第一章 四話
少女は騒然としている東郷の街を人と人との間を掻い潜り走り続けている。袴姿とはいえよく整備された大通りを革靴で駆けているためそれなりの速さで走れていた。しかし、そのためにはその袴を限界まで(恥じらいとしての)たくし上げなければいけなかったためその姿は人目をひき、大通りであれば人混みに紛れ追手をやり過ごせるという目論見は失敗していた。
後ろを振り向く。追手の二人の男は人混みに揉まれながらも着実に少女との距離を縮めていた。何度も交差路を曲がり追手との距離を離そうとするも人通りが多いと自分は進めず、少なければ近づかれる。追手と共に焦りと諦観が迫るのを感じる。それでも、ただひたすらに走るしかなかった。
また一つ交差路を曲がる。
「!!」
しかし、眼前にあるのは道ではなく壁。少女はぶつかるまいとその勢いを急に殺したため地面に転がってしまう。痛みを堪えて立ち上がる少女の前には自分を追っていた二人の男が立ち塞がる。荒い呼吸を整え怒りと押し殺しつつ少女の腕を乱暴に掴む。
「こい」
ーー終わったーー
涙すら流れず視界が明瞭でありながら暗く塗りつぶされるのを感じた。
「誰か……」
あまりにも小さく誰にも届かぬ声であった。
「助けて……」
それでも、少女の声から溢れ出た。
すると二人の男のうちの一人少女の腕を掴んでいない方の男が突然膝から崩れ落ちる。少女と男がそちらに目を向ける。その途端男は左の頬を殴られ少女の腕の拘束を解く。
「行くぞ!」
突然の状況に困惑する少女に目の前に現れた少年は少女の手を掴みまた東郷の街へと駆け出す。
「あなたは?」
この少年が先ほどの男たちの仲間ではないことはわかった。だからといって信用できるわけではなくまたべつの“なにか”が自分を狙っているのだと思っていた。
だから少年の答えは思わぬものだった。
「俺は英弌。英雄になる男だ