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第二話 彷徨、そして謁見。

 と、その時。

 暗い中に目が慣れはじめると、そこになにかが動いている事に気付いた。


「なにか動いたわ!」

 この世界には別のものも存在すると、少し安堵する美玲。もしかしたら食べれそうな動物か、はたまたこの辺りに住む人間か。僅かな希望を期待し、美鈴は音のした方へ歩みを進めた。

「ばか!魔物かもしれないだろ」

 「異世界転生あるある」のひとつ、突然何者かに襲われ囚われの身になってしまうパターン。真はそれだけは嫌だと思い、美鈴に呼びかける。

「でも……」

「でも、じゃねー! こっちの話し声に反応しないってことは、言葉が通じてないってことじゃん。ヤバいってことだろ」

「え? そうなの? ねえ、どうしたらいいの?」

 期待を砕かれ、一気にあたふたと動揺し始める美鈴。音はガサガサと、更に近づいてきている。

「こういう時にこそ、本当のチート級能力が発揮される場面って決まってるだろ」

 そう渇を入れた真は、全身の力を放出するようなイメージで、相手を攻撃しろと念じてみる。

 だが……


「真中クン、なにをしているの?」

「あ? いや、こうするとドバーとなにか手から吹き出て、相手を怯えさせるとか?」

「な、なにを言っているの? 人間にそんなことができるはずがないでしょ」

「いや~、異世界転生っつったら、それが定番っていうか……」

 確かに、そういう能力を持って転生していたらの話である。

 真にそれがあるのかすらわからない状態では、ただの仮定の話でしかない。

「真中クン、あなたがなにを言っているのか、先生にはまったくわからないわ。だけど、あなたの担任として、私は生徒を守る義務がある。あなたのことは先生が守るから」

 美玲が真の腕を掴み、自分の背中に匿う。

「先生だって無能だろ」

「そうね」

「じゃあさ、逃げるしかないんじゃ……」

「うん、真中クンが言っていることは正解。でもね、先生……」


 足が竦んで動けないみたいなの……と、付け加えた。

「うえっ? ま、マジで? どうすんだよ」

 なにか動いたものが近づき、なにかを光らせている。

 光っているものが瞳であり、なにやら異臭にも似た臭いが鼻につく。

 野生の獣、あるいは真のいう魔物という線がかなり強い。

 これはいろいろ試していられる場合じゃない、真は立ち尽くす担任の腕を引っ張った。


 だけど微動だしない。


 体格の差があるからだろう、男とはいえまだ十四歳の真が、三十五歳で身長190センチの長身女性を引っ張って逃走するというのはやや無理がある。

 目らしきものを光らせたなにかが飛び上がり、あきらかにこちら側へと威嚇攻撃をしかけてきた。

 一回目はなんとか躱せたが、躱したことで囲まれてしまったようだ。いつの間にか似たような姿の影が周りにたくさんいる。見ているとわかってきたが、光っているものはやはり目のようだ。猫のような、犬のような姿をした獣だった。複数いるその獣は各々が低い唸り声を上げ、爛々と光る目玉を真と美鈴に向けていた。

 思わず真は美鈴の腕にしがみつき、また美鈴も真を守るようにその肩を抱き寄せた。

 「こ、こんなにいたの……!」

 「や、やべえ!逃げるぞ、先生!」

 真の一声で、獣達は唸り声から犬の遠吠えのような声を上げた。走り出した真と美鈴は倒木を越え、高い草を薙ぎ倒し、必死にどこへ向かうでもなく逃げていた。

 しかし、流石に獣の四本足では人間の真と美鈴は撒くことはできなかったようだ。左右から回り込まれ、真と美鈴の前方へ獣達は姿を現す。

 退路を断たれた真と美玲は、万事休す、今度こそ死ぬのだと悟った。

 しかし、そうはならなかった。


 (真中クンだけでも、真中クンだけでも逃がさなくちゃ……!)

 ずっとそう思っていた美鈴の気持ちが通じたのか、何かを目覚めさせたのか。


 ゴゥッ!!!!!!!!!


 美玲を中心に天まで突き抜けるような光の柱が伸び、獣達はその光に警戒し距離をとる。


 さらに「来ないで、こっちにこないで!」と叫ぶ美玲の手は、なにかを払いのけているような動きをしているが、その手から発しているものは果たしてなんなのか。

 払いのけているのではなく、こちらを警戒している獣達に対し、目がけているようにも見える……!

「先生、それってもしかして……」

 真には分かっていた。

 先生は特殊な能力に目覚めた瞬間であるということを。

 ただ本人には無自覚なため、うまくコントロールできていないのだ。

 だが、それはこちら側にとっても好機だった。

 相手が怯み、こちら側を攻撃しても勝ち目がないとわかれば追ってはこないだろう。


「先生、走って!」

 真は渾身の力を振り絞り、棍棒のような美玲の腕を引っ張った。

 美玲の体がバランスを崩すと、彼女も自我を取り戻したようで、真に引っ張られるようにして走り出す。

 どこに逃げるのか、どこに向かっているのかわからないが、今はとにかく逃げるのが一番ということだけは彼女も理解していた。


 ふたりはそのまま森のように木々が生い茂った空間へと逃げ込み、太い幹にできている空洞の中に身を隠す。

 190センチある美玲ですらすっぽりを身を隠せるほどの空洞があったのは、好都合だった。

 そこで明るくなるまで時間を潰し、夜があけると再び人を求め捜すことにした。

 この世界に生き物がいることは分かった。

 となれば人、もしくは人の言葉を理解できる存在が居る可能性は捨てきれない。


※※※


「真中クン、あれ」

 あてもなく歩くこと数刻……であったと思う。

 空腹はピークを越え、疲労もあるのかどうかも自覚できないほどになっていた。

 そんなふたりの希望の光が見えたのは、まだ遠くではあるが煙のようなものが立ち上がっている光景だった。

「煙が……人がいるって証拠よね」

 人が存在していると確信する美玲だが、真は昨晩のこともあり慎重になった方がいいと忠告をする。

「クスッ、まさか真中クンにそんなことを言われる時がくるなんて」

「別に。昨日のこともあるし、誰だってそう考えるんじゃないの?」

「そうかもしれないわね。頼りにしているわ、真中クン」

 美玲にそう言われた真はちょっとだけ気分がいい。

「よし、じゃあ、あの煙まで行くか」

 と、主導権を握った時だった。


 ドッドドドドド……っと地鳴りのような振動が足元から伝わってくる。

 地震とも違うし、道路を走るトラックの振動とも違う。

 その振動は強くなり、そして視界にその原因が迫っていた。

「やべっ!」

 真は何かの大群が押し寄せてきているのだと思い、危機感を募らせる。

 走って逃げようと背を向けるが、向かってくる大群の方が速く瞬く間に囲まれてしまった。

 茶系の馬数頭、それに跨がっているのは中世の騎士のような甲冑姿の者たち。

 行く手も退路も阻まれた状態のふたりに近づく、別次元の存在があった。


 白い馬に跨り、銀髪のポニーテールを揺らす女性。


 表情から気の強さを感じるが、どことなく気品もあることから、そこそこの地位にある人物なのだろう。

 歳は二十歳前後といったところだろうか。

 若いのにこれほどの屈強な男たちを従えている立場にあるのだ、態度の示し方ひとつでこの状況が天と地ほどに変わることを、真は悟った。


「おまえたち。このあたりで高貴な魔術師、魔導士といった類の者を見かけなかったか?」


 女性特有の高い声ではないが、決して男のように野太い声でもない。

 女性らしい声をしていなくても表情の動き、視線の動かし方などに優雅さが見て取れる。

 また、異世界転生あるあるのひとつ、言葉に不自由しないと言うのは本当だったんだとひとりテンションがあがる真は、その高ぶりを抑えきれず顔と態度に出ていたらしい。

「エレン隊長、この者、怪しすぎます。ひとまず拘束して尋問した方がよいのではないでしょうか?」

 ひとり別次元の騎士は、エレンというらしい。

 騎士とくれば次に来るのは国のお姫様か王子様と相場は決まっている。

 どうにかしてこのエレンの懐に取り入らなければと思う真だが、彼がそんなことを考えているとは思っていない美玲は「拘束して尋問」という言葉にビビる。


「あ、あの! 私は決して怪しいわけではなくて。ただ、その……気が付いたらここにいて、あの……」

 どうにかして誤解を解こうと状況を説明しようとするが、真の言う異世界に転生したんだということがイマイチな彼女にとって、ありのままを話すということの方が嘘っぽくなりそうで、ではどう説明すればいいのかと考えれば考えるほど支離滅裂な言葉が口から流れ出ていた。

 美玲の発言に、怪しいと疑いをかけてきた騎士はもちろん、エレンと呼ばれた女騎士も怪訝な顔つきになる。

 下等騎士にどう思われてもいいが、エレンまでも敵対してしまっては好機が無駄になってしまう。

 真は慌てて美玲を黙らせようと軽く足蹴りをした。

「おまっ、勝手に話すなよ」

「で、でも真中クン。拘束って、拷問って!痛いのはイヤよ!」

「オレだって痛いのは嫌だっつーの! とにかく、ここはオレに任せて、先生は黙ってて」

 自分の頑張りを問答無用で否定された美玲はシュンと肩の力が抜け背を丸くして黙った。

 ふたりの会話をしっかり聞いていたエレンは、真に不愉快だという視線を投げかけた。

「そこの、ちっこい、おまえ」

 真はちっこいという言葉に過剰反応する。

 小さくて可愛いことを武器に男の娘をしているわけだが、唐突に、しかも敵意むき出しで言われて黙っていられるほど、できた男ではない。


「ああ~? いま、ちっこいっていったか?」

 軽くドスのきいた声で言い返す。

 エレンに対し喧嘩腰になるということは、異世界でハーレムの願望から遠のくということをわかっていない。

「ああ、言った。言ったがそれがどうした? 確かにおまえたちは怪しい。なにかを企んでいるのではないか?特におまえ、ちっこいおまえが怪しいぞ。キャンキャンと甲高い声で騒がしいしな」


 たしかに、真は平均的な身長より小さい。

 元の世界でもそうであったが、この世界でも小さい部類に分けられたことがカチンきた。

 さらに、初対面のエレンに言われる筋合いはない。

 だが、ここで相手のペース飲まれるのは得策でない。

 真は「おちつけオレ」と心の中で唱え、

「だからなんだっていうんだよ。こいつとオレはいつもこんなもんだ。な、そうだろう?」

 と、真が美玲に同意を求めた。

 するとエレンの視線が美玲を捉え、「そうなのか?」と問う。

「ああ、えっと。まあ、そう……ですね。この子、真中真クンといって、こう見えても凄腕の魔導士なんですよ」

 と答え、ついでのように「私は細川美玲といいます。」と自己紹介した。

「ちょっ、なに言ってんだよ、先生! 凄腕の魔導士って……」

 語尾がかすれ、エレンには聞き取れていなかったらしい。

 何だって?と聞き返されたが、真は気づかないフリをして美玲に耳打ちをした。

「どーいうことだよ、先生」

「どうって、私は真中クンを助けたのよ?」

「そんなの、頼んでねーし。つーか、どうすんだよ、凄腕の魔導士って」

 と言いながら、そういえば先生のアレも魔導や魔法の類といってもいい。

「なあ、先生。凄腕の魔導士は自分だって今からでも名乗ってよ。昨晩のアレ、結構凄かったし」

「え? いや、無理よ。あのね、ここは、真中クンが魔導士ってことで」

「無茶ぶりしすぎだって」

「理由付けとか、あとで考えるから。お願い!」

 美玲があまりにも真剣に頼むので、とりあえずそういうことで話を進めることにした。

「あの……」

 と真がエレンに声をかける。

 続いて美玲が、

「この子がお捜しの魔導士かもしれないって思いまして」

 エレンは怪訝そうな表情のまま、ふたりを交互に見る。


「貴様、ミレイと言ったな。おまえが魔導士だっていうなら、納得もできる。が、そのちっこいのが……信じられん。そもそも、自分が魔導士と名乗ることが怪しい。だがこの辺りで昨夜、天をも突き破るような光の柱が発せられたのも確か。そしてこのご時世、町の外を無防備でほっつき歩くバカは珍しい。確かによほど自らの魔導に自信があるのだろう。とりあえず、おまえたちを姫に引き合わせる。ついて来い」


 怪しい気持ちは払拭できないが、そもそも旅支度もしてなさそうなふたりが町の外をほっつき歩いている事態が異常だった。

 なにかを知っているのではないか、ここは姫の判断を仰ごうという結論に至り、仕方なく連れ帰ることにしたという流れは正しい。


 だがエレンはふたりを気遣うことが欠落していた。

 先人きって馬を走らせるエレン、それに続く部下の騎士たち。

 そのあとを必死に全力疾走でついていくふたり。

 美玲は必死にくらいつくが、真はくらいついているつもりなのだが、ますます引き離されていく。

「ちょっ、おまえら、オレを置いていくな!」

 残りの力を振り絞り叫ぶ真の声に、エレンは背を向けたまま渋々「誰か、あのちっこいのと女を馬に乗せてやれ」と指示をだす。

 こうしてふたりはやっと町という場所に向かうことができた。

 真は不満を抱いていたが、ひとまず今は黙っていようと心に決めた。

 途中で放りだされないためにである。

※※※


 エレン一行は草原を馬で駆け抜ける。

 今もなお、辺りは広大な土地に土の色と緑が広がるだけの単調な景色でしかない。

 しかし、どこまでも一様に続く景色の途中で隊列を一旦休止、美玲と真が乗っていた馬を囲うような隊列に変わり、再び進行。


 するとしばらくして突然見ていた世界が変わる。

 大きな門を潜り、賑わいのある市場のような場所をゆっくりと進み、広場にでると皆が馬を降りた。

 それぞれが乗っていた馬の手綱を引き、宿らしきところの馬屋に各々の馬を休ませる。

「あとは任せる。ふたりは私についてきてくれ」

 エレンは部下に馬の世話を任せ、ふたりを建物の中へと連れ入った。


 建物は石作りが基本のようで、がっしりとしていた。

 中の柱は太い木で、上へと続く階段は石造り、手すりは木製、室内は外の陽が差し込み明るい。

 壁には等間隔でランプが吊るされており、暗がりを照らすのは電気ではなく火であることが見てとれた。

 ここまでの道のりは、迷わないようにとエレンの後ろ姿ばかりを見ていたため、町の中の雰囲気を味わうことはできなかった。

 が、この建物がこんな感じなのだ、ほかの建物も似たようなものだろうとふたりは思った。

 真に関しては、これぞ異世界転生、中世時代をイメージしたファンタジー感だと興奮が高ぶっていく。


 少しでも早く、もう一度外を見て回りたいという気持ちだけが急く。

 美玲はそんな真の心中が手に取るようにわかる気がしていた。

 小学生ではないのだ、いつまでも落ち着きのないままではないが、興味が沸くとそちらにばかり気が取れられるところがある。

 そのため、今しなければならないことが疎かになるという欠点が見え隠れする。

 今はエレンが会わせたいという人物に会い、自分たちが置かれている状況を把握するのが先である。

 さて、どうやって彼の手綱を握ろうか……と思案する美玲だったが、教師として、彼を上手くコントロールできたためしはない。

 先行きが不安になり、真以上に落ち着きのなさが出始めていた。

 そんなふたりを横目で確認していたエレンは、危険な町の外で、いかにも役に立ちそうにない真といたことにさぞかし不安であったのだろうと、美玲を気の毒に思うのだった。


 階段を昇った先、その階の奥の部屋の扉の前で立ち止まる。

 その部屋の中に、会わせたい人がいるのだろう。

 エレンはキリリとした顔つきで、しかし発する声はとても凛々しく、それでいて優しさがあるものだった。

「プリシア様。かの者と思しき者をお連れ致しました」

 すると扉の奥から、鈴の音のように軽やかで、それでいて品のある声がした。


「まあ、エレン。早かったのね。ぜひ、お通しして」


 品があるのは声だけではなかった。

 言葉遣いもゆっくりとし、とても聞き取りやすい。

 語尾は柔らかく、それだけで好感を得られるものだった。

 美玲はそんな声色の彼女を、まだ姿を見ていない状態で受け入れることができ、真はお姫様らしき振舞を軽く想像できてしまう声色に心がはしゃぐ。

 飛び上がり、雄たけびをあげたくなるほどのテンションをグッと抑えこむため、手のひらに爪の跡ができるくらい強く拳を握った。

 エレンが扉をあけ、ふたりを中に通す。

 扉を閉め、部屋の奥にあるソファーに腰かけている可憐な女性に一礼、「失礼いたします、プリシア様」と声をかけた後、真と美玲のふたりを紹介した。

 

 「初めまして、旅のお方。私は、ルーベニア国第一王女、プリシアと申します」

プリシアと呼ばれた女の子は、十六歳であると自ら自己紹介をした。

 それは真を見て、同世代の女の子であると思ったからだ。

 「どうも。オレは真。気軽に真って呼んでくれよな」

 「マコト殿と言うのですね。男児のような快活さを持たれた、なんて美しい御声!御年はおいくつなのかしら?」

 完全に真を女の子と信じている発言だ。美鈴は困惑した様子でその会話を聞いている。

 真とプリシアは姫と家臣ではなく、もっと親密かつフレンドリーな関係になれたら……そんな気持ちから、率先して自分のことを話す。


 髪の毛は腰くらいまであり、綺麗な金髪をしていた。

 まだ少女らしさを残しているが、少しずつ大人の女性になりつつある途中である美しさがある。

 可愛いというよりは美人顔であるため、そう感じるのだろう。

 美玲は自分の容姿との違いの差を目の当たりする。

 自分にないものを持っているプリシアが羨ましく思い、また、高貴な存在である彼女とすでに打ち解けた感じにタメ口で話す真の度胸の良さにも感服する。

 自分は大人なのだからもっと堂々としていればいいとわかりながらも、ひとり疎外感を抱かずにはいられなかった。


 そんな美玲を気にかけてか、エレンが姫と真の雑談に割って入る。

「姫、歳近い者と話が弾むのはよいことと思いますが、本題をお忘れになってはなりません。今は、この者たちが我々が求めている者たちであるか否かの判断が先であると思われます」

 もし違うのであれば、また捜索隊を出さなくてはならないことを告げた。

「ごめんなさい、エレン。確かに、あなたの仰る通りです。でも、こんなに歳の近い可愛らしい女の子とお話できるなんて、嬉しくて」

 エレンとプリシアの応酬が続く中、真は笑みが止まらない。

 (オレ、この世界でも女の子に見えてるんだな……これでハーレムの夢が……)


 真は、感動で泣きだしそうだった。野望である異世界でのハーレム形成。だが自分に男としての魅力が欠けているのは理解していた。今歩いてきてすれ違った人達を見ても、この世界の男は筋骨隆々だったり、細身でも外国人のような出で立ちの良さがある。その中で小柄で女の子のような顔をした真がモテようとしても、厳しいものがあるだろう。現実世界でも同じ悩みを抱えていた。

 そこで真はずっと考えていた。可愛い恰好をしていたら、可愛いものが好きな女の子が寄ってくる。その女の子達で、ハーレムを築けばよいのではないかと。まさか本当に異世界転生するとも思っていなかったが、現実でやってきた女装が意味を成したことに、大声をあげて喜びたかった。それが本当にハーレムを築くのに適切であるかどうかはおいといて、だ。


 ニヤニヤを抑えて変な顔をしている真に、美鈴がそっと耳打ちする。

「真中クン、やっぱり女の子って間違えられちゃったね……」

「その方がオレには都合がいい」

「え?だって、真中クンは男の子なのに……」

「別にいいだろ?オレの野望のために、女の子に見えることは大事なんだ。合わせてくれよ、先生」

 そう言われた美鈴は、どこか気難しい顔をしていた。その表情にむっとした真は文句を言おうとしたが、エレンから声をかけられる。

「待たせたな。これからお前たちを連れてきた理由を、姫様から話して頂く」

 エレンから促され、プリシアは一つ、こほんと咳ばらいをして、先ほどとは打って変わり、真剣な眼差しを真と美鈴に向けた。


「わたくしたちは、ルーベニア国の姫として、この世界を救ってくれる方、力を貸してくださる方を捜して旅をしております。旅と申しましても、はじまったばかりなのですが。そんな矢先に昨夜の光の柱。あれほどの魔導力をお持ちの方が味方になってくれたらと……マコト殿、そこでお伺いしますが、あなたは魔導士なのですね?」

 可憐な姫は次に瞳を輝かせ、期待に満ちた眼差しを真に送っている。

 真としてはその場で「そうです。オレがその魔導士です。それもただの魔導士ではなくとっても凄い伝説の魔導士です」とでも言いたい気分だった。

 しかし、自分にそんな力が目覚めていないことは十分自覚している。

 嘘がバレたらエレンに八つ裂きにされるだろう。

 かといって、実は細川先生が……と自白しても「なぜ偽った?」と拷問くらいはされるだろう。

 どちらも痛い思いは避けられない。


 即答しない真への不信感が募るエレンは、腰に下げた剣に手を添える。

「貴様、姫様がお聞きしているのだ、答えぬか!」

 語尾がきつく、声色から苛立ちと殺気のようなものが伺えた。

 すると、真の頭上から声がした。

「そ、そうです。真中クンが魔導士ですっ!」

 上擦っているが、断言してしまったのは美玲だ。

「は? ちょっ、なに?」

 また勝手に……と感情が起伏してついうっかり余計なことを言ってしまいそうになる真。

 しかし美玲が真の言葉を打ち消すように続けた。


「あの、彼、いえ、私は〝彼女″の助手といいますか、サポートといいますか、なにせ情緒不安定なところがありまして、でも、実力は凄いんですよ? 信じてくださいっ!」

 大きい美玲が何度も頭を下げ、信じてと懇願する。

「あの、そんな、頭をあげてください。ええっと……ミレイ殿、でしたわね? 立派な魔導士様には何人ものお弟子さんや助手がいるのは当然のことですわ。それに、立派であるからこそ、いろいろ思うこともおありなのでしょうね。サポートする人がいるのも納得できますわ。それに、マコト殿はとても謙虚で慎ましい方のでしょうね。わたくしは信じますわ。それでよくって?エレン」

 プリシアの視線がふたりからエレンへと流れる。

 彼女がそう決断したことに意義を申し立てることは、そうそうできない。

 ここは様子見ということで受け入れるのが賢明だろうと考えたエレンは、かしこまりましたと頭を垂れた。


「そうと決まったら、おふたりにはお着替えをしていただかくなてはなりませんね。とくにミレイ殿はお召し物がかなり汚れてしまってますわ」

 言われて自分の身なりを確認して気づく。

 白いシャツはとくに汚れが目立ち、スーツの袖やボタンなどがほつれていた。

「わたくしのドレスが合えばよいのですが……」

 と、プリシアが美玲を見上げる。

「仕立て直すより、体にあったものを買った方が早そうですわね」

 とほほ笑んだ。


 一瞬、美玲は夢を見た。

 プリシアが着ているレース調のふわふわとしたドレス、明るいカラーで仕立てられたそれらを着ることができたら、似合う体型なら……と。

 だが、すぐに似合わないことだと現実に戻る。

 申し出に異議を唱えるより、姫が先に別の決断をしてくれたことに感謝した。


「マコト殿でしたら、わたくしの服が着れそうですわね」

 プリシアは真の方をチラリと見て目を輝かせた。

 真としても彼女が着ているようなヒラヒラふわふわした服に興味がないわけではない。

 彼女ほどとまではいかずとも、それなりに似合っているはずだと自負している。

 しかし、その申し出を彼なりに丁重にお断りをした。

「せっかくだけど、その格好だと動き難そうだし」

「あら、そうでしょうか? でも、マコト殿のお好きな服をお召しになった方がよいわね」

 プリシアは強要せず、真の意思を尊重した。

 真は元の世界で着ていたセーラー服を気に入っており、汚れて着替えなくてはいけないことを考え、同じものが欲しいと言ってみた。

 姫はすぐに仕立て屋を呼びましょうと承諾、横でエレンは甘やかしすぎですと厳しめに諭すが、「必要なことよ」とエレンの進言を退けた。


 すぐに町の仕立て屋が多種多様の布や既製品を持参で訪れた。のだが……

 「待て!オレは自分でやる!自分でやるから、サイズの書き方だけ教えてくれ!」

 真は大きな布にくるまり、仕立て屋に対して体を隠した。それもそうだ。ここで男だとこっそり伝えられてしまっては、夢のハーレム計画が崩れてしまうのだから。

 体を見られたくない、と必死に頼み込んだ真は自分でサイズを測り、仕立て屋に新しい服を作ってもらうのだった。


 仕立て屋達は、流石は一国の姫が呼んだ者達だけあって、手早く服を作ってくれた。



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