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湯気の向こうの男の娘  作者: 小鳩
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第9話

 飯、終了。食後のお茶で一服している三人。相当数の料理ではあったが、この二人にかかれば飢饉を引き起こすイナゴも同然。一かけら残すことなく骨まで食い尽くし、ちょっと足りないとお代わりを要求する始末。勲は譲るだけ譲り、残った和え物を少し突いた程度。この旅行におけるエンゲル係数の高さはすさまじく、帰ってから勲が計算してみたら鼻血が出そうになった。

「はー、んまかった」

「ふー。明日の旅館の食事、気になりますね」

「もう!?」満腹で横たわりながらもツッコむ勲。この状態で風呂に行って沈没しないかが心配。

「さて、お風呂いこっか」

「いきましょう」

 二人が身支度を整え、入浴セットを片手に立ち上がる。勲も横になった体を起こし準備をする。

「貸切、空いてますかね?」

「ダメなら夜にもう一度行けばいいんだよ」

「それもそうですけど。そうか、その方が…」

「ダーリン、なんかヤラしいこと考えてるでしょ?」

「ギク」口から出る擬音ではないはずなのだが、本心を見抜かれ出ちゃってる。

「取り敢えず、今は大浴場いきませんか? 町村さんは…、そうですね。どうしましょ?」

「堂々とここから外していけば? 当たり前のように三人で歩いていればバレないんじゃない? 最初に案内してくれた仲居さん以外はちゃんと顔見てないだろうからさー」

「そ、そうかな…。じゃあ外していっちゃおうかなー」この男、簡単に詐欺に遭いそうな予感がしてきた。真白の言葉に流されあっさりその場でウィッグを外す。そして、公の場としては久しぶりに勲に戻る。

「すいません、お布団敷きにまいりました」ノックはしたものの三人の耳には届いていなかった。ガラッと扉が開き仲居が部屋に入ってくる。と同時にマッハで勲がウィッグを被り直す。向きは…、大丈夫。

「どうなさいました?」

「い、いえ。何も…」セーフ判定。

 布団を敷き終わり部屋を後にする仲居。改めてヅラを取る勲。

「やっぱ危険な匂いが…」

「んー、どっちにしても町村さんが選んだことですし。判断はお任せするしかないですね」

 この恰好を選んだのは勲自身。どうこうするも二人の判断ではなく勲が決めればいいだけのこと。これで温泉に入るのが遅くなってはたまったもんではない。徐々にそのプレッシャーが勲に押し寄せてくる。しかしそこで一つの閃きが勲の中に!

「これだ。行きますよ」

「え、そのまま行くの? ホント女湯入るつもり? ヤダよ私、付き合って間もない彼氏が早速タイーホなんて」

「そんなことはしません。僕に考えがあります」何を思いついたのだろうこの男。良案なのか愚策なのかわからないが、やたら自信満々で立ち上がる。

「ほう、それはそれは。とりあえず前科者の彼氏にならないことを期待しよう」

「じゃあ行きましょう。早く入りたいです」

 そして三人、いざ入浴へと向かう! そんな大それたことではないはずなのだが、一人のお陰でここまで面倒になっているだけ。さっさと風呂池。


 廊下に出て浴場を目指す三人。田舎の山の上にある静かな温泉宿。やたらめったら広いため、到着するまで屋内なのに少し歩く。階段を上に下に廊下を歩いては上ったり下ったりと、作りも複雑なため案内板を見ながら進む。

「で、どうすんの?」

「もちろん、男湯に入ります。まぁ見ててください」なぜそんなに自信満々なのか。

 夜8時に近くなったとはいえ、多少の宿泊客と従業員はいる。完全に人目に付かない場所なんてそうない。貸切風呂で三人の空間でもない限りイサオが勲に戻るのは難しいだろう。

「もうすぐお風呂ですよ。どこで戻るんですか?」

「ふふふ。二人とも、ちょっと待っていてもらっていいでしょうか。その手前の部屋の前で」

「そこ?」真白の指差す先に扉の閉まり切っていない電気の消えた部屋がある。

「よし、予想通り。では失礼!」一人先にその部屋の中に消える勲。

「あ、ちょっと。旅館の人しか入れない部屋じゃないんですか?」佑奈が止めるのも聞かず部屋の中に入ってしまう。そして、5秒と掛かっただろうか、すぐさま勲が出てくる。そしてその姿は既に『勲』に戻っていた。

「あ、戻ってる」

「ホントだ。でもなんでそこなの?」ごく自然な質問。別に名案でも何でもない気がしているんは多分みな同じ。

「ふっふっふ、ここリネン室なんですよ。旅館のフロア案内見て覚えていて。この時間なら恐らく使っていない、朝がメインでしょうから人がいないと踏んだんです。そしたらやっぱりいなかったんで、ここでチェンジです。お風呂からも近いですし、リスクは少ないと考えた結果です!」

「ドヤァ」と言わんばかりの顔。相当頑張ったんだろうけど、割としょうもない。

「へー」

「ふーん」

 冷めた目で勲を見る佑奈と真白。何かもっとすごいことを考えていたのではと期待していたのを裏切られた感ハンパない。

「あれ、大して驚いてくれないんですね…」

「いや、割りと普通だったから」

「じゃ、また後でー」サラッと受け流し女湯へと消えていく二人。ぽつんと取り残される勲。

「あ、あれ…?」外から冷たい風が吹き込み勲の肌を撫でる。悲しくなり、その心を温めてもらおうと、コソコソ男湯へ潜りこむ勲。夜の貸切風呂で二人に癒してもらうことも心に誓う。

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