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1: Yomi Kurenai

章タイトルは主人公四人の名前です.主人公四人は多いって評価でしたね.

ラテン語詩4行を書くために一日かかったのはいい思い出.

ラテン語詩,もともとフリガナで入力していたのですがうまいこといかなかったので併記ということで.

......The Crimson Night



社会(ひとごみ)に流されて変わっていく同級生と

 社会に出ることさえできず何も変わらない僕」



 暮内(くれない)(ヨミ)は、当時二十二歳の、どこにでもいる大卒ニートだった。

『吸血鬼に――〝吸血鬼〟に、「吸血鬼ハンター」は付き物なの』

 彼の祖母・暮内リエは百年前、そう当時の彼に言った。

『「吸血鬼ハンター」は、〝無血〟という名前で呼ばれている』

 メイド服姿で――冥土服姿で。

 彼女は「吸血鬼を無害化すること」を人生の至上の目的として八十二歳で――そう言った直後にこの世を去った。彼女は旦那とともに、「最後の吸血鬼」と生涯を賭けて闘い、最後の最期で全てを彼に託した。

 その吸血鬼は、少女の姿をしていた。

 ――「吸血鬼を無害化すること」。

 彼の選択は、自身も〝吸血鬼〟となって、彼女とともに永遠を生きて、彼女を支え(はい)することだった。


「吸血鬼ハンター」は〝無血〟と呼ばれ、それは特殊な性質をもつ人間のことを指した。

 すなわち、『〝吸血鬼〟になることは無い、たとえ血を吸われても』――略して〝無血〟。

 〝吸血鬼〟は日光・十字架・銀の弾丸・大蒜・水・聖水を苦手とし、死のような深い眠りから逃れられない代わりに、不死・不老・飛行能力と、それに加えて一つの超能力をもっていた。

 暮内宵の能力は、〝変化(へんげ)〟――肉体を自在に変形させる能力。

 一緒――暮内一緒のそれは〝時空間操作〟――世界を支配する能力。

 ……二人とも、便宜上能力に名前を付けただけで、それ故にただ端的に能力の内容を表したものになっている。

 閑話休題。

 ――しかしながら「吸血鬼ハンター」たる〝無血〟には、それらの超能力は、通用しなかった。それも〝無血〟の特殊な性質の一つ。

 ただそんな〝無血〟という存在も、百年程前――吸血鬼と〝吸血鬼〟が無害であるとされた時点から誕生しておらず――ここ五十年あまり、彼ら吸血鬼並びに〝吸血鬼〟の二人も、この地球上で視界の隅に捉えたことさえなかった。

 ただそれは、ここ五十年あまりの話であって。

 今現在の、話ではない。





 お分かりいただけただろうか。

 先程暴漢に襲われていた女子高校生を助けたのは暮内宵ではなく、暮内一緒である。

 暮内宵の〝変化〟では突然あそこに現れることも彼らを一瞬であの場から消し去ることも到底不可能である。

 つまり、女子高生を救ったのは暮内宵ではなく〝時空間操作〟をもった暮内一緒だったのである。宵は何をカッコつけていたのか。真実を明かせば激しくダサい。

「――そう言えば」

 と暮内宵はその事実から目を逸らして、東京タワーの先端に立って、暮内一緒に問う。

 服や皮膚や髪の毛その他肉体に付着した血糊は全て吸血鬼的、〝吸血鬼〟的な再生能力でまるでなかったことのように落ちていた。

「あの少女――と、彼女を助けようとした勇敢な少年は、どうしただろう」

 裸に剥かれた「陽妃」という名の少女と、現場に飛び込んできて返り討ちに遭った少年は。

「……ほったらかしにして来ちゃったけど」

 ……あの状況でほったらかしにできる彼の精神状態は――過去に、記憶に捕らわれ錯乱していたのだけれど。それでいてあんなに普通に喋られていたのは、彼も相当おかしな思考回路をもっているようである。

「まあ、大丈夫でしたよ。私が確認しました」

 恐らく暮内一緒が〝時空間操作(のうりょく)〟を使ったのだろう。

 彼女は暮内宵に肩車されながら。

「あのヘタレ少年は、結局何もせずに彼女を家まで送っていくだけでしたよ」

 酷い言われ様である。

「ああ、なら、『ヘタレ少年もあの不良少年とグルでベタな救助劇によって少女の気を惹こうとした』っていうのじゃないんだね」

「そうですね。彼は、ただの――」

 と、彼女は少しだけ、考えるような間を取った後。少し悪魔的に――吸血鬼なのに悪魔的に目を細めて微笑んで。

「ただの、少年ですよ。食べごろの」

 ……暮内宵はふぅと溜息を吐いて。

「高さが変わったところで、景色は何も変わらないな」

 東京タワーのてっぺんで――彼はぼんやりと、天を見上げて。

「月への距離も、何も変わらない」

 〝吸血鬼〟が浴びることができる最も強い太陽の光――月の光に、手を翳して。

「今日は随分とノスタルジックですね。けれどそんなことでごまかされませんけどね!」

 と暮内一緒はぷんすか怒り気味である。

「いやっ……『月が綺麗ですね』がそういう意味だとは知らなかったとか」

「そう言っている時点で知っているのがばればれです!」

「知っていたとしても、僕が〝I love you〟って意味で言ったとは限りないでしょ」

 無限かよ。

「もとい、限らないでしょ」

 その可能性も多々あるようだ。

「やっぱり女子高生がいいんですか!」

「一緒も見た目女子高生でしょうが!」

「私は見た目だけで年齢は遥かに上です!」

「自分で言っちゃった!」

「それに私は本当のところ肉体年齢は二十歳です!」

「自分で言っちゃった! ――ってかそうだったの?!」

 百年越しの真実に、彼は天の全ての光、すなわち星々に向かって叫ぶ。

「……まあ、いいや」

 そう彼が独り言のようにぼやく。

「今日は何をします? 今日は仕事は入っていませんし」

 彼女は少しむすっとしながら、ぎゅっと、太腿で彼の顔を挟む。そんなことをしても彼にとってはただのご褒美である。

「今日は……今日は、城に戻って、のんびりしない? ……今日は、疲れた」

 いつもならそのご褒美に何らかの反応を返す彼は、今日はそのご褒美に全く反応せずに、溜息混じりに、そう答えて。

「……そうですか。そうですね。私も疲れました」

 彼女も、少し不安定な彼に合わせて、そう相槌を打って。

ぽりぽりと名残惜しそうに齧っていた恥骨を、スナック菓子の要領でぽんと中空に投げて口でキャッチ、ごくりと飲み込んで――

 満月が、南中した。

 冬天の最も高い位置――それこそ誰の手にも届かないほど遠くで、正円の月が、白く黄色く眩く輝いている。

 ぽーん、ぽーんと、どこからか鐘の音が聞こえる。十二月二十二日が終わり、十二月二十三日が始まる――

 ――違和感。

 ぞわり、と二人は異変をその全身で身震いするほど感じ取る。

 空気が変わったような――まるで寒冷前線が上空にやってきてもうすぐ雨が降るときの「雨の匂いがする」ときのような、そんな微細な違和感だけれど。それは、彼ら二人にとっては、いわば天敵が現れたような、命の危機を感じるような身震いで。

 東京で二番目に高い塔の頂上から見る世界が、見る見る変化していった。

 飛行機と自動車が消滅した。タクシーやバスの代わりに車道を走っているのは、最新型の自転車タクシーと、路面電車。直方体の路面電車は、全面ソーラーパネルで覆われている。

 全ての発電所が、太陽光発電所、或いは風力、もしくは地熱発電所に変わっている。街の明かりが、五割弱になっていて――彼らが立つ東京タワー、そしてつい三十分前までいた東京スカイツリーの明かりも消えている。

 ――そんな些細な変化はどうでもいい。

「これってもしかして――」

 吸血鬼なのに、〝吸血鬼〟なのに、鳥肌が立つ。

「はい、私はこの感覚を覚えています」

 平静を装って淡々と彼女は言う――けれど、彼には、彼女が全身に冷や汗をかいていることがわかった。……太腿に汗をかいていたから。

「〝無血〟が、誕生しました」

 ……それは、短かった彼らの平穏の終わり。

「『誕生した』って――」

「ええ、そうです。これまでの〝無血〟とは全く性質が異なります――私たち以上の超能力をもった、歴代最強の〝無血〟です」

 彼女は言い切って、ふぅと一つ息を吐く。

「それは、……もしかして」

「はい。彼女です」

 彼の質問に、彼女は一言。そして彼女は目を伏せて、見上げる彼と目がぱっちりと合う。

「じゃあさ……」

 彼も冷や汗をたらりとこめかみの当たりから流し、まるで小学生のようにまた質問をする。

「この風切り音ってまさか、彼女?」

 一緒は――今度は何も言わずに、月を指差す。澄んだ空気を淡い光に染める、月の中心に。

 黒い人影。

 一緒たち二人の視線と満月を一直線に結んだその上に――計算したのだろうか――しかしながら一緒たち二人よりも遥かに高い位置に、その人影は立っていた。

あかたもそこに足場があるかのように――日本の冬特有の澄んだ空気の中に背筋をぴんと伸ばして凛と立つその姿から、その女性の性格が垣間見える。

 背中には、彼女がそこにホバリングしている理由であるらしい、黒光りする、横広な二等辺三角形の翼を背負っている。少なくとも、二人からはそのように見えた。

 両翼五メートル――すなわち肉体から翼先端までの距離が五メートル程の、B―2ステルス戦闘機の特徴的な、機能的で、それでいて見目麗しい翼――轟々と、搭載されたエンジンファンの音が近隣に響いている。

 あまりファッション性はない、シンプルに機能的な銀色の眼鏡。彼女の右手側の肩甲骨辺りで北風に揺らめいている一本の三つ編み――左手側の三つ編みは、あのとき切り離されたまま。髪の毛の色素が先程よりだいぶ減っていて、黒々としていたそれが今では薄茶色四号(サンドベージュ)である。

 そして「エンジェルリング」――綺麗な髪の毛の人に浮かぶ光のラインではない――物理的なメタリックシルバーの輪が、SF映画で機械を制御するリングのように、人間とアンドロイドを区別するように、彼女の頭上に浮かんでいた。

 服装は、どうやら高校の制服らしいセーラー服に、下はパンティストッキング。

 巨乳。

 靴も高校指定のローファーのようである。

 そして巨乳。

「なぜ二回?!」

 否応なく、彼の脳内には、先程の逸脱し露出した彼女のちく――

「やめろ僕の煩悩! あと八日で除夜の鐘だ!」

 ――防寒具は着ていない。そしてもう彼女を襲う暴漢もいない。

 そんな彼女は。無表情に平然と――しかしながら決然と、そこに君臨していた。

「はい、先程私たちが助けた、受験生の女子高生――赤井陽妃(あかいユウキ)という名の、恋する女の子です」

 逆光だったが、夜目が利く二人にははっきりと視認できた――赤井陽妃が蠱惑的な――小悪魔的な笑みをその顔に浮かべるのを。

 陽妃の目は、ギラギラと光っていた。





 ――まるで、夢を見ているようだった。

 否――夢を、見ているのだ。

 体が軽い。絶対に逃れられない重力から逃れて、空を――空を……?

 なぜ、自分は空を飛んでいるのだろう? ……ま、いいか、夢だし。

 夢の中で状況説明を求める方がおかしい。

 なんでもできる気がする――どんなことでも、できる気がする。

 彼が目の前で、私を見つめてくれている。私を。私だけを。

 彼の気が、彼女に集中している。

 夢なら醒めないで――

 現実なら、褪めないで。

 けれど彼女は悟ってしまう。直観的に、直截的に、理解してしまう。

 自分と彼が、相反する存在であるということを。

 まるで世界改変能力をもった少女の監視役の超能力少年のように。

『解ってしまうのだからしょうがありません』

 解ってしまって、どうしようもないのだ。

 自分は〝無血〟――彼は〝吸血鬼〟。

 自身の特性と、その意味――その、真意。





「な……」

「宵、テンパりすぎです」

 さすがは大卒でニートになった彼である。些細なイレギュラーでも見事な動揺を見せる。

 まあ、この事態はそんな些細なイレギュラーではないのだけれど。

 死後硬直かというほどに呆然と固まった暮内宵に、暮内一緒は呆れつつ声をかける。

「だからあなたは大卒で」

「今その話する必要ある?」

「ちょっと黙って落ち着いてください!」

「何この敵意?! 僕たちあの子に何も悪いことしてないのに! むしろ助けたんだよ?!」

 お前は何もしてないけどな。

「黙りなさい」

「はい……」

 珍しく血相を変えて彼に怒る彼女は、旦那に怒る嫁のようで、彼女に怒られてしゅんとする彼は、「待て」と命じられたのに餌を食べてしまって怒られた犬のようだった。

「これは異常事態なのですよ……初めて〝無血〟と出会ったとき以上の。これは――これは真剣に――」

「うわぁ撃ってきたぁぁ」

「ヘタレ!」

 弱すぎな暮内宵と、ばっさりな暮内一緒に向けて――

 赤井陽妃は右腕を掲げる。それはもはや右腕といえる代物ではなく形を変えて、砲塔――そう砲塔と云えるものだった。その重厚な銃口――もとい咆哮を上げる砲口は、美しく磨かれた真円。前腕が元の三倍ほどに膨れ上がっている、本来なら腕が肩から外れて少なくとも動くようなものではないのに――彼女は軽々と持ち上げ、もとい動かし、弾丸を発射した。

 銀の弾丸。

「やべええええええ」

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」

 時が止まった――世界が停止する。

 暮内一緒の〝時空間操作〟――のうちの一つの能力、〝時間停止〟。

 彼女の有する最強の能力であり、最強度の能力。

 全ての原子が移動を停止し、全ての音が止み――彼女以外の全てが、平等に彼女の能力の影響を受ける――勿論、暮内宵も、無様に怯えた表情で、固まっている。

 〝停止〟した銀の弾丸を観察すると、どうやら「六十二口径、七十六ミリメートル砲速射砲」のものらしい。「六十二口径、七十六ミリメートル砲速射砲」。戦艦の甲板に装備されていたりする、小さなドームに見える直径二メートル程の球形のシールドから、五メートル程の砲身が出ているタイプの艦砲(かんぽう)である。

 であるが、赤井陽妃の右腕が、或いは肉体がよもやそんな巨大なものを背負っているわけではない。右腕が、右腕の手首から先が、前述の「六十二口径、七十六ミリメートル砲速射砲」の砲身の先端部分、マズルブレーキと呼ばれる主に反動を減らす効果をもつパーツに変形しているだけである。それで「六十二口径、七十六ミリメートル砲速射砲」として成り立っているのか、またどういう仕組みで次の弾丸が装填されているのか、それは物理的に説明されるものではなく、一言で云うのなら、そういう彼女の能力によるものなのだ。

 マズルブレーキで殺しきれない反動も、どうやら背の翼から噴射されたジェット気流によって相殺されているようで、彼女の位置は微動だにせずその中空に留まっている。

「やはり吸血鬼は、時間を止められるものでないと」

「あなたの吸血鬼の知識は偏りすぎです」

「そうですか? 『ブラッドアローン』の知識なんですが……」

「それっ?」

「或いは『ブラッディクロス』」

「……それどっちも『吸血鬼』は時間能力者じゃないですから!」

 と、一緒は夜空の中ツッコミを入れる――

 彼女――赤井陽妃が、停止した世界の中で佇んでいた。

「お久しぶりですね〝無血〟さん」

「……そんな概念みたいな名前で呼ばないでください。私は赤井陽妃。あなたを滅ぼしにやってきました」

「ご挨拶ですね」

 暮内一緒は、ふふふと余裕をみせる。が、内心、ひどく動揺している。

 〝無血〟である彼女――吸血鬼にとって災厄な名前である彼女。

 赤井陽妃――赤い夕陽(ゆうひ)の、プリンセス。

 それだけではない。

 〝無血〟の彼女に自身の〝時間停止〟が通じないことを、暮内一緒は予想はしていた。最悪の想定として。

 けれど。本来、一緒自身と例外的に〝無血〟しか動かない――一緒(ヰオ)にも動かすことさえできない筈のこの〝時間停止〟中に――

「そんな余裕は、いつまで続くのかな」

 赤井陽妃は、その笑みのまま。

 ――銀の弾丸は、回転を続けているのだ。じわりじわりと、一緒(ヰオ)に向けて、歩を進めている。

 ……私のこの〝時間停止〟は、宵の時間も止めてしまうことが珠に瑕ですね。

 一緒は意を決して、〝時間停止〟を解除する――

「えええええええええ」

「いつまで絶望的なカイジみたいな顔をしているんですかっ!」

 そんな会話をして余裕があるのかないのか、彼女は一瞬で宵の襟首を掴んで蝙蝠のような――それでいて飛膜のように頼りなく薄いわけではない――両翼五メートル程ある翼を広げてその場を即座に離れる。それから瞬く間さえない程の短い時間でそこを銀の弾丸が通過する。停止していた時間の力さえ、まるでホースの口を細くすると水の勢いが増すように、全力で綱引きをして片方が唐突に手を離すと綱を引く以上の勢いで後ろに進むように――重力さえも受けて速度を増して。

 東京タワーの先端を掠めたそれは――

「ばーん」

 爆音とともに、陽妃が口で擬音を発すると同時に、すぐ横の、機械振興会館に突き刺さる。

 そこまで綺麗でもない、鉄筋コンクリートの六階建てのそれからは、がらがらとコンクリートが崩れる音と、残業に悩まされてまだそこに留まっていた社畜たちと、東京タワーに観光に来た冬休みを楽しむ大学生やリア充、或いはその共集合が突然の災害に悲鳴と怒号が聞こえ――彼らは、果てていく。

 そこは、毎年、彼女が所属する予備校が、年末年始講習で使う場所。年末年始講習だけは、普段の講義を行う塾校舎ではなく、ここで気分を替えて、或いは気分を揚げるために講義を行うのだ。それも、これでなくなる。

 否、場所が変わるだけか。

 ぼんやりと、陽妃は思いながら。

 人が、人々が、死んでいく。不条理のうちに、死んでいく。

 陽妃はそれを一顧だけして次を発射する。

「えええええ」

「いつまで情けなく悲鳴ってるんです!」

「ええええええはいっ!」

 一緒(ヰオ)の言葉に宵はようやく返事をして、彼も自身の翼を、黒々とした頼りなさげな、自身さえ何とか支えられる程度の一緒よりも一回り小さい薄い翼を広げて、自力で飛行を開始する――何とか一緒(ヰオ)に付いていく。

 宵が手を伸ばして――その手を一緒が彼の襟首から離した手で握る。

「だだだだだだだだ」

 陽妃は口でもそう言いながら、躱して飛行を開始した暮内一緒と宵の吸血鬼と〝吸血鬼〟二人を追って、右腕から銀の弾丸を連射する。

 東京が、弾丸によって続々と破壊されていく。かつて吸血鬼や〝吸血鬼〟から人間を守る存在だったところの〝無血〟である赤井陽妃によって。

「ふふっ」

 彼女は目を輝かせずに笑った。眼鏡だけが、怪しく輝いていた――縁が、少し赤く染まっていた。少しだけ楽しそうに、彼女は嗜虐的な笑みを浮かべる。

 そうして彼女と彼の吸血鬼と〝吸血鬼〟コンビは、不意に現れた――誕生した天敵、或いは宿敵、または強敵から、必死に背走していた。

「なぜバック走?!」

 もとい、配送していた。

「宅配便!」

もといもとい。彼女と彼の吸血鬼と〝吸血鬼〟コンビは、天敵――宿敵――強敵に思い切り背を向けて敗走していた――否、敗飛行していた。

ここで云う強敵は、「ライバル」とも「とも」とも読まないし、呼ばない。

単なる、「敵いがたい強者」という意味だ。

「……なあ、ふと思ったんだけれど」

「私は太っていません!」

「僕は太ったんだけど――じゃなくて! 『太ったんだけど』とは言ってない!」

 彼は天敵の右腕の機関砲から連射された六十二口径の銀の弾丸を躱しながら――怪盗三世や、或いはさまざまなマンガやアニメの主人公に起こるように「背を向けて逃げているのに敵が背後から銃弾の嵐を浴びせても一発も当たらない」――のではなく、彼らの全身全霊を以て、全てを視認して躱しているのである。道路のアスファルトを剥がしたり、文字通りの意味で飛んだり跳ねたりしたり、翼を広げて自身の進路を無理矢理転換したり――そんな中。

 振り向けば、陽妃は二人を飛行して追跡してくる。距離は二十メートル程だが、彼女はじりじりとスピードを上げて距離を詰めようとしている様子だ。

「っ!」

 陽妃の飛行してくる道筋に、無数の剣が降り注ぐ――

 一緒が〝時空間操作〟の一つ〝転移〟で、自身の武器庫から剣を転送してきたのだ。

 きん――

 金属と金属がぶつかりあい弾きあう音が、東京の夜闇に響く。

「まじですかっ?!」

 赤井陽妃はそれらの剣戟を全て無視して――体に当たろうと、服が裂けようと避けることなく、その全てを、彼女の身体(しんたい)が――皮膚が、弾き返していた。

「……何の能力を持っているというのでしょう……?」

 一緒は剣を降らすのをやめて再び陽妃の攻撃を避けるのに専念して、専念しながらも思考を続ける。するとようやく落ち着いたらしい暮内宵が、「ふと思い出した」という会話を始める。

「ねえ、ふと思い出したんだけどさ、一緒」

「なんですか、宵」

 彼は再び、掛けている眼鏡を外して胸ポケットに入れている――飛行や一緒(ヰオ)の能力で移動するときはその破壊を防ぐために外すのだ――けれど、無意識に眼鏡の蔓があった辺りを触る。

 いつの間にか、陽妃の放つ銀の弾丸は、銀製のミサイルに変貌していて――前腕の砲塔から、ぼしゅう、という爆音を立てて今度はミサイルが発射されていた。連射されていた。

 それは、吸血鬼を追尾するいかにも〝無血〟らしい――そして彼女らしい能力をもった、円筒形のミサイルだった。月光を受けて光の筋を描いて、直線を描き、或いは曲線を描きながら、白いガスを噴射して続々と、暮内宵と暮内一緒へと向かっていく。

 それを、それらを、吸血鬼と〝吸血鬼〟の二人は『板野サーカス』で躱していく。彼女ら二人は今度もその全ての弾道を確認して、躱し、ミサイル同士をぶつけることでその自身への衝突を防いでいた。

「少年マンガでさ、物語冒頭で主人公の前にふらっと四天王の一人が現れることがあるじゃん」

「……ありますね」

 今度は一緒が瓦屋根を吹き飛ばして障壁を作って弾道を逸らす。

「あれってさ、僕はずっと話を盛り上げるためと、あと作者が『こんなかっこいい敵がいるんだぜ』って最初の方で出しておきたいためだけに、あんな無意味に不合理に不条理に――不浄に、まだ弱い主人公を見逃すんだと思っていたけれど」

 彼は彼女と手を繋いだまま。

「……相当嫌いなんですね、その展開」

「そうだけれど――正確にはそうだった、のだけれど」

「ん、どうしたのですか?」

「今日やっとわかったんだ。あの展開には、こうした理由があったんだ」

 彼は拳を――彼女と繋いでいない方の拳を――ぐっと握り締めて、遥か天空の向こうを見据えながら。

「そういう四天王の一人は、口でだけは『今回は見逃してやる』みたいなこと言っているけれど、今の僕たちみたいに、『私世界最強!』って思ってまだまだクズみたいに弱い主人公を倒してスカッとストレス解消と力の誇示をしようかと思ったら、主人公が予想外に強くて『やべえ私修行しなきゃ!』ってなって逃げ帰ったんじゃないかな」

「……」

 彼女はそんな彼の言葉を黙殺した――その手は離さなかったけれど。

「じゃあ、そろそろ私たちも退散しますか」

「……だね」

 彼と彼女は、目と目を合わせて、頷きあって――ふと、中空の闇に姿を消した。〝時空間操作〟の能力の一つ、〝転移〟。空間を越えて〝ここ〟と別の場所を繋ぎ、人やものを移動する能力だ。

 どうやら彼らは「闘って倒す」程のそれはなくとも、「相手の力を推し量るためにその攻撃を躱し続ける」程の余裕は、持ち合わせていたらしい。

 そうして二人の吸血鬼たちはこの舞台から一時退場する――

「逃がしませんよ」

 彼女は空中で急ブレーキをかけて、また先程までのように空に、まるで空気を足場にしているかのように、仁王立ちする。

 そして天に向けて右腕を高く高く伸ばす――それこそ、好天に浮かぶ満月に向かって。彼女の右腕が――右手首の砲口が、ずん、ずん、と二段階に分けて直径三十センチ程の大きさになる。

「発射」

 彼女は何の説明も何の解釈も何の講釈もなく、そうぼそりと呟いて、一瞬、砲口が光り――

 凄まじい爆音。

 半径五百メートル程の、彼女の砲撃では倒されなかった、破壊されなかった建物の窓ガラスを悉く砕き、その範囲にいた者の耳を(つんざ)く。

「さっきの私の弾丸より格段とパワーが上がっていますよ」

 彼女の砲塔から発射されたのは――



 ルーマニアは、カレー蒐集家が国民の大半が占める――国ではない。

 東ヨーロッパに位置するこの共和国は、ブカレストに首都を置く、自然豊かな国である。世界遺産も幾つかあって、その一つに有名な「シギショアラ歴史地区」と云うものがある。

「吸血鬼」のモデルが、誕生したと云われる地。

「……私が生まれたのはもう少し西の方なんですけどね」

 天蓋付きのキングサイズベッドの上で、暮内一緒はぼやく。

 美しい石造り、「#F0B1B1(うすい赤)」や「#D57B90(明るい紫みの赤)」などの屋根が並ぶ、中世ヨーロッパを色濃く残す街並み。その中心、山の頂上に建つ同様のバロック様式の城塞に、暮内一緒と暮内宵は共に〝転移〟してきた。

 季節は日本同様冬。北海道とほぼ同緯度に位置するここには四季があり、積雪も多い。かく云う日本――もとい本日、現地時刻十二月二十二日、午後五時現在ぱらぱらと雪が降っていて、積雪量は十センチメートル程。これから真夜中にかけて降り続く模様だ。

 とうの昔に日は沈み――ここの冬の日照時間は短いのだ――ここでも吸血鬼の時間が始まっている。

 そんなぐっと冷える外界とは石の壁で隔絶された、窓もない、二人がいる部屋。ここは二人の寝室で、天蓋付きの、ピンクの薄いカーテンで覆われたキングサイズのベッドがどんと置かれ、その横に煎餅布団が一枚敷かれている。部屋中にふかふかの深い蒼色の絨毯が敷きつめられていて、二人はベッドに隣り合って腰掛けている。いつの間にか二人は靴を脱いで裸足になっている。

「……何か、何かが、近付いてくる」

 暮内一緒が言う。石壁に唐突にスクリーンが下りてきて、天井から吊り下げられた映写機から映像が映される。彼女の〝空間操作〟によって、どの空間もこの映写機を通して投影することができる。

 映されたのは群青色から紺色、藍色、青色、水色を経て白色へと鮮やかにグラデーションしていく空――宙と表記してもいいかもしれない――に浮かぶ、ロケットペンシルの先のような形状のもの。

「そりゃあロケットペンシルの名前の由来ですからね!」

 大陸間弾道ミサイル。

「あの娘、大陸間弾道ミサイルを発射したみたいです」

「……は?」

「……一応私の能力は、正確に言えば『彼女の能力』ではなく『空間』そのものに作用するのでその位置やサイズを特定することは可能なのですが、そのミサイルを〝転移〟させることはできません」

「……もう試したの?」

「はい――更にあのミサイルの弾頭は、当然と云えば当然ですが、核です」

「……まじで」

「えらくまじです」

「じゃあ時間を止めたら――」

「さっきの弾丸のサイズでも止めきれなかったのにこんなの止められません! それに会話している間に――というか気付いたときにはもうこの大陸の上でした」

「は?! ユーラシア大陸ってそんなに小さかったっけ?!」

「私の〝空間操作〟をあの僅かな時間で盗んだ(コピーした)みたいです……どうやら」

「〝無血〟の新たな力ってそんなこともできるの?!」

「知りません!」

もうそれは、この町の直上へと迫っていた。

轟音が町を揺らす。部屋の小物類がかたかたと揺れ始める。

「一緒とりあえず時間を止めて」

「ダメです! 今度は止めた瞬間に恐らく炸裂します!」

「じゃあどうす」

「だから今、この町の〝結界〟を強化します!」

 言いながら一緒は、右手から血を流してその血で円を描く。

 三重の円で、一番中の円が直径十センチメートル程、そして約三センチメートルの幅で残りの二つの円が囲う。円と円のその間には、膨大な量のラテン語とアラビア語。

「回るは周る《Orbis Terra》 世界は廻る《circumdat》

 どうして〱《Cur,quid》 世界は回る《circumdat quis》

 止めるは停める《sistens temporem》 世界を留める《custodio》

 戻すは還す《societatem》 世界を帰す《redigo》」

 その一部を呪文として発音して、〝結界〟――魔方陣を起動する。

 魔方陣によって起動された〝結界〟――「吸血鬼[〝吸血鬼〟]は住人に招かれなければその家に入れない」という弱点を反転させる。「他」と「自」を反転させる。本来吸血鬼[〝吸血鬼〟]が他者から弾かれるためのその防御壁を、逆に他者を弾くそれに変える。

 彼女の町。彼女の社会。彼女の世界。

 ひとりの女として、彼女を認める人間はいた。

 けれど町の中で、社会の中で、関係の中で生きてきたことはこれまでなかった、たった一人の、種族内たった一固体の、吸血鬼。

 そんな彼女が百年かけて作った、「人間の」社会。

 それがこの町、シギショアラ。

「私はこの町を守る――」

 赤井陽妃が発射した大陸間弾道ミサイルが、暮内一緒の張った〝結界〟に触れる。

 音もなく触れる。

 まるで高飛び込みのバーように、〝結界〟の表面をほんのりと揺らして、ミサイルが吸い込まれていく。

 そして消えた。

「……性交」

「誤字誤字誤字!」

 汗水垂らす暮内一緒の一言に、宵が緊張した面持ちのままツッコんだ。



 消えたミサイルの行方。

「……なかなかやりますね」

 日本、東京、港区、上空。

 赤井陽妃の直上十メートル。

 彼女はすかさず直径三十センチメートルのマズルブレーキになったままの右腕をその核弾頭に向ける。

 吸い込む――吸い込もうとするが、その直前にミサイルは炸裂した。

 生じた閃光に数秒近く遅れて鼓膜を引き裂き付近のガラスを割り建物を砕き人々を殺戮するその衝撃は、直径四キロメートルにも及んだ。

 彼女はそのまま、直下の地面に叩きつけられた。

 すなわちこれが、一緒(ヰオ)の「還す」〝結界〟。

 大きく地面が抉られた爆心地。

 今日赤井陽妃が破壊した分も包み込んで、巨大なクレーターがぽっかりと一つ。爆発から今ようやく、真っ赤な東京タワーがデシベルでは計りきれない程の爆音を立てて倒れ果てた。

 大量の砂埃が、かつての中国のようにもうもうと舞い上がる。

 赤井陽妃のフィルター付きベントでも、放射線物質の浄化――正常化は暫く時間が掛かりそうだ。轟々と、彼女の周囲を空気が流れていく。

 北からの風が、ささくれ立った地面を舐めた。





 暮内一緒は、魔術に力を使い果たしてぐったりとしていた。

 それを代償に、このシギショアラ歴史地区の平穏は保たれたようである。

「……赤井陽妃、強敵だったね」

「……あなたの楽観主義にはほとほと呆れますね」

 ベッドに座って足を投げ出す暮内宵の無神経な一言に、ベッドに大の字に寝そべる一緒は、視線をくれることさえない。

「え?」

「……だーかーら」

 と一緒はイマドキのギャル風に言う。

「古い!」

 ……古い?

「……、……。まだ、赤井陽妃は死んでいません。眠っているだけです」

「……マジで?」

「えらくマジです」

 と彼女はどこかで聞いたような返しをする。

「やったか?!、って言ってないのに」

「言ってなくてもダメなときはダメです」

 彼女の宵に対する言葉には十中五六は溜息が混じる。

「彼女がどうやって私の〝還し〟を受け止めたのか逃がしたのか、生き残っているということは感じられます」

「……」

 宵はガラでもなく眉間に皺を寄せて右手の人差し指でそこを抑える。

「……全く感じられない」

「……まあいいです」

 と、どうやらあまり期待していなかった様子で一緒は溜息を吐く。そしてえほん、と一つ彼女は咳払いをして、彼女は体を起こして話を変えるきっかけを作った。

「……ところで、赤井陽妃の能力が何なのでしょうね?」

 と彼女は二人で会話しながら考察すべく、宵と、そして自分自身に対してそう訊ねる。

「……僕に訊いてんの?」

「あなたに期待は全くしていません」

 暮内一緒は即答した。

「……と言うかそれよりなんで赤井陽妃は僕たちを襲ってきたのかな……」

 彼は一緒(ヰオ)の呆れに多少なりともむっとしつつ、更に根本的な話題を振る。

「……」

「何その間?」

「……私は吸血鬼、あなたは〝吸血鬼〟で、赤井陽妃は〝無血〟なのですよ。対立して当然です」

「……そんな存在論的な?」

 彼は目を細めて一緒をじっとりと見つめる。

「……〝無血〟は存在論的で予定説的な存在なのです。あなたも知っているでしょう?」

「……ウンシッテルシッテル」

「……」

「……」

「……私にもわかりません」

 と彼女は俯いて、爪先を見つめる。

「……話を戻していいですか」

 と彼女は少し不貞腐れ気味に言う。

「……わかったよ」

 そう言う彼女の態度にはとても弱い宵――彼は疑問を呑み込んで。

 怒られるのもむっとされるのも、そしていじけられるのも。

 こうして甘えられるのも。

「……で、赤井陽妃の能力だったっけ。改めて言うけど、それ僕に訊く?」

「……あなたでは頼りない――というか全く頼りになりませんが、会話をして疑問や問題点を確認して、彼女の能力を明確に定義しましょう、ということです」

 ずっと悲鳴を上げているだけで陽妃の攻撃をしっかりと把握していない宵に対してでも、その会話法は意味があるのだろうか。殆ど彼女の独り言になるのではなかろうか。

 そんな疑問点を無視して、彼女は話し始める。

「彼女の能力は、現状〝無血〟としての能力と、あと超能力としての能力が一つあります」

 それはこの議論の大前提である。

 そして前提として一つ大切なことがある。

『吸血鬼・暮内一緒、並びに〝吸血鬼〟・暮内宵、そして〝無血〟・赤井陽妃の能力は、彼ら彼女らの精神と経験と人格形成と、欲望によって発現し、その性質が決まる』ということ。

 暮内宵の能力〝変化〟は――二十二歳の、或いは若い人にありがちな、「変身願望」からくるものだろう。実にどうでもいい能力である。

「おい!」

 ただ暮内一緒――始祖たる吸血鬼の彼女の能力は例外的なので、ここでは説明を省こう。

 ……となると、現在この世界に存在する具体例ほぼなくなってしまうのだが。まあ、暮内宵以前には大量の〝吸血鬼〟が世界中にいて、その悉くがその前提に当て嵌まっていたので大丈夫である。

「そうですね。背中の飛行機の翼、頭上に浮かぶまるで某艦娘のごとくメタリックシルバーのエンジェルリング、右手の破壊兵器、世界の激変――それらを全て統合して一つの能力として定義して名前を付けるとなると、だいぶ面倒臭くなるか、それかだいぶ大雑把になるか、のどちらかですね」

 一緒は淡々と言う。昔〝tintin〟と書いて『タンタン』と読む映画があったけれど。

「だからなんですか!」

 いや別に何も。

「まあ、大雑把に名付けてしまえば、〝機械〟――と云ったところではないでしょうか」

 と、一緒は話を戻す。宵も少し間をもって、一つ頷く。

「全世界の兵器や航空機、更には自動車まで自身の肉体に吸収し、そしてそれを自身の肉体の――能力の一部として活用する。だからまあ、妥当なところではないでしょうか」

 一緒も、自身の名付けにそこそこ満足しているようである。

「……でも、飛行に関して言えば、あれ何て言うか『飛んでる』って感じじゃなかったけれど」

 と宵は凄まじい水圧で水を差す。

「移動するよりも留まるほうが体力というか神経を使うんじゃないの?」

 宵は蜻蛉を思い浮かべながら、素朴な質問を述べる。

「……そうですね、普通はそうなんですよ。けれど彼女に関しては、その『留まる』という行為に、全く〝無血〟的な能力を使っていないように私には感じられたのですよね……」

「うん……確かに、僕もそう感じたよ」

 あんなにテンパっていて彼はそんな鋭敏な感覚など使用できたのだろうか。

「嘘か本当かわからない嘘を言わないでください」

「……ごめん」

 彼は素直に認めた。

「そうやっていつもいつも話の腰骨を折らないでください!」

「重傷!」

 ……果たして。

「果たして、『還す』〝結界〟によって〝無血〟の攻撃は止みました」

「でも本拠地の座標は知られちゃったよ?」

「だってどこかに退避したら必ず巨大な追撃がくると思っていましたし――またしても最悪の想定が当たってしまったわけですが――あれを迎え撃てる準備があるのは、世界中に数多あるセーフハウスの中でもここしかありませんでしたから」

 それにどちらにせよすぐにこの場所は知られていたでしょう。

「さすがにこの〝結界〟はまだ破られないでしょう」

 いずれ破られるかもしれませんけれど。

「今はまだ」

「……そうだね。そうだと、思おう」

「はい」

「……ところで」

 と宵は話をころりと変える。

「陽妃ってなんで核を使ったんだろ? 核と杭を間違えたのかな」

「そんなわけないでしょう! 史上最強の兵器だからでしょう!」

「え? だって字、似てるじゃん」

 ――確かに字は似ている。

「云うほど似てないんじゃ――」

 似てると云ったら似てるのである。

「……」

 一緒(ヰオ)のジト目がこちらを見ている……が、しばらくして飽きたのか飽きられたのか諦めたのか、宵に向き直って。

「これから真剣に、彼女たちの対策を練らないと――」

 そうして、彼女たちの夜は老けていく。

 もとい、更けていく。


「じゃあさ……僕たちには、彼女に対抗する手段は何かないのかな?」

 と宵はまた一つ、ぼんやりとした口調で彼女に問う。

「対策としては、『彼女を人間的に殺害する』しかないですね」

 それに続けて彼は、オーバーなアクションで両腕を広げて、「具体的にはどう『殺害する』んだ?」と彼女に訊ねる。

「と云うか『人間的に』ってどういうこと? 彼女の能力が〝機械〟だからそういう表現を?」

「……そうですけれど、違います。わかりやすいようにそう言ったまでです。要するに、極論彼女は〝無血〟であってつまりは人間なのです。人間ならば――殺すことができます」

「でも、彼女の能力は〝機械〟――彼女が能力を発動している限り、彼女の鋼鉄の皮膚は弾丸も刃も通さない。更に言えば僕の〝吸血鬼〟的な能力である〝変化〟も――或いは一緒(ヰオ)の吸血鬼的な〝時空間操作〟も、全く通用しない」

 尤も僕の〝変化〟は戦闘用の能力じゃないけれど、と彼は捕捉する。

「何をロックオンしたんだよ――で、結局『人間的に』殺すっていうのは?」

「それはですね、宵が彼女に〝変化〟して――」

「だから、僕たちの〝吸血鬼〟的能力は〝無血〟の彼女には通用しないって」

「でもでも、宵の〝変化〟の能力はベクトル的に言えば〝無血〟である彼女ではなく自身に向いているのでは――」

「彼女に〝変化〟しようとしてる時点で向いてるから〝変化〟は無理。何度も試したし」

 本当に彼があのテンパリの中で試していたのかは甚だ疑問だが。

「……そうですか」

 一緒は一つ頷く。

「そう。まあ、一つだけ、彼女に通じる吸血鬼[〝吸血鬼〟(きゅうけつき)]的能力はあるけれど――」

「何ですか、それは? いや、わかりましたあれですね! 私の〝時空間操作〟で地球をマントルから破壊することで生物であり生命であるところの彼女を殺すんですねっ!」

「ちげーよそれだと僕たちその後太陽に照射されて宇宙の藻屑だよ」

 言いながら彼は優しく手の甲で「ツッコミ」の動作をする。鎖骨の辺りに。

「そうじゃないよ、ほら僕たち吸血鬼[〝吸血鬼〟]が吸血鬼[〝吸血鬼〟]たる根本であり〝無血〟が〝無血〟たる根本の――」

「ああなるほど――」

 ここでようやく気付くようでは、やはり彼ら二人は高いところが好きなものがよくもつ性質をもっているようである。

「ふふっ」

 一緒が思い出し笑いをする。

「どうしたの?」

「いや、その、ちょっと、昔会った『世界最強』の彼を思い出して」

「誰だその彼って! どんな男だッ!」

「……変な人でしたよ。『バカと天才は紙一重』が服を着て歩いているような」

「ちょっとよくわからない」

 宵は嫉妬深い系男子的な台詞をスルーされて冷静に返さざるをえない。

「……簡単に言えば変態でした」

「ざっくりだね」

 彼女は懐かしそうに笑う。

「私が〝GODDEATH(死女神)〟と呼ばれていた当時、〝NIGHT〟という名の〝KNIGHT〟が私のもとに来ました」

 彼女はぼんやりと、遠くを眺めながら。

「……へ?」

 彼女の唐突な中二病発言に彼はどん引きである。

 彼女はそれに対してきょとん顔。

「だから、どういう名前だったの?」

「……ああ、(とび)(ヨル)、と云いました。『頼』がファーストネームで、『飛』がファミリーネーム」

「変な名前」

「日本人の名前なんてみんな変です」

「ひどい!」

「頼は――無敵でしたよ。ムキムキでしたし」

「スルー!」

 ……彼は、はあと一つ溜息を吐いて――結局、彼女の話に耳を傾ける。

「日本人のわりにアメフト選手みたいに肩が張っていて体も大きくて、吸血鬼だった私をも倒せそうなくらいでしたよ」

「倒せたの?」

「例えです譬え。その当時は〝空間操作〟しかもっていませんでしたけれど、彼に勝たせる気はなかったですよ」

「ふーん……」

「彼は――」

 と、彼女は掌を宵に差し出して。

「『私と一緒(いっしょ)に世界を取らないか』と、私を誘ってきたのです」

「まじで?」

「嘘です」

「嘘で?!」

「『まじで?』みたいに言わないでください!」

 ふぅ、と彼女は一息吐いて、話を続ける。

「誘ってきたのは本当ですが」まじじゃねーか、と宵が言うのを無視して「勿論、断りました」

「……どうして?」

「あの当時は、まだ人生最大の恋が死別で終わって、まだ四、五百年しか経っていませんでしたからね」

「なげーよ中学生かよ引きずりすぎたよ!」

「……それで彼は、『そうか』と言って少しだけ寂しそうな顔をして、去っていきました」

 彼女は、今度は彼のツッコミをスルーして、話を続ける。

「……後から知ったのですけれど、彼には妻子がいたのですよね」

「とんだ浮気野郎だな!」

「……でも、とっても魅力的な弾性でしたよ」

「筋肉がっ?!」

「筋肉イェイイェイっ!」

 筋肉イェイイェイっ!

「魅力的な男性でした……」

 彼女は、ぼんやりと天井を――まるでその先の、どこか遠くを見るように眺めながら――ほう、と溜息を吐いて。

「……」

「あっ、嫉妬しましたね宵! かわいいですねー」

「ばっ、ちげー……そうだよ!」

「認めました!」

 また彼女はふふふっといかにもおかしそうに笑った。

「大丈夫ですよ。私はもう、あの当時とは違うのですから――」

 千年の永い人生の中で、三回、恋をした。三度目の恋が、今の彼との恋だ。

「――あの当時とは、違うのですから」

 ――あの、『世界最強』がふらりと現れた四百年余り前の、虚無的な――居夢(キョム)的な私とは。

 うんうん、と彼は頷き。

「そんなことでごまかされいけどね!」

 びしっと、彼女の鼻先を指差す。

「……で、飛頼を君は、どう思ったの?」

 彼女はうーむと少し唸って、けれど困った様子ではなく。

「……まあ、ありふれたいい男だなあ、と」

「ばっさりだね!」

「野望をもって信念をもって全てを賭けてそれを追っている点では、数多いる男たちの中ではいいほうでしたが。私の最初の名付け親で、育ての親である彼には遠く及びませんでした」

「僕は? 僕は僕は?!」

「お母さんに甘える小学生ですか!」

 彼女は眉間に皺を寄せてそこに人差し指を当てて、深く溜息を吐く。

「まあ、……ノーコメントで」

「えー」

 えほん、と彼女は不満たらたらの彼を咳払いで一蹴して。

「けれど彼は、『世界最強』の飛頼はあっけなく、死んでしまいました……。部下に撃たれて」

「なんでまた『世界最強』がそんなにあっさりと……」

「さあね……私にはわかりかねます」

けれど、と彼女は続ける。

「どんなに聖人でもその人を妬む人間はいて、どれだけ『世界最強』であっても、人間は殺せば死ぬ、ってことだと思います」

「……」

 あまりうまいこと言えていないし、それにともなってお茶も濁せていない、なんともな例え話で、このお話は締めである。


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