020_京の都
ロイド歴3884年1月
正三位大納言キンモチ・ホウオウ
京の都は騒然としていた。
王家に反旗を翻したイシキ家が兵を京の都に進めたからだ。十仕家の何家かもその謀反に加担しているようで、イシキ家の兵を引き入れているのが分かっている。
私は事前にこの異変を察知でき、身近な者と王家にこの異変を直ぐにお伝えした。その甲斐があって王は隣国に逃れることができたし、従弟のフダイ・カモンの一族も逃げ延びたようだ。
私も王と共に逃げ延びることができたが、十仕家の何家かはイシキ家に包囲され捕縛されてしまったようだ。
まさかイシキ家がこれほどの暴挙に出るとは考えてもいなかった。
イシキ家は十数年来の内戦によって当主が二度三度と入れ替わっている。その内戦を長引かせたのが先代王の勅令による家督継承許可であった。
イシキ宗家は三国の国守なので、その勢力は馬鹿にできない。それに目をつけたのが先代王だ。勅令によって家督継承の許しを与えることで恩を売ろうとしたのだが、これがいけなかった。
当時のイシキ宗家には三人の男子がいて、長子オウゴウは生来病弱だったことから次男カナンと三男フクゾウのどちらかが家督を相続すると先代王は考えていたのだ。
しかし当時のイシキ当主は病弱だが長子相続が正しいと思っており長子を次男や三男よりも上として扱っていた。そんな中、当主が病逝してしまったのだ。
次の当主を名指ししての病逝であれば争いも起きにくかっただろうが、急な発作でポックリと逝ってしまったのだ。そうなると病弱なオウゴウよりも次男カナンと三男フクゾウを推す派閥が相続争いを繰り広げる事態となったのだ。
何とか均衡を保っていたのだが、次男カナン派の家臣が闇討ちされたことを切っ掛けに、次男カナン派が兵を集めると三男フクゾウ派も兵を集め出した。ここに先代王が三男フクゾウの家督相続を許して三国の国守に任じると、勅令をお出しになった。だが、時既に遅く双方は武力衝突を起こした後でありここに届いた勅令は火に油を注ぐ結果となったのだ。
激戦が繰り広げられたが双方決め手に欠けた。しかし勅令によってイシキ家の当主となったと主張する三男フクゾウが流行り病でポックリ逝ってしまうと、自称当主の次男カナンがイシキ家を纏める間もなく暗殺されてしまった。そして三男フクゾウの長子が弱冠九歳で当主となると、ここで病弱だったイシキ家の長子オウゴウが家督を相続するは自分であると長子相続を主張し参戦したのだ。泥沼もいいところである。
結局イシキ家を纏め上げたのは長子のオウゴウであった。
オウゴウ・イシキは幼少の頃は病弱であったが、青年に達した頃には健康な体を手にしていた。それでも次男や三男が家督を狙っていることを知っていたので敢えて病弱を装っていたのだ。
長子であれば家督を相続するのは当然なれど次男、三男を推す家臣も多く最悪は家督を譲ることも考えていたが、二人の家督相続争いが起きてしまった。
オウゴウは直ぐに仲裁に乗り出したが王家の勅令が話を拗れさせてしまい、血で血を洗う戦いに発展してしまったことにオウゴウは先代王を激しく罵ったと聞いている。
病弱であっても最初から長子であるオウゴウに相続を認めていればここまでの争いにはならなかったかも知れないし、もっと言えば決着してから国守に任じていれば王家が恨みを買う必要もなかったのだ。
欲を出してしまった先代王の勇み足によって、イシキ家は泥沼のような家督争いをした挙句、多くの血が流れてしまった。この恨みが今回の侵攻に繋がったのは間違いないだろう。
幸い王が早々に京の都を放棄したことで、京の都が戦火に曝されることはなかったが、イシキ家の兵による略奪や強姦などの被害が多く発生した。
京の都には王家との交渉の為に地方国守が屋敷を設けているが、その中に京の都周辺の国を治めるミナミ家の屋敷もあった。ミナミ家が気がづいた頃にはイシキ家が包囲していたので逃げることもできずに屋敷に籠っていたのだが、イシキの兵はミナミ家の屋敷に押し入ると、たまたま京の都に逗留していたミナミ家当主の三女を強姦してしまった。さらにその発覚を隠そうと三女を殺してしまったのだ。
これを知ったミナミ家当主ジャガン・ミナミは当然怒りイシキ家を討伐する為に兵を集め出したのだ。
こうなると京の都が戦場となることは想像に難くない。すぐには京の都に戻れないと悟った私は王と共に逃れる先を思考するしかない。
「キンモチよ、余はどうなるのだ?」
「……今はアサクマを頼るが宜しいかと存じ上げます」
「何故アサクマなのだ?」
「イシキ、ミナミ、どちらが京を制するかは分かりませぬ。イシキもミナミも兵が多く、どちらが京を制するとしても、その家に対し対抗しうる武力を有しているのは近隣ではアサクマのみかと……」
他にも思い浮かぶ家はあるが、王家に近く最も大きい勢力は間違いなくアサクマ家だろう。
「ミナミが勝てば良いのではないか?」
それは難しいかも知れぬ。いや、難しいだろう。ミナミ家は成り上がりの家だ。故に王家や十仕家はミナミ家を蔑んできた。
王家はともかくとして、十仕家は領地を持たぬ故、兵も養えぬ。最近では十仕家と縁を結ぼうと思う家も少なくなってきており、十仕家は落ちぶれる一方だ。
成り上がりのミナミ家としてはどうにか国守に任じられ官位が欲しいのだろう、我らにすり寄れないかと考えていたようで京の都に屋敷を設けてことある毎に金品を送ってきていた。
だが、所詮は成り上がり者。王家が放棄した京を支配すれば王家を名乗ることも考えられる。ここに来てミナミを手懐けておけばと悔やまれる。
「……キンモチ・ホウオウよ、アサクマを信じて良いのだな?」
「……アサクマならば必ずや」
王にはそう言ったが、アサクマとて北に敵対勢力が存在するので京への出兵が叶うかは微妙だ。いっそのこと、婿殿を頼るのも良いかと思ったが、婿殿は未だ13歳であり家督も継いではいない。いくらアズ姫と仲睦まじくしているとは言え、王をお連れすれば負担でしかないだろう。
それにアズマ家は未だミズホさえ治め切れていないのだ。
