質問編
【】内で括られた事柄は確定しています。
「――さて、ここで問題だ。冒険者は、このあとどうすればいいと思う? 具体的な方法を述べよ」
「……いや、これ詰んでへん?」
呆れたような声で、商人が反論した。
彼女の言うことも、もっともである。
「竜の息吹(※1)くらう直前で下駄履かされてもどうしようもあらへんわ!」
「商人、下駄って何?」
「木製のサンダルや! 詳しくは侍に聞け! なぁ戦士、なんぼ負けるのが嫌やからって、答えのない問題出すんはズルないか?」
とても、先程までどんな話をしてもつまらないと言おうとしていた人物とは思えない発言だ。
面の皮が厚くなければ商売はできない、といういい見本である。
「そんなことはないぜ? 【この問題にはちゃんと解答がある】からな。むしろ、これくらいの問題も解けないようじゃ、自分には想像力も発想力もありませんって言ってるようなもんだぞ」
「……解答がないのが解答でした、なんて答えやないんやな?」
「もちろんだ。【冒険者がどうすれば助かるか、用意した解答がある】。プラス【答えは一つじゃない】。【筋の通った説明であれば、用意した答えと違っても正解として扱う】と約束しよう」
「――ええやろ、吠え面かかせたるわ!」
そう言い放ち、景気づけに手元の酒を一気にグイッとあおる商人。口から吐き出される息には酒精が感じられたが、むしろ目は力強さを増している。何としても、戦士をやり込めたる、言外にそう主張しているようだ。
「ふむふむ、どうやらこのお話は『船乗りの卵』(※2)の亜種のようですな」
「『船乗りにょ卵』?」
「左様。要するに、知識よりも発想と閃きが求められる類いの謎解きですな」
戦士と商人の話が終わるのを見計らい、錬金術師が手を叩いて注目を集める。
「どうやら、話はまとまったようですな。では戦士に伺いますが、冒険者がこの危機的状況をいかに切り抜けるかが解くべき問題、ということでよろしいですかな?」
「ああ、それで合ってる」
「戦士、質問はあり? それともにゃし?」
「ありだ。【質問には、嘘偽りなく答える】。ただし、直接答えを質問するのはなしだ」
「まあ、それは当然ですな」
「制限時間は、そうだな――」
ちらり、と戦士が視線を横に滑らせる。
「すまない、この料理のおかわりを」
侍がまたも、新たな料理を注文していた。すでに、彼女の前に置かれた皿は空っぽだ。すぐ隣には、食い終えた皿で塔が築かれつつある。
柳のように細い身体の、いったいどこに入っていったのか。注文を受ける給仕娘も、少しだけ笑顔がひきつっていた。
「次の料理が運ばれてくるまで、だな」
「ま、妥当やね」
「ですな」
「にゃりん」
「ん?」
一同が顔を見合わせる。
さあ、酒の肴の始まりだ。
「では、我輩から口火を切らせていただきましょうかな。まずは、そうですな……冒険者の戦力。これを教えていただきたいですな」
「せやね、実は冒険者は勇者様やった、とか言うしょーもない答えかもしれへんしな」
「なら、答えよう。【冒険者は、勇者でもなければ英雄でもなく、それに準ずる力も持たない。また、命の危機により秘められた力が覚醒するということもない】。【冒険者としての実力は、オークやゴブリンに後れを取ることはないが、単独でのドラゴン討伐は不可能といっていい】し【仲間が助けに来る可能性は皆無】だ。そして【竜殺剣に代表されるような対竜装備も持っていない】」
「にゃら、ドラゴンはどうにゃりん? 実は赤ちゃん竜だったとか?」
「【ドラゴンは成熟した個体であり、幼年期ゆえの非力や老衰、または病死などの幸運は期待できず、冒険者を撃退するだけの実力は十分にある】ものとする。ついでに言うと【竜の息吹も冒険者の息の根を止めるだけの殺傷力がある】」
「そや、そもそもドラゴン倒すうんぬんよりも、息吹なんとかせんと丸焼きになるわ」
「ふむ、息吹が放出されるまで何ターン(※3)ほどですかな?」
「【息吹が放出されるのは1ターン後】。つまり【冒険者に許された行動回数は一回】だ。当然の結果として【何も行動しなければ、冒険者が丸焼きになるのは確実】だな」
「そんにゃら、戦わずに逃げるにゃりん! 逃走一択!」
「【逃げ道は頭上の大穴しかなく、ほかに隠し通路や抜け道はない】。それに【ロープをよじ登るには時間がかかり、ドラゴンが息吹を吐くまでにロープを登りきることはできない】だろう。付け加えると【ロープは息吹の射程範囲内にあり、息吹を受ければ燃えて灰になり使用不可能になる】し、【よじ登ってる最中に燃えれば当然、落下する】。もちろん【冒険者は空を飛べないし、飛行を目的とする道具も魔法も所持していない】」
「ちょい待ち。これ息吹何とかせえへんと、ドラゴンの巣から出られなくなるんちゃう?」
「まあ、ロープが無くなれば脱出は絶望的ですな。ドラゴンの攻撃はどうやら寝言のようなもののようですから、かわせば時間的な余裕は発生するかもしれませんが……その辺はどうですかな?」
「そうだな、【ドラゴンは寝ぼけて火を吹こうとしているだけ】なので、【刺激を与えなければ、火を吹き終わったあとに再び眠りにつく】ことは十分に考えられる」
「けど、火吹かれたらロープ無くにゃっちゃうにゃりん」
「何とか、息吹前に無力化ないし逃走したいところですが……ふむ、手詰まりですかな」
「待ちいな。重要なこと忘れとるで? 今、冒険者はマジックアイテム持っとるやろ、そいつを使わんでどうすんねん」
「ああ、そういえばそうでしたな。では剣士、北風の宝物について説明をお願いできますかな? それらを使用できるかどうかも」
「もちろん【三つの宝は使用できる】。ただし、【使用できるのは1ターンにつき一つ】だけで【同一ターン内に複数使用はできない】ものとする」
「一個だけやと? まあ制限時間1ターンなら、それも納得やけど」
「三つの宝は、それぞれこう命令すると使える。【テーブルかけは『テーブルかけよ、○○を出せ』と言えば、望んだ通りの食い物が出現する】。【羊は『羊よ、金貨を吐き出せ』の命令で口から金貨を吐き出し、『止めろ』の命令で止まる】。【杖は、『杖よ杖、○○をぶっ叩け』と言えば、自動で指定した対象の頭を殴り続け、『止めろ』の命令で止まる】。大体、こんなところだな」
「何を使うにゃりん? 商人」
「決まっとる、杖にこう命令すんのや。『杖よ杖、ドラゴンをぶっ叩け』てな! これで解決――」
「一応言っとくが、【杖にドラゴンを攻撃させても、ダメージは期待できない】。【杖は大の男が十人がかりでも止められない程の力で動くが、ドラゴンにとっては小さな子供に木の枝で叩かれた程度しかダメージを与えられない】ぞ」
「さすがに、そう簡単にはいきませんでしたな」
「くっ、な、なら――そうや! 弱点を狙うんや! ドラゴン退治は眼ン球や逆鱗狙いが常套手段! 杖にそう命令するんよ!」
「けど、そんにゃのあり? 戦士」
「【弱点を攻撃するよう杖に命令することは可能】だ」
「よっしゃ勝ったあ! ほな、答えは――」
「ただし、」
「おいやめい!」
「ただし、【いくら弱点を狙っても杖の攻撃力(※4)ではドラゴンに致命傷を与える決定打にはなりえない】し、【攻撃が命中した時点でドラゴンは完全に目を覚まして、明確な敵意を冒険者に向ける】だろう。もちろん【目を覚ましたドラゴンは、息吹だけでなく、爪や牙、尻尾を用いて、明確な殺意を伴った行動をおこなう】な」
「ああああ、質問する度に答えが潰れてくやん……」
「はっはっは、どんどん条件が厳しくなっていきますな」
「笑い事やあらへん!」
「大丈夫、お宝はあと二つも残ってるにゃりん」
「この分では、残り二つも可能性をことごとく潰されそうですがな」
「フラグ(※5)建てんのやめい!」
「まぁまぁ、聞いてみるにゃりん。にぇえ、戦士。テーブルかけで出したご飯で、ドラゴンにょ注意を引いたりはできるのかにゃ?」
「【ドラゴンは寝ぼけているので、食糧で気を引くことはできない】な。【敵意を向けている場合も同様に食糧で気は引けない】。【たとえドラゴンの好みの食事を出現させても、いっしょに火にまかれる】だけだろう」
「では、羊はどうですかな? 古今東西、ドラゴンの心を慰めるものと言えば、美酒と乙女、そして財宝と相場が決まっておりますからな。たとえば、羊に大量の金貨を出させて許しを乞うというのはどうですかな?」
「さっきも言ったが、【ドラゴンは寝ぼけているので、交渉や降伏は一切通用しない】ので【金貨が大量にあったところで、命乞いの役には立たない】な。もちろん【攻撃して敵意を向けられても、同じように交渉・降伏は不可】だ」
「八方塞がりやん! どないせいっちゅうんじゃ!」
「ふむ、我輩は一つ、案が浮かびましたな」
「なんやと!?」
「逆転の発想ですな。『船乗りの卵』でいうなら、卵を垂直に立たせようとするのではなく、垂直に立たせるにはどうするか、と同じことですな」
「禅問答みたいなこと言いよってからに……!」
「あ、にゃーも1個思いついたにゃりん」
「嘘やろ!?」
「私も試してみたいことがある」
「侍まで!?」
「おまちどおさまでした、ご注文の料理になりまーす」
愕然とする商人の前に、料理の皿を運ぶ給仕娘が現れる。
つまり、時間切れだ。
剣士がにやりと笑みを浮かべる。
「さて――答えを聞かせてもらおうか」
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(※1)『竜の息吹』
竜種の放つ強力な全体範囲攻撃。
大ダメージ、もしくは状態異常、またはその両方が食らった冒険者に強制的に与えられる。なお、何の対策も講じずに直撃を受ければ即死してもおかしくない。
(※2)『船乗りの卵』
とある船乗りが出題した「楕円形の卵を垂直に立たせてみろ」という問題。
答えを聞いてみれば実に単純な答えなのだが、思いつかない奴は頭を抱えてうんうん唸ることになる。
種明かしをすると、大抵「そんなのずるい!」か「なあんだ、そんな簡単なことか」と言われるので、そこですかさず「お前には、それを思いつく発想力もなければ実行力もなかったんだね。可哀想だね」と言えば、喧嘩になる。気をつけよう。
(※3)『ターン』
冒険者が用いる専門用語で、一動作を行える時間を一回と数える。
攻撃する、呪文を詠唱する、回復薬を飲む、逃げる、などこれらの動作を一回おこなう時間が1ターンとなる。戦術を立てる上での基本となり、戦闘中には「3ターンだけ持ちこたえて!」「2ターン後に全体回復! 3ターンでバフ切れる! かけ直せ!」といった指示が飛ぶことも。
ただし、高位の魔物の中には1ターンで複数回の動作をおこなう存在もおり、必ずしも「1ターン=1回」の原則に縛られないので注意が必要。
(※4)『攻撃力』
それぞれの武器に設定された、どれだけのダメージを与えられるかを数値化したもの。
基本的に、材質や武器の状態などから総合的に算出される。
(※5)『フラグ』
別名、神がうちたてる運命の分岐点。
この分岐点の存在を感知した人間はへし折ろうともがくものの、何人たりとも待ち受ける運命からは逃れられない。
この作品は、読者参加型作品です。
感想欄にて答えを受け付けております。
参加される場合、ファンタジー作品に登場する貴方の好きな職業を一つと、冒険者がどう行動すればいいのかをお書きください。
見事、作者が想定した解答と合致した場合、または作者が想定していない秀逸な解答だった場合に、貴方の指定した職業のキャラクターが作中に登場して戦士から酒代を巻き上げます。
……なお、完結済みになっているのは間違いではありません。参加者の解答が集まってから解答編を書き始めます。