第八話です。
ケース3:にのみやたいち(2/2)
十日後、佐藤から電話が来た。
どうやら、3日ほど無断欠勤が続いているらしい。経過観察は減らしていたから前回から顔を合わせていない。少しだけ胸騒ぎがした。予定していた業務を後回しにして田中さんと二宮さん宅へ向かう。
ピンポーン
返事はない。
ピンポーン
ドアノブに手をかける。ガチャリ、と驚くほどすんなり玄関の扉は開いた。
ぼく「二宮さーん!!!入りますよー!!!!!」
嫌な汗をかいているのがわかる。なぜだか心臓が破裂しそうなまでに脈を打っていた。カーテンは閉め切られ真っ暗な部屋の明かりをつける。
約二か月前、大掃除されて殺風景になった部屋には男が天井からロープでつるされていた。
ぼく「!!??二宮さんッ!!!!!!!」
パニックになる。はやく降ろさなきゃ。冷たく固まったその男性の首を絞めつけるロープをぼくは必死でほどこうと試みる。
ほどけない。ほどけない。ほどけない。ほどけない。どうして。どうして。どうして。どうして。ほどけない。ほどけない。ほどけない。ほどけない。どうして。どうして。どうして。どうして。ほどけない。ほどけない。ほどけない。ほどけない。おろさなきゃ。ほどけない。つめたい。どうして。ほどけない。おろさなきゃ。なんで。つめたい。おろさなきゃ。ほどけない。どうして。どうして。ほどけない。ほどけない。ほどけない。ほどけない。ほどけない。
焦りと恐怖で汗が止まらない。目がかすむ。
田中「ぼくさん・・・。」
そういってのぼくの腕をつかむ。
ぼく「たなかさん!!にのみやさんが!!!にのみやさんが!!!!」
田中「ぼくさん。二宮さんはもう亡くなってます。硬直が始まってます。それにものすごい腐臭ですよ。」
ぼく「なにぃって・・・るの・・・・・・?」
田中さんのか弱くも力強い握力がぼくを現実に引き戻す。同時にアドレナリンで緩和されていた腐臭が鼻につく。ここに初めて足を踏み入れた時とは比にならない異臭に吐き気を催す。急いでシンクに胃の内容物をすべて吐き出した。
田中「とりあえず、警察に連絡しましょう。」
なんでこんなにも冷静なんだ。なんで二宮さんが死ななきゃいけなかったんだ。ぶつけようのない怒りに襲われる。
ぼくはその場に崩れ、怒り、悲しみ、疑問、人の持つすべての感情がぐちゃぐちゃに入り混じり、わけのわからない感情に苦しむことしかできなかった。
ぼく「うああああああああああああああああああああ!!!!!!」
田中「・・・。」
警察が到着すると、第一発見者として後日、聴取する旨を伝えられ、帰らされた。
後日ぼくと田中さんに事情聴取が行われた。遺書がきっちりと書かれていたため、事件性はなく、事情聴取は息のつく間に終わった。その遺書を見せる親族がおらず、遺書にぼくら二人に見せてほしいということが記されていたため、遺書の内容を特別に見せてもらうこととなった。
内容はドラマで見るようなありきたりな内容だった。一つだけ違ったのは、ただただ涙が止まらないということだけだった。
遺書と共に置かれていたぼろぼろの20万円きっかりの通帳は、母が残してくれたなけなしの遺産だったと遺書に書かれていた。
・・・だが一つだけ納得できないのは自殺の動機だった。人間の本心なんて完璧に把握できるものではないかもしれない。それも数か月程度で。それでも。
「仕事がいやになった」・・・?ありえない。なぜだかそれだけは確信できた。
佐藤やアルバイト先の従業員には本当のことは伏せた。新しく正社員雇用先を見つけたからとあしらっておいた。もちろん葬式なんてやる金はどこにもなかった。
なぜだか二宮さんが住んでいた部屋に足を運んでしまう。今日は田中さんもいた。
田中「ぼくさん・・・。」
ぼく「・・・なんていうか、似てたんですよ。ぼくと」
田中「・・・。」
ぼく「同じ痛みを知ってたんです。どこで間違えたんですか。ぼくは。」
ぼくは瞳に涙をいっぱいにためながら、田中さんの前で泣くまい、とこらえていた。しかし、声は震えは止まることはなく、田中さんにはバレバレだっただろう。
すると、上ってきた階段のほうから場違いな明るい声が聞こえた
??「あれ?ぼくさんと田中さんじゃないですかあ!何してんですかあこんなとこで?w」ニコニコ
JKだ。なぜこんなとこにいるのかを聴きたいのはこっちだった。まさか二宮さんが亡くなったのが、ばれてしまったのだろうか。だとしたら、正直に話そう。心配してきてくれたのなら二宮さんも報われるってものだ。
田中「JKさんこそどうしてここに?」
JK「聞いてくださいよぉwうちいw二宮さんにセクハラされたんですう!w」
ぼく「え・・・?」
JKはそういうと嘲笑に近い笑い声とは裏腹に、両手で目をこするようなしぐさを見せる。
JK「ちょおっと仲良くしてあげたらぁw二宮さんてば本気にしちゃってぇww」
ぼく「・・・」
JK「誰があんなキモイおやじと付き合うかってのww田中さんならわかるでしょお?ww」
田中「・・・。」
最初は抑えていたのだろう、かわいげのあった笑いは完全に嘲笑に変わり、徐々に品がなくなっていく。
JK「それにちょおっと誘惑したらぁ、胸触ってきたんだもんwwきんもいよねえwww」
JK「ちょっとお金に困ってたからぁ、お金くれたら黙っててあげるって言ったのww」
JK「そしたら急に来なくなっちゃってwwwびっくりだよねーwww」
JK「んでアルバイト先で二宮の履歴書みつけてwwお金だけもらいに来たわけww」
なぜこんな時にそんな疑問を投げかけたかはわからない。ただ理由もなく弱々しい声でぼくはJKに質問する。
ぼく「いくら・・・?」
JK「えーww軽く20万www」
ぼく「ッ!!!!」
JK「え、なになにwぼくさん怖いんですけど?wそんな睨まないでよww」
JK「女子高生に手出すあっちが悪いでしょwww」
家賃滞納のためにバイト代は稼ぎの半分もなかっただろう。胸の奥にどす黒い感情が湧きあがる。
母親が遺してくれたお金を使えば、死ぬことなんてなかったはずだ。
しかし、この女にとって軽い20万を命を懸けて守った男のことを思うといたたまれない。だが、ぼくはなにもできない。ぼくにはJKを罰することも、二宮さんの無念を晴らしてやることも。
JK「てか二宮いないの?ww二人してドアの前に突っ立ってるけどwww」
ぼく「二宮さんは死んだよ」
JK「は?wwぼくさんマジきもいんですけどwwwねえ田中さん?ww」
田中「二宮さんは一週間前、お亡くなりになりました。」
JK「あ、あんたらキモwwグルになってまでなにがしたいんだよwww」
田中「事実、この部屋にはだれも住んでいませんよ。」
JK「・・・な、なに?ウチが悪いっての?は、はあ?」
ぼく「・・・」
JK「いや!触ってきたのあっちだし!示談だよ!?じ・だ・ん!なんも悪くなくない?!」
ぼく「・・・」
JK「は、はあ?なによ、あんたら。このくらい誰でもやってるかんね?あー気分悪いわ」
そういってアパートの階段の隅に唾を吐き捨てJKは帰っていった。ぼくはどうしようもない無力感に襲われていた。そして地べたに崩れ、また叫ぶことしかできない。
ぼく「うああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
こぶしを床に叩き付け、怒りを露わにする。そして落ち着けば大きな虚無感に襲われる。
田中「やはりでしたか。」
ぼく「知って、たんですか。あいつがあんな奴だってこと」
田中「いえ、女の勘です。」
ふざけていったのではないだろう。田中さんが口にするとは思えない非科学的な単語に笑いがこぼれる。乾ききった笑いが。
ぼく「たはは・・・はは、あはは・・・」
田中「なぜ、通帳の20万円、使わなかったんですかね・・・。」
ぼく「ッ・・・ぁぁあああああああああああ!!!」
渇いた笑いはまたどうしようもない叫びに変わる。田中さんはお金なんかよりも二宮さんの命を優先してほしかったんだろう。心なしか田中さんのその声は震えているように聴こえた。
ぼくが最初に通帳を拾い上げた時、二宮さんがぶつけてきた感情は、金なんてチープなもののためじゃなかったのは間違いなかった。
・・・こんな結末ってあるかよ。
どうりで納得いかなかったわけだ。不本意にもJKのおかげでストンと腑に落ちたような気がした。
同じNレベル5として確信できる。
彼は自尊心やお金じゃない、母の生前、何もできなかったクズの自覚があったからこそ、きっと最期に遺してくれた愛情をなによりも守りたかったのだ。
ぼくはもう誰もいなくなった部屋の前で涙を流し続けた。
つづきます。




