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第五話 初陣

※※※


 真と美玲がエレンと共に向かったのは、城の背後にあるポルトゥスの港町。

 その昔、神がそこに降り立ったという伝説があると言われているためか、海路で訪れる物資や賓客、旅人たちが集まる場所で、昼夜問わず賑わっている場所だった。

 本来であれば結界で存在を隠したいところだが、ここだけはそれをしてしまうと他国からの入港が困難になり、物流や交流に支障がでる。

 苦渋の決断を迫られた結果、この港町は結界を張らず兵士による武力防御が選択され、以来、国交のある国から精鋭部隊の派遣などでなんとか今まで持ちこたえてきたのだが……


「今日は各国の幕閣が城に集まっていた。奴らその方々を国に戻さないつもりらしいな」

 と、エレンが奥歯に力を入れながらいう。

「そんなん、空を飛べばいいじゃん」

 真がシレッとそういうと、

「貴様はなんと恐れ多いことを軽々と口にできるな!」

 と、それを聞いたエレンは激高した。

 あとから彼女の部下がこっそりと教えてくれたのだが、ルーベニア国はもとより、空を人が飛ぶ事をこの世界の人々はタブーとしているとのことだった。

 そんな世界のため、移動手段は陸路か海路に限られ、従って彼らが国に戻らなければ、城で得た情報を持ち帰ることができない。

 孤立させる目的、もしくはルーベニア国を潰せば各国をも手中にいれたも同然と考えているのかもしれない。

 魔王の軍門に下れと脅すこともできる。


「どうするつもり?」

 乗馬の練習時間などないまま再び馬で移動することになった真と美玲は、騎士が乗る馬に便乗的に乗せてもらう。

 そして前をゆくエレンの背中に声をかけた。

「どうもこうも、いよいよ貴様らの力のみせどころだろうが」

「え?」

「姫様は貴様らを切り札のような存在にして隠しておくつもりだったらしいが、他国はそれを受け入れなかった。であれば、姫にしてみればご自身の見解は正しかったと証明するしかないだろう?貴様も魔導士としてのプライドがあるのなら、ここで一発かましてやれ」

「はあ?」

 真が素っ頓狂な声をあげる。

 それもそうだ、真はただスケープゴートに使われているだけで、彼女たちが捜していた魔導士は美玲なのだから。

 その美玲は自分も戦闘にかり出されると感じ、ビビって体を震わせている。

 それが小動物のようなか細い女の子であれば同情の余地も十分あるが、美玲は小動物というよりはクマといってもいい。

 クマがビビって震えているなんて姿、見たことがない。情けないのひと言に尽きた。

 さて、どうやって彼女に本気をださせるか……まことの課題はそこである。


 ポルトゥスの港町は馬を走らせ数刻もかからずに辿りつくことができる。

 すぐに肉眼でも炎が上がっているのが確認できた。

「私とマナカ、ホソカワで討伐にあたる。他の者は防御戦闘をしつつ住民の避難、消火、けが人の対処に当たれ。散開!」

 エレンが剣を抜き掲げると、それぞれが持ち場へと散っていく。

 エレンを筆頭に、真、そして美玲を乗せた馬が港町の関所を突風のように駆け抜け町の中へと入る。

 火の手は港の倉庫街からでているようだ。

「急ぐぞ、遅れるな」

 エレンがさらに加速して馬を走らせた。

 真は振り落とされないよう、手綱を握る騎士に必死にしがみつき、美玲はなにに祈っているのかわからないが、必死にひたすら何かを呟いていた。


 炎は倉庫を容赦なく燃やし、勢いが増している。

 町の人や諸外国からの者たちが協力して消火活動をしている姿を見ると、自分にもなにか力があれば……と思う真。

 彼の気持ちの中に、異世界転生をしたらあれをしたい、これをしたいという願望はありつつも、それらを叶えるためには、このままではいけないという気持ちが芽生える。

「先生……!」

 魔導士の力を持っているのは美玲であることはもうどうにもならない事実なのなら、それを認め、どうしたら彼女の力をあたかも自分がやっていることと、周囲に信じ込ませるかを考えた方が早いらしい、ということも受け入れつつあった。

 馬から下りることもできず体を震わせている美玲の腕を掴むと、彼女は驚いたような目で真を見た。

「ま、真中クン?」

「なにやってんだよ先生!ここで死にたいのか?」

「い、いやよ……こんな知らない世界で死ぬなんて」

 すでに元の世界では死んだことになっていて、戻ることはほぼほぼ無理じゃね? と思っている真だが、今はそれを論じている時ではない。


「死なないために先生が頑張るしかねーんだよ!もういい加減、そういうことを受け入れろよ!ここはオレたちがいた平和な日本じゃない。生きるか死ぬかを迫られながら生き抜くしかない異世界なんだよ!」

「で……でも真中クン!」

「オレに先生並の力があれば自慢げに使いまくるところだけどさ、今のオレにはない。頼れるのは、先生だけなんだよ」

「私……だけ? 真中クンは、私を頼りにしてくれるの?」

「そーだよ」

「じゃあ、なにがあっても一緒にいてもいいのね? ウザいとか言わない?」

「……っう、まあ、言わねーように努力はしてやってもいい」

「そう。じゃあ、先生、ちょっと頑張ろうかな」

 おずおずと馬から下りた美玲は、ゆっくりと辺りを見回す。


 炎は勝手に発生することもあるが、それにはちゃんとした理由がある。

 本当に原因不明の出火は、まずないといってもいい。

「なにキョロキョロしてんだよ」

「出火の原因を探しているの。エレンさんは、魔王の攻撃だと言っていたから……」

「魔王って敵の親玉だろ。親玉っていうのは最後の最後にでてくるラスボスだから、ここにはいねーだろ。となれば、魔王の手下的なモノがいるって感じかな」

「え?そういうものなの?」

「そーだよ。なにも知らないんだな、先生は」

「……ごめんなさい。」

「ま、別にいーけど。その方がオレもやりやすいし。ってことで、とりあえずオレの指示に従ってもらおうかな」

「あ、うん。わかったわ。それで、先生はなにをすればいいの?」

「そうだな。まずは死角になるところで身を潜め、オレの合図にあわせて魔導の力を発揮してもらおうかな。炎をこれ以上広がらせないよう、岩の壁でも作って、そして炎は水で消す。水は海水を操れば問題ないじゃん」

「ちょっ、水なんて操ったこと、ないわ。それに岩の壁って」

「それも地面とかでどうにか。とにかく、イメージした通りにできるって言ったのは先生だからな。やってもらわないと困るよ」

「……っう、わかったわ。それで合図は?」

「そんなのテキトーに決まってるだろ。オレ、細かい合図覚えられる自信ねーし。だからさ、オレは剣抜いて詠唱している演技するから、えいっ!とか言ったらとりあえず力発揮してよ。……てことで、よろしく」


 そんなふたりの話が纏まったタイミングで、エレンがふたりを呼ぶ。

「おい貴様ら、休んでないでなんとかしろ」

 真は「今からやるさ」とだけ返す。

 そして小声で「段取り通りにやってくれよな」と美玲を押し出した。

 そそくさとどこかに走り出す美玲。

 その行動にエレンが「どこに行く?」と疑いをかける。

「逃げるわけじゃねーから。先生は、オレのアシスタントだからさ、ちょっと用事を頼んだだけ」

 そう言われてしまえば信じるしかない。

 エレン自身も目の前のことで手一杯なのだから。


 真はこれ以上エレンが文句を言わないことを確信し、剣を抜く。

 抜いた剣を高く掲げ、なんとなく詠唱を口にしているような演技をした。

 真の行動に目を光らせていた美玲は、剣が掲げられたのを合図と認識し、言われた通り、岩の壁で炎の拡大を止めるイメージを膨らませる。

 地面で壁つくればいいと言われたが、そのイメージがイマイチでなかなか固まらない。

 真が掲げた剣が、月の明かりに反応してキラキラと輝く。

 すると影から異様なものが出現し、真めがけて一直線に動いた。

 真がその存在に気づいた時には、もうどうにもならない危機にあう直前だった。

 美玲が慌てて壁のイメージから炎の玉を作る方へとシフトして、投げようとする。


 が、わずかの差で別の影が真を庇うように割り込み、影から生まれた異形のモノを斬り捨てた。


「大丈夫かい、お嬢さん。まったく、無茶をするな。可愛い顔をしているのに、肝が据わっているというか。詠唱に入るなら必ず護衛をつけろ。あとどれくらいの時間を稼げばいい?」


 真に背を向けたその者の声を彼は知っている。

 夜の帳に一際目立つ金色の髪、小柄な真をすっぽりと敵から隠せるほどの広い背中。

「レオンハルト王子?どうして、ここに?」

 レオンハルトは城に残るプリシアの護衛と補佐の任で残っていたはず。

「アーサーが、姉上は自分が守るというのでね。小さいながらも男を見せようって言うんだ、任せるのが男気ってやつだろう?」

 アーサーはプリシアの弟だが、ただ病弱で、生まれてから城から出たことがないと聞いた。

 そんな王子に任せて大丈夫なのだろうか?


「武力が全てではない。知力も使い方次第で武力以上の効果を得る。今はこの場にいない者の心配より、目の前のことに集中しろ。で、詠唱にどれくらい必要なんだ?」

「えっと……」

 と間を取りながら美玲を見た。

 口パクで、すぐに壁を作れと指示を出す。

 なんとか意味が通じたようで、美玲がちっぽけな壁を出現。

 地響きを鳴らしながら飛び出したそれを見たレオンハルトは、

「壁で炎を阻止するんだな。随分とちっこいが、詠唱が途中だからだろうな。可能な限りお嬢さん……いや、マコトには近づけさせないようにする。君のことは俺が守るから、今度は焦らずしっかりと詠唱するといい」


 そんなことを言っているそばから異形の者が何体も出現する。

 真は胸元に剣を構え、ブツブツと詠唱っぽく聞こえるように唱え始めた。

 美玲の位置からふたりの会話はまるっきり聞こえないが、ただなんとなく王子が身を挺して真を守っているように見える。

 魔王が作り出した(と推測される)無数の異様な物体が、ふたりを取り囲みはじめる。

 せめてふたりの周りを炎の壁で守ることはできないだろうかと考えると、すでに手の中に炎の玉ができていた。

 それを放り、壁になって守れと念じると、それはたちまちそのようになった。

 すると何かが閃き、あれほどイメージができなかった壁が、今度はいとも簡単に作り出すことができるようになる。


 美玲の心中は複雑だった。


 真を守るのは自分の役目と思っていたのに、彼を守る存在がこの世界に他に存在することに。


 私にだって……


 ここを任されているのは私なのに……


 そんな美玲の気持ちを反映させるかのように、これまでとは打って変わって自在に力が発揮されていく。

 海の水が竜のような姿になり、倉庫を焼き尽くす炎の鎮火に大活躍した。

 それらの光景を物陰から垣間見ていた者たちから歓声があがる。

 美玲はそのタイミングで死角から飛び出し「今です!」と声をあげた。

 真が構えていた剣を上に掲げればたちまち炎が高く立ちのぼり、回せば渦を巻くように動く。

 それはまるで本当に真が火を操っているように見えていた。

 周りにウヨウヨ出現する魔物を炎で焼き尽くし、全てを焼き尽くし終えて剣を下げると、炎も消える。


 なんとも鮮やかな技であろうか。

 なにより、この目で魔導士の技を見られたことは、この力さえあれば魔王に勝てるという希望を、その場にいた民たちに与えることができた。


 レオンハルトは、まことが真の魔導士であることに敬意を示すかのように膝をつき、真の手の甲に軽く口づけをした。

「……なっ!」

「驚かないでくれマコト。君のような魔導士を守ることができたことを俺は光栄に思うよ。君たちのおかげでとにもかくにも魔王の手からこの港を守り切ることが出来た。これからも俺がマコトを守る」

 レオンハルトは王子でありながら真を凄腕の魔導士と認め、さらに自分が膝を折り賞賛するに値する存在であると認めたのだった。


 だが、真は男で同性愛に興味はない。

 むしろ「キモッ」と思っている。

 最高の敬意を示す挨拶であったり賞賛の証であったりであっても、男にキスされて嬉しいとは真には到底思えない。

 消毒液ってこの世界にあるのかな……って、とにかく手を離せばかやろう!と思っていることが声にならないよう耐えるので精一杯だった。


 自分がどんな顔をしていたかなど知りたくもない。


 きっとひきつり、ウエッてなっているに決まっている。


 オレの可愛い顔を台無しにしやがって……と、真のレオンハルトに対する心象は悪くなる一方だった。

 そもそも婚約者がいながら、別の女に色目を使うなど……タラシじゃねーか!と思う真だった。


 同時に、まあ、そう言う自分は男なんだけどさ……と軽く自分の考えにツッコミを入れた。


 この日を境に、夜になると魔王が作り出した魔物が港町を襲うようになり、エレン隊がしばらく滞在し警護にあたることになった。

 本来の彼女の任は姫の護衛であるのだが、エレンほどの信頼のおける指揮官がいないため、必然的にこうするしかないのが本当の理由。

 レオンハルトは各国から援軍がくるらしく、それ待ちだとも言っていた。

 自国からの派遣もあるため、彼らがくれば一旦城に戻れるはずだとも。

 ところが、そう簡単に物事は進まず、結局エレンをはじめ真や美玲はひと月近く、このポルトゥスの港町で足止めを食うはめになった。



※※※


「あああもう、ウザいな!」

 ひと月近くも足止めされ同じ町に閉じこめられれば嫌でもその環境に慣れてしまうものだろうが、真はあるひとつのことだけがどうしても馴染めずにいた。

「もうここは日本じゃねーし。オレ、中坊じゃねーし。てことは、先生は先生じゃないってことだし。いつまでもくっついてくんなよ!」

「で、でも、なにがあるかわからないから」

「日中はなにも起きないだろう? つーか、マジ勘弁。もう見飽きたんだよ、あんたのその眉。それにさ、ここには可愛くて若い女の子がここにはいっぱいいるし。そうなるとやっぱ見比べちゃうじゃん?だいたいさ、先生がベッタリだとなかなか発展しないんだよね。その、顔見知りから先がさ」

 ひと月もいれば町の何人かとは顔見知りになる。


 だが、真がどんなに相手を気に入り、口説いてもそれ以上にはならない。

 格好が男の娘であることは言っていないため、女同士の恋愛はないわ~と思う人なら、それ以上の発展を望まないのはごくごく自然のこと。

 自分は男であると打ち明け、さらに男の格好をすれば問題ないのだ。

 レオンハルトからの猛アタックからも素性を明かせば回避できるとわかっていながら頑なにしない。

 思うようにハーレムを作れないのは美玲のせいではなく真本人。

「あのね、真中クン。そりゃあね、私はおばさんって言われても仕方のない歳だけど、その、眉毛まで持ち出されたら、なんていうか……」

 美玲の目頭が熱くなる。

 こんなところで泣くつもりはないが、眉毛をいじられたり、胸をいじられたりはやはり慣れない。

 我慢しようと思えば思うほど涙があふれていく。

「だからっ……ああ、もう!なんだかオレが泣かしてるみたいだろ!」

 現にそうなのだが……


 さらにバツが悪いことに、こんな時でも腹は減るということだ。

 とても大きな腹の虫が鳴り出す。

 美玲は瞳から雫を流し、真は腹から止まることのない空腹を知らせる音が鳴る。

 こうなるといつまでも互いに自分の思いを主張している場合ではない。

「えっと、まあなんていうか、気にしていることを知りながらいじったのは悪かったよ」

「それで許してほしいってこと?」

「そういうことだね」

「私からも交換条件、いい?」

「なんだよ」

「私のこと、ウザがらないで」

「は?だってウザいのは本当のことじゃん。少しはひとりになる時間くれよ」

「え?つまりひとりになる時間があればいいの?じゃあ、極力その時間は作れるようにするわ」

「あ、いや。先生がちょっと席外せば問題ないことなんじゃん?」

「うん、いいわ。ちょっとだけ、ひとりにしてあげる。だから、一緒にいていいってことね?」

「しょうがねーな……」

 ウザいと言われても簡単には引き下がらない美玲は、思いっきり真に抱きつき、軽く肘鉄を食らうのだった。

「それより、腹減った。なんか食おうぜ」

「いいけど、ちなみに真中クン、お金ってどれくらいあるの?」

「そんなもんねーよ。エレンのツケでいいんじゃね?」

「うっ、それはちょっと……」


 なんとなくだが、エレンが自分たちの歓迎してくれていないことは感じていた。

 最初からその雰囲気はあったが、初対面だし仕方がないと思っていたが、ひと月経っても変わらないのであれば、それはもう嫌われていると断定してもいいだろう。

 理由はよくわからないが……

 美玲としては、これ以上関係を悪化させたくない。

「じゃあ、レオンのツケで!」

「それはもっとダメよ! プリシアさんには迷惑かけたくないでしょう?」

 はじめてふたりを受け入れ、信じてくれた人を困らせることだけはしたくない。

 だが、空腹であるのは美玲も同じだった。


 あ、ちなみに……真がレオンハルトのことをレオンと呼ぶことになったのは、彼が親しい女性にはレオンと呼んでほしいと希望したからである。


 真が無駄に町の中をほっつき歩くのは、レオンから逃げているからともいえる。

 レオンはいたく真のことを気に入り、見かければ口説く。

 真としては男に口説かれてもキモいだけなので逃げる。

 レオンには任務があるため好き勝手に出歩くことはできない。

 ところが同じ自由の身である美玲はくっついてくるので、レオンから逃げてももれなく美玲がくっついてくるという状態だった。


 男につきまとわれるよりは美玲の方がまだマシ、真はそう判断をして渋々、美玲の存在を許してしまった……という感じである。

 真がまるで子供がぐずるかのような態度をとるので、さすがの美玲もなんとか黙らせるには何か食べさせるしかないと思い始めるが、先立つものがない。

 そこで、服に付いていた装飾品のひとつを質屋で換金して小銭を手に入れる。

「そんなもんじゃなにも買えないじゃん」

「そうね。でも、私が炎を使えば、なんとかなるわ」

 そういって、雑貨屋で「これで買えるだけの砂糖、それに卵を」といい、砂糖と卵をことつ手に入れた。


「さて真中クン。問題です。砂糖と火でなにができるでしょう?」

「は? そんなん、溶けた砂糖に決まってんじゃん」

 たしかに、そうである。

 だが、美玲が求めた答えはそれではない。

「あのね、真中クン。この前の理科の実験でやったことよ?」

「知らねーよ。だってオレ、実験とか興味ねーし」

「真中クン!キミ、そんなんだから勉強がダメなのよ。ねえ、この前テストに出すわよって私、言ったわよ?もしかして、今までも全然聞いてなかったの?」

 真は明後日の方向へと視線を泳がせた。

 彼女の推察の通り全然聞いていなかったらしい。

「だからなのね、いつもテスト赤点なのは!」

「ああ、うるさいな。もういいだろう?ここは日本じゃないし、オレは中学生やらなくても問題ないし。先生だって、先生としての必要性はないわけだし!」

「でもね、戻ったらテストには出すわよ。もう一度やるから、しっかり見ていなさいね」


 そんな必要ないだろうと拗ねながらも、砂糖を使ってなにを作り食べさせてくれるのかには興味があった。

 美玲は砂糖と卵を大事そうに抱えて、少し見晴らしのいい場所へと移動した。

「真中クン。くぼみがある石か、溶けにくそうな器をふたつ探してきてほしいのだけど、いい?それと、水も少し」

 自分は火を炊く準備をしているからと言われてしまえば、魔導士としての力が全くない真は従うしかない。


 渋々探して持ち帰ったものは、手のひらサイズの石で、中央におたまくらいの窪みができていた。

 欠けた器も見つけ、それには水が入り、もうひとつは何かの木の実のカラのようなものを持ち帰った。

美玲は指を擦り小さい火種を作ると、乾いた小枝と落ち葉にそれを置く。

 息を吹きかけなくても、美玲が燃えろと念じれば思い通りに火が火力をあげた。

 美玲は石の窪みに、目分量で大さじ3くらいの砂糖と水を入れて、火にかける。

 そこに少し太めの小枝を使って、溶けた砂糖をかき混ぜていく。


「砂糖が溶け始めたら、ひたすらかき混ぜます。完全に砂糖が溶けたら火力を弱め、だいたい130度くらいになるまで煮詰めますが、かき混ぜる手は止めません」

「130度なんてわかんないじゃん」

「そうね。でもこういうのって、やっていくうちに勘でなんとかなるものなのよ?」

 そうこうしているうちに、砂糖が溶けて焦げていくなんともいえないいい香りが漂い始める。

 洋菓子店などの前を通ると嗅げるような香りは空腹を煽り、生唾が止まらない。

 いつのまにか周囲の子供たちも集まり、美玲のやっていることに興味津々の眼差しで魅入っている。


「なにをしているの?」

「うわっ、いいにおい。たべれるの?」

 子供の好奇心は募る。

「お前ら食うなよ。それはオレのだからな」

 と、真がギロッと睨むが、

「真中クン。子供相手にムキにならないで」

 と、美玲に諭され、とりあえず黙る。

 だが一向にドロドロの状態のソレをみていると、どう想像しても旨い食べ物に化けるととは思えない。

「そろそろ130度な感じだわ。そしたら一旦火が離して、準備の時に黄身と卵白とにわけて、卵白だけを溶いたでしょう? それを少し入れて、こう勢いよく混ぜます」

 うぉぉぉぉぉっ……と雄叫びでも発しそうな勢いで美玲が混ぜると……


「な、なんだ、なにが起きたんだ?」

 真をはじめ、子供たちの目が輝いている。

 あんなにドロドロとしていた変な物体がいきなり膨らみ始めたのだから、初めてみれば興奮するのも納得の現象である。

 それが膨らみはじめると美玲は混ぜる手を止め、膨らみが止まると、混ぜていた枝で軽く表面を叩く。

 コンコンと固さがある音がしたところで、窪みに沿って枝を差し込み、中の物体を取り出してから真に手渡した。

 受け取った真は暖かいその物体をマジマジと見ながら、食えるのか? と聞く。

「砂糖と卵白と水だもの。体内に影響はないわ。どうぞ、食べてみて」

 真が豪快にそれをかみ砕くと、サクッとした音がして、口の中に甘さが広がっていく。


 思い返せば、こちらの世界に来てからこれほどの甘味ものは口にしていない。

 それにどこかしら日本っぽい和風の味がするものだった。

「なんだよ、これ」

「気に入った?カルメ焼きって言うの」

「ああ。うめぇ!」

「それはよかった。でもね、真中クン。テストにでるのよ、それ」

「へ?コレの作り方が?」

「バカね。作り方を理科のテストに出してどうするのよ。どうして卵白を入れると固まったのか、その理由が答えよ。本当はね、重曹や炭酸水素ナトリウムを使うのだけど、この世界にはなさそうだから。あ、理科の実験は炭酸水素ナトリウム限定でテスト問題だすわ」

 美玲は炭酸水素ナトリウムは熱で水と二酸化炭素分解されるからだと説明するが、真はそれに対してはなまくら返事。

 かじった断面を見せ、中に空洞が所々あるのが分解された結果だとも追加説明したが、その説明は真の耳には届いていなかった。

 さらには、見ていた子供たちが自分たちも食べてみたいとせがみだし、それ以上の説明は諦めるしかなかった。


「なんの騒ぎだ?」

 そう声を発して群がっている人をかき分けてきたのはエレンだった。

「貴様らを捜していた。交代要員が到着した。我々は一旦城に戻り、今後の対策を練ることになった。貴様らも同行しろ。姫様のお呼びだ。で、これはなんの騒ぎだ?」

 説明したくても真はどう言えばいいのかがわからない。

 美玲は子供たちにせがまれ最後のひとつを作っているため、手が放せない。

 そこで、美玲に作ってもらった甘味を頬張っているひとりの子供が、

「騎士様。これはカルメ焼きというお菓子なの。これね、とっても不思議でね。いきなりぷくーーーって膨れてね、固まってね、とても甘くておいしいの」

 と説明をする。


 説明を聞き、美玲のやっていることからだいたいの想像はできた。

「おい。暢気に菓子作りなどやっているヒマはない。姫様がお呼びだと言っただろう!」

 何事も姫様主義のエレンにとって、菓子づくりや町人との交流よりも、姫様のために一刻も早く城へと帰還することが最優先であった。

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