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第四話 プレイボーイ

「あ、あの……真中クンの提案に賛成です。その、魔導士は意外とデリケートといいますか、プレッシャーに弱いといいますか……」

 ところがエレンの視線はますます不信感が増していく。

 こいつら、自分たちをたばかっているのではないか……そんな感情がこみ上げて止められない。

 しかし、プリシアは違っていた。

「あら、それはどうしましょう。わたくしとしたことが!……そうですわよね。魔導士といえば呪文も大事でしたわ。気持ちの冷静さ、集中力なども大事ですわね。ごめんなさい。余計な提案をしてしまって。そういうことでしたらエレン、少しでも早く城に戻り応援部隊を派遣しなくてはなりませんわね。なるべく戦死者を出す事無く、救ってやらなければ」

 プリシアの言葉に、エレンは応える。


「ひ、姫様……我らは姫様のために命をかけることを光栄に思っております。死を恐れることはありません。しかし、そのようなお気持ちを抱いて頂けていたと知れば、あの者たちもどんなに幸福で、かつ、光栄であることか!」

「まあまあ、それでは是非彼らにも知っていただかなくてはなりませんわね。さあみなさん、急ぎましょう」

 プリシアの言葉に感銘を受け涙ぐむエレンに代わり、姫本人が指示を出す。

 姫は急ぐのであれば馬車はここに一端捨て、あとで取りに戻ればよいと、エレンの馬に跨がった。

 ふたり乗りは馬に負担をかけるが、それでも馬車を引きながら全力で走らせるよりはいい。

 プリシアの金色の長い髪が風になびく。

 その姿を見失わないように、真と美玲を乗せた馬も走り出す。

 こうして、美玲の機転のおかげで、なんとか姫やエレンが見ている前で「実戦」に駆り出されなくて済んだ……かに、思われた。

 迂回ルートは少しばかり木々が生い茂っており、陽が傾きはじめると視界が悪くなり野生の獣との遭遇も多いため、民間人は使わない。

 だが、障害物がある分、攻撃する側からすると厄介な場所であるため、魔物の攻撃はないだろうと踏んだのだった。

 だが!


「エレン!前に……!」

「姫様、口を閉じていてください。振り切ります!」


 狼か野犬か、その類の群が、行く手を阻む。


 エレンは剣を抜き「そう簡単にさせてたまるか!」と振り下ろした。 


 エレンの振り下ろした剣が一匹の獣の首を落とすと、一瞬群が怯む。

「魔物」とはこの獣たちの事であろうか。

「貴様ら、走り抜け!」

 エレンの号令で、真や美玲を乗せた騎士たちが何度も馬の尻を叩き全力で駆け抜ける。

「ダメだ、追ってくる……」

 振り返った真の目に理性を失った獣の群が飛び込んできた。

 真に標準をあわせ数匹が飛び迫る。

 後ろに乗せているため、手綱を握っている騎士にはどうにもできない。

 追いつつかれないよう振り切って走るしかない。

 真を乗せている方はまだなんとか逃げ切れそうだが、美玲の方が危うい。

 彼女の方が真よりも大きく重量があるため、馬もなかなかスピードに乗れないのだろう。


「せ、先生……!」

 真は手綱を操作している騎士にしがみついていたが、美玲との距離が出来始めるとその手を緩めてしまう。

 すると騎士は「自分の体から、絶対に手を放さないように!」と、離れかけた手を引き戻した。

「はっ離してくれ!このままじゃ先生がっ!」


 ウザいと思ったことは何度もあるが、嫌いではなかった。


 鬱陶しいけれど、いつかそれも慣れていたところはある。


 何より、こんな別れ方は寝覚めが悪い。


「我々を信じてください!エレン隊長が守れと言ったことは、必ず守ります!」

 馬のスピードが更に上がる。

 振り返った真はさらに美玲と距離ができていることを知った。


 美玲は離れていく真を見ながら「真中クン……ううん、真クン、それでいいのよ」と心の中で呟く。

 生徒を犠牲に生き残っても元の世界に戻れる確証がないのであれば、ここで命を散らした方がいい。

 ここで獣を足止めすれば真と良くしてくれたプリシア姫が助かるのだ、それこそ大人の責任を果たせて、なかなかいい死に様といえる。


 だが、あっさり餌食になるつもりはない。

 美玲はせめて何か「炎」、「炎」でもあれば……と、考えた。


 すると、指先にチリチリと焼けるような感覚が発生……それは、あの光の柱を発生させた時の感覚にも似ていた。

 体の中からなにかがわきあがり、考えていることが実際に起こせそうな予感。


 ――燃やせ!


 そう頭の中で囁く。

 すると指先に感じたチリチリしたものがボッ!と球状の炎に変わった。

 え?え?なんなのコレ?と自問。

 ここに真がいれば何かしらの助言もしてくれただろうが、今はその助けは求められない。

 やれる気がするから私がやらなくては、という感情が強くなると、気が付けば手のひらに収まるくらいの火の玉ができている。

 それをエイヤっとボールを投げつけるように獣たちの群に放ってみれば、何かに当たった火の玉は火の粉を四方八方に散らし、拡大した。

 すると獣は想像以上に怯え、足を止めた。

 手綱を操作している騎士は、背後でなにが起きているかより、なにがなんでも逃げ切らなくてはという気持ちが強く、気づいていない。

 それならば、もうニ~三個投げておこうかしら……と、コツを覚えた美玲は作り出す火の玉を大きくして、投げつけた。

 馬の速度から考えても、もう獣たちが追いつくということはないだろう。

 火は枯れ葉に飛び火して、行く手を阻むように立ち上っている。


 ホッと安堵感が広がった直後、

「ミレイ殿、しっかり掴まっていてください。全速力で駆け抜けます」

 騎士が視線を少しだけ美玲に向け、彼女にそう指示した。

 もう大丈夫……と前に向きなおした美玲が何か言おうとすると、彼女の視線の先に勢いよく近づいてくるものがあった。

 人が馬に乗り、まっすぐ迫っている。美鈴は騎士に尋ねる。

「誰かが来てるわ……味方ではないの?」

「あれは……わ、わかりません!とにかく回避します!」

 前方から近づくそれ、人の顔が肉眼でも捉えきれるくらいまでになると、確かにそれは美玲の知っている姿ではなかった。

 つまり、エレンの騎士部隊の格好ではなく、どちらかといえばマントを靡かせ鬼気迫る勢いで走りぬく謎の戦士、とでも言った方がいいのかもしれない。

 お互いにこれでもかというスピードで走っている。


 すれ違いざま、一瞬だけ視線が交差したようにも感じられた。

 美玲の視線はその戦士から離れることはなく、すれ違った後もその姿を求め振り返った。

「追ってきます!」

 戦士は馬をUターンして追ってくる。

 それになにか言っているようにも……と思っていると、すぐに併走されてしまった。

「待った!待った!逃げないでくれ。俺はレオンハルト、出口でエレンとプリシアとも会っている。君たちを助けるために急行したんだが……!」


 よく見ればとても整った綺麗な顔をしている青年で、声もバリトンボイス並に聞き心地がいい。

 プリシアと同じ金色の髪はややなびくくらいの長さで、軽く前髪が眉毛にかかるように落ちてくると、無駄のない優雅な手つきでかきあげる。

 海のように透き通った青い瞳を輝かせ、見せる歯は白く眩しい。

 ほぼほぼの確率で老若男女から「イケメン、美青年」の評価をくだされる、そんな男に「君、大丈夫だったかい?」と気遣われては、美玲も自身のコンプレックスを忘れ、心身ともに乙女状態になる。

 思わずほわ~んとして思考が止まっているところに、「これはレオンハルト様。気づかなかったとはいえ、ご無礼を」と騎士が馬を止め、馬から下りて、膝をつき、敬意と謝罪の意を言葉と態度で示す。

 乙女状態になっていた美玲も、騎士の態度と言葉の端端から感じる身分差のようなものに、我に戻る。

 自分も馬から下り、釣られるように頭を下げた。

「いやいや、いいんだ、そんなことをしなくても。男であれば女性を救うのは当たり前のことだからね。君もそうだから、このひとを必死に逃がそうと頑張ったんだろう?」

 と、騎士に話しながら美玲の肩に手をあてた。


 無理をさせた馬の手綱を引き、レオンハルトと美玲は徒歩で木々の中を歩き陽が差し込む外へとでると、すでに城に戻っているはずの真、エレン、そしてプリシアとほかの騎士もそこにいた。

 事情はレオンハルトから聞かされ知っていたとはいえ、自分の目で無事を確認できた時ほど安心できたことはない。

 美玲は瞳にうっすらと涙を浮かべ、真と向き合う。

「泣いてんじゃねーよ」

「いいじゃない、こういう時くらい」

「ば~か、見ているこっちが恥ずかしいんだよ。……でも、よかったよ。先生が無事で。あんな別れ方、オレは二度と嫌だからな」

 などと憎まれ口を叩く真の瞳も、少し潤んでいた。

「感動の再会をしているところ悪いんだが……」

 と、爽やかな笑みを一転させ真顔になったレオンハルトが美玲をみる。

「あの炎は、一体どうやったのかな?」

 炎という言葉に、プリシアの目が輝く。

「ミレイ殿、もしかしてあなたにも、魔導士の覚醒があったのでしょうか?」

 今は存在すら希少な魔導士がふたりともなれば心強い。

 さらに、ここで頷いていれば真が魔導士となっていることへの言い訳もできよう。

 美玲が思わずチラッと真に視線を流すと、あちらも美玲のことを見ていた。


 彼の目はなんと言っているのだろう。


 その視線の意味はなに?


 美玲は真の真意を読みとることができず、「違います」と答えてしまう。

「ええ?違うのですか?」とプリシア。

「では、あの炎はどう説明する?」とレオンハルト。

 ふたりに畳みかけられるように質問された美玲は、「……トリック、です」と答えた。

「トリック……とはなんですの?」

「あの、トリックというのはつい出てしまった言葉なんですが、その、タネあかしがあるという意味で使いました。私は元々が理科の教師をしていまして」

「理科、とはなんですの?」

「はあ……理科といいますのは、自然の理や物質の構成、生き物の生態などを知り理解していく為の学問といいますか」

「それはつまり、「観察や実験」ということかしら?」

「ええ、まあそうですね」

「それで、どうやって炎を作りましたの?」

 この世界での火は貴重で、一度点けた種火は消さないよう皆で番をし、必要な場合にそこから分け与えるシステムらしい。

 昔はそれらを魔術などでいとも簡単に点火することができていた。

 とても便利なことなのに、それらを扱う人を迫害してしまうなんて……とプリシアは悲しそうに教えてくれた。


 火花を起こすように物質同士を擦りあわせたり、摩擦を起こして火種を作ったりしているこの世界の話を聞き、美玲はかつて自分がいた世界よりかなり科学が遅れているのだと、改めて認識した。

 それならば、きつとこれからいう「種明かし」は役立つだろう。

「実は、葉油を見かけたので、それを使いました」

 通ってきた木々の中に葉油があったことを教える。

「葉油は油と名がつく通り油がとれます。油は火を起こしたり長く灯したり、使い方はいろいろです。私は葉を千切り、馬の鞍に擦り摩擦を起こし引火させ、それを獣の群に投げていました。乾いた落ち葉に火が広がり、運良く獣たちの追っ手を足止めしたのです」

 美玲は少しだけ木々の中に戻り葉油を数枚手にして戻り、馬の鞍に擦り付けた時の摩擦で点火させた。

「なんと便利な!」

 レオンハルトは美玲の手から葉油を取り、自分も同じようにやってみた。

 擦り付ける時のコツはあれど、要領よく数回で点火に成功する。

「君は、名をミレイと言ったな」

「はい。細川美玲といいます」

 美玲は名を尋ねられ、改めてフルネームを伝えた。

 レオンハルトは「ホソカワミレイ……ホソカワ殿か」と確認するように小さく呟いてから、

「凄いな、ホソカワ殿は!」

 と、褒めたたえた。

 続いてエレンも点火に成功、プリシアもなんなくやってのけた。

 真もそれくらいオレだって……とやり始めるが、葉から油がわずかに滲み出たくらいで点火まではいかない。

「マコト殿は魔導士ですもの、このようなことができなくても問題はありませんでしょう?」

 とプリシアに慰められる。

 すると、

「なんだ、オレの婚約者殿は、そちらの可愛らしい方と仲がよいのだな。オレに紹介はしてくれないのかな?」

 とレオンハルトが、真に興味を抱く。

 美玲には知性を感じるが、真には説明ができない、不思議な魅力を感じる。

 今までに出会った女性とは違う、何かを持つ人……それもそのはず、真は男であり女ではない。

 しかし、この世界でそれを知っているのは美玲だけ。

 そしてやはり真は、この世界で自分の性別を打ち明けるつもりはないようだった。


 単純に、可愛いと言われて嬉しい。

 誉められる幸福感を得たいと言う気持ちが優先していた。

 それでも、「婚約者」という単語はしっかりと聞き取れている。


「婚約者?」


「ええ。そうですわね。城に戻ってからと思っていましたが、ご紹介しておきますわ。わたくしの婚約者で、エスバイアの王子、レオンハルト様です。そしてレオン様、こちらはマナカマコト殿。順序立ててご説明したかったのですが、この方こそ、わたくしたちが捜していた魔導士なのですわ!」

 プリシアが言うには、彼らの祖父がとても仲がよく、いつか自分たちの子孫同士を結婚させようと約束を交わし、それが遺言として残されていた。

 彼らの子供はどちらも王子のみで願いが叶わず、孫に期待した所、年頃もよい男女が誕生し、ふたりの婚約はプリシアがこの世に生を受けた瞬間に決まった。

 政略結婚と言う者もいるが、

「わたくしなりに、レオン様をお慕いしていますので」

「まあ、俺もだ。基本、女性は愛すべき存在だと思っている。そしてプリシアはその中でも特別だと思っているから、俺にとって決して政略ではないな」

 と、返した。

 そこにエレンが加わる。

「お話中の失礼を許されよ、レオンハルト王子。そろそろ夕暮れになる。急ぎ城に戻ってからお話の続きをされてはいかがか?」

 エレンの提案に意義をたてる者はいなかった。

 彼女を先頭に隊列をつくり、先頭のすぐ後ろにレオンハルトがプリシアを乗せた馬が続く。


 真と美玲はそれよりはやや後ろの方に馬に乗せられ、どっぷりと陽が暮れるより前になんとか城門にたどり着いた。

 今回も城下町、正式名称は国のシンボルである王の居城である「ルーベニアス城」にちなんで「ルーベスの町」と呼ばれている。

 そのルーベスの町から入り奥のルーベニアス城へと進んだのだが、今度は周りを気にしていられるゆとりはなかった。

 討伐対の騎士たち、姫が乗っていた馬車を回収にいった騎士たちも戻り、それなりの人数での隊列となり、その列を沿道から見る市民たちが並び、町並みを楽しむどころではなかった。

 エレンとプリシアは庶民からも人気があり、そこにレオンハルト王子がプリシア姫を伴っているともなれば婚礼も間近なのか、おふたりがご一緒とは珍しいなど、興味の的となっていたからだった。


※※※


 城と城下町は橋で繋がっている。

 城と町を繋ぐ橋は、日中のみ自由に行き来できるが、日暮れから翌日の陽が昇り始めるまでの時間は橋が上がった状態になり、自由な往来ができない。

 真たちが城に繋がる橋にたどり着いた時は、すでに橋は上がった状態であった。

 橋の両端には警備をする兵士がおり、数時間単位で交代をする。

 それは日中、自由に行き来できる時も変わらない。

 エレンは警備中の兵士に声をかけ、自身の名、そしてプリシア姫とレオンハルト王子が同行で城に帰還した旨を告げると、兵士は少しだけ驚いた様子で敬礼をし、橋をおろした。

 ちなみに、橋を下ろしたり上げたりは城側からしかできず、その伝達方法は手旗信号や明かりを点滅させることで知らせる何通りかの暗号を用い、それは交代の際に責任者より伝達される。

 その暗号は国の王ですら知らないと言う徹底ぶりであったため、ここ数百年、大小の小競り合いや近隣国との争いがあっても城に攻めいられることは無かった。

 そのため攻略できない城として、ルーベニアス城は名高い存在である。


 橋を渡り重々しい城の門を潜ると、緑豊かな広い庭園があり、その奥に天にも届きそうな高い塔にも見える城の全容が姿を見せた。

 美玲は、自分がいた世界の西洋のお城、もしくは某夢の国のシンボルになっている城にも似たその姿に、胸が高鳴る。

 可憐さにほど遠い外見ではあるが、心はちゃんと乙女なところも持ち合わせているのだ。

 真は異世界転生の「あるある」的な展開に、テンションは鰻登り、その勢いは止まらない。

 城の中はさぞかしきらびやかで、高そうな装飾品に大勢の使用人が出迎えているのだろうと期待が高まるが、実際は、想像よりはるかに地味なものだった。

 齢八十くらいの下男が低姿勢でプリシアとレオンハルトを出迎える。

 プリシアは、真と美玲は大切な客人であるので失礼のないようにと告げると、奥からメイド風の中年女性、しかもかなりガッチリとした肉体をもったやや強面が近づき、部屋に案内するとふたりを連れだった。

 プリシアは去っていく彼らを見届けたのち、「留守の間、どうでしたか?」と他の者に訊ねた。


※※※


 真と美玲はふたりで一室をあてがわれた。


 真自身はどう思ったかはわからないが、年下で生徒であっても真は紛れも無く男である。

 美玲にとってはなんともいえない気分に陥ったが、実は両隣に別室があり、それぞれのプライベートが守られていることを知り、安堵した。

「ふ~ん、部屋の内装はまあまあかな」

 真は城に入った時のガッカリ感ほど部屋は悪くないなと、いろいろ見て回る。

 美玲はとにかく体を休めたくて、手身近にあったソファーに腰を下ろした。

 そのソファーはあまりにもふかふかで、居心地がいい。

 真とは別の意味で、用意された部屋が気に入った。

 メイドはこの部屋にあるモノは好きに使って下さいと言い残し、一旦下がる。

 監視されているような眼力の支配から解放されたふたりは、本当の意味で開放感に浸りはじめた。

 それでも真は美玲に聞きたいことは忘れておらず、くつろぎ始めている美玲の前にやや仁王立ちした。


「なあ、先生。あれって嘘だろ?」

「嘘?な、なにを言っているの?真中クン」

「誤魔化すなよ。なんとかって葉で炎を作ったって話だよ」

「え?そ、それは……その。だって、真中クンが魔導士ってことになっているから」

「まあ、そうなんだけどさ。そういう嘘って、いつかはバレるもんじゃん?」

「うっ……それもそうかもだけど、今、それを話すこと?」

「なんで涙目になるんだよ。まるでオレが責めているみたいじゃねーか。ああ、もういいよ!オレが魔導士ってことでこれからも続けたいんだろう?」

「……真中クンは、それでいいの?」

「仕方ないだろう?だけどそれも、オレがなにかに覚醒するまでだからな!」

「うん、ありがとう、真クン!」

 美玲はホッとした感情となんだかんだと聞き入れてくれる真の存在に感謝の意をこめて抱きしめた。

「ちょっ……!今、どさくさに紛れて真って言っただろ!図々しすぎなんだよ、太眉!」

「ふ、太眉?人が気にしていることを……!」

悲しみが沸き上がるが、それ以上に彼と共に居られる、ふたりだけの秘密を共有できる喜びが増す。

 うっかり馴れ馴れしく真クンと言ってしまったが、言ってしまった者勝ちなようなものである。

 その感情は彼を抱きしめる腕に伝わり、さらなる力が加わった。


 それはもう、女性が抱擁する力とは比べものにならないほどの怪力で!


「うぐっ、ちょっ、キブキブ! 先生、がっつり入ってるって!」

 首に回した腕が偶然にもいい感じに締め上げていた。

「あ、あら、ごめんなさい。大丈夫、真中クン」

「……大丈夫なわけねーだろ!少しは自分の怪力を自覚しろって!眉毛は太いわ、背は無駄にでかいわ、巨乳だわって、少しは落ち着けよ。もういい歳なんだしさ」

 落ち着いてほしいことに乳のでかさや眉の太さは関係ない。

 しかしこの展開は、ふたりのやりとりの定番でもあった。

 真が美玲の外見をいじれば、美玲はいじけて、そしてウザったくなった真が渋々白旗を掲げるというような展開。


 だが今回は少し展開が違った。

 眉毛と巨乳と歳をいじられた美玲はみるみる顔を歪ませ、涙目から次第に雫が頬を伝う。

 泣かせるつもりはなかったと後悔した真がまじまじと彼女の顔を見ると、なにかが変わっていた。

「なあ、先生。最近、鏡、みた?」

「鏡をみろっていうの? 自分がどんな顔をしているかなんて十分覚えているわ。気にしているのよ、眉が太いこと。三十五年間、飽きるほど見慣れ見続けてガッカリしてきたのよ。今更、確認しろっていうの?」

「そーじゃない。そうは言ってない。黙って見てみろって」

 この世界にも鏡というものは存在していた。

 部屋には姿全体を写してくれる姿鏡が存在感をアピールするように置かれてある。

 真は美玲の腕を引っ張り、その前に立たせる。


「ほら、じっくり見て確認しろよ。三十五年間見慣れた顔なら、見慣れている顔と違うところがあるだろう?」

 真に言われ、見知り過ぎているからこそじっくりと見たくない顔を見る。

 本当に太い眉は存在感がありすぎて、そちらにばかり視線がいってしまう。

 なぜ彼はこんな嫌がらせをしてくるのだろう。

「真中クン、もういいでしょう?」

「違い、わかったのかよ」

「違いなんて……」

「本気で言ってる?だったら視力も落ちたのかよ。あ~、嫌だ嫌だ、歳はとりたくねーよな。オバサン?」

「ひ、酷いわ。お、おばさんって。思ってても言わないものでしょう?」

「だ~か~ら、言われたくないならマジで見ろって」

 ほら、この辺り……と、真が鏡に映る美玲の瞳あたりを指先でさした。

 美玲の瞳は黒く、日本人以外の血が混ざっていなれば当然のように持ち合わせている、黒い瞳だった。

 だが、今の瞳はどうだろう。


「え、えっえええええっ!ど、どうなっているの?わ、私の目、金、金色になってるううう?!」

「やっと理解したか。ちなみにいつからだろう?」

 真が小首を傾げた。

 金色になっていれば、見慣れた細川先生の目が変わってしまったとすぐに気づくはずである。

 転生した直後は黒、力に目覚めた後も黒かったはず……ん?いや、ちょっと待て。

 真は記憶を遡り、本当にそうであったか思い出す。

 そもそも黒い瞳が金色になれば、プリシアが気づくし、エレンに至っては怪しすぎるともっと騒ぎ出すはずである。

 彼女たちが美玲の瞳に対しなにもいわないということは……


「もしかして、はじめて力を使ったあたりから変色していた?」

 見慣れているから、とくにじまじと顔を見ることもないから、少しずつ確実に変色していることに気づいていなかったのかもしれない。

 明らかに今になって気づいたのは、美玲が再び力を使ったこと、それも意外とあっさり操れるくらいに使えてしまったことに理由があるのかもしれない。

「なあ先生。その力って、自在に操れるもの?」

「ん~、そうね。イメージしたものをそれなりに実体化していると思うわ」

「だからだよ。完全に目覚めたから金色で定着したんだ。もしくは、プリシアたちの目には完全に覚醒した先生の姿だけが見えていた……とか」

「そんな、都合よく……」

「異世界転生あるあるのひとつ、結構ご都合主義なところがあるものなんだよ。例えば、言葉に不自由しなかっただろう?」

「……そういえば、そうね。あら、そう考えると意外と便利ね」

「はあ、それを今気づくかな……で、ほかに何か変わったこととかないわけ?」

「さあ?特にこれといっては、ないわね。ふふふっ」

「なんだよ、いきなり。キモっ。オバサンのふふふ笑いはキモすぎ!」

「ちょっ、酷いわ真中クン……」

「あ~、だからすぐ泣くなって。おばさんが泣いてばかりっていうのもキモいって言わせたいのかよ」

 もう言っているじゃない……と呟きながら、美玲は真とのやりとりが楽しくて、またふふふと笑った。


 力に目覚めると身体的な変化があるというのも、異世界転生ではあるあるネタの一つになる。

 自分にも何か変化がないだろうかと、真はスカートをめくってみたり、胸元から覗いてみたり。

 しかしこれといって変化はない。

 であれば、目に見えていないところか? と、下着を下ろそうとして美玲に手を止められる。

「真中クン。さすがに、それは見過ごせないわ」

「なに勘違いしてんだよ。別に脱いでどうこうしようなんて思ってねーし」

 それにおばさんは許容範囲外だっつーの!といつものパターンで言おうとしたが、それを言葉にすることはなかった。

 なぜなら、強面のメイドが呼びにきたからだ。


 プリシア姫が呼んでいる……と。



※※※


 呼ばれて案内された場所は円卓が置かれた広い部屋。

 壁には代々の王の肖像画らしきものと、なにやら意味ありげな剣が飾られていた。

 それが勇者の剣ともなれば、ますますそれっぽい覚醒を期待したくなる。

 たとえば、ずっと抜けなかった鞘から剣を抜いて、伝説の勇者の誕生とか……

 まだ自分にも可能性はあると期待に胸が膨らむ真だが、その部屋にいた面々の顔の表情は重く、そして暗い。

「なにかあったの?」

 普通なら気遣って声をかけることを躊躇しそうだが、真にはそういう気遣いはできないらしい。

 重苦しい空気を感じながらも、気になったことは聞きたくなる性分は押さえきれない。

 だが、誰かが口火を切らなくてはならない。

 美玲は、真の時には不躾な態度も役立つものだと変な感心をしてしまった。

「マコト殿。お呼びだてしておいて、すみません」

 プリシアが真の声に反応し、謝罪を口にした。

「姫様が謝ることはなにもございません。そもそも、その者たちがさっさと魔導士としての力を発揮していれば、話は簡単なことだったのです」

 厳しく真たちを責めたのはエレンだ。

「まあまあ、エレン。客人にあれこと要望だしすぎるのも失礼というものだよ。そもそも、彼女らに、魔王のことをどの辺りまで話したんだ?」

 中立の立場を保っているのはレオンハルトだった。


 簡単に語ってしまえば、各国の者たちが失われつつある希少な魔導士、魔法書等の捜索をしたが、いずれも目ぼしい結果には至らなかった。

 そこでプリシアが自分たちが魔導士を見つけたことを報告すると、どれほどの力があるのか等の質問責めを受けることになったが、実際にその場面を見ていないプリシアに説明はできず、結局のところそれすらも偽りであるに決まっているという流れになってしまった。

 さらに運が悪いことに、父王が心労で倒れてしまい、その代行をどうするのかなど、国の内部に至るまで口出しをされたのだった。

「俺が彼女と結婚をしていれば、妃の祖国の危機と言うことで俺が代行することもできたが、まだ婚約中の身なものでね。それに、彼女には弟がいる。ルーベニアの第一王子、アーサーだ。だがその王子はまだ幼く病弱。表面的には心配をしているが、面の皮一枚剥がせばどうやって政権を乗っ取るか、いっそ魔王襲来の時期に乗じて攻め込むかとか、画策しているのは見え見えでね……」


 つまり、この国、ルーベニアは安泰というにはほど遠い窮地に立たされていたのだった。

 不運というものは続くものである。

 打開策がなにひとつ出ない中、魔王の攻撃は夜に集中するため、警備兵から次々にあまり良くない報告が寄せられる。

「わかりましたわ。取り敢えずわたくしが父である王に代わり指示を出します。王室の軍隊の出陣を許可します。民の命が最優先ですわ。それとマコト殿。お疲れかと思いますが、ご同行していただけますでしょうか?」

 エレンの部隊と行動を共にしてほしいと頼まれた真は、美玲も同行するならと引き受けた。

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