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プロローグ「異世界から来た勇者」

プロローグ

「異世界から来た勇者」



昼間でも薄暗い不気味な森の中を、冒険者の一団が進んでいた。

人数は四人。

この一団のリーダーを務めるのはタケルという名の青年である。

次々と現れるモンスターを、彼は仲間たちと共に勇敢に斬り伏せた。


軽装とはいえ鎧を着て、鉄の剣を振るっているのにも関わらずその重さを感じない。

ゴブリンやスライムと闘いながらあちらこちらと駆け回っても、息切れひとつしない。

数時間前まで冴えない引きこもりだったとは思えないほどの身のこなしだ。


そして、それだけではない。

タケルが掌をかざして強く念じれば、そこからは魔法の火球が放たれる。

これまでの闘いで何度か怪我もしたが、回復薬を飲むと傷はたちまち癒えてしまった。

もはや、間違いない。

疑う余地は無い。


(僕は本当に……選ばれし勇者なんだ……!)


切り株に腰掛けて休息を取りながら、タケルは改めて現実を噛みしめる。

己の身に舞い降りた最高の奇跡に、全身が歓喜で打ち震える。

ここにいる自分は、無為に日々を過ごして家族から疎まれている穀潰しなどでは無い。

女神様に導かれ、酒場で仲間を集め、依頼を受けてクエストに挑む一介の冒険者なのだ。


……はじめは、ただの夢だと思った。


いつものようにゲームやインターネットに飽きて昼寝をした自分が見ている、妙にリアルな夢だと。

しかし、タケルをこの世界に導いた女神様はこれこそが現実なのだと熱心に説いた。


曰く、タケルは異世界に召喚された勇者である。

曰く、世界を滅ぼさんとする魔王を倒せるのは選ばれし勇者だけである。

曰く、タケルには桁外れの剣技や魔力の才能が秘められている……


そんな話をとびきり美しい女神様から聞かされてやる気にならない男など、そうそういまい。

更に女神様は、タケルに素晴らしい贈り物を授けてくれた。

彼の右手の甲に刻まれた、ハートマークに絡みつく茨のような意匠。

この世界では知らぬ者がいない女神の寵愛の証、「異世界紋」である。

そのデザインの是非はともかく、目に見える勇者としての証明は値千金だった。


これを見ればタケルが異世界から来た選ばれし者だということは一目瞭然。

世界全土で信仰されている女神の使いとあらば、その権威は尋常ではない。

飲食も宿の利用も武具道具のたぐいも全てが無料となり、誰もが彼の命令に従い、そして彼を慕う。


なんというか、本当に……本当に、夢のような話だ。


短い回想を終えたタケルは切り株から腰を上げて、軽く身体をほぐす。

街の匂いに慣れきった嗅覚に、土と草の香りが絡みつく。

いくら自分が選ばれし勇者だからとはいえ油断はできない。

まして、彼が今挑んでいるクエストは肩慣らしにと選んだ『ビッグウルフの討伐』だ。

こんなところでつまづいては先行きが不安になるし、何よりも格好が付かない。

右手の甲の異世界紋をさっと撫でて、タケルは気合を入れ直す。

勇者の最初のクエストだ。後の世に残しても恥ずかしくないようにしなくては。


――――――――――


「よしみんな、そろそろ出発しよう」


「はい、勇者様!」

「かしこまりました、勇者様」

「……了解」


タケルの呼びかけに答えて共に歩み始めるのは彼が選んだ三人の下僕……もとい、仲間たち。

可愛い系の戦士娘と、美人魔法使いのエルフ娘と、フードを被った陰気な男盗賊である。


「惚れ惚れするような剣さばきですね、勇者様!」


「ハハ、そう? いやキミもなかなかのものだよ」


「お褒めに預かり光栄です! 街に帰ったら、その……稽古をつけてもらって、いいですか……?」


「ああ、勿論。手取り足取り教えてあげるよ」


タケルの左側には、彼を憧れの眼差しで見つめてくる戦士娘。

間違いなく僕に惚れている。

タケルは確信していた。


「魔力の才も……エルフである私以上に、あるように感じます」


「女神様から力を授かったからね。だけど僕はまだまだ未熟さ」


「まあ、謙遜されて。では……僭越ながらこの私が、手ほどきをしても……?」


「うん、是非ともお願いしたいな。このクエストをクリアしたら、じっくりと……ね」


タケルの左側には、彼を尊敬の眼差しで見つめてくるエルフ娘。

この子も間違いなく、僕に惚れている。

タケルは確信していた。


「……」


「……」


「……」


タケルの後ろには、ひたすらに無言で付いてくる男盗賊。

なんだこいつは。

タケルは居心地の悪さを感じていた。


(……やっぱり、仲間はみんな女の子にしとけば良かったかな……)


両手に花状態を味わいながら、心の片隅でそんなことを思う。

後ろからジッと見ているであろう男盗賊がどうにも気になって、現状を素直に楽しめないのである。

流石にいきなりハーレムを作るのはガッついているようで気が引けて、男を一人混ぜてみたのだが……

加えて、なるべく間違いがないように美形や爽やかなタイプを避けて根暗そうな奴にしてみたのだが……


しかし、選ばれし勇者様が何を遠慮することがあるのか。

このクエストを終えたらこの盗賊とは別れて、酒場で新たに可愛い子を見つけよう。

どうせなら踊り子のような、普段から色っぽい衣装を着た子の方が楽しめるだろうか……


そんなことを考えていたタケルは、襲撃者の攻撃に瞬時に対応出来なかった。


「……うおっ?!」


強い衝撃を受けたその身体は吹き飛ばされ、太い木の幹に叩きつけられる。

戦士娘とエルフ娘はタケルをかばうように立ち、襲撃者と相対した。


「グルルルル……」


襲撃者……ビッグウルフは、低い唸り声と粘性の唾液を牙の隙間から漏らしている。

タケルが受けた攻撃が体当たりではなく噛み付きだったならば、致命傷にすらなり得たかもしれない。

突撃された脇腹に深く残る鈍痛と込み上げる吐き気に耐えながら、勇者はフラフラと立ち上がった。


(しょっぱなからちょっと難易度高いな……!)


「勇者様、大丈夫ですか?!」

「勇者様……!」


「ああ、僕は大丈夫。それより……来るぞ!」


「はい、勇者様! ……たあっ!」


飛び掛かってきたビッグウルフを、戦士娘が盾で殴りつけた。

敵が僅かによろめいたのを確認してエルフ娘が詠唱を始める。

タケルは勇気を振り絞り、鉄の剣で斬り掛かる。


「食らえっ! 二連斬!」


「ギャオーン!」


勇者の目にも止まらぬ二度の斬撃がビッグウルフの胴体を裂いた。

しかし、浅い。

凶暴な狼の瞳がタケルを睨みつけて、怒りと憎しみを燃やす。


「グググ……グァオーン!」


咆哮。

思わず怯んでしまったタケル目掛けて、ビッグウルフは獰猛に駆け寄り、

しかしその時には、エルフ娘の詠唱が完了していた。


「……氷魔召来。『コウラス』!」


瞬時に凍てつくビッグウルフの四肢。

決定的な隙。

勇者が動くべき時だ。


「今です、勇者様!」


「……! おおおおっ!」


戦士娘の声に呼応して、タケルは魔力で火球を創り出しビッグウルフの顔面に投げつけた。

鋭敏な神経が集中している部位を焼かれて、流石の大狼も悲鳴を上げる。

更にその首を目掛け、鉄の剣を振り下ろす。


「くたばれ! 化け物!」


確かな手応えと血飛沫が、勇者の勝利を祝福した。

脊髄を叩き切られたビッグウルフは少しの間だけ痙攣して、すぐに静かになった。

タケルはその場にゆっくりとへたれ込み、戦士娘とエルフ娘が慌てて駆け寄る。


(こ……怖かったぁ……)


しかしそれを口に出してはいけない。

何故なら彼は勇者なのだから。

そうして意地を張り恐れを噛み殺すタケルに、戦士娘とエルフ娘は優しく微笑み掛けた。


「お見事でした、勇者様!」


「素敵でした。ひとまず、回復薬をどうぞ」


「ああ、ありがと……う……?」


照れ笑いしながら勝利の余韻に浸ろうとしたタケルの心に、ある違和感が走った。

座ったまま、首を巡らせる。

目の前には戦士娘。エルフ娘。

倒れ伏したビッグウルフの死体。

そして。


「……あいつ」


フードを被った陰気な盗賊は、やや離れた位置にいた。

腕組みをして、木に体重を預けて休息を取っている。

先程の戦闘に参加していなかったのは誰の目からも明らかだ。

ビッグウルフとの死闘で昂ぶっていたタケルの精神は、それを許す気にならなかった。


(マジかよ。なんだよあいつ。マジで……ふざけんなよ……!)


一歩間違えれば、勇者である自分は大怪我をしていたかも知れないのだ。

戦士娘やエルフ娘はタケルの為に必死で戦ってくれたというのに。

よりによって、ハーレム要因にすらならないクズが……


「おい、そこの盗賊野郎」


「……」


男盗賊は黙ったまま、少しだけ首を傾げるようにしてタケルの方を見る。

その仕草も気に食わなかった。

それは、モブが勇者様に対して実行していいリアクションではない。

ついにタケルの苛立ちは閾値を超えた。


「お前……! それが異世界紋を持つ勇者様への態度かよっ!」


タケルはエルフ娘が差し出した回復薬をひと息に飲み干すと立ち上がり、カラ瓶を盗賊に投げつけた。

部屋に勝手に入ってきた母親に、無差別に物を投げつけていた記憶が蘇る。

戦士娘とエルフ娘が小さく息を呑む声が聞こえた気もしたが、そんなことはどうだっていい。

この礼儀知らずを適度に叩きのめして、立場というものを教えてやらなくては……


「あれっ」


タケルは自分の間抜けな声を聞いた。

盗賊が目の前にいる。

速い。

離れていたはずなのに。

熱い。

熱い。熱い。痛い。

腹が、タケルの腹に、深々と、爪が、


(つめ?)


爪が、銀色の毛を生やした狼の手が、タケルの鎧を裂き、腹を突き破って、内蔵を掴み、


(え?)


内蔵を掴み、引きずり出し、やすやすと千切っていた。

溢れた血が、臓物が、森の湿った土の上に零れ落ちた。


(え? なんで? こんな? これは?)


異世界からやって来た勇者はぼんやりと視線を動かして、そして見た。

フードをあげた盗賊の顔を。

理性と殺気を備えた冷たい眼を持つ、人狼の顔を。


(……ぼく……どうなる……りせっとか……もとの……)


ごぼこぼと口から血を吐き出しながら、タケルはうわ言を囁いた。

そのうわ言は、もはや自分にすら聞こえてはいない。

それでも人狼は哀れな勇者に言い放った。

真実を、くれてやった。


「死ぬ。リセットも元の世界への帰還も無しだ。お前はここで死ぬ」


(…………)


急速に色が失せ、全てが遠のいていくタケルの視界の中で、彼が最後に認識できたものは。

彼の命を奪った人狼の右手、その甲に。

しっかりと刻まれた、女神の「真なる」寵愛の証。


それはハート部分に大きく亀裂が入っている、特異な異世界紋であった。



プロローグ

「異世界から来た勇者」 終

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