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10話 彼女の戦い



 カンカンカンカンッ


 エリーが出て行って20分ばかり経過しただろうか。じん発生の避難警笛はまだ断続的に町に響いている。

 今頃エリーはひとりで戦っているのだろうか?

 俺がこの異世界に転移して来るまで、彼女は一体も刃を倒していないと言っていた。倒さずに、この町をどう守ってきたのだろうか?


「よう、五代目」


 エリーが開けた窓の外に赤毛の男。

 オールランド国第二王子ルイーズがいる。


「四代目の報告通りだな。防御力と体力の設定を最低値にして、戦うたびに動けなくなるってのは」


そう言いながら、ひらりと窓を飛び越えて部屋に入ってくる。


「そんな馬鹿げたパラメーターにする奴がいるとは半信半疑だったけど、マジだったのか」

「馬鹿みたいなパラメーター割り振りして悪かったな。おまえこそ、雷刃らいじんと戦っているときに、まっさきに逃げたくせに」

「逃げたとは人聞きが悪い。足手まといになるのを阻止したと言って欲しいな」

「おまえ、逃げるってはっきり言ってたぞ」

「憶えがないな」


 都合が悪いところは憶えてないとか、王子だけあって政治家の要素があるな。


「で、四代目の報告通りだとしたら、あっちは早漏になったんだってな。可哀相に」

「早漏にはなってない!」


 エリーの野郎、なんちゅう報告書を書いてるんだ。


「冗談だ。報告書にそんなこと書いてあるわけないだろ?」

「リアリティのあること言うんじゃないよ」

「……さて、行くか」


 ルイーズが当たり前のように、俺の肩を持って立たせようとする。


「俺、戦えないぞ。歩くことすら出来ないのに」

「四代目の戦いぶりを見たいだろ?いや、見るべきだ」

「…………」

「彼女がいかにして町を守ってきたのかを知っておいた方がいい」




* * *




 じんが発生したのは町はずれだった。

 四代目勇者エリーがいなければ、刃は容易に町に侵入したであろう。彼女は防波堤として刃と戦闘していた。


 エリーが戦っている相手は巨大な熊に見えた。

 後ろ足で立てば、全長5メートルにはなるだろう。焦げ茶色した毛並をして、鋭い爪と歯を持つそれは、これまで俺が出会った刃とは違うタイプだった。


獣刃じゅうじんだ」


 ルイーズに身体を支えてもらいながら、エリーと獣刃の戦いを見守る。


「生物タイプの刃だ。自然タイプに比べれば行動パターンがシンプルで戦いやすい」

「戦いやすいって……これは……」


 エリーの戦いは凄惨なものだった。

 獣刃は彼女のわき腹を爪で切り裂き、肩口を歯で食いちぎる。殴られ、吹っ飛ばされる。ただただエリーは、その圧倒的攻撃を一方的に受け続けていた。


「四代目勇者は五代目ほど極端ではないが、パラメーターを防御力・体力に偏った割り振りをしている。その結果、刃を倒す攻撃力はない」

「……刃が過ぎ去るのを耐え忍ぶのか?」

「そうだ。全身を打たれ、投げ飛ばされても、刃を町に侵入させないように食い止める。それが四代目の戦い方だ」


 いくら防御力と体力の値が高くとも痛覚がなくなるわけではない。むしろ意識を失ってしまった方がどれほど楽だろう。

 破けた服から見える肌からは血が吹き出し、肩は脱臼したように位置がズレている。

 それでも、エリーは獣刃の行く手を阻み、戦い続ける。

 助けてやれない自分がふがいない。


「なぜエリーはそこまでして戦う?」


 異世界に承諾なく転移させられて、なぜ苦しい思いをし続けるのだろうか?


「罪ほろぼし、だろうな」


 と、ルイーズがつぶやく。


「罪ほろぼし?」

「いつか彼女から聞くことになるさ」


 エリーが犯した罪とはいったい?

 その罪には俺も無関係ではないのだが、まだそのときの俺は知らなかった。


 ボロボロで立っているのもやっとのエリーに対して、獣刃が咆哮をあげる。

 その大きく開けた口にエネルギーが収束していく―――


「ヤバイだろ、これは!」


 エリーは魔法でバリアーを張る力も残っていない。町を守るように両手を広げて仁王立ち状態だ。

 くそッ!どうしたらいいんだ!


 バシュンッ!バヒュンッ!


 突如、獣刃をいくつもの魔法攻撃が襲った。

 獣刃はその煽りを受けて、溜め込んだエネルギー波を空に放ってしまっている。

 獣刃を集中攻撃する魔法が雨のように降りそそぐ。

 俺はようやく、獣刃を攻撃する集団に気づいた。


 黒いローブに白いお面。

 20人ばかりの集団。

 その後方に指揮するブロンド髪の女がいる。


「あれが対刃戦たいじんせん魔法隊だ」


 と、ルイーズが言う。

 オールランド国が結成した魔法隊が獣刃に絶え間なく攻撃を加えていると、―――やがて獣刃は消滅した。

 倒したわけではないだろう。コアを破壊したようには見えなかった。あくまで台風のように過ぎ去っただけなのだ。


 俺はルイーズの肩を借りて、エリーのもとに駆けつける。

 彼女は力尽きて倒れていた。

 顔は裂傷と腫れがひどく、左目はほとんど開いていない。


「……エリー」

「来てたんだ。どう?わたしの戦いっぷりは」

「…………」


 彼女の問いに俺は何も言えなかった。何と言えばいいのかわからなかった。

 そんな俺に対して、


「言ったでしょ。わたしはなかなかのドMだって」


 エリーはそう言って笑った。


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