第三話 魔王
背が高く肉体美である美玲には大胆にスリットの入ったロングワンピースなどを勧められたが、美玲としては体の露出を極力控えたいと思い、腰で履くロングパンツを選択、さらにその選んだパンツの横は網目になっていたが、スリットで生足が露出するよりはマシであると考えた。
ニーハイブーツである程度隠せるし、胸元を隠すくらいしかない上半身の露出も、マントを羽織ってしまえば問題はない。
首元まで隠れ、裾が揃がるマントはとても動きやすく、見た目よりも軽く気に入ったのだった。
真はセーラー服を作ってもらい、厚手のニーハイソックスとひざ下ブーツ、ひざと肘あて、腰には太めのベルト、腰には護身用として短剣よりは長い、日本刀でいう脇差くらいの剣を備えた。
魔導士なのに剣? と不思議られたが、魔法剣士ならぬ魔導剣士を目指そうかな……とか思って、などといいなんとか丸め込めた。
美玲はなぜ武器が必要なのか、そのあたりを問い詰めたい心境だったが、今の真を見ているとこの状況を楽しんでいるようにしか思えず、話をする状況ではないと判断した。
二人がこの異世界にふさわしい、違和感の無い姿になると、プリシアは一緒に食事をしましょうと昼食に誘う。
エレンは素性の知れない二人を同席させることを頑なに拒んだが、
「おふたりにはこの世界のことを良く知っていただかなくてはなりませんわ。食事は、お二方を信用している……という敬意ですのよ? たとえエレンの進言でも聞き入れられませんわ。これは命令です。そしてあなたも同席するのですよ」
ほんわかとしたお姫様かと思っていたが、言う時はしっかりと自分の言葉で意思表示ができる人らしい。
物言いはとても温厚な感じだが、プリシアが放つ存在オーラは独特の威厳がある。
生まれ持った素質、王族の血筋が持つ世界観とでもいうのだろう。
エレンはそれ以上の言葉は慎み、静かに頭を垂れた。
しばらくすると食事の用意ができたと宿の者が声をかけに二階へとあがってきた。
エレンはプリシアを下の食堂まで守るように誘導し、真と美玲はそんなふたりの後に従う。
食堂の真ん中に木のテーブルが置かれ、それは大人数用のテーブルらしく、複数の木の椅子が並べられていたが、ほかの騎士たちはその場所から少し離れたところに腰を下ろしている。
姫と同席するということは光栄なことなのだということが、彼らの態度からも実感することが出来る。
またテーブルに並べられている食事も違っていた。
騎士たちは木や、木の実らしいものをくり抜いて作られたコップや器などに質素なパンやスープ、薄切りの肉などが添えられているのに対し、姫のために用意された食器はほかの騎士たちとさほどの差はないが、並べられている食材が違っていた。
色鮮やかなフルーツの盛り合わせ、温かそうに湯気がでているスープ、コップに注がれるのは果汁のジュースかワインらしきものだった。
「お酒ではなくてよ。私の弟でも飲めるものですわ。お口にあえばよいのですが」
と言って、姫自身が薦めてくれる。
こっちの世界に転生してからというもの、たしかに飲まず食わずでもう空腹すぎて感覚がなくなってはいたが、食べ物を目の当たりにすると忘れていた空腹感が蘇る。
真は口に合う合わないはこの際関係ない、腹が満たされればいいとお酒ではないと言われた飲み物を手に取り、たちまち飲み干す。
口に入れた瞬間、果物の甘みと酸味が広がる。
思いのほかあっさりとしていて、水に近いかもしれない。
水分で口が潤うと、いよいよ固形物で胃を見たしたい衝動が急く。
この世界では、スプーンとフォーク、ナイフを使って食事をするらしい。
プリシアとエレンはテーブルマナーを心得ているのか、上品に食事をしていたが、真にはそれらがない。
すると、
「気を遣わなくてもよろしいのよ?」
と、姫がパンを手に取り千切った。
千切ったパンの上に薄く切ってある肉を乗せ、口を大きくあけて頬張る。
エレンははしたないと小言を言うが、王宮の上品な料理ではないのだからいいのでは?という。
しかし本当はそうではないことを美玲は悟った。
戸惑う自分たちのために、敢えて「マナー違反」的な食べ方をしてくれたのだろう。
プリシアが食べたように真似る真は、「うまっ」といい、食べる手が止まらない。
美玲は上品ぶって食べようと思えばできるが、チマチマと食べていられるほど胃が待ってくれそうもない。
ひと口パンを齧ると食欲は加速、胃が満足したと感じるまで無心で頬張ってしまった。
「たくさん食べてくれて嬉しいわ。気持ちいいくらい。遠慮なさらずに、おかわりも頼んでよろしいのよ?」
プリシアが「わたくし、この果物もいただこうかしら?」というと、真も「じゃあ、オレはこの肉とあの肉とそれと飲み物も!」と続く。
美玲は「では私は飲み物を」と、追加オーダーをした。
かなりの時間が経ち、それぞれが満腹になって食べる手が止まった頃、
「お腹も落ち着いたところで、お話を聞いていただけるかしら?」
と、プリシアが切りだした。
※※※
「この世界、とくに我が国ルーベニアは魔王の出現より変わってしまいました。この世界はいくつかの大陸と島とで成り立っているのですが、ルーベニアはこの世界一広い大陸に拠点を置いて数百年、治安と正義と、民の平和を築き守ってきました。それなのに、魔王の出現により数百年の平和も一瞬にして崩れてしまったようなものなのです」
プリシアは気丈に事情の説明をしている。
だが……
「魔王って……」
プリシアの魔王発言に、真はなんともいえない感情の声を発した。
異世界に転生したことでなにかしらの意味があるとは考えていたが、まさかの魔王とは!
「マコト殿たちの世界には魔王は存在しないのかしら?」
プリシアは真の様子から、自分たちにとっては当たり前のことでも、彼らにとっては当たり前のことではないのかもしれないと思った。
「え?」
「ふふふふっ、なんとなくそんな気がしましたの。お召し物がこちらの世界のものではありませんでしたし。カマをかけてみましたのよ。でも、あなた方は本当に別の世界からいらしたのですね」
別世界から来たのであれば、これまでの姫やエレンからしたらおかしな言動の数々も、当然の反応なのかもしれない。
「え、いや……」
「わかりました。今は深く追及は致しませんわ。人には言いたくないことのひとつくらいはありますもの。できればわたくしたちも、何の関わりの無い人の手助けを望みたくはないのです。だって、魔王と対峙するのは言うまでも無く命がけですから。であるからこそわたくしたちは、防御に徹する道を選びましたわ」
プリシアは悲しい眼差しになった。
エレンも心なしか言葉数が減り、無念というような表情をしている。
防御に徹するはずが、そう上手く事は進まなかったのだろう。
これでこそ異世界転生パターンだとワクワクする真だが、美玲は不安でしかなかった。
つまり、姫たちは魔王を倒せるくらいの凄い魔導士を捜しているわけで、そんな力など自分にはないと自覚していたからだった。
昨夜のことはたまたまで、あれをもう一度やってくれと言われても、美玲にできる気がしない。
真に期待はできない。
だとすれば、話を終わりまで聞く前にすべてを白状した方がいいのではないか、そんな迷いが頭の中でグルグルする。
「この世界はかつて、魔法や魔導、妖精などが上手く人と関わりお互いに秩序を守っていたという記述が古文書にあるのですが、もう妖精は存在しません。妖精が存在しなくなると、魔法や魔導といった力を得ることが難しくなるそうです。そしてこの世界の王はそういった類の者たちを迫害したのです。人ならざる者が持つ力を脅威と見なした。その後、国は分裂し、今のように対立単位での国となりました」
「つまり、今は、この世界は普通の人間しかいないってことですか?」
「ええ、記録的には……です」
「どういうことなのでしょう?」
「迫害された者たちは各国へと逃げ、そして身を隠し、細々と伝道していたようなのです。大陸単位で国が分かれた時、統治者によってはそれらを戻そう、古き良き時代を取り戻そうと尽力した者もいました。わたくしの祖先もそのひとりでした。王室お抱えの魔導士、門外不出の魔法書というものも存在しております。わたくしの父が信頼していた魔導士は、弟子たちに国内の各要衝に結界を張り、魔王から守ることを進言しました。最初はそれでなんとかなっていたのです。けれどやがて魔王は他の国、つまりこの世界に住む人間全体を排除の対象としたのです。すると……」
ここまで聞けば展開はなんとなく想像できた。
美玲は「結界を張れる魔導士の派遣要請をされたのですね?」と口を挟んだ。
「はい、その通りです。敵対し、忌み嫌っていた国の人でさえ。本音は今更……なのですが、自分たちの国だけが助かっては意味がないのです。そこで、結界を張るだけで無く攻撃に転じるべきだという声があがりました」
その結果、魔王には通常の武器攻撃は効果がなく、魔法や魔導といった類でしか対処できないことが分かった。
それを証明するため自らを犠牲にしたのが、ブリシアの父王が信頼していた王室お抱えの魔導士だった。
そして今、信頼すべき師を失った弟子たちは動揺し、結界の効力は失われつつある。
さらに、結界が無い他国では今も集落が襲われ、民の命が失われているとも姫はいう。
「攻撃方法がわかってもそれらを使える者たちは限られています。そこで世界中で魔導士や魔術師、魔法書の解読や扱いができる者を捜すことになったのです」
しかし彼らは、祖先が迫害され国を追われたことを知っているため、協力を拒むかもしれない。
もしくはもう結界は存在すらしていないだろうと諦めるかも知れず、いずれにせよプリシアの国に重圧がかかりつつあるのが今の現状である。
「あのさ」
重い空気を無理やりこじ開けるようにして真が口を挟む。
「なんでしょうか」
「だいたいその魔王って、どうやって現れたの?どんな悪さをしたの?」
「真中クン、お姫様の話を聞いていなかったの?人を襲っていると言っていたでしょう?」
「そんなの知ってる。だけどなぜ人を襲うの?いきなり?理由もなく?」
「それは……」
「だろう?」
で、どうなの?ともう一度プリシアを見た。
「魔王の正体は今でも謎に包まれています。迫害を受けた魔導士が憎しみに飲まれて魔王になった、もともとは魔王が君臨していた大陸に、人が魔導士を伴って攻め込み略奪したのち、封じ込めた……などです。そもそも歴史とは勝者が作っていくものですから、その勝者にとって都合の悪いことは残っていないものでしょう」
ひとつ息を吐いたのち、プリシアは話を続けた。
「魔王は突然の出現でした。異変は些細なものだったのです。そう、普段は人を襲わない野生動物が興奮して人を襲う程度の……もちろん、それも問題なのですが、この世界では動物と人はとても良好な関係で共存していました。動物が人を襲うというのは、ほとんどの場合、人の方に問題があるものなのです」
人が開拓をすすめ木の実がなくなり人里におりてしまうクマがいるというニュースを見たことがあったな……と二人は元の世界での出来事を思い出す。
それも、どちらが悪いかといえば人のような気がした。
「その地域に存在しない生物が大量発生したり、町に乱入したり。空を覆うほどの野鳥が何日も続いたこともありました。悪魔の仕業かもしれないと誰かが発し、その噂が一気に城下町から各町へと広がり……」
破壊されていく自然。作物が育たなくなる地域も出て、やがて餓死者がでた。
そしてとうとう、〝魔王″と名乗る者が声明を出したのだった。
魔王はまずこの世界をわがものにすると宣言、そして名指しした町を予告通りに、一瞬にして消滅させてしまう。
魔王に従うか抗うか、道はふたつにひとつであり……人は、戦う道を選択した。
「絶望しかありませんでしたが、みんな、なにもしないで諦めることだけは嫌でした。ですからわたくしも、魔導士捜しの任を自ら買って出ましたの。でも、結果としてあなたがたおふたりにこうして出会うことができましたわ。まだ希望は有るという事ですわね。……と言う訳で一旦、お二人にはご一緒に城にきていただきたいのです。そろそろ各国の代表がそれぞれの捜索報告に集まる頃ですの」
真はいよいよ話が本格的になってきたと喜びながら「もちろん」と答えた。
美玲はと言うと、真が行くというなら一緒に行くしかないと思いながらも、相変わらず不安でしかない。
自分たちは魔王討伐のための人材であり、結果が伴わなかった時の処遇を考えるとやはり素直に白状した方が……と再びグルグル頭の中が回りだす。
エレンはやれやれと半ば諦めながらも、それならばせめて自分がしっかりとプリシア様をお守りしなければと士気を高める。
その感情を部下にも持ってもらいたいのか、
「おまえたち、城に帰還することになった。準備をしろ」
と、声高に彼らに号令を出した。
※※※
「ちょっと真中クン、大丈夫なの?」
今着ているものとは別のオーダーしたセーラー服は、仕上がり次第城の方に届けてもらえることになったので、真は着替え用の服以外に購入した肘や膝あてなどの防具を身に着け始める。
それがあまりにも自然で当たり前のように振舞うので、美玲は不安と疑念で落ち着かない。
「大丈夫って、なにが?」
「なにがって、魔王退治よ?私が出した不思議な力だって、あれ一回だけかもしれないでしょう?」
不安そうな美鈴をよそに、真はウキウキと楽しそうだ。
「確かにそうだね。でもさ、もしかしたら今度はオレが目覚めるかもしれないじゃん!」
「その可能性は否定しないけど、だからって楽観しすぎじゃないの?」
そもそも、凄い力を持った魔導士と嘘をついているわけだし……と呟きを追加した。
「あのさ先生。ここはもうオレたちが慣れ親しんだ二十一世紀の日本じゃないんだよ。異世界なの、異世界。オレたちの常識なんて通用しないって思った方がいいかもね。だったら、この世界の人たちとなるべく親密になった方がいいし、どうせ親しくなるなら庶民より王族じゃん。こういう世界って、力や権力が何かとものをいうのが定番なわけ。それに、ここは日本じゃないんだから、先生は無理して先生面してオレについてこなくてもいいんだけどね。嫌ならここに残ればいいじゃん」
場所が変われば立場も変わる、それは美玲も理解している。
でも……
「それでも、あなたは未成年で私は成人。そして子供は大人の保護下にあるべきなの。だから、あなたから離れるってことはできないわ」
「……あっそ。じゃあ、ついてくるんだ」
「……そう、なるわね」
「じゃあ、せめて黙っててよ。オレの野望の邪魔はしないでくれよな」
「でも……」
うじうじと言葉を続ける美鈴に、真は鬱陶しそうに言う。
「でもじゃない。言っとくけど、こういう世界のことはオレの方が熟知していると思うんだよね。先生は否定から入ってるけど、オレは、これは必然であると思ってる。導入部分がそもそも違うんだよ。オレはこの世界を知りたいし楽しみたい。そしてもしかしたらオレだってという期待は持ち続けたい。オレのことを魔導士だって押し付けたのはそっちだけど、こうなったんならそうであり続けられるようにどうにかしようって俺だって思うよ。それに協力できないって言うなら、邪魔なだけだから」
「邪魔……邪魔って、そんなこと言わなくても……」
「うわっ、その顔芸、ドン引きなんだけど」
「ひっ酷い……」
美玲は表情を変えるとその太い眉が大胆に動くため、生徒の中では「顔芸」として浸透していた。
特に怒ったり困ったりすると眉はさらに大胆に動く。
この場合生徒にというよりは真から直接弄られることもあり、顔芸と指摘されると彼女の心の傷は深く抉られた。
「私、自分の眉毛の事気にしていることを知っているでしょう?」
「まあね。だから言ってやった」
「ひ、酷すぎる……」
「でもそうでも言わなきゃ先生、黙らないじゃん。まあさすがにちょっと言い過ぎたかなって思うけどさ」
「真中クンのやることに口出ししなければいいのね?」
「先生がそうしてくれるっていうなら、助かる」
真の冷たい言葉に、美鈴は深く悩んだようだったが、意を決したように口を開く。
「わかったわ。口出しは控えるようにする。だけど、保護者として真中クンのことは放っておけないって大人の事情はわかってほしいの」
「……ま、しょうがねーな」
と、真が渋々承諾すると、背後からクスッと笑い声がした。
振り返るとプリシアがそこにいた。
「おふたりとも、仲がよろしいのね」
「別に、そんなことはない!です!」
真と美玲の言葉が重なる。
「あらあら、でも物凄く息があってらっしゃるわよ? 羨ましいわ。わたくしにはそこまで心を通わせられる人はおりませんもの」
と、物悲しい表情になるが、それはわずかな時間で、すぐに微笑みを浮かべた顔を見せた。
「支度ができましたら下にいらしてくださいませね。いつでも出立できる準備が整っているようですので」
わざわざプリシアがそれを伝えにきた事に驚くふたりだった。
また彼女のこの行動は、真と美玲にとって身分の差はあれど、現時点においてこの世界で恐らく唯一信頼できる存在であると、実感した瞬間でもあった。
宿の外にはプリシア用の馬車が一台、その横にエレンが護衛として並走する。
馬車は日よけ程度の幌がかかっており、こじんまりした幌馬車といったところだ。
どう考えてもそこに真や美玲が乗れるスペースはない。
「オレたちはどうすれば?」
また走らされるのかとドギマギしながら声に出す。
プリシアに聞くのもおかしいし、かといってエレンは近寄りがたい。
だがほかの騎士には馴染みがなく、とくに「誰」と限定せずに問いかけた真の質問に、意外にもエレンが答えた。
「おまえたち用に二頭の馬を用意することも考えた。今後、我々と行動を共にするなら乗馬〝くらい″はできるようにはなっていただきたいものだからな」
と、チクチク嫌味をいれながらの返答。
「だが、今ここで貴様らに乗馬術を叩きこんでいる時間はない。したがって致し方ないということで……」
そういって適当にふたりの騎士を呼び止め、「分担して、二人を適当に乗せて城まで運んでやれ」と指示を出した。
ふたりは馬に積まれる荷物扱い的に乗せられ、そして出立となった。
町に入った時は、前を行くエレンを見失わないようにということばかりに気を取られたが、今は手綱を握っている騎士が城まで運んでくれるらしく、多少のよそ見をするくらいの息抜きはできそうである。
宿が石造りであったことから大凡の見当はついていたが、想像した通り、この町の建物の材質は石が主流のようだった。
石を積み上げ、そのすき間に粘土質の土を入れ、塞ぐ。
それは石同士をくっつけ、それによって室内は直射日光が防がれひんやりとするため、湿度が低く日差しの強いこの町ならではの風景を構成していた。
民家が並ぶ奥には鉱山がある。
山肌が見えているあれはなんだと真が聞くと、面倒くさそうにエレンがそう言ったただけではなく、この町は鉱山で保っているようなものだとも教えてくれた。
さらに、城から一番近い町がここで、城を挟んだ反対側は港町になっている事も教えてくれた。
外の国から様々な品が届き、それらが城がある城下町の市場に集まり、それを求め村や町の職人たちが素材を買い出しにきたり、また庶民たちが買いにやってきたりもしていたのだという。
しかし、魔王の出現により町から城への往来が減り、それとともに他国からの品々も入り難くなり、活気が失われつつあるらしい。
「でもさ、こうやってオレたちはこうして町の外に出られるじゃん」
自分たちができることをなぜこの世界の住人ができないのか、真にしてみれば素朴な疑問だった。
そんな真にエレンは「貴様はバカか?」と、また少しうんざりしながらも説明しはじめた。
「結界を張った町から出る、またその町に入る、それらが自由にできるのは結界を張った魔導士本人と決まっているのだ。それを我々がいとも簡単にしてのけていると思うのか」
「え? なにかカラクリがあるの?」
エレンは面倒くさいという顔を露骨にする。
美玲はこれ以上彼女を苛立たせてはいけないと、つい先ほど口を挟まないと約束したことをなかったことにして口を挟んだ。
「真中クン。よく思い出してみて。入る時、出る時、私たちは騎士さん方に守られるようになっていなかった? つまり、私たちにはそれがないけれど、騎士さん方やエレンさん、お姫様にはその術があるということなのよ。そうなのでしょう?」
と最後はエレンに確認を取るように締めくくった。
「……まあ、そういうことだ。ただ、騎士全員が持っていると言うわけではない。結界を張った魔導士が、結界をすり抜けることができる魔法を施した魔導器を分け与えてくれている。しかし数が少なくてな。庶民全員には行き渡らせることはできず、結局何人かの有力者やその町や村の長に数個ほど手渡し、必要に応じてその都度貸し出すことで対応をしている。だから、行き来できる人数はいつも限られている。さらに言えば、夜間の移動は自殺行為、日中であっても安全とは断言できず、護衛が必要になる。無償で命を守るお人よしはいない。護衛を雇えばそれ相応の費用がかかるのだ。ならばなるべく外出は控えようと思うのが、普通の考えだ。」
まったくもってその通りである。
真も「それもそうだな」と納得した。
「てことは、オレたちは夜間も移動するのか?」
「いいや」
町を出たのは昼をすでに過ぎていた。
この辺りのこの時期は日暮れが早いと言っていたと記憶している。
「姫様がいらっしゃるというのに、野営などするわけがなかろう!」
エレンは、言葉の端はしには真を小バカにするようなニュアンスを入れながら返した。
するとプリシアがクスッと笑う声が響く。
「マコト殿はとても面白い方ですのね。エレンがそのようにいろんな顔をするなんて、滅多にないことですのよ。わたくしもあまり目にしたことがないから、何だか新鮮だわ」
「ひ、姫様……お戯れを!そのようなことで楽しまないでください!」
「ふふふふっ、ごめんなさいね、エレン。だって、ただ馬車に乗っているだけというのも退屈なのよ?」
大切な使命を背負って行動しているという自覚はあっても、この辺りはまだ平和な方だもの、気が緩んでしまうと言うものだわ……と付け加えると、エレンはやれやれと肩の力を抜く。
エレンがそれ以上厳しいことを言わないのだ、本当に安全な場所なのだろう。
真はもちろん、美玲もホッと安堵のため息をこぼし、張っていた緊張を解いた。
だが、その安堵もひとりの騎士の言葉で急転する。
エレンは念のために数名の騎士を先行させ、またふたりの騎士をさきほどまで滞在していた町に情報収集させる為に残していた。
安堵を一気に緊張へと引き戻したのは、その先行させていた騎士のひとりからの報告だった。
「エレン隊長、この先に魔物が出現。迂回ルートを進むか、撃退するか、指示を願います」
エレンの部隊は騎士の中でも精鋭騎士の集まりとして名高い。
個人の力はもとより、団結力、部隊戦力も申し分ない。
その騎士がひとり報告に戻りエレンの指示を求めたということは……
「手強いのか?」
「……はい。今も残りが全力であたっていますが、圧倒的な勝利を勝ち取れるかどうか。守りながら戦うのは不利です」
それはつまり、プリシアがいては全力で戦うのは厳しいといっているようなもの。
今はそれに加え、真と美玲という客人もいる。
この三人はどんなことがあっても城まで送り届けなければならないのだ。
「わかった。迂回する。私ともう数名は護衛のためについてこい。残りは討伐部隊を編成し、全力でこれの対処にあたれ!」
「……はっ!」
指示を受けた騎士は短く一礼をし、踵を返す。
それに続くように、数人を残しすべての騎士たちがそれに続いた。
なにかあった時には……と元々騎士それぞれに役割を与えていたのだろう。
エレンは討伐に向かう騎士たちを厳しい顔つきで見送り、
「部下たちが時間稼ぎをしている間にできるだけ距離を進むぞ。姫様、馬車が多少揺れますがご了承を」
「それは構いませんわ。ですがエレン、あなたはそれでよいのですか?」
「……は?」
「本当はあなた自ら討伐に赴きたいのですよね。あなたはとても部下思いだもの。優しい女性だから……」
「な、なにをおっしゃいますか。私の任務は姫様をお守りすることです。もちろん、姫様の行く手を阻む魔物がでれば、このエレンが命に代えましてもお守りいたします」
「……ありがとう、エレン。でもね、わたしくしが言いたいのはそうではなくて……あなたが独りで抱え込まなくてもよいのではないかしら?あなたはまだどこかマコト殿を疑っておりますし、ちょうどよい機会かと思いますのよ?」
すると今度は真の方が素っ頓狂な声を発する。
「は?なんだって?」
美玲に至っては、声も出せないほど動転している。
精鋭の騎士でさえ厄介な魔物をどうにかしてほしいと、プリシアは言っているのである。
そしてそんなふたりの心境など察するエレンではない。
プリシアの発案に「こうなっては、それもありかもしれませんね」などとと同意をしてしまっている。
「待て待て待て。あんたたち騎士でさえお手上げの魔物をオレたちにどうしろって?」
「はっ、決まっている。おまえは魔導士なのだろう?魔物は光、とくに神々しく輝く光に弱いと聞く。昨夜のあの光の柱、あれを出してくれればいいのだ。弱ったところにトドメを刺すのは我々がやる」
真はチラリと美玲を見た。
目があった美玲は、何度も首を横に振る。
あの力は美玲にしか出せない。
美玲が無理と言えば真には代替できる策もない。
だが。
「マコト殿は、なにか危惧されている事が有るのでしょうか?」
「え?」
「思ってらっしゃることは遠慮なく仰っていただきたいですわ。わたくしたちは魔導士のことをよく知りませんの。思いこみや勘違い、先入観などがきっとあると思いますの」
プリシアのこの助言が真に良いことを思いつかせる。
「あ、あのさ。最終的の敵は魔王なんだろう?ラスボスってやつ」
「あ?ああ。ラスボスというのがなにを指すのかわからないが、魔王さえ倒せばそれでこの世界は救われるはずだ」
そう答えたのはエレンだった。
「じゃあさ、その魔王にこちらの手札を見せるのは迂闊すぎないか?」
「手札とは、貴様らふたりのことか?貴様らの存在が知られるくらいは、どうってことはないだろう」
「そうじゃなくってさ。光に弱いってことを知っているってこと。とてつもない大きな光を出せるって知られると、魔王の住処に行く前にあっちが対策練るんじゃないかってこと」
真はチラッと美玲をみる。
このとんでもないデマのような話に乗っかれと言っているのである。
だがしかし、あながち全部がデマというわけではない。
なにせ、あの力が自在にでるものでもないし、美玲自身、あれは奇跡だと思っている。
奇跡はそう何度も起こせない。
ならば、ここは秘策として温存した方が賢明である。