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第九話です。

ケース4:やすだかずと(1/2)


ピンポーン



田中「ぼくさん、4日連続無断欠勤ですよ。いい加減にしてください。」

ぼく「・・・」



田中「はいりますよ。」


 ガチャリと、懐かしい玄関の扉を開ける。そこから漏れた光にぼくさんがうっすらと照らされる。よかった、はやまった真似はしていないようだった。

 職員が対象者に入れ込んだり、独特の空気にさらされて自身がふさぎ込んでしまうことは少なくない。


田中「いるなら返事してください。」

クロ「にゃーん」


小さな黒い猫が私にすり寄る。かわいい。


田中「なにもしなくてもいいので、出勤だけしてください。」

ぼく「・・・」

田中「行きますよ、着替えて出てきてください。外で待ってますからね。」

クロ「にゃーん?」


 そういって黒猫を軽くなでると、ぼくさんの方に黒猫は駆け寄っていった。



 しばらくして、内側から扉が開く。スーツを着こなしたぼくさんには、以前のような覇気はなく、出会った頃よりみすぼらしく見えた。


田中「車、停めてますので乗ってください。」

ぼく「・・・はぃ」

田中「今日は経過観察だけですので、ぼくさんは何もしなくてかまいません。」



 一通り仕事が終える。ぼくさんの覇気はまだ戻ることはない。少しずつでも元気になればいいのだが。そしてぼくさんと別れる。

 私がしてあげられることはない。閉ざされた扉を開くのは閉ざしてしまった彼自身にかかっているのだ。



 翌日、今日は迎えに行かずともきちんと出勤してくれた。私は心底ほっとしていた。


田中「ぼくさん、おはようございます。」

ぼく「おはようございます・・・」

田中「早速、訪問の予定が入っているので車に乗ってください。」

ぼく「・・・はぃ」


 車に乗り込むと、今日の対象者の確認をする。今回も経過観察だ。ぼくさんのこともあり、新規対象者はほかの職員に任せきりにしていた。


田中「今日は『小畑とおる』さんの経過観察です。一か月前の面談ではアルバイト先から正社員雇用していただけそう、という話でしたので結果の確認がてらってところですね。」

ぼく「・・・はぃ」



ピンポーン


小畑ママ「あら、いらっしゃい!時間ぴったりね。」

田中「一か月ぶりですね。失礼いたします。」



小畑ママ「とおるー!JNROの方が来たわよー!!」


 客室に案内されると、お母様がとおるさんを大きな声で呼び出す。するとドタバタと急いでとおるさんが階下に降りてくる。


とおる「あー、ごめんなさいwちょっと筋トレしててw」

田中「いえ、その後の経過を伺いに来ただけですので、順調なようならすぐ終わります。」

とおる「かなり順調ですよ!もうアルバイトじゃないですからね!!」


 初めて訪問した時のとおるさんは見る影もなく、明るく快活な青年になっていた。アルバイト先から業務態度がとてもいいと、正社員雇用してもらい、恋人までできたんだそうだ。ぼくさんがいなかったらこんなことにはなっていないだろう。

 Nレベルは一度上昇し始めるととどまることは知らず、上昇速度は落下するように早い。


とおる「『にーとまん』がいなかったらと思うと、俺はここまで走りだせなかったでしょうねw」


 冗談交じりにとおるさんがぼくさんを見る。

 私も二回目の訪問の後、なにがあったかをぼくさんが話をしてくれたので、言葉の意味は理解している。しかし、当の本人は何も聞こえてなどいないようにうつむいていた。



 帰り際、とおるさんに質問を受ける。


とおる「ぼくさん、なんかあったんですか?」

田中「・・・いえ、今日は体調が悪いみたいで。」


 正直に話そうか迷ったが、伏せておいた。しかしとおるさんは何か察したらしい。元ひきこもりどうし、何かシンパシーのようなものでもあるのだろうか。


 とおるさんはぼくさんに向けて声を届ける。


とおる「にーとまん!!最速のコバルトブルーはもう止まらないぞッ!!!」


 成人男性が吐いていいセリフではない。はたから見れば病的で、人目もはばかられるような言葉をとおるさんは恥ずかしげもなく、ぼくさんにぶつける。


ぼく「・・・」


 少しだけ、ぼくさんは笑っているように見えた。この二人にとっては意味なんてない、こんなセリフがなによりも伝わるのだろうか。私にはわからなかったが、とおるさんにぼくさんを会わせたのは正解だったかもしれない。



 事務所に戻る途中、ぼくさんのほうから会話してきた。


ぼく「田中さんは、以前に対象者が自殺したのがきっかけで、そんなにも無感情なんですか・・・」


 私は、そうだ。と嘘でもいいから言ってやるべきなのだろうかと一瞬逡巡するが、正直に話した。なぜだか話さずにはいられなかった。


田中「いえ、私は昔からこうですよ。」

ぼく「なんでそんな無感情でいられるんですか・・・」



田中「私は小学校の時、いじめを受けていました。」

ぼく「・・・え」

田中「泣いても泣いても誰も助けてなどくれませんでした。泣けば泣くほどいじめはエスカレートしました。」

ぼく「・・・」

田中「いつからか、私は泣くこともできなくなりました。」

ぼく「・・・」

田中「壊れたおもちゃで遊ぶ子供はいません。おかげで私はいじめられなくなりました。」

ぼく「・・・ごめん」


 話してしまったのを少しだけ後悔する。こんなにボロボロのぼくさんに何を求めているのだ、私は。当然、ぼくさんはその後も何も言わず、黙りこくってしまった。



 業務が一通り終わると、お疲れさまでした、そう小さくつぶやいてぼくさんはとぼとぼ帰っていった。


 壊れてしまえばいいのだ、なにもかも。この過去も、JNROも。私すら「更生」できないくせに。何一つ揺らがない。目の前で誰が死のうと、もう何も。

 私はいつもこうだった。






ぼく「おつかれさまでした」

田中「お疲れさまでした。」


 二週間もすれば徐々にだが、普段のぼくさんに戻ってきたような気がする。そしていつも通りの日常が終わる。


 対象者を見ていると私は落ち着く。人間はみなそうだ。自分より下の人間を見れば安心する。私をいじめていた人もも安心したかっただけなんだろう。私を下に陥れることで。

 私をいじめていた人たちにもう恨みはない。ただただ、自分に吐き気がするのだ。


???「あれ?もしかして田中さんすか?」

田中「ええ、そうですが。」


 聴きなれないが聞き覚えのある声に私は振り返る。ぼくさんの元アルバイト仲間のバイトさんだった。


バイト「ひさしぶりっす。といってもそんな話したわけではないすけどね」

田中「バイトさん、お久しぶりです。」

バイト「二宮さんのこと、JKが辞める時、店長から聞きました」

田中「そうだったんですか・・・。」


バイト「ぼくさんは大丈夫っすか?」


 意外だった。バイトさんからぼくさんを心配するような言葉が出るとは思わなかった。バイトさんと顔を合わせたのはほんの数回だった。それでもぼくさんに対して良く思ってないのだろうという感じが伝わってきたからだ。

 思わず質問を答えるより先にそこをつついてしまう。


田中「ぼくさんのこと、心配されているんですか?」

バイト「あたりまえでしょう。あの人ほんとうに無能なんすから」

田中「あまりよく思われてなかったんじゃなかったんですか?」

バイト「え?そりゃあ、あの人何でも自分とやろうとしてミスるし、自分の仕事じゃないのに勝手にミスって謝ってんすから、よくは思ってなかったっすよ。」

田中「・・・。」

バイト「しまいには俺の仕事まで取り始める始末でしたし。おかげで俺のシフトまで減らされて、給料泥棒っすよ、ありゃあ」

田中「そうなんd・・・。」

バイト「まあ、でも助けられたこともあるっすよ、もちろん」

田中「なんでそこまで・・・。」

バイト「あの人、他人でも自分の感情にすぐ投影しますから、少しでも頼るとめんどいんすよ」


 だから嫌いになれないんすけどね。と笑うバイトさんを見て、二人の意外な一面が見えた気がした。


 バイトさんにぼくさんのあれからの様子を伝えて、大丈夫そうだと安心したのか、バイトさんは笑って去っていった。






田中「今日はこちらの方ですね。『安田和人』さん。中学1年生ですね。両親は共働きで、父は派遣会社員の転勤族で母はパートで働いています。」

ぼく「はあ・・・」

田中「対象者が小学校までは父親が転勤するたび、転校を重ねていてクラスになじめず、小学校5年生の時から不登校のようです。」

ぼく「そうですか」

田中「今は母親の実家に住み、中学校に入学して2か月間は通学できたが、同級生のいじめにより現在まで不登校。」

ぼく「なんともおもわないんですか・・・」

田中「今更ですよ。原因が明確ですし、スタンダードで対応しやすいです。」

ぼく「そうですか・・・」


 いじめが原因の不登校はそれ用に対策マニュアルがあるほどケースが多く対応がしやすい。私が勤めてきてから更生対象者の半分ちかくがいじめが原因の不登校児だ。




ピンポーン


 安田家に到着すると祖母が相手をしてくれた。どうやら、小さいころから両親がまともに育児をすることはなく、安田和人くんは出来合いのものを与えられ育ってきたようだ。それ自体、共働きの家庭では別段問題ではない。DV等は受けていないようで安心できた。

 あとはマニュアルに沿って行動するだけだ。ケースに合致しているとプログラムは本当にスムーズに進む。


田中「和人くんは今の中学校には通わせず、フリースクールに通わせる方針になりますね。」

祖母「はい・・・お願いします」

ぼく「・・・」


 過去の例と同じような流れでことを進める旨をおばあ様に伝える。後日、日を改めて伺うと伝え、安田家を後にする。



ぼく「いいんですか、あれで」

田中「?いつもの流れですが?ぼくさんも前に同じようなケースを担当しましたよね。」

ぼく「そう、ですけど」


 今日のぼくさんは何かと突っかかってくる。でも声も出さず、となりで暗い雰囲気を出されるよりかはましだ。ぼくさんのことも快方に向かっているようでよかった。






祖母「かずくーん、降りてきなさーい!」


 後日、安田家を伺うと安田和人君との面会を要求した。彼にもこれからのプログラムを知っておいてもらう必要があるのだ。たったったったっと中学生らしい軽い足音を立てながら、2階にある自室からこちらに向かってくる。

 いじめを受けた子は一目でわかる。周りすべてにおびえ、光を寄せ付けないような瞳をするのだ。


田中「はじめまして。あなたが安田和人くんですね。これからよろしくね。」

和人「よ、よろしく、お願いしま、す」オドオド

ぼく「ッ!?」


 自己紹介をすますと、さっそくプログラムの説明に入ろうとする。しかし、ここでぼくさんが興奮気味に口をはさむ。


ぼく「ブフォオ!wwwちょっ!それ!!『ぬぷらとぅーん』の数量限定Tシャツ!!!」

和人「うぇ・・う、うん・・・」

ぼく「おいちゃんそのゲーム大好きなんだぁ!!は、初めてみちゃった!!それファンの間じゃあ100万超えるよぉ!?」


和人「おじさんもやってるの?『ぬぷらとぅーん』・・・?」

ぼく「フヒヒッwQED帯の殺人ピエロたあ!オイラのことよっ!!ww」

和人「え、ほんと!?ぼ、僕『YTUBE』の動画めっちゃ見てる!!」

ぼく「ピエロチルドレンを増やしちまったってわけかい、ぼくも業が深い・・・ww」

和人「ねね、今度一緒にやろ!!!ね!!!」

ぼく「フヒヒッwwこの殺人ピエロのサーカスにちびるなよぉ??ww」


 私はただただ唖然としていた。話についていけなかったわけではない。

 『ぬぷらとぅーん』は国民的ゲームで若者で知らない人は少ない。プレイしたことはないが、ゲームに疎い私でさえ名前は聞いたことがある。ただ二人の狂信的なまでの熱意に唖然としていた。


 そんなこともあり、対談は満足に行えなかったが、和人くんにはおおむねの流れは伝えることができたと思う。




ぼく「いやあー、和人くん、ありゃ化けますよwww」ニチャ…w

田中「ぼくさんゲームしてただけですよ、今回。」

ぼく「うぇ?ま、まあまあw田中さんもやらない?『ぬぷらとぅーん』ww」ニチャア…w

田中「ゲームはやりません。」

ぼく「フヒヒwwだよねwww」フヒッwwwフヒッwww



すっかり回復したかと思えば、前のぼくさんより気持ち悪さが倍増したかもしれない。しかし、Tシャツ1枚であんなに元気になるとは思わなかった。

人間はわからないものだ、ぼくさんはとくにわからない。


つづきます。

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