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大山鳴動して鼠一匹 5

 目を覚ますとそこは知らない天井だった。というあまりにもありきたりなことを思い描くことになるとは思いもよらなかった。

 そう。まさに知らない天井があった。


「知らない天井に感慨を持っているところ悪いけど、目を覚ましたのなら私と話をしようか。」


 唐突に声を投げられた。

 あまりにもぶっきらぼうに思いやりもなく。

 女性の声でそう言われた。


 寝起きと突然の状況とで混乱しながらも頭を傾けると、ベットの傍に白衣を着た女性が足を組んで座っていた。

 二十代後半から三十代前半くらいの女性だった。

 白衣を着てはいるがとても医者には見えない。医者にしてはあまりにも軽薄そうな笑みを浮かべている。


「おはよう寧々頭 湊くん。一応よく眠れたかいと尋ねておこう。」


 白衣の女性は平然と言う。

 この奇怪な状況をどうやら何とも思っていないらしい。

 もしかしたら僕にとっては不思議極まりないこの状況を、この人は知り尽くしているからこそなのかもしれないが、少しはこちらの心情も察してほしい。


「おはようと言ったのだからおはようと返さないか。

 君は挨拶もできないような碌でもない人間なのかい? 今までの人生で何を学んできたんだ。

 人と人がかかわる時挨拶は欠かせないものだと、誰も君に教えなかったと言うのかい?」

「あ、えっと……すいません。

 咄嗟のことで頭が追いつかなくて……。

 えーっと、おはよう、ございます。」

「うんおはよう。まぁ厳密に言うと今の時刻は朝ではないんだけどね。」


 白衣の女性はにっこりと満足そうに笑った。

 彼女の言う通り外は暗いようだ。

 そこまで認識できるようになって、やっとここが、保健室のような場所だと言うことがわかってきた。

 僕はどうやら保健室のベッドに寝かされていたらしい。


「ここがどこで今がいつかというと、ここは君の通い始めた学校の保健室で、時刻としては深夜一時過ぎ。君はまぁ大体五時間程気を失っていたことになる。」

「えっと、それはつまり……。」

「皆まで言わないと理解できないかな。

 つまり、化け猫に襲われてから君は五時間程意識を失っていたということさ。」

「──────っ!!!」


 一気に記憶が蘇った。

 夜道に群がっていた夥しいほどの猫たち。

 そして。

 街灯の上に現れた。少女の姿をした化け猫。


 そう。化け猫だ。

 その化け猫に僕は、僕は……。


「僕は、殺されたはずだ……。」

「理解が早くていいね。そう。君の記憶は正しい。君は殺された。

 左肩口から斜めに大きく斬り裂かれ、内臓と大量の血を撒き散らして。

 それでも君は生きてるよ。安心していい。

 ここは天国じゃないさ。

 天使のような女が目の前にいても、そこが天使とは限らないと言うわけだ。」


 まさか僕が一度死んだと言う身の毛もよだつような事実と、自らを天使と形容するような自惚れた発言を同時に聞かされるとは思わなかった。

 確かに美人ではあるけれど。確かに顔は綺麗に整っているけれど。しかしこの女性からは色気を感じられないと言うか。そう言ったことに彼女本人があまり頓着がないように思われる。


「厳密に言うと殺されていない。殺されかけたと言うだけで、君は死ななかった。

 何故かといえば、君が生き絶える前に私が君を助けたからさ。寧々頭 湊くん。」


 身体には全く傷が残っていなかった。

 斬り裂かれたはずの傷も、噛み付かれたはずの傷も全くなかった。

 なので当然痛みもない。

 僕の身体は健康そのものだった。


「さて、ここからが本題というか、説明しなければいけないところというか、まぁ君の聞きたいことだとは思うのだけれども。

 何にしても話すことが多い。一先ず、君が何から知りたいのか、選ばせてあげるとしようかな。」

「えっと、それじゃあ……」


 わからないことはたくさんある。

 でも、まずこれから話す上で重要なことを聞かないと、スムーズに進まないだろう。


「あなたは誰、なんでしょう。」

「うん。順当な導入だ。その質問は確かに必要不可欠。故に勿体ぶらずに答えよう。

 私の名前は言守(こともり)たまご。この学校の養護教諭だ。

 けれどそれは所謂世を偲ぶ仮の姿ってやつでね、つまるところ何者かといえば──

 魔法使いさ。」


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