第10話
男湯には5~6人の入浴客がいる、当然男性。勲は何故かちょっと肩身が狭そうに隅っこで浸かっている。しかし広い。手も足も放り投げてリラックスし、頭を空っぽに…、どころか隣にいるであろう二人のあられもないあれやこれやを想像しており紅潮している。
「はぁ、天国…」
既に浸かり始めて30分ほど経過している。隣はどうか、そんなことを考え出す。そして竹垣一枚で隔てられた露天風呂へと移動する。扉を開けると夏とは思えない冷たい風が吹き込んでくる。「さっぶ」とつい言いたくなくても言ってしまう。露天に出ると幸いにも人は一人もいない、勲の貸切状態。早速湯船に浸かる。誰もいないのを改めて確認して、女湯との境へとそーっと近付く。自分が動くことで聞こえる水の音と、山に吹く風。それと源泉が流れ込んで循環する音。今のところ音と言えばその程度しか聞こえてこない。
「女湯にはどの程度人がいるだろう? 今日の客の入りを見ればそう多くはないだろう」なんてことを考えている勲。さすがに犯罪になることはしないが、憧れていたことを一つだけ実行に移す。
「佑奈さーん、真白さーん」竹垣越しの呼び掛け。いれば返事が戻ってくるだろうが、やってて恥ずかしくないのか。
「…、いないかな」数秒待ってみるが返事はない。
「はーいー」いた、真白。
「あ、いるんですか?」ちょっと嬉しくなる勲。なんかしょーもない夢がかなったことで声が明るい。
「いるよー。てか誰もいないんだなこれが。私たち二人の貸し切り」
「そうなんですね。こっちも露天は僕だけです」
「佑奈は今中にいるけど、呼んでこようか?」
「あ、いえ。そこまでは…。好きなように入ってもらえれば」
「わかったー」その後しばらく真白からの声は聞こえなくなる。勲も何を言ったらいいか迷い、会話はそこで一旦途切れる。風呂の縁に腰掛け足だけ湯船にいれた状態。少し温まった体を風に晒している。頭冷やしているとも言う。
「ねぇ、ダーリン」今度は向こうから声を掛けてくる。
「はい?」
「本当に、門脇さんと付き合ってなかったの?」昼間の出会いのことを聞かれる。
「本当ですって。家が近いのと学校が同じだっただけで」
「そっか。多分彼女、ダーリンのこと好きやで。ずっと」
「え、そんな…」
「女にしかわからないんだなぁ。でもずっと言い出さなかったヤツ」
「…、いやいや」
「鈍いね、やっぱ。そこが好きなんだけどね」こんなところで改めて愛を語られる。そして試されているんだろう。
「ま、その鈍さのお陰で、今こうしていられるんだけどね」
「いいじゃないですか、それで」
「うん」
「そう言えば、僕もちゃんと言ってなかったですね。好きって…」
「顔見ていってよ」
「顔が見えないから言えるんです」
草食もここまでくると立派に見えてくる。事の始まりが春、今は夏。今の今まで面と向かって好きと男から告げていないとは。現代っ子なんだなぁ、彼も。
「嬉しいやら悲しいやら。でも嬉しい、あんがと」
「…」照れまくってしましそれ以上何も言えない勲。そしてしばらくの沈黙がまた訪れる。風は少し止んだようだ。
「ねぇ」また真白から切り出す。
「まっぱやで」
「……………………、でしょうね」わかっちゃいるがムラムラしてくる勲。
「ホレホレ」何か見せびらかそうとしているのか。女性としての慎みが無いのかあるのかわからない。一枚隔てた向こうで何をしているのか、全くわからないのがもどかしい。
「変なことしないでください。他の人に見られたら何事かと思われますよ?」
「だから誰もいないっての。それに何もしてないし、声だけ」騙された。
「ずりぃよ…」
「はっはっは。なに、続きは夜でいいじゃん」
「いや、その…」
「冗談だよ、本気にするならそれでもいいけど」からかわれ上手の勲とからかい上手の真白。いいバランスの二人。
「佑奈さん、いますし…」
「はい、どうしました?」いつの間にか露天風呂へ移動していた佑奈。さて今の会話は利かれていたのか。
「いつの間に!?」焦った勲は湯船へと飛び込む。浮かび上がると向こうで真白がゲラゲラ笑っている。
「ひどいですよ、もう!」
「あー楽しい」
上空には星空しかない。大自然の真ん中、夜空に佑奈と真白の笑い声が響く。勲の後ろには、いつの間にか入ってきた老人が「若いねぇ」とか言ってる。




