第6話
「すいません、ちょっと一か所だけ寄りたいところあるんですけど。いいですか?」車に乗り込む前、珍しく勲からの提案がある。
「ん、どこ?」
「すぐ近くです。車なら5分と掛かりません」
「いいですよ、もちろん」
「ありがとうございます」
車に乗り込み出発する三人。ハンドルを握る勲が目的地へと車を進める。
「どこいくんですか?」
「到着するまで秘密です。本当は春がいいんですけど、それでもきっと綺麗です」
「へぇ、そりゃ楽しみ」
程なく目的地へと到着する。車を降り勲の先導の元、目的地へと歩く三人。目的のものはまだ佑奈と真白には知らされていない。勲からは「カメラ持っていった方がいいですよ」と言われたので、カメラと載せていた三脚を持って歩いている。
「おー、広いね。ここもまだ牧場?」
「はい、そのはずです。ちょっと歩くと見えてくると思いますけど」
「綺麗ですね。山も緑も」
「東京も楽しいですけど、こういうのがないから。やっぱ田舎者の僕にはこういうところが落ち着くんです」
「田舎の人じゃなくても落ち着くけどな」一人小走りで先へ行く真白。両手を広げ「ぶーん」といわんばかりに。
「あ、見えてきましたね。あそこです」指で示す勲。
そこに見えた光景は、広大な牧場の中に木が一本だけぽつんと生えており、バックに蒼い山肌という、なんとも壮大な景色。東京ではまずお目にかかれない。こちらも運が良く勲達三人以外誰もいない。この景色を一人ではなく三人締め。遠くにいる牛はおいておこう。
「おー、すごーい」
「綺麗。あれ何の木ですか?」
純粋に感動している佑奈と真白。コンクリートジャングルが当たり前の都市圏で過ごしてきた彼女らに、この景色はどう映るのだろう。その答えは多分今勲が見ているものだろうが。
「桜です。だから春が良かったんですけど、仕方ないですね」
咲いていれば、まだ雪の残る山肌にまさしく桜色と緑の三色のコントラストで、それは美しい景色が広がっていただろう。しかしその頃三人は恐らく例の一件の最中。
「あんなことがなければ、見に来れたんですけどね。あ、でもあの件がないと知り合ってないか」
「来年また来ませんか?」
「みたいなー。次は実家経由で」
「実家は、まぁ寄れたらってことで」
「よし、お祈りしておこう」
「私も」
そんな効果はないはずだが、二人桜の木に向かって何かをお願いし始める。勲は特に何もせずそのまま桜の木と景色を眺めている。自分が生きてきた土地の美しさを改めて実感して、そして知らなかった人に伝えることができたことを満足している。
「よし、終わった」
「私も終わりました」
「写真撮って帰りましょうか」三脚を設置しカメラをセッティング。タイマーで三人揃った写真を撮影する。勲はイサオのままだがいいのだろうか、後世まで残るのがこの写真になるわけだがわかっているのか。
「さて、戻りましょうか」勲が促す。するとどこからともなく山からなのか麓からなのか、一陣の風が牧場を駆ける。
「うわっ」目を伏せる三人。そして風が抜け収まり目を開ける。するとどうだろう、三人の目に移りこんできた景色。
「凄い…」
「…綺麗」
「……」声も出ない勲。
それもそうだろう。目を開けるとそこには咲くはずのない桜が咲いている。神様からのプレゼントなのか何か自然の奇跡なのか。そんなのはわからない。しかし間違いなく三人の目の前にはまさしく桜色の美しい花びらが枝に付き、そして舞っている。
暫く言葉もなく黙ってその光景を見ている。そして数秒程度でその桜は散り、またもとの緑を湛えた葉桜に戻る。
「……、なんだったんだろう」やっと口を開く勲。
「ダーリンの善行に対するご褒美じゃない?」
「きっとそうでしょう」
「そんな。でも…、そういうことにしておこうか」
夢じゃないことは確か。見えたものは見えた、それでいい。改めて車へと戻るために歩み始める三人。勲の肩には一片ひとひら桜の花びらが付いている。そして雪が融けるように勲に気付かれること無く消えていく。一瞬の奇跡は記憶の中にのみ残る。