいい騎士、ゲットですわね」

「姫さん、やる!」と鮮やかな誘導に歓喜する真。

「一枚上手だったな。負けたよ。だがプリシア。キミを守るのは婚約者の俺だ。それは忘れないでくれ」とレオンハルト。

 こうして、レオンハルトとエレンがそれぞれ信頼できる部下を数名選び、出立は翌日の昼と決まった。



※※※


 姫が乗る馬車に真と美玲が同乗、荷台馬車には数日分の保存食と水、そして美玲がアーサー王子に頼み用意してもらった物が積まれている。


 一体なにを頼んだのか、それを知っているのは美玲だけである。


 乗馬の練習は一応したのだが、真はまったく乗りこなせなかった。

 いやそれ以前に、馬に嫌われ振り下ろされるという散々な結果であった。

 真に乗馬のセンスはないと悟ったエレンは「荷台にでも放り込めばいいだろう」と早々に訓練につきあう事を放棄した。

 美玲はなんとか形にはなったのだが、なにぶん屈強な男と同等かそれよりも背があるため、むしろ敵の的になりかねず、やはり荷台に隠して連れて行った方が良いと判断された。

 プリシアは移動中の話し相手ができたと喜ぶが、遊びではないのですよと不機嫌なエレンに叱責され軽く舌を出して笑う。

「エレン、緊張感は大事だわ。でもそれだとすぐに疲れてしまう。それは本末転倒と言うものよ?ここに居る皆さんは、やる時になったら切り替えられる優秀な方々と信じていますわ」

 そう言われてしまってはその通りですねと答えるしかない。


「それでプリシア様。神官の方は……」

「聞いて参りました。雨雲が誕生する気配はあるそうですわ。まあ、時期的にそろそろ雨期になりますものね」

「そうですね。いつもなら雨の恵みがある頃ですが。これも魔王のせいでしょうか」とエレン。雨は恵みをもたらしてくれるもの、それがなくては干ばつになってしまう……と、彼女は呟いた。

「ところでミレイ殿。弟になにを頼みましたの? あの子、とても楽しそうにしておりましたわ」

「すみません。こればっかりは直前まで内緒です」

「それはそれで楽しみですわね。ちなみにマコト殿は存じですの?」

「え?……あ~、いや?」

「それではマコト殿はミレイ殿にお任せなのですね。弟子のすることを、安心して信じてらっしゃるのね」

 そこからまた別の話題へと変わる。


 ころころと話題が変わるのは、この年頃の少女の特徴なのだろう。プリシアも一国の姫ではあるが、それ以前に一人の女の子なのだ。それはどこの世界も同じであることに、なぜか心安らぐ美玲だった。


 当初、姫様が同行しているのに野営などありえん!と憤慨していたエレンは、今もなお「おいたわしすぎる!」と涙ぐみながらも不満を口にしてはいるが、テキパキと部下に指示しつつ、本人は甲斐甲斐しくプリシアの世話をしていた。

 そんな光景も、二度三度と繰り返すと当たり前の光景になる。

 プリシアの侍女を同行させるという提案は、却下されていた。

 これ以上素人を同行させてどうするのだというレオンハルトのもっともらしい意見が通ったことにより、エレンが侍女の役割も兼任することになって、せわしなく動いている。


 二人がこの世界にきてどれくらいの月日が経っただろうか……ざっくりとだが二ヶ月前後といったところだろう。

 その間、美玲の力は着実に自身のモノとなり、最初に比べてかなり自在に操れるようになったほか、ほぼなんでも望んだことはやれてしまうほどであった。


 まさしく“チート級”に相応しい様相である。


 一方で真はといえば、なにかの予兆のような肉体的外見的な変化はないし、これといって何かが秀でた術のようなものを手にした形跡もない。

 至って普通、元の世界で中学生をしていた頃とまったく変わらない。

 それでもこの世界の人々、特にプリシアは真のことを最強の魔導士で、神がこの世界を魔王から救うために使わした大切な方であると思っている。

 それに対する疑いが微塵もでないのは、美玲の並々ならぬ努力の結晶ともいえるのだが。


ある時、

「すまない、マコト。レディにこのような頼みごとをするのは無礼と承知しているのだが、またうっかり火を消してしまって」

 とレオンハルトが、傍にプリシアがいるのに色目を使いながらやってきた。

「はあ? 火をうっかりって、何度目だよ」

「ははははっ、面目ない」

 すると、美玲が「ではこの火を使ってください」と松明のようなものに炎を灯し、差し出す。

 レオンハルトとしてはなにか理由をつけて真を連れ出したかったわけだが、その策は早々に失敗する。


「ナイスだ先生!」

「……まったく、そう何度も同じ手は使えないわ」

 美玲が別件で火起こしをしていたという設定で火を分け与えるという誤魔化しも、二度目、三度目は使えないと彼女は真に意見する。

「わかってるって。そのうちオレがなんとかするって。……といってもな、あいつ、オレがプリシアと一緒にいても堂々としているしな……」

 婚約者が近くにいてもまったく動じないレオンハルトの図太さには、白旗状態であった。


 その晩も、今の所これといって問題もなさそうだと一定時間で順に火の番を交代するということで、それぞれが用意したテントで眠りについた。

 レオンハルトは彼やエレンの部下と同じテントで休み、エレンと美玲はプリシアと同じテントで休んでいる。

 女性と男性とでテントをわけたわけだが、真は迷うことなく女性のテントで休んでいた。

 今更男と白状した方がややこしくなる、という真の主張を美玲が聞き入れたからなのだが、さすがに姫やエレンの隣には寝かせられないと、美玲は体を張ってその“壁”の役割をしていた。

 真が彼女たちを襲うことはないだろうが、ちょっとした寝姿から男とバレやしないかと心配でろくに眠れない状態は、なんともいえない過酷労働を強いられているような気分。

 眠りが浅く、些細な物音にも敏感になっていたからだろう、外からわずかに聞こえた異音に目が冴える。


 エレンですら気づかない音に反応したのは、自分が最強魔導士として完全に覚醒してしまったからかもしれない。


 気づかれないよう寝床から起き上がり、テントの外にでる。

 たき火はまだこうこうと焚かれていて、その近くには番を担当している兵士がいる。

 身につけている防具と紋章から、レオンハルトの部下だろう。

 彼らの紋章は赤く目立つ。

 彼にひと言告げておくのも手かと思ったが、あまり事を大きくするほどでもないだろう。

 すでに寝ている者を起こしてまでの出来事でなければ、迷惑でしかない。

 美玲はテントから少し離れ、身を潜めて辺りの空気、音に神経を注ぐ。

 暗い夜でも金色の瞳は日中と変わらないほど辺りを確認できる。


 耳で目で、異音の正体を探っていた時だった。

 背後に気配を感じ、振り返ったところを突然何かで殴られ、頭がふらつく。

 攻撃されたと思った時は、すでに体が倒れ込み意識が失われる直前。声を発して危険を知らせたくてもできない。

 完全に失神するそのわずかな時に、悲鳴を耳にした。

 真中クン……

 生徒の無事を、生徒を守るのは私の使命。

 だけど意識は闇に支配され、そこで美玲の意識が途切れた。


 悲鳴が先か、人の気配が先か。

 図太いのか、気配を察する鋭さを凡人に求める方が酷なのか、真が異変を察知して飛び起きたのは悲鳴を聞いたあとだった。

 四人で川の字のように寝ていたはずなのだが、美玲の姿は見あたらないし、エレンはテントの中ですでに剣を構え、何かと対峙している。

 その先には、エレンやレオンの部下たちと違い、かなりラフな感じで鎧を身に纏い、その下にはこれも軍服では無く私服を着た……ん?なんだこいつら?と小首を傾げたくなるような姿の男たちがテントの中を占拠し、プリシアを人質にして何かを喚いている。


「おい、こっちにもちっこいが、可愛子ちゃんがいるじゃないか。味見してからでも高く売れそうだぜ」

 背後から声がしたかと思った途端、真は腕をねじ上げられ捕まってしまう。

「いてっ!!なっなんだよお前ら!!」

「マコト殿!マコト殿が!」

 自身も捕らわれているというのにプリシアは、真の危機をエレンに知らせるように叫んだ。

「……っち!」

 どんなにすぐれた騎士であっても、守りながら戦うとなれば本領発揮とはいかない。


 プリシアと真を救い出したところで、守りきれるだろうか。

 彼女は国の為と言って、真のことを優先して守れと命じるだろう。

 しかしそれはエレンにとってとても不本意のことになる。

「貴様等、その薄汚い手を離せ。その方は、おまえら下郎が触れていいお方ではない」

「ああ、そうかい。だったら高値で売れるってことじゃないか。どこかの令嬢あたりだろうとは思ったがな。あんたもそこそこいい値段で売れそうだがな。無傷で手に入れるのは難しそうだ」

「貴様!愚弄するか!貴様等の手に落ちるくらいなら死んでやるさ!だが、簡単に私を殺せると思うなよ?」

 裂帛の気迫が凄まじい。

 ピリピリとしたものが伝わってくる。

 真は自由を奪われ身の危険にありながらも、美玲のことを捜す。

 この危機を脱するには、彼女のチート級の力が必要だからだ。


 見あたらないとなればもう連れ出されたか、もしくは……


 そんなはずはないと思いながらも、その可能性が頭から消えることはなかった。


 このテントがこれだけの騒ぎになっているのだ、レオンハルトが気づかないはずがない。

 彼が寝込みを襲われることもないだろうと思うのだが、だったらなぜ来ない?

 万事休すと思った時だった。

その時。

 

 突然突風が吹き、テントを根こそぎ吹き飛ばす。


 野盗たちは思わず顔を覆う。


 エレンも視界を遮られているが、プリシアとの距離感をしっかりと覚えていたため、彼女の手を引っ張り、しっかりと腕の中に抱きしめた。


 そしてさらに剣を数回、振り回す。


 わずかでも切りつけられていれば運がいい、やらないよりはやった方がいい。

 そうすることで、追っ手との距離をとれると思ったからだ。

 次に真の横をすり抜け、真を拘束していた盗賊のアキレス腱あたりを切りつける。

 とたんに男はバランスを崩し地面に倒れ込む。


 真は締め付けが緩んだ隙にその男と距離を取り、先を行くエレンたちに続いた。

 とはいえ、運動がからっきしの真である。

 本人は必死に走っているが、エレンとの距離は離れていくばかりだった。

 エレンの方はプリシアを抱き抱えているというのに、かなりの早さでその場を離れ、太い木の枝にプリシアを押し上げた。

 逃げた人を追いかけ探す際、心理として上を見上げることはない。

 木の上に隠れているとは思わないからだ。

 戻る際、息切れしている真とすれ違う。

 彼女は悔しいが今はこの者に託すしかないのだと言い聞かせ、

「……姫様を頼む」

 とだけいい、テントを張っていた場所へと戻っていった。


 テントが張ってあった場所では、金色の髪をした大女が仁王立ちをして怒りを爆発させている。



 その少し前のこと、何かの異変に気づいたレオンハルトはテントの外に出て周りを見回ると、倒れている美玲を発見した。

 完全に気を失っていなかったが、レオンハルトの存在には気づいていなかったのだった。

 もし、美玲が彼の存在に気づいていればすぐに敵襲だと告げられただろう。

 それからレオンハルトはきびすを返し悲鳴が聞こえたテント、つまりプリシアの元へと急いだ。


 そこで姫がすでに捕らわれの身となっているのを目撃。

 自分がいたテントの辺りにも夜盗がうろついている。

 おそらく甲冑の紋章を見て様子を伺っているのだろう。

 となれば、レオンハルトがテントの様子を知ってしまったことには気づいていないはずである。

 なんとかあちらにいる男たちに気づかれることなくプリシアを助けられないものだろうかと思案していると、真までもが捕まってしまった。

 ひとりで倒せない数ではない。

 せめて、エレンが自分の存在に気づけば打開策はあるのだが……とそのチャンスを伺っていた頃、美玲の意識が覚醒した。


 そう、ちょうどプリシアが捕まった真の存在をエレンに知らせるために声をあげた時。

 マコト殿!に、美玲の意識が反応したのだった。


 真中クン……真クンを、助けなくては!


 助けたいその気持ち、真クンを危険に晒す奴は誰だろうと許さないという怒りが爆発し、力が暴走、髪は一瞬にして金色になり、足下から渦を巻くように風が立ち上る。


 そして竜巻が発生した。


 その竜巻は真たちがいたテントをめがけ吹き飛ばすと、勢いは止まらず部下たちが使っていたテント、荷馬車すらもあっさり吹き飛ばす。

 美玲の魔導士としての力による突風、竜巻であるとは思っていないエレンはそれに乗じて、危機を回避した。

 レオンハルトは中の様子を伺いチャンスを待っていたため、テントとともに飛ばされ……そんな感じで、まだ美玲が最強の魔導士であるとは気づかれていない。


 だが、こちらの様子を確認するために戻ったエレンの目には、姿が変わった美玲の姿をしっかりと映し出されていた。

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