裁判所と呼ばれる家で⑧ 7/2019に向けた、ある年の10月より(完結)
翌日、彼女から僕のスマホに電話がかかってきた。
義父から電話番号を教えてもらったと言う。
新幹線のホームで、いまから東京に戻ると告げられた。
ホーム特有の、人混みのノイズが電話の向こうで混ざっていた。
彼女の声は、鉢を届けた日より、明るくて軽かった。
びっくりさせてごめんなさい、とやや高い声、
でも、と言葉を続けると、一呼吸置いた。
「そんなに気にしないでくださいね。」
「いや、気にしますよ。僕何も知らなくて、すみませんでした。」
「なんで? 謝らなくていいのに。
たかが涙ですよ? 私のは体質みたいなものですし。
食べるとか、眠るとか、同じカテゴリですよ、泣くって。」
背後では、妻が店先の作業台で、花の手入れをしている。
よく見ると、花束を作り始めていた。
妻は一人っ子だからなのか、ひとりで能動的に仕事をみつけたりつくるのが上手だ。
無駄もないし、ミスも少ない。
電話している僕を気遣ってか、
(白いバラを6本)って、店先から口パクで僕に合図した。
妻の顔色が見れるんだから、唇を読むなんて朝飯まえだし、
この夫婦間コミュニケーションは結構役に立つ。
人混みの駅とか映画館とか、
妻がチューブを喉に繋いでいるときとか。
僕はガラス張りの保存庫に入った。
電話の声は漏れないし、白いバラは鮮度保持のために保存庫にしか置いていない。
さあ、店先にいる妻に渡さないと。
「いやあ、涙なんて、免疫がなくて。 僕、自分の奥さんの泣く姿もみたことないのに。」
答えながら、状態のすこぶるいい6本を選ぶ。
茎は強く、花弁には艶があり、つぼみが固く閉じたものも含めてバランスよく混ぜた。
白バラは、野生で育てても養殖しても、その白さは変わらず、力強くたくましく輝く。
「そうなんです? 社長は娘が泣き虫で困る、ってよく笑ってるけど。
お嬢さんもうひとりいらっしゃったんですね。知らなかった。」
久しぶりに花で指を切った。
茎を握りしめるなんて、バイトでもまずしない。
白いバラには、数は少ないけどトゲがあった。
華奢な首にトゲなんて、罠みたいですごく嫌な気分だ。
握りすぎて、折ってしまった茎を、その場で床に落とした。
ツルン、ストン。
暗い灰色のコンクリート床に、白バラが2本落ちた。
「また来年の夏にはこっちに戻りますから。 その時にご挨拶にまいりますね」
指の腹から数か所、赤い血が真珠みたいに、ぷっくり滲んだ。
痛い。
思いのほか、トゲは深く刺さったみたいだ。
電話の向こうから、新幹線の到着する音がきこえた。
(おしまい)
また新しいエピソードでお会いしましょう。
Thank you for your time and attension.
My new story is coming soon and looking forward to seeing you again, here.
来月の文学フリマ九州で出店します。
九州でお会いしましょう!
ていうか、おそらく新しい出会いがあり、それをここで書く、っていうスパイラル?




