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「潜む凶刃」その1

「潜む凶刃」

その1



「……だから言ってるだろ? ワシについてくりゃあ間違いないのよ、ガハハハッ!」


木々の合間から見える空は高く、青い。快晴だ。

涼しい風が森の濃い香りを運び、俺の嗅覚を僅かに乱す。

近くに薬草の類でも生えているのだろうか。


「いやホント参ったッスよ。勘違いしちゃいますよ。あの女神、『選ばれし勇者様』なんて言うんですもん」


「ハハハ! ワシはここに来て八年ほどになるがな、ここに呼ばれた『勇者様』を百人は知っとるぞ!」


「ええー、マジすか……じゃあアレですかね、オンラインゲーム的な」


歩み続けながら懐中時計で時間を確認。悪くないペース。

このまま進めば、目的地の直前でキャンプを張ることが出来るだろう。

今夜は街の片隅の小さな店で仕入れたチーズを食べる予定だ。

この地方にしかない希少な木の実と混ぜたものだということで、未知の珍味への期待が高まる。


「あー、僕もね、オンラインゲーム。それに近いと思うね。僕なんて名前も、ゲームのキャラのヤツを付けちゃったからね」


「ガハハッ! ワシはゲームやらはイマイチ分からんがよ、確かにそんな風に例える『勇者様』は多いなァ」


「マジすか。ヤバイですねソレ」


……なにがゲームだ、くだらない。

俺はため息をつきそうになるのを堪えて、歩を進める。

すると、そんな僅かな変化を目敏く見つけたのか、横を歩いていた女が声をかけてきた。

茶色いベリーショートの髪が与える活発な印象と手にした水晶付きの杖がなんともミスマッチな、若い女魔道士だ。


「ねえ、アンタは男共の会話に加わらないのかい?」


「……あまり好きじゃないんだ、馴れ合いは」


「へぇ」


へぇ、とは。

しかもそれきり、女魔道士は何も言わない。

自分から話し掛けておいて、それはあんまりではないだろうか。

会話を続けるべきか打ち切るべきかも分からず前を歩く男共に視線を戻すと、そちらの話題はわりかし下品な方向に転がっていた。


「なんだァお前、だったらよ、オレが飼ってる奴隷を今夜あたり貸してやるよ」


「えっ?! マジすか?! アリなんすかそういうの」


「それが『勇者様』の数少ない特権だろうがよ、ハハ! なんなら剣士のよォ、アンタもどうだい」


「僕? そうだね、じゃあ一番胸が大きい子がいいね」


「ガハハハハ! エリリアは駄目だな、オレが使うからな!」


口から言葉を出す前に脳細胞を通しているのか疑いたくなるような会話だ。

下卑た笑いを撒き散らしている大男には、三人の女が従者として――大男が言うには奴隷として――付き従っている。

それぞれが武装しているので、彼女たちは戦闘に使う手駒でありながらメインは夜のお相手……ということだろうか。

まあ、この手の『勇者様』は少なくない。

むしろ女に手を出していない方がレアケースだ。


「ほら、奴隷を貸してもらえるってさ。借りたらどうだい」


またも茶髪の女魔道士が声を掛けてくる。

……なんだ? 何が目的で俺に話し掛けている?

構ってやる義理は無いが、しかし邪険にしてチーム内で悪目立ちするわけにもいかない。

計画の遂行に支障が出たら問題だ。


「俺は、この世界の女はあまり好きじゃない。人形みたいで」


これは本心だ。

女神の定めた掟に従い、盲目的に『勇者様』に尽くすだけの姿は不気味ですらある。

この世界の住人ならば女だけでなく男とも、あまり関わりたくはなかった。


「へぇ」


またそれか。なんだ、嫌がらせか。

と、思ったが、今度は女魔道士は言葉を続けた。


「じゃあさ、アタシが相手してやろうか」


……。


「丁重にお断りする」


「あら。つれないね」


「さっきも言っただろう。馴れ合いは嫌なんだ」


「一晩付き合えば情が移るって? ははあ、見た目によらずウブなんだ」


読めた。

この女魔道士は、俺をからかって暇潰しがしたいだけだ。

それにしても、見た目によらず、とはどういう意味なのか。


「いや、女慣れしてそうって意味じゃないよ」


ならばなおさら、どういう意味だ。

あくまでも冷静に追求する俺をいなすように、女魔道士は「ムキになんないでよ」と少し笑った。

俺はムキになってなどいない。で、どういう意味だ。


「食い下がるねぇ。なんてのかな、眼かな、匂いか、仕草か……まるで肉食獣みたいにさ、鋭い感じがしたから」


「……目付きが悪いのは生まれつきだ」


そう返しながら、俺はほとんど無意識に目を背けていた。

こいつの言う通りだったからだ。俺の正体は勇者を狩る異形の肉食獣だからだ。

もちろんこの程度の魔道士に俺の正体や目的が看破されるとも思わないが、それでも居心地が悪かった。


「アンタは只者じゃない気がするよ。長いのかい、ここに来てから」


『肉食獣の眼を持つ男』が目を背けたのが面白かったのか、他に意図があるのか、更に質問してくる女魔道士。

俺は彼女から視線を反らしたまま、木々の隙間から見える空を睨んだまま、その質問に答えた。


「そうでもない。半年くらいか」


これは嘘だ。

大嘘だ。


本当は、ここに来てから三年以上が経過している。


三年以上、俺は女神アイザの下僕として『勇者様』を殺し続けている。

俺が当初立てていた予測は極めて甘かったと言わざるを得ない。


『勇者様』とやらを殺し尽くして、女神とやらのご機嫌を取り続けて、このしみったれた異世界ルートランドを脱出する。

一度は失ったはずの命ならば、このチャンスに賭けてやろうと思っていた。

戦闘型オーバードールである俺ならば、きっと達成出来ると思っていた。

しかし、出来なかった。


この世界には『勇者様』が多すぎるのだ。

殺しても、殺しても、殺しても、殺しても『勇者様』は減らない。

減らないどころか、殺戮ショーを気に入ったアイザの暴走により更に増えている可能性すらあった。


『勇者様』を殺すことは苦では無い。俺はその為に生まれたし、それの為に生きていた。

ここでの生活も苦では無い。食料とねぐらが確保されているだけでも組織の任務中よりはるかに好条件だ。

ただ、現実世界のことだけが酷く気掛かりだった。


俺がたおれた後、仲間たちは勝つことができたのだろうか。

彼らは組織の本部を潰して人々に自由をもたらせたのか。

それとも敗れ去り、惨めな逃亡生活を余儀なくされているのか。


戻らなくてはならない。だが、戻ることができない。

焦りは俺の魂を徐々に、しかし確実に疲弊させていた。

終わりが見えない霧の中を走り続ける苦痛。

どうせ、今日こいつらを殺したところで女神は満足しない。

明日からは新たな『勇者様』を探して、また殺すだけだ。

それでも希望が捨てられない。もしかしたら今日の殺戮でアイザが満足してくれるかも、と願わずにはいられない。


無意味で、滑稽だ。


「……ッ」


我に返った。

気付けば俺は固く両手を握りしめていて、爪で傷付いた掌から血が滲んでいる。

明らかに不審で、異様で、何を勘繰られてもおかしくない迂闊な態度だ。

間抜けか俺は。

いくら弱っているとは言え精神が乱れすぎている。

しかし、女魔道士は俺の失態を見逃していた。


「半年ですか。私はまだ二ヶ月くらいなんで、一番後輩かな? 最初は状況がよく分からなくて大変でしたよー」


明るい調子で会話に混ざってきたのは、黒髪のショートヘアに身軽そうな装備をした若い女だった。

その顔付きや体付きからして、どうやら未成年だろうか。

この『勇者様』御一行の中では最年少と思われる、目立たない女だ。

相対的に、腰に吊ってある武器……カタナが、不釣り合いに目立っていた。


「アンタは狩人タイプを志望してるんだっけ? その割には弓も持たないでカタナ……ねぇ」


「か、カッコいいでしょカタナ! ブシドーですよ、イアイギリですよ」


「ま、せいぜい足を引っ張らないでおくれよ。お嬢さん」


「あっ! 使えないコドモだと思ってます?! 違いますからね、お役に立ちますからね!」


……戦力になるとは思えないが、まあ俺のミスを隠すお役には立ったな。

そのままカタナ少女に女魔道士の相手を任せて、俺は静かに精神を集中させる。

半ばルーチン化してきたとはいえ、失敗は許されない。


俺は殺す。

今、前を歩いている三馬鹿も。女魔道士も。カタナ少女も。

五人の『勇者様』を始末して、弁当に木の実チーズをかじって、宿に帰る。

……いや、宿には帰らない。今日こそは、今回こそは、現世に帰るのだ。

あの狂った女神を満足させて、元の世界に蘇るのだ。


〈本日は怒涛の五枚抜きに挑戦。頑張って下さいませ、客人まろうど様〉


脳内に響く声も、視界の端に浮んでいる半透明の女神アイザの嘲るような笑顔も、俺は努めて無視した。



「潜む凶刃」

その1 終

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