大山鳴動して鼠一匹 4
「あらまぁこいつは大変だ。今にも死にそうじゃないか。というより未だ息があることが驚きだ。
ギリギリ生きているというよりは、たまたままだ死んでいないというのが正しいねこれは。」
「彼は、助かるんですか?」
「私をなんだと思っているんだい?
こんな今にも死にそうな人間を、私が助けられるわけないじゃないか。私にそんな力はない。私は直したり助けたりするのは専門外だ。
だからこそ私は君たちに彼を見て置くように頼んだんだよ。
ねぇ? 辺見ちゃん。後前田くん。」
「………………」
「これは職務怠慢だ。約束が違う。
この子がこうなってしまったのは君たちのせいというわけだ。
この子は死ぬ。このまま死ぬ。この状態で死なない人間はいないだろうね。」
「けど、俺が来た時は既にコイツは……」
「うんうん。そうだろう。後前田くん。
君はギリギリ駆けつけることができた。
この子が生き絶える前に、ギリギリ駆けつけた。
しかしそれは死ぬ前に間に合っただけで、救うのには間に合っていない。それじゃあ意味がない。何の意味もない。
看取ることになんて何の意味もないんだ。救えなければ、防げなければ。」
「そうは言っても、私たちはどうしても駆けつけられなかったんですよ。化け猫の群れに阻まれて、その大元に辿り着けなかった。」
「想定できる事態に対して対策を打たないのは怠慢だ。
私がこの子を見ていることを依頼したのだから、君たちはいついかなる時何が起きてもいいようにしていなければならなかったんだ。
私は見ていてくれと頼んだ。それは視覚的に見ていてほしいという意味じゃなく、いざという時その身を守ってほしいという意味であることはわかっていたはずだけれど。
そういうことがわかる君たちだと、私は思っていたんだが……見込み違いだったかな?」
「まぁいつまでも君たちを責めていても仕方がない。
過ぎてしまったことは、済んでしまったことはもう変えられない。
君たちがいくら過ちを重ねようと、君たちがいくら愚か者であろうと、もう私は君たちを頼る以外の術はない。
精々、これからの健闘を祈るしかない。
だから八つ当たりはこの辺りで終わらせておくとするよ。すまなかったね。」
「……コイツは、死ぬんスか?」
「まぁ死ぬね。私もそれなりの治療行為は行なえるけれど、しかしこの傷は私の手に余る。私の力では、この子を生きながらえさせることはできないね。
だから仕方ない。仕方ないから────」
「字を与える。」
「この子に与えるべきなのか。この子がふさわしいのかどうか。
まだ吟味をしている段階だったが、こうなってしまってはそうも言っていられない。
この子が生き永らえるためにはもう、人間をやめるしかない。」
「けれど、彼の意思は……」
「知ったことか。私にそんなものは関係ない。助けてやるのだから恩を感じてほしいほどさ。
だって別に私は、私たちは見捨てることだってできるんだから。
つまるところ私たちには、この子を助けてやる義務も責任もありはしないのだから。
けれど、助ける。
義務も責任もないが、助ける。
手段と可能性があるから、助けてあげるんだ。
この子自身の意思なんてどうだっていい。」
「じゃあコイツは……」
「そうだね。これから仲良くしてあげな。可愛い後輩だ。面倒を見てやるといい。
私が助ける。私が助けてあげる。
唯一にして最後の方法で助ける。
だって、まぁ助ける義務も責任もないけれど、死なれてしまっては困るからね。
だってほら、生徒が死んだとなれば、流石に寝覚めが悪いじゃないか。」