第一章 三話
英弌は肩を落とし暗い顔をしながらとぼとぼと街道を歩いている。昨日警察から解放され沖田と共に下宿先の大衆食堂『あすみや』に向かい、沖田がことの次第を店主である明日子に話し終わると明日子は「頭を冷やしなさい!」とたらいの水を英弌にぶち撒き、竹箒を脳天めがけ振り下ろさんとした。警察である沖田も突然の状況に唖然としながらも『あすみや』の店員とともになんとかその場を収めるのであった。
英弌が警察から帰ってくるたび水ではなく小言の一つや二つ浴びせてくるのだが今回は完全に堪忍袋の緒が切れたようで、「次にそんなことしたら出ていってもらいます!」と啖呵をきられてしまった。しかも、先ほど奉公先の港に向かうや否や暇を出されてしまいまさしく踏んだり蹴ったりと言ったところだった。
しかし英弌は昨日のことを後悔など一切していないのである。むしろ誇らしいとさえ思っていた。目の前の誰かを救い後ろにいる人々を守る、そんな英雄となることは彼にとって子供のころからの夢なのであった。もっともいまの英弌は下宿も追い出されかけ職もなくふらふらしているだけなのだが。
そんな気の抜けた英弌の後ろから女が脇目も降らず走り去っていく。あまりよく見れなかったがおそらく年は英弌より少し若いくらいだろう。何なんだと思う間もなくまた後ろからふたりの男が英弌を抜き去っていく。去り際に「あの鼠女が……」と悪態をつくのを聞く。
なるほどな、と察する英弌の顔に再び生気が宿る。
街の爺達が言っていた、時代は変わったと。年号は明尓にかわり、江都は東郷となりって異国のような建物が増え、牛の肉を食べるようになり、士族でなくてもあるヨロイを甲着れるようになったこと。
だけど、変わらないものだってある。
悪を為すものと、それを食い止めるものがいるということだ。
英弌の脚は地面を蹴り出す。