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プロローグ(真)「異世界から来た賓客」

プロローグ(真)

「異世界から来た賓客」



降りしきる雨。

喧騒。何かが腐ったような匂い。

視界の端々できらきらと輝くのは、水溜りに反射している街灯だろうか。

出血はともかく脳へのダメージは深刻なようだ。

今感じているもの全てが、一種の錯覚かも知れないな。


アスファルトの上を無様に這いながら、俺は心地良い満足感に浸る。

己を創り上げた組織を裏切り、己の信じる生き様を選び、己が信頼出来る仲間と共に闘った。

組織本部への手引をして、奇襲を仕掛けて、この爪と牙で何体ものオーバードールを葬った。

あとは可能な限り組織の連中を引きつけて、それで御役目御免だ。

人ならざる怪物の最期にしては出来過ぎなくらいだった。


「……逃走していた反逆オーバードールを発見しました」

「ウェアウルフで間違いない……こんな姿になっても生きているとは」

「おぞましい……」

「包囲しています。対オーバードール用分解弾の準備があります」


這い進む俺の周りで、何人もの男女が会話している声が聞こえる。

その内容はくたばりかけた脳味噌では理解出来ない。

ただ、這い進む。1秒でも長く時間を稼ぐ。


「ウェアウルフの生命力は侮れない……警戒を怠るな」

「適正距離を保て」

「オーバードール・ウェアウルフの処分を申請します」


ウェアウルフ。

それは組織が俺に付けた名だ。

飼い犬の名だ。

俺の名乗る俺の名前は、ウェアウルフではない。


俺は木場 キョウジ。

忌まわしき人狼。

無慈悲なるケダモノ。


まだ、終わってやるものか。


「許可、出ました」

「――貴方を、この手で始末しなきゃならないなんてね」

「マスター……」

「その……マスター、まさかウェアウルフを見逃すおつもりでは」


まだだ。

俺は怪物だ。血肉を喰らう人狼だ。

死ぬまで足掻く。その瞬間まで足掻く。


「見逃す? そんなはずがないでしょう」


まだ。

まだ。

まだ……


「さよなら、キョウジ」


――――――――――


「ようこそ、勇者様」


……なに?


「ようこそ、勇者様。と言いました」


「……ここは」


声が出た。

咄嗟に自分の肉体をスキャンする。

一切の問題が無い健康体。

今すぐに特殊耐久試験にすら挑めるであろうコンディションだ。


「ここは、勇者様から見れば異世界……ルートランドという世界に御座います」


視界もはっきりとしている。

ここは見渡す限り真っ白な空間で、俺は大仰なデザインの椅子に座っている。

目の前には、同じく白を基調とした巫女服……のような衣装を着て背中から羽根を生やした、女。

不可思議なデザインをされた大きなデスクについており、手には何らかの書類。


「勇者様をお呼びたてしたのは他でもありません、この世界を救っていただきたいのです」


先程から何か言っているが、しまった、完全に聞き流していた。

とりあえず椅子に座り直して質問してみる。


「……あー、俺は死んだものかと思っていたが」


「ふむ。死にそうなお怪我をされていたようですけど、ここに呼び出された際に全快しましたよ」


書類をペラペラとめくる巫女羽根女。

あの書類には俺のことが記されているのか。

しかしまあ、全快しましたよ、などと軽いノリで言われても……

とりあえず、次の質問だ。


「あなたは何者だ。オーバードールではないな」


「オーバードール?」


「クラックメーカーでもないようだが。これほどの空間支配系能力者がノーマークとも思えん」


「クラックメーカー……?」


誤魔化す気なのか、本当に知らないのか。

訝しむ俺の視線は意に介さず、首を傾げながら書類をめくっていく巫女羽根女。

その表情がコロコロと切り替わる。

驚き。気付き。希望。愉悦。

ひとしきり書類に目を通し終えた彼女は、俺に向かってにっこり微笑むと、


「ていっ!」


「ぐわぁ?!」


突然飛び上がってタックルをかましてきた。

いや、抱きついて来たのか?

なんにせよそれはもの凄い勢いで、俺は椅子ごとひっくり返った。


「勇者様、いえキョウジ様! わたくしは、貴方のような御方を、本当に、本当に、待ち望んで居りましたっ!」


思いっきりキツく抱き締められる。

俺に覆い被さる巫女羽根女の表情は、喜びを通り越して狂気すら滲ませていた。

実のところ、さっきまではどことなく清楚で神秘的な印象を抱いていたのだが……撤回する。

それこそまるで獲物に飛び付くケダモノのようだ。


「ああ、ああ、素敵です、素敵ですキョウジ様、最高ですっ!」


まず、よだれを垂らすな。

そして離れろ。


「……あらあら」


ようやく少し落ち着いたのか、巫女羽根女が身を起こす。

そして気付く。

巫女羽根女の白い衣装が、そのみぞおちのあたりから下が、吹き出す血で赤く染まっている。


「あら、あら」


……明らかにこいつは能力者だ。

ならば見た目は天使のような美女であろうと、油断するわけにはいかない。

飛び掛かってきた動作に合わせて、右手を獣化させて貫手を叩き込んでやった。

の、だが。


「なんの躊躇いもなく……本当に……素敵……」


巫女羽根女が呟くと同時に、閃光が空間を満たした。

……まだ動けるのか!

やはり油断ならない相手のようだ。


俺は目をかばいながら次の動作を模索する。

もう一撃、入れるか? 攻撃に備えるか?

しかし、彼女はオーバードールである俺よりも素早く動いていた。



俺はなすすべもなく、唇を奪われていた。



俺は反射的に、彼女の頭を殴った。



――――――――――


「改めまして、御説明致します。まずわたくしはこの世界の女神、アイザと申します」


頭の漫画チックなたんこぶを撫でながら、巫女羽根女が……女神アイザが、会話を切り出す。

腹の傷がすっかり塞がっているところを見る限り、並外れた治癒能力があるようだ。

つまり頭のたんこぶは好きで残しているのだろう。

理解し難い。


「わたくし、女神アイザは、この世界を救える勇者様を求めておりました……」


女神アイザとやらの話は長く無駄が多かったので簡略化すると、以下のようになる。


この世界はルートランドという名前で、人間のみならず多くの種族が住んでいる。

ルートランドの住人たちは誰もが女神に祈りを捧げながら、平和に暮らしていたそうだ。

しかしある時。どこからか魔王が現れ、世界に魔物が満ちた。

世界を支配せんとする魔王に対抗するべく、アイザは異世界から勇者を呼ぶことにした。


しかし、その結果は散々だった。


「あの役立たずのゴミ共。まったくもって、これっぽっちもお話になりませんでした」


当初。

アイザは伝説に従って、無気力なニートや引きこもりの学生を招いていたという。

彼らを褒めて、なだめて、すかして、ありったけの加護を与えて勇者に仕立て上げたのだ。


しかしこれが失敗続き。

ある者は図に乗って、ろくに修行もしないうちに魔物に挑んで死んだ。

ある者は臆病なあまり、魔王との戦いを放棄して雲隠れ。

ある者は加護の威光を振り回し、ひたすら女遊びに走った。


それもそのはずだ。

現実世界で不遇を囲っているような奴らが、異世界でいきなり勇者になれるわけがない。

そもそも無職や引きこもりを招くように伝説に残されていた理由は、

『その世界からいなくなっても迷惑にならない存在だから』

……という、身も蓋もないものだったらしい。


それでもアイザは愚直に繰り返した。

女神としての使命を果たし続けた。

繰り返して。

繰り返して、繰り返して。

繰り返して、繰り返して、繰り返して……そして、壊れてしまったのだ。


「ゴミ共をいくら呼んでも変わらない。だからわたくしは、お招きする範囲を広げました」


無職や引きこもりだけでなく、人知れず死に掛けているような者も消えて良いだろう。

そう判断したアイザはそれ以降死に損ないも織り交ぜて呼び、それでも失敗して、なおも呼び……

そして、あの夜に死に掛けていた俺が引っかかった。

と、いうことらしい。


「秘密組織に造られた、人外に変化する能力者……まるで更なる異世界から現れたかのような御人」


アイザのうっとりとした、ねっとりとした視線が絡み付く。

吐息が熱い。というか顔が近い。

離れろ。


「これは失礼を。ふふふ」


なにがふふふだ。

……女神が俺の登場に歓喜したのは勿論、俺が魔王に勝てるかもしれないから、


ではない。


壊れた女神は、もはや魔王を倒そうとは思っていない。

彼女はただ、見たいのだ。

『勇者様』の死を。

異世界に呼び出され、図に乗った屑の末路を。



「どうか、どうかこの憐れな女神に、キョウジ様のお情けをくださいませ」

「わたくしの戯れが終わりましたら、きっとキョウジ様を、現世にお返し致します」

「ですから何卒、僅かな間だけ、この女神を慰めてくださいませ」


なるほど。

適任だ。


俺は怪物だ。血肉を喰らう人狼だ。

甦るチャンスがあるというならば、乗ってやるさ。

この女が頭のおかしな能力者なのか、はたまた本当の女神なのかは分からない。

分からないが、俺に選択肢は無かった。


「『勇者様』を、たくさん殺してくださいませ。愛しい『客人まろうど様』……」


俺は木場 キョウジ。

忌まわしき人狼。


そして、女神の客人。



プロローグ(真)

「異世界から来た賓客」 終

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