第六話 それぞれの想い
※※※
ルーベニアス城までの距離はそうなく、馬を数刻走らせて帰還すると、プリシア姫が直々に出迎えてくれた。
帰還した者はエレンとその部下数名、真と美玲、レオンハルトと彼が引き連れてきた国王直属の親衛隊兵士数名である。
ポルトゥスの港町には、他国からの派遣要員を配置させてある。
魔術や魔法に長けた術者もいるらしく、真……本当は美玲のおかげだが……が、魔導士としての力を発揮して魔物たちを撃退した防衛戦術は有効であると踏んでの決断であった。
「お帰りなさい、みなさま。お疲れでしょう? ひとまず体を休ませてから、ここひと月ほどのことを教えてくださいね」
「報告が先ではございませんか?」とエレン。
「いや~、未来の妃殿は気が利くね」と素直なレオンハルト。
レオンハルトが休むと決断したからにはエレンも従うしかない。
「……承知いたしました。報告は後ほど」
あっさりと主張を取り下げると、その場を去っていく。
婚約者のふたりに遠慮をしたのだろう。
美玲は私たちも下がりましょうと真を促した。
だが、真は美玲の言葉が聞こえていないのか、それとも無視したいのか、無反応である。
彼の目はブリシアの背後に向けられていた。
「姉上……」
真が見ていた少年、年の頃は十ニくらいの男の子が、ゆっくりとした口調で唇を動かす。
「まあ、アーサー。起きていて平気ですの?」
「うん、平気。さっき、レオンの声が聞こえて。ねえ、姉上、レオン。そちらの方が、魔導士様なのですか?」
アーサーと呼ばれたその少年はプリシアを姉と呼び、彼女と同じ金色の髪を持ち、くりっとした目元もよく似ている。
彼こそがルーベニア国の第一王子、アーサー王子だった。
「ええ、そうよ。まあ、アーサー。大事な客人に、なんというところからご覧になっていますの? 階段から下りて、ちゃんとここでご挨拶をして。あなたはこの国の王子なのですから」
「は、はい、そうでしたね。今、そちらに参ります」
病弱と聞いていたが、今みた感じだとそうは思えないほど、軽やかな足取りで階段をおりてきた。そしてそのまま真に自己紹介を始める。
「はじめまして、魔導士様。僕、プリシア姉さんの弟で、この国の第一王子のアーサーといいます。歳は十ニです。えっと、……体は弱いですが、いつか強い男になるのが夢です。目標は、いずれ兄上とお呼びすることになるレオン殿です」
タラシ王子が目標? ダメじゃん……と思う真だが、あまりにも澄んだ瞳をキラキラとさせながらいうので、
「うん。わかる。戦っている時のあいつは、確かにちょっとかっこいいよな」
と、取り敢えず良いな……と、なんとか評価できそうな所を見つけだしてアーサーの気持ちに寄り添ってみた。
「ああ、魔導士様もわかりますか? レオンの剣さばきはエレン以上で、一騎打ちでもいつも簡単に勝ってしまうほどの腕前なのです。あの、ところで魔導士様のお名前を伺ってもいいですか?」
「オレは真中真。真でいいよ。そっちの無駄にデカい女が細川美玲。細くないけど細川って覚えればいいよ」
「はい!」
感動の眼差し、キラキラとした雰囲気を全開にしてアーサーが頷いた側で、美玲はいじけたような声でいう。
「王子様にも!酷いわ、真中クン!」
アーサーの「はい」と美玲の「酷いわ」が重なる。
続いて、アーサーは「え?」となり、真は「ちょっと黙ってろよ」と愚痴る。
するとプリシアがクスクスと笑いはじめ……
「おふたりは相変わらずですわね。いきなり戦闘区域に派遣してしまい心配でしたのよ? それに、戻ってきて早々弟がいきなりでごめんなさいね。お疲れでしょう、アーサーも魔導士様を解放してさしあげなくてはね?」
と、これからひと騒動起きそうな展開をうまくとりまとめてみせた。
それぞれが再び顔を揃えたのは、夕食の時だった。
城の中では通常、王族と下々の者たちが同席することは滅多に、いや全くといっていいほどない。
その席に真と美玲が呼ばれ、エレンも席に着くようにと言われる。
すでにプリシアとアーサー、レオンハルトは席につき、軽くスープを口に運んでいた。
「遅いぞ、レディたち。悪いと思ったが、いつまた出陣するか分からんので先にいただかせてもらっている」
レオンハルトは遅れた三人を見渡し、そして真に視線を止めて軽くウインクをする。
ゲッ、なんだよそのウインクは! と真は心の内で毒を吐く。
彼のこれらの所作はいたって平常運行らしく、プリシアをはじめ誰もが無関心だった。
「エレン、あなたも同席してください」
珍しくプリシアが口調を強める。
「……それは命令ですか?」
「エレン、あなたが命令であれば従うというのであれば、不本意ですが、そのように命じさせていただきます」
「そうですか。では……」
エレンが、命令なら従いますと続けて言おうとしたところレオンハルトの声に消される。
「なあ、エレン。身分にあった立場も大事だが、臨機応変なことも必要なんじゃないか?今は少しでも時間を短縮し、疲れを癒す方に割くのが得策だ。なにせ、我が方に頼りの魔導士はひとりしかいない。こんな華奢で可愛い彼女に、無理強いをさせてまでキミはなにを望んでいるんだい?悲しむのは他でも無い、キミが仕えているプリシアじゃないか?」
「それは……」
そう言われてしまってはエレンも我を通すことができない。
「エレン、あなたが座らないと、マコト殿が座り難いのではなくて?」
立場的にそうかもしれない。
同席を望まれ、エレンより先に来ていれば問題にも思わなかっただろう。
「……わかりました。報告も会議も食事をしながらと言う事であれば、致し方ありません」
というわけで、やっとのことで真と美玲も席につき、食事をすることになった。
「さて、だいたいの報告はさきほどレオンから頂きました。毎晩の襲来に対しての撃退、皆さまの勇敢なる働きに感謝いたしますわ。特にマコト殿にはかなりご無理をさせてしまったと思います。ミレイ殿も助手とはいえ、御苦労があったでしょう?」
ええそりゃもう本当に……とは言えない美玲は、小さく首を横に振った。
「実は、毎晩の襲撃で軍も対処が追いつかず、やむを得ず住んでいた土地を捨て、このルーベスの町に避難してくる難民も日増しに多くなっています。わたくしとしては望む者は全員受け入れてやりたいと思っているのですが……」
「姉上、お気持ちはわかりますが、いつか限界はきます」
アーサーが会話に入ってきた。
先ほどとは打って変わり十ニ歳とは思えない神妙な顔つきになっている。
「僕は城の外に出たことはありませんが、その分、多くの書物を読み歴史を学び、そして現状を知る努力をしています。無慈悲と思われても、元々ルーベスの町に暮らす民に苦労をかけてまで避難民を受け入れるのは、いずれ諍いが起き、収集がつかず、力で仕切らなくてはならなくなると思います」
「アーサーは偉いな。プリシア、君の弟は冷たい子ではない。優しいから厳しいことをいう。政治や国政は綺麗事だけ、理想だけではやっていけない」
レオンハルトもいつものチャラい感じを捨て、一国の王子、未来の国王の顔つきになっていた。
「それは存じております。ですが、今は受け入れる方向で対処するよう関係者にお願いしております。それに、打開策が無いわけではないのです。実はみなさまがポルトゥスの港町を守ってくださっている間、神官からお告げがありましたの。今、救世主となる魔導士が完全に目覚めた……と。それは恐らくマコト殿のことだと思っています。一時帰還した騎士の報告によれば、炎を自在に操ったり、一瞬にして城壁ほどの壁をも作れてしまうのだとか。そこでマコト殿には、結界が間に合わない村や町に壁をつくり、町や村単位で囲っていただきたいのです」
「プリシア様。報告によれば魔王の手勢は多種多様化しております。壁をすり抜ける化け物が出現しないとも言い切れません。私は、従来の結界がよいと考えます」と、エレン。
「だがエレン。それを言ってしまったら、いつか結界を破る魔物が出てくるということだ」
実際、最前線で戦った経験を持つエレンとレオンハルトは互いにいけすかないヤツと思いながらも、こういう時は息があったように意見交換が盛り上がる。
それぞれの意見を半分程度に聞きながら、真もこのままでは埒が明かないという思いはあった。
美玲はキーパーソンでありながらどうしたらいいのかわからず、仕方なくそれぞれの顔色を伺う。
次第に意見は加熱し、運ばれてくる料理に手も付けられない状態へ。
真はやっぱりこれしかないと、運ばれてきた鳥らしきものの丸焼きを豪快に切り分け口に頬張り飲み込むと、バンッとテーブルをたたいて立ち上がった。
「もうさ!これしかないだろ!」
場の者たちが一斉に真を見る。
注目されるというのはこんなにも気持ちのいいものなのかと、気分があがる。
「だってそうだろう? 話が纏まらないならもう行くしかないじゃん。魔王討伐。いっきにボスを叩いてしまおうぜ!」
絶対にいい提案だと自信ありげだったのだが、レオンハルトとエレンが示し合わせたようにため息をつく。
「バカか貴様は」とエレン。
「マコト。確かにキミの言うことは正論なんだけどね……それにはひとつ問題が……」とレオンハルト。
そこにプリシアがとどめをさした。
「魔王の居場所の確定が、まだできていませんの。わたくしたちも魔王をなんとか倒せばそれで収集はつくだろうとは思っていますのよ」
「なんだって……!マジか……!」
それはもう、恥ずかしさで声にならない叫びだった。
※※※
「気を落とさないでくださいね、マコト殿」
意気消沈の真を気遣うのはアーサー。
翌朝の食事の時もどんよりとしていた真を、自分の部屋に呼んだのだった。
「……いい案だと思ったんだけどな」
「僕もそう思います」
「ここって神官がいるんだっけ?神官でも探せないの?」
「神官は神に仕える者たちですので、あくまでお告げ程度の事しか分かりません。それ以外は地道に情報を集めていくしかないと思いますが、実はその甲斐あって、有力な場所は少しずつではありますが絞れてはいるのです。ですから、そう遠くない日にマコト殿の言うように魔王討伐は実現すると思います」
「……でもそれ、いつ?それまで持ちこたえられそうなの?」
「持ちこたえられそうではなく、持ちこたえなければいけないのです、マコト殿。……ところで、エレンが興味深いことを姉上に報告していました。あなたの弟子はとても面白いものを作るそうですね」
弟子とは美玲のことらしい。
いつのまにか美玲は真の弟子という立ち位置に定着してしまっていた。
エレンがそのように報告したのなら、それは多分「カルメ焼き」のことだろう。
「ああ、あれのことかな。それだったらオレにだってできる」
「本当ですか!嬉しいな、ぜひ、見せてください」
「じゃあさ……」
と、砂糖と水、卵白と器、火の用意を頼んだ。
「あいつはちっこいのをちまちま作ってたけど、オレはもっと効率よく、でかいのをつくるからな」
そう宣言をして、大きめの器に持ってきてもらった砂糖を全部、水を適当に入れ火にかけた。
少し時間はかかったがちゃんと砂糖は溶け、ぶくぶくと泡をだし焦げていくにおいもする。
もうそろそろかな……と卵白を投入してかき混ぜはじめた時だった。
もこもこと膨らみかけたがいいが、固まらずに器からこぼれ……
「うわっ、な、なんだよ、これ!」
溢れたそれで火は消え、部屋は甘ったるいにおいで充満。
火の消え方が悪かったのか、焦げ臭さもあり、すぐにメイドが数人駆け込んできた。
騒ぎに気づいた美玲とエレンも合流すると、ふたりが同時にキャンキャン騒ぎ出す。
「貴様、王子になにをした!」と吠え立てるエレン。
「真中クン。なんてことをしたの!」とさすがに美玲も怒る。
「え?オ、オレはただアーサーの為にカルメ焼きを作っていただけだ!」と真。
すると「カルメ焼き?」とエレンと美玲の声が重なった。
「どう作ったのか、言いなさい、真中クン!」
珍しく美玲の語尾がキツい。
さすがの真も茶化す元気が殺がれ、正直に打ち明けた。
「呆れたわ、真中クン。実験は、それぞれに分量が決まっているからこそ意味があるのよ。大きいものを作るならそれなりのことを準備しなくてはいけないわね。だからあなたはダメなのよ。セッカチで、楽観的で!……でも、王子様の要望に応えようとした、その優しさはいいことよ」
美玲はそのあたりを汲んで、今回は許してほしいと周囲に頭を下げた。
「まったく、弟子に頭を下げさせる師匠がいるとは、ホソカワも苦労をするな」
エレンは美玲の苦労にどこか同情できるところがあったのだろう、今回だけだと念を押し、無罪放免となった。
しかしそれ以来、なぜかアーサーはよく真に会いたいと要望を出すようになり、真も彼の部屋に呼ばれ、彼と話す時間が楽しく、次第に呼ばれなくても時間を見つけ見舞いと称して訊ねる回数が増えていった。
どうもカルメ焼きが気に入ったアーサーの為に試行錯誤しながら作りあっているらしい。
どちらかといえばアーサーの方が上手くできるようになり、見返したい気持ちからではないか……と、美玲は思っている。
しばし、穏やかな日々が続いていた。
いや、穏やかというと語弊があるかもしれない。
毎夜、相変わらずどこかしらの町や村が魔王の軍勢の餌食になっている。
城とルーベスの城下町の平穏も時間の問題ではないか……そう危惧する声も少なくない。
美玲は時折ルーベスの町に出向く度にそんな噂を耳にしていたし、平和や正義といったものに無関心そうな真でさえ、ひとたび町へと足を向ければ耳にする。
そして、次に襲われるのは今夜かもしれないなどと怯える民を、その都度目の当たりにしていた。
「なあ、やっぱさ……」
プリシアとレオンハルトが食事をする席に、エレンと真と美玲が同席することが日常化し、定着しつつある日のこと。
アーサーの体調がやや悪化し、彼だけが自室でひとり食事を取らなくてはならない状態もそろそろ緩和されそうだと医師の見解もあり、皆が安堵したのを確認して、真は声を発した。
「魔王討伐の話なら、却下だ」
話を聞く必要は無いとエレンは厳しい顔つきで退ける。
サラリと銀髪が額におち、それをかきあげた時の目が鋭い。
真は刃を向けられたような冷や汗を手の甲で拭う。
「あの……」
ふたりのやりとりを見ながら、今度は美玲が発言したい主旨の声を出す。
「なんでしょう、ミレイ殿」
ピリピリとした空気を変えようと、プリシアが鈴が鳴るような清廉な声で発言を許可する。
「あの、私も真中ク……ではなくて師匠と同じ意見……です。」
声のトーンが時折ダウンして聞き取り難いが、唇の動きなどからエレンは彼女の言いたいことを理解し、首を横に振る。
「ダメだと言ったらダメだ。私とて頭ごなしに否定しているのではない。部下の命を守るのも私の役目だ。みすみす危険に追いやることはできん」
さらに、自分の留守中に姫に何かあれば……と、プリシアの身を案じる。
ポルトゥスの港町に派遣されていた約ひと月ほど、エレンは護衛をしなくてはならないプリシアと離れてしまっている。
情報伝達の折り、プリシアとも連絡を取り合っていたようだが、実際に無事を目にするまで安心はできなかったと言っていたほどだ。
であれば、自分は城に残りプリシアを守りたいと言う気持ちが先立ち、突撃の任務は可能ならば他の信用できる者に委ねるだろう。
現状、それは好敵手ともいえるレオンハルトなのだが、彼は隣国のエスバイアの王子でプリシアの婚約者。
まさか主の許嫁に、先陣切って敵陣に突入してくださいとはいえない。
では、真と美玲だけで行かせて見るか……という選択肢もないわけではないが、エレンは今もなおふたりのことを、全くではないが信用をしていない。
ゆえに、二人を行かせる際は監視もつけたいし、信用できる者を随伴させなくてはならないのだった。
この流れでいくと、プリシアも現時点での討伐にはやや難色を示す考えで、レオンハルトもあれこれと理由をつけ、今はまだその時ではないと反対派に入ってしまう。
しかし、なぜか今日は違っていた。
「そのことなんだが……」
と、レオンハルトはワインで口の中のものを流し込み、ナプキンで口元を拭くと場の者たちの顔を見渡した。
「こちらの方で動きがあった」
エレンはマナーが悪いとわかりながらも、体が先に動き、思いっきり席を立ち上がってしまったために、椅子が後ろに倒れてしまう。
給仕があわててその椅子を直したが、それでもエレンは席に腰を下ろさず、「それは本当ですか!?」と、思わずドスのきいたような声で問う。
プリシアは「まあ、本当ですの?」と驚いたような素振りはしているが、行動ほど驚いてはいないように見える。
美玲はドキリと体が震えたものの、もうどうにでもなれという諦めもあるようだ。
真は「よっしゃあ!」とガッツポーズ。
それぞれが個性的な反応を示したことに、レオンハルトは軽く笑い声を漏らした。
「まったく、君たちは。想定内の反応をしてくれる。こちらの期待を裏切らないでいてくれるから、一緒にいて楽しいよ」
と面々の表情を確認、更に真にはウィンクが加わった。
「おまっ!」
キモいんだよ! と言おうとしたが、美玲に「だめよ」と小声で止められ、納得できないとふてくされながらも、言いたいことを飲み込む。
さすがにやりすぎたのか、プリシアは珍しくレオンのことを冷ややかな目で見ていた。
「もったいぶらずに言ってください」
じらすレオンハルトにエレンは苛立ちを募らせた。
「まあまあ、落ち着けよ。情報を渡さないとは言っていない」
「だが、内々に進めていたのでしょう?それともまさか出し抜くつもりだったのか?」
「いや、まったく。ただ、途中で知れれば勝手に飛び出していきそうなお嬢さんがいるからね」
と、真のことを見た。
「また貴様か。なんで貴様は!」
元々気に入らない、胡散臭いふたりだと思っていたが、今回のことで本当に邪魔なやつらだと確定させたエレンだった。
「説明よりさきに結果だけを言わせてもらえば!」
きりが無いのでレオンハルトが話し出すと、まだ文句のひとつも言い終えていないエレンだったが、席につき、ひとつも聞き漏らさないよう、耳に神経を集中させる。
「“深みの森”と言われている場所があるだろう?」
“深みの森”とは、その名称の通りどこまでも続く木が広範囲に密集している場所である。
一度入れば迷うことから「迷いの森」という別名もある。
昔、今から何百年も前はもっと広範囲だったらしいが、時が経つにつれ人が増え、伐採が進み、今の広さでしばらくは定着している。
「この国の北にある森ですわね。あの辺りは陽の光も通さないほど木々が密集していて、常に夜のように暗いとか」
とても恐ろしくて、近寄る物好きはいませんわ……と付け加え、綺麗な顔を歪ませた。
「そこから魔物たちが出現しているという目撃情報がある。そこで、俺の部下を斥候に出したんだが、……ビンゴだ」
レオンハルトはドヤ顔で報告し終えたが、プリシアは
「まあ、レオン。私の国でなんて無謀なことをなさるの?ご自身の部下になにかあっては……わたくしはあなたの政府と民になんとお詫びをしたら……」
国にはそれぞれ民に対しての存在理由がある。
プリシアの父が治めるルーベニア国は神の存在を信じるとともに、魔導士のような特別な力を持つ者も受け入れつつ国の歴史を積み重ねてきたことから、神が最高位で、その言葉を聞くことができるとされている神官は王とほぼ同等の地位を持っているといってもいい。
その代わり、政治に口出しはできない。
それを許してしまっては王の存在意味がないからだ。
民は神の子という位置づけであるため、父王も、そしてプリシア自身も、貧富無く平等でありつづけようと努力をしてきた。
はたからみれば貧富の差もさほどなく、子供はある程度の歳まで国が援助をし、教育が受けられる仕組みになっている。
また兵士となり命を捧げる職は、神の国を守る勇敢な者として人気が高い。
高給取りの職種の三大職種のひとつらしいというのは、真がアーサーと話して仕入れた内容である。
アーサーが病弱でありながらも強い男になりたいと願い、レオンハルトを理想としているあたりは、こういうお国柄が影響しているのだろう。
一方レオンハルトの父が治めるエスバイア国は、基本的に軍事国家であり、男子はある程度の歳になると義務として軍に属さなくてはならない。
国のために体を張る兵士、軍人は王の子としてルーベニアと同様民衆からの支持も高く、軍人退役後に政治家に転身すれば、ほぼほぼ当選するという人気ぶりである。
王が最高位で、神はともかく魔導士などというオカルトじみたものは否定する傾向があるが、民がそれらをよりどころにすることは自由としている。
現実的な王が統治すれば自ずと国は現実主義になるし、理想国家を目指す王なら民もまたそのような政を支持する。
そしてもしレオンハルトがエスバイアの王になれば、神の国の姫であるプリシアが王妃になるので、二人の統治のもと理想と現実、バランスのとれた理想国家になるのではないかと期待されている。
プリシアはレオンハルトの国、エスバイアの価値観を熟知しているがため、彼が祖国から派遣してもらった兵士の死を重く受け止める。
それこそ、自国の民の死と同等か、それ以上にである。
「君がそうやって心を痛めるとわかっていたからこそ、極秘で動いた」
つい数分前は真のことを案じているようなことをいいながら、舌の根が乾かぬうちに別の女性を案ずる言葉を口にする。
婚約者同士であるから、この会話の方が真っ当なのだが、なにかとちょっかいを出されている真にしてみたら、タラシやチャラ男にしか思えない。
「安心してくれ、プリシア。きみを悲しませるようなことは決してしないよ」
彼のプレイボーイ然とした優しい声、優しい言葉を受けたプリシアは少し気持ちが落ち着いたのか、
「ごめんなさいね、取り乱したりして。今はわたくしが父王の代理なんですもの、もっと堂々としていなくてはね。それでレオン。どのような策を考えていますの?」
「深みの森に入るというのなら、却下だ」
進軍すると言いかねないと思ったエレンは先手を打つ。
「ええ!なんでだよ行こうぜ」
進軍を推奨したのは真だった。
「ラスボスを倒せば安泰っていうのは、ファンタジーの鉄則だしさ」
「ふ、ふあんたじぃ……とは、なんですの?」
「ああ、えっと。魔物と英雄が戦って、平和を勝ち取るようなおとぎ話?」
「まあ!おとぎ話!素敵ですわ。英雄とはもちろん、魔導士のマコト殿のことですわね」
「ま、まあね」
誉められ乗せられ、真は気分がいい。
おかげで脳内ではものすごいことが展開していた。
だが、実際は違う。
彼の想像する「凄い展開」をするのはいつも美玲である。
だから当然、彼女はこう答えることになる。
「私は反対です」
「その理由はなんですの?」といたって冷静に聞くプリシアと、
「えー!何でだよ!」と不満タラタラの真の声が重なった。
「理由はあります。木が生い茂り密集しているところで戦うのは、私たちにとって不利だからです」
「確かにな……」と美玲の意見に同意したのはレオンハルトだった。
「レオンハルト様はいったいどちらなのだ」
どちらの意見に対しても煮え切らないレオンハルトの態度に、エレンが疑念を抱く。
「それぞれにもっともな意見があるってだけだ。マコトの魔導士としての力は炎と岩の壁だ。木が密集した場所の地面は狭い。ポルトゥスの港町でやった鮮やかな展開にはならないだろう。また炎も同じだ。相手を焼き尽くすことはできても、同時に俺たちも火責めにあってしまうということだ。逃げ場の確保が必要だが、未開の地ともいえる深みの森でそれは無理というものだ。だから彼女の進言はもっともだと言った。反面、叩く必要がある事も確か。それも早いに越したことはない。だが、君も兵を無駄死にはさせたくはないだろう?」
「……っう」
レオンハルトの言っていることは正論であった。
反論の余地はない。
「そうですわね。ですが手をこまねいている時間はありませんわ。早急に手を打つことを私は推奨します。マコト殿でしたら、何かよい案がおありですわよね?」
「え? オレ?」
「たしかに。魔導士の力は無限だと思いたい。俺たちが知らない力を秘めている可能性はあるな。まあ、知られたくないこともあるだろう。長い間迫害されていた職業だ。一晩考えてもらい、明日その答えを聞きたい。それでいいだろうか」
※※※
その夜、部屋に戻った真はすぐに美玲の寝室の扉をノックした。
中か返事がない代わりに、美玲本人が扉をあけ招き入れた。
薄暗い部屋でも美玲の瞳はくっきりと見えた。
まるで夜行性の動物の目を見させられているような気分になる。
「明かり、つけないのかよ」
「片目だけだけど、この金色の目はどんな闇でも日中のように見えるのよ。この目があれば、深みの森の闇もそれほど問題はないと思う」
「それってつまり先生が先頭に立つってことか?」
「そうね。真中クンは、行きたいのよね?」
「まあね」
「先生も、それがたぶん最善の方法だって思うよ。戦いは長引かせてもいいことはないし、私たちだって、もしかしたら戻れる可能性だってあるでしょう?」
「……それはどうかな。ラノベでは確かにそういう設定もあるけど、そうならない設定もある。」
「……そう。だけど、やってみないとわからないでしょう?だったらね、やろうって思う。不思議と今ならなんでもできそうな感じなの。だけど、私だけが頼りになると、今までのようなごまかしは通用しなくなる。真中クン、その意味をわかった上で、それでも行くっていうなら、なんとか上手くいくような方法を考えなきゃいけない」
「そういう言い方する時って、自分に考えがあるって時だって、だいたい相場が決まってんだけど?」
「……ふふっ、そうね。ないわけじゃないけれど、手品やイリュージョンのショーみたいに、呼吸があわなきゃダメなものばかり。真中クン、私の指示に従える?」
「……しょーがねーな。だけど、オレが目立ち、より格好良くなるようにしてくれよ」
「ま、真中クン? あなた、先生が今まで話したこと、本当に理解している?」
「ったく、うっさいな。しているっていってんじゃん」
「ほんとうかな……」
いささか不安が残るが夜も更けていき、真が欠伸するので話を切り上げることにした。
ふたりはそれぞれ別々の寝室で夜が明けるまで熟睡……いや、熟睡だったのは真だけで、美玲はなかなか寝付けず、夜がうっすらと明るくなると、ベッドから起きあがりとある人物を尋ねた。