大山鳴動して鼠一匹 6
「ネクロコレクト。
それが、君が対峙した怪物の名だ。」
言守先生はまるで先ほどの自己紹介などなかったかのように、自分の話したいことを話し始めた。
耳を疑うような、詳しく追求したくなるようなことをさらりと言っておきながら。
しかしあまりにも当然のように違う話を切り出すものだから、そこにツッコミをいれることは僕にはできなかった。
「見てわかる通り猫の怪物だ。具体的に言うならば猫又の怪物だ。まぁ化け猫と言ってもいいけれど、あの二又の尻尾を見る限り、猫又という表現の方があっているだろう。
そして私は、ああいうモノのこと、怪人と呼んでいる。もちろん怪物でも別に間違ってはいないけれど、もちろん人間ではないわけだけれど。
人の形を模している以上、あれは怪人と呼んだ方が適切だろうからね。」
化け物。怪物。怪人。
まぁ結局のところ、人ならざる悪しき物、という点においては同じことだ。
常識から外れ、人智を超え、常理を逸した存在。
「猫又の怪人、ネクロコレクト。
あれはね、ここ最近この辺りに眷属を放って夜な夜な暴れていたんだよ。だから私はこういうことにならないように手を打っていたんだけれど、いやぁなかなか上手くいかないものだね。」
「アイツは、あの化け猫は、どうしたんですか?」
「ネクロコレクトなら後前田くんが追っ払ったそうだよ。興が削がれて去っていってしまったようだ。」
後前田先輩……?
何故ここで、あの生真面目ヤンキーの名前が出てくるんだ?
「ただまぁホント一時しのぎというか、その場しのぎで追い払っただけにすぎない。
やつは猫又。人を攫い喰い殺すのが本分の怪人だ。
一度目をつけた獲物を、ましてや君を見逃しやしないだろう。そのうちまた君を喰いにくる。」
「そ、そんな……! 僕はどうしたら!」
「まぁまぁ落ち着きたまえよ寧々頭くん。
そのあたりの話はこれからしていこう。君に話すことはたくさんある。」
言守先生は人差し指を唇の前に立て、静かにと僕を制する。
「君はさっき、ネクロコレクトに殺された。厳密に言えば生き絶えてはいなかったけれど、あとほんの僅かで死んでいたのだから殺されたのと一緒だ。
なのに君は今生きている。何故だと思う?」
そう。それが不思議だった。
僕は確かにあの化け猫に引き裂かれ、噛み付かれ、死んでもおかしくない傷を負った。
あれが夢や幻でもない限り、僕は今死んでいないとおかしい。
あれだけの傷を負いながら生きていられるなんて、魔法でもない限り不可能ではないか。
「まさか……」
「そう。ここでさっきの自己紹介に繋がるのさ。私は魔法使いなんだよ。」
冗談を言っているようには言えなかった。
いや、厳密に言えば冗談みたいなことをまるで冗談を言っているかのように緩やかに微笑みながら言っているんだけれど、その口ぶりだけは冗談ではなかった。
「といっても万人が想像するであろう魔法使いとは、私は違う。そういう魔法使いもいるにはいるけれど、魔法使いも色々いるのさ。
実を言うとね、創作物に出てくるような、超能力者とか霊能力者とかああ言う類の特殊な力を持つものっていうのは、全部ひっくるめて魔法使いなのさ。
全ては魔力が元になって行われる神秘。力の使い方や起こす現象へのプロセスが違うだけで、それ即ち全部魔法なのさ。
だから、妖力とか霊力とか神力とかああいうのも全部結局は魔力なわけ。
だから妖怪も悪霊も怪物も、種別が違うだけで根幹は同じ魔性のものなのさ。
というわけで全部同じ世界観でまとめられる中で、私は超能力に分類されるタイプの魔法使い。
即ち言霊使いなのさ。」
「言霊ってあの、言葉にこもってる力、みたいなやつですか?」
「そうそうそれ。私は言葉を使って神秘を起こすタイプの魔法使いなのさ。」
「じゃあ言守先生は、その言霊の力で僕を治してくれたってことですか?」
そう僕が尋ねると、言守先生は首を大きく横に振った。
「いいや。私の言霊は確かに多少の治療行為はできるけれど、死にかけの人間を瞬時に全快させるなんて真似はできないよ。」
「でも、僕は傷が治っているどころか傷痕一つありませんよ。まるで最初から傷なんて負ってないかのように。」
「うん。だから通常とは違う方法をとったんだ。普通じゃ治せない怪我を治すために。言霊の力で君を治すのではなく、言霊を別の方法で使ったのさ。
まぁあんまり遠回しな言い方をするのもなんだし結果だけズバリ言わせてもらうとね、寧々頭くん。
私は君に、言霊そのものを埋め込ませてもらったのさ。」
「言霊を埋め込む?」
常識的な一般人であるとこの僕には、それがどういう意味がわからなかった。
僕に対して言霊を使うのと、言霊を埋め込むというのがどう違うのか、わからなかった。
「私には君を治すことはできなかった。けれど、君を人ならざるものにすることはできた。だから君は人ならざるものになることで、結果としてその傷を癒すことができたのさ。」
「人ならざるもの……?」
それはつまり、僕は人間じゃなくなったと、そういうことなのか?
言守先生は、僕は一度死んだと言っていた。
それはつまり、僕はゾンビとかアンデットとか、そういう人ならざる怪物になって、今ここにいるということなのか……!?
「あ、いやーごめん寧々頭くん。私の言い方が悪かった。人ならざるものといっても怪物になったわけじゃない。ちょっとばかし人間を逸脱しただけで、君は概ね人間だよ。」
「でも、でも……! 人間じゃないって……。じゃあ僕は一体何になったんですか!」
「神、かな。」
目を伏せ、言守先生は言った。