第壱話 痛む記憶
授業というものは退屈だ。
そのように考えながらノートに文字を書き込んでいく。
結衣は特別真面目な生徒ではない。何処にでもいる平均的な女子生徒。友達はそれなりにはいる…と思いたい。友達ってなんだろうなー、と阿呆なことを考えながら、手を、動かす。
先ほどから此方に届いている視線を、できるだけ無視して、手…を………。
さすがに我慢ができず視線が飛んでくる方向、隣の席を見ると無表情で此方を見つめているる子と目があった。まさか相手が自分に視線を向けるとは予想してなかったらしく、慌てた様子でその子は前を向いた。すこし、不思議に思いながらも結衣も黒板の字を書き写すため、前を向く。
国語の先生が何時ものように脱線する長話しを話し始めたのでしばらく聞かなくても良いと判断し、結衣は此方を見つめてた女の子について考えることにした。
今日の朝になって急に転校生が来ると先生から知らされ、クラスは湧いていた。しかし、その騒ぎも学年主任兼担任の小野先生が一喝することにより収まる。
そこで入ってきたのは、女子中学生の平均的な身長よりかなり低めで、黒い髪を肩ほどまで切り揃え切れ長の目をした女の子だった。特徴的なのは何等かの髪飾りを身に付けていることだが、そこまではよく見えなかった。
伏せ目がちであったその子はどこか虚ろな目で見上げ、藤本 綾乃と名乗った。
さすがにこのまま無視し続けるのも(自分が)無理そうなので結衣は話しかけることにした。なにせ、朝からこの六時間目まで視線が隣の席から飛んできているのだ。
先生が怖いので小声で話すことにする。そして手は止めない。
「なんで私をみてたの?」
「…………」
話しかけてみるが返答はなかった。
返事がない。
ただの 無表情の女の子 のようだ。
頭に適当なテロップを流すことで寂しさを紛らわした結衣は隣の子のことを考える。
今日転校してきたばかりのその子は外見だけで言うととても可愛いかった。
ツインテールになっている濡れ羽色の髪とちょっとジト目気味な黒目、小さいお鼻にこれまた小さなお口、そして低身長。
中学生にもなってツインテールというのは子供みたいで恥ずかしくはないかと思うがその子にはとても似合っていて彼女の可愛らしさを引き立てており学校ではなかったのなら思いっきり抱き締めてお持ち帰りしてご飯を食べさせたり一緒にお風呂に入ったり寝るときに抱き枕にしたり……
などと危険な思考に入りかけている結衣の頭を起点として乾いた音が鳴り響く。
「あんた、また変なこと考えてたでしょ!」
失礼な!極めて健全な考えごとをしていたよ!と言い訳をし、結衣は頭を押さえながら後ろを向くとそこには丸めた教科書を手に持った竹中 美保がいた。
二人で言い合っているとまだ昼だと言うのにヌゥと暗い影が差した。
二人揃って『しまった』という顔をしてゆっくりと顔を上げるとそこには、こめかみに青筋を浮かべた先生がそこにいた。
「おい、後で反省文な?」
二人は揃ってコクコクと頷くしかなかった。
授業中だというのに騒いでいる二人をクラスメイト達はわれ関せずといった表情で勉強していた。しょっちゅうこのやり取りがあるせいでもう慣れてしまっていた。
後ろの二人が騒いでいるなか授業が終わり生徒が家に帰宅するなか結衣は転校生――に一緒に帰ろ?と誘うが、あまり乗り気ではなさそうだった。
そこで何を思ったか結衣は綾乃の手を掴み靴を履かせて外へ飛び出す。
「な、なにするの、結衣!?」
あまりに勢いがあり、口を出せなかった綾乃は結衣に問いかけるが結衣は、良いところに行くよ!と答えにならない返事が返るのみ。
訳の分からないまま結衣に手を引っ張られる。すると鋭い痛みが頭に、はしった。
山の麓に着き、坂をかけ上り、階段を一段ずつ踏み登り、草木をかき分けながら、ずんずんと進んでいく。進んでいく毎に頭の痛みが酷くなっていく。
しかし、声をあげることはできない。
なぜなら、着いていかないと後悔してしまうような気がするからだ。着いていかないとなにかとてつもないものをなくしてしまうような気がするのだ。
綾乃は遅れないように歩くことで精一杯だった。
「さ!着いたよ!」
結衣の声が響き、視界をゆっくり上げていくと夕焼け色に染まった美しい町並みが広がっていた。
その見慣れた景色が目に写った瞬間、綾乃はこれまで以上に酷く鋭い痛みが全身に走り倒れてしまう。
地面に倒れる直前目を見開いた結衣と目があった。